第五話
「ありがとう、と言ってもイベントは一ヶ月後だからまだまだだけどね」
5分前とは打って変わって上機嫌の潤也は手を横に振って否定の意思を示し、
「いやいやいや、ありがとうはこっちの台詞だって! ずっとこのアニメのイベントに行きたいと思ってたから… ていうか、何で二枚もチケットとったんだ?」
自分が行きたいなら一枚だけチケットを買う。幼稚園児でも分かる常識的なことだ。元々誰かと行こうとしていたなら、二枚チケットをとろうとするのは確かに理解できるが、潤也と彼女はそんな約束をしていない。
「うーん、それには色々な理由があって… まあ、気にしないで!」
気にしないでと言われても、どうしても気にしてしまうが、とりあえずはよしとする。
「あ、そうだ。私の名前、分からないよね? 霧橋汐里っていうの。イベントについて連絡とりたいから、メルアド教えてくれない?」
「お、おう。minadaisuki@mazikaru.co.jpだ」
「メールアドレスも痛いのね…」
その尖った一言が潤也の心に直撃する。いつもなら「そんなことない!」などと反論するが、今はイベントに連れていってもらう身だ。反論する気持ちは抑えることにした。
彼の鞄に入れていたスマートフォンから通知音が鳴り、確認すると霧橋からの空メール。そのメルアドを家族しか登録していない電話帳に登録する。
「よし、これでメアドの交換は完了ね。それじゃ、私帰るから。また明日、学校でね!」
「お、おう、またな!」
この日は潤也が初めて三次元にちょっと好印象を抱いた日だったかもしれない。
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そして、一ヶ月後。
ちょうどセミの大合唱のコンサートが始まった頃だ。
メールで連絡を取り合った潤也は、イベントの最寄り駅である冬葉原駅に向かった。
駅を降りた先の少し広い広場で10時に待ち合わせとなっている。
こういう時は男子が先に来て、後から来た女子に「待った?」と聞かれて「いや、俺も今来たところだよ」というのがテンプレートだろう。
潤也はそんなテンプレートをぶち壊し、待ち合わせ時間ぴったりに到着した。
広場に出ると、オタクの街と言われる冬葉原には場違いな女子が一人佇んでいた。ショートパンツに白いシャツに身を包み、ペットボトルも入らなそうな黒い小さなリュックをしょっている。
そこに赤チェックのシャツにジーパンというオタクの王道ファッションの潤也が近づいていく。
「あー、ごめん、待った?」
「いやいや、全然待ってないよ!」
笑顔で彼女は答えるが、汗ばんだシャツの様子からそこそこの時間待っていたのだろう。しかし、潤也は霧橋の優しい嘘に気づかない。ぼっちゆえに空気を読むスキルにスキルポイントを振っていないのだ。
「イベントは11時からだから、はやめに会場行っちゃおうよ。直前に行ったら混んじゃうだろうし!」
「それもそうだな」
美男美女のカップルにしか見えない二人は、足早に会場に向かっていったのだった。