第三話
「てか、姉ちゃんこそ彼氏とか作んないの?」
夕飯トークはまだまだ続く。潤也だって少しはプライドがあるので、ここで潤也の攻撃ターンだ。
「いや、私はそういうのあんま興味ないし…」
梨花は目をそらし、首を掻きながらわかりやすく動揺している。
「なんだ、姉ちゃんも三次元に興味ないのか。俺と一緒じゃん」
「あんたとは違うから!」
梨花は箸でこちらの方を指して言ってきた。お行儀が悪い。いったいどんな親に育てられたらこうなるのか。
そう思った潤也だったが、よくよく考えたら同じ親だった。
そうこうしている内にご飯を食べ終わり、食器を片して風呂を沸かす。ボタン一つでお湯をちょうどいい感じで沸かしてくれるなんて、なんていい時代だ。
風呂が沸くと、梨花が先に入った。風呂の順番に何の意味もないが、姉、母、自分、父の順番に入るのが暗黙のルールである。
そして潤也は着ているグレーのパジャマのポケットからスマートフォンを取り出し、メールアプリを開く。
何故友達のいない彼がメールアプリを開くのか。ちゅきちゅききゃんでぃーのイベントの当選発表日が今日だからだ。
ちゅきちゅききゃんでぃーはコアなファンが多い。大きなイベントも開催していて、毎回声優たちが歌ったりトークを繰り広げたりしている。それに潤也も応募していた。
過去3回イベントが開催されているが、三回とも落ちてしまって行けていない。今度こそは当選しているだろうとメールを確認すると…
「こ、今回も… 落ちた… だと…」
もうストレスで落ちる脂肪がないので、そろそろ髪が抜け落ちてしまいそうだ。
この後は頭が真っ白のまま風呂に入り、頭が真っ白のままアニメを見て、頭が真っ白のままベッドに横になり眠りについた。まさにもぬけの殻とはこのことである。風呂を終えた梨花も落胆している潤也を見て声をかけることが出来なかった。
気がつくと潤也は学校にいた。昨日の夜からずっともぬけの殻のまま過ごしていて、意識がないまま家を出て、学校にたどり着いたようだった。ここで潤也の意識が戻ったのはある理由がある。
下駄箱に手紙が入っていた。これ自体はイケメンの彼にとっては日常茶飯事のことであるが、その内容に問題があった。
手紙には「好きです。放課後屋上で待ってます」などというありふれたものではなく、ちゅきちゅききゃんでいーのミナのイラスト付きで「このキャラのどこがいいの? このことについて話したいので放課後屋上に来て」と書いてあった。ムカつくがそのイラストは滅茶苦茶上手かった。
「俺のミナをバカにするなんて許さねえぞ… ニワトリのドキュメンタリー映画見させた後に焼き鳥食わせてやる…」
仕返しの方法が微妙すぎるが、これでも彼は相当怒っている。きっと今の彼ならお店のサイダーと炭酸水をこっそり入れ換えるという大悪事もしかねないだろう。
今日の授業は全て適当に受けた。体育は「はい、二人組作って~」と言われても動じないほど適当に受けた。
帰りのホームルームが終わると、全速力で屋上に向かう。どんなクソ野郎があんな手紙を書いたのだろうかとドアを強引に開けたはいいが、屋上に来るのは潤也が速すぎたようで誰もいない。
5分程待つとゆっくりと扉が開かれた。でてきたのはクソ野郎とは言い難い、世間一般的に言えば美人。肩まで伸ばした真っ直ぐな黒髪、色白、背もそこそこのモデル体型だ。
「あー、私別にミナのこと嫌いな訳じゃないから」
彼女は笑いながら言った。