第93話 邂逅する金と銀
「王族だからもっと格式張ってるかと思ったけど、意外とフランクだったな~」
アメイト家からの帰り道。
ショウマはネクタイを緩めながら、夜のシンロードの街を歩いていた。
「ホントにゴメンね。お母様もお兄様もちょっとはしゃぎ過ぎたみたいで……」
隣を歩くシアニーが申し訳なさそうな表情で謝罪する。
「いや、気にすんなよ。俺も楽しかったし。それに早々に酔い潰れたから、こうして2人で出掛ける時間も出来たんだし」
メアニーはショウマと会い、話を交わした事でより一層、彼の事を気に入ってしまったようだ。
最初からテンションが高かった事も相俟って、メアニーはそれ程強くないワインを飲み過ぎて、食事が終わると同時に酔い潰れてしまったのだ。
本当であればそこから歓談する予定だったのだが、メアニーが酔い潰れた事、そしてアントーンが2人に気を遣って、聖教祭へ行って来たらどうかと勧めてくれたのだ。
“ライト”によるイルミネーションは夜の方が映えるし、何より夜の聖教祭を一緒に過ごした恋人同士は永遠に結ばれるという言い伝えもある。
アントーンなりに考えての事なのだろう。
「そう言ってくれると……その…嬉しいけど……けど…けど……けど…………」
ショウマが喜んでくれるなら嬉しいに越した事は無いし、そういう面では兄の気遣いに感謝している。
出掛ける直前に掛けられた言葉さえなければ。
それを思い出して真っ赤になり、思わずコートの襟の中に顔半分程を埋める。
「なんだ?またさっき言われた事を思い出してたのか?」
ショウマに図星を突かれ、更に顔を沈める。
その様子に笑顔を浮かべて、沈み込んだ頭をポンポンと優しく撫でる。
「まぁ、シアがこうなるのも仕方がないよな。実の妹に面と向かって「今晩は帰って来なくても心配しないから」なんて言う兄貴を俺は初めて見たよ」
「うぅ~、わざわざ口に出して言わないでよ~」
それがどういう意味か分からない年齢では無い。
だからと言ってそれを素直に受け止められる程、免疫がある訳ではない。
シアニーの顔はまるで亀の頭のように完全にコートの中に埋もれてしまう。
ショウマは器用だなと思いながらも、このまま歩いていたらぶつかったり転んだりする危険が高いので、彼女の手をしっかりと握る。
そして気が逸れる様に話題を変えてあげる。
「ほら、シア。見てみろよ!王国祭みたいだぜ!」
シンロードの観光名所の1つとも言える中央噴水公園まで来ると、そこはまるで昼間のような明かりが灯され、王国祭を彷彿させるような賑わいを見せていた。
道の左右には様々な露店が立ち並んでいる。
食べ物系の屋台が大半だが、銀製のアクセサリーや髪止めなどを売っている小物屋なども見掛ける。
そして所々に輪投げや射的といった屋台も見て取れる。
どの屋台もそれぞれが独自のイルミネーションで店を煌びやかに飾っている。
王国祭程では無いにしろ、人の往来も多く、活気に満ちている。
そんな光景と、まるで子供のように無邪気に目を輝かせるショウマの姿を見ている内に、色んな事が気にならなくなっていった。
「ほら、折角のお祭りなんだし、楽しもうぜ!」
「分かったから、そんなに引っ張らないでよ!」
文句を言いつつもシアニーの顔には笑顔が浮かんでいた。
「ほらほら、噴水なんてスゲェ事になってるぞ!」
公園の中央にある噴水は、発熱もせず、電気も流れておらず、濡れても故障する事の無い“ライト”を噴水内に埋め込む事で、水の動きに合わせて色とりどりの輝きを放っていた。
その幻想的な水と光のダンスに見惚れてしまう。
その輝きに魅了されてか、噴水前には子供連れは少なく、逆に例の言い伝えを信じているカップルが目立つ。
告白するシチュエーションとして、最高の場所と言えるからだろう。
ショウマとシアニーも周囲の雰囲気に飲まれてか、無言で噴水を見詰め続ける。
彼女が握っていた手をぎゅっと強く握り締め、それを切欠にショウマが顔を向ける。
真摯な瞳に見詰められたシアニーは、頬を上気させながら、その瞳を見つめ返した後、少しだけ顎を傾けて、目を閉じる。
吐息が間近に迫り、互いの吐息が混じり合って重なろうとした瞬間、その気配に2人は敏感に反応し、ほぼ同時に振り向く。
「はじめまして?お久しぶり?ああ、この姿で会うのは初めてだから、はじめましてが妥当かしらね」
そこには目が離せなくなる程に美しい銀髪の女性が立っていた。
寒い夜にも関わらず、薄手の絹のドレスに身を包むその姿はまるで女神のよう。
だがショウマとシアニー以外、誰も彼女の事を気に留める様子がない。
「うふふ。そんなに警戒しなくてもいいのよ。ただ認識阻害の魔動陣を使っているだけだから。私があなた達を認識しようとしているから、あなた達も私が認識出来ているの」
そんな魔動陣は聞いた事が無かった。
もしあれば悪夢獣との戦いがかなり楽になるだろう。
だが悪用すれば盗みに入る事も暗殺する事も簡単に出来てしまうだろう。
「この魔動陣には色々と制約があるし、欠点もあるの。だから伝えなかったの」
まるでショウマの考えている事が聞こえたかのように美女は答える。
だが今の台詞はまるで自分がこの魔動陣を作ったとでも言うような台詞だった。
もし本当に誰にも知られていない認識阻害の魔動陣を生み出し、使用しているとなれば、目の前の彼女は相当に魔動陣について精通している事になる。
だが魔動陣は魔動具以上にその原理が分かっていない。
なぜ特定の図形に魔動力を流すだけで様々な力を発揮するのかは不明。
今から100年くらい前に出回り始め、この50年で爆発的に普及した。
しかし誰がこれを発見し、様々な図形を生み出しのかは謎に包まれている。
王立魔動研究所でも解明を放棄したという噂が出る程、魔動陣は謎に満ちた代物なのだ。
「ふふふ。色々と聞きたそうな顔ね。いいわよ。私もお喋りをしに来たのだもの。さぁ、こちらへいらっしゃい」
まるで娼婦のような妖しく艶やかな手招き。
もし隣にシアニーがいなければ、簡単に靡いてしまったかもしれない。
「ショウマ……」
「ああ」
女神のような外見でありながら、その内面は娼婦の如く妖艶。
だがその奥に不快な悪寒を感じる。
もしここで見逃せば、必ず不幸が訪れる気がしする。
2人は頷き合い、女の誘いに乗るのだった。
* * * * * * * * * *
銀髪の美女に誘われて、2人がやってきた場所は、西の森の中にある木こり小屋。
ランズラット傭兵団が手に入れ、かつてクアクーヤがアジトとして利用していた小屋の前だった。
悪夢獣化したクアクーヤが壊した天井は修繕されておらず、あれ以降、手入れもされていなかった為か、かなり朽ちている。
「あんたは俺達の事を知っているようだが、何者だ?」
到着した早々、ショウマは尋ねる。
「後ろのお嬢さんはなんとなく気が付いているんじゃないかしら?」
「やっぱりエイミア様……なんですか……けれど……」
歯切れ悪くシアニーがその名を口にする。
だがそう言った彼女自身も半信半疑だ。
フォーガン王城にある歴代の国王の肖像画。
その中の1つに目の前の女と同じ姿形の人物を見た事がある。
王族の中で唯一の銀色の髪を持つ王国史上初の女王。
だがここに存在する筈は無い。
なぜなら彼女は400年以上前の人間なのだから。
しかし銀髪の女はシアニーの言葉を肯定する。
「ええ、その通りよ。私の名はエイミア=ミレイユ=ラ=フォーガン。第8代フォーガン国女王。つい先日、時の棺から出てきたと言えば、納得できるかしら?シアニー=アメイト=ラ=フォーガン。そしてショウマ=トゥルーリ…いえ、シンタロウ=リンドウ」
「こっちの素性もバレバレな訳は、誰かに憑依して盗み見してたってわけか」
ついこの間まで精神だけの存在であったならば、情報収集も簡単だ。
それにシンだった頃に彼女らを含む組織と対立していた経緯もある。
ショウマの事をマークしていてもおかしくは無いだろう。
「お仲間の敵討ちでもしようってのか?」
とは言ってみたもののそれは無いだろうと考えていた。
もしそうならば救世の騎士として目覚める前の方が簡単だったはずだ。
「あいつらを仲間だなんて思った事は一度も無いし、そんな事をするつもりは無いわ。それに殺した所であなたは元の世界に戻るだけだし」
「どういう事だ?」
「あなたもね、時の棺に囚われていた頃の私と同じ精神存在なのよ。違うのは、この世界自体が、あなたに身体を与えているという事だけ。あなたの肉体は魔動力を凝縮させて作られた肉の器なのよ。魔動力が発現しないのは、その生命維持に魔動力を消費しているから。魔動輝石で力が発現出来るようになるのは、魔動輝石の魔動力が体内に入り込み、溢れ出すから」
その言葉が本当ならショウマは人間では無く、この世界が作り上げた人形という事になる。
シアニーはショックを受けているようだが、ショウマはなんとなくではあるが、予想していた。
それならば、ショウマとして転移した際に若返っていた事も説明が付くし、魔動力が使えない理由にも納得がいく。
かつてシルブレイドを修復し、稼働実験をしていた際に、ショウマの肉体は異常な数値を示した事があるという。
魔動力を使っていないのに、体内では魔動力の数値が100%を越えていたのだ。
計器の故障として片付けられていたが、肉体が魔動力そのもので構成されていたならば、ありえない話では無い。
「だからあなたがこの世界で肉体を失ったら、元の世界にある自分の肉体に精神が戻るだけなのよ」
「だったら、俺を監視し、こうして接触してきた目的はなんだ!」
「あなたに協力をお願いしに来たのよ」
「お願い?」
「ええ、私が元の世界に戻る為のね」
「どういう意味だ?」
エイミアは魔動輝石を使用していない事は、ショウマには分かっている。
けれど魔動陣を発動させる事が出来ている。
それはつまり彼女はこの世界の人間という事だ。
もし別の世界に行きたいというなら“元の世界”なんて言葉は口にしないだろう。
「あら?もしかして気が付いていなかったのかしら?あなたの側にも銀色の髪の子がいるでしょ?」
ショウマの近くにいる銀髪の少女と言えば、アーシェライト。
その彼女を引き合いに出すという事は……
「……あんたも転生者って事か」
「ご名答。この世界における銀髪の人間はその全てが異世界からの転生者。まぁ、前世の記憶が蘇る事なんて殆ど無いレアケースなんだけどね。私だって前世の記憶が蘇ったのは今から100年くらい前の事だしね」
「つまりあんたは元の世界…俺のいた世界に行きたいって事か」
「ちょっと違うわね」
何が違うというのか、分かりかねる。
「魔動陣ってどこから生まれたか分かる?」
突然、別の話題を振られ、ショウマは困惑する。
「魔動具と魔動陣は魔動力で動くという点では同じ。けれど原理が全く異なるのよ。あなたの世界に魔動陣のようなものはある?」
似たようなものが無いと言えば嘘になる。
だがその多くは仮想の世界の産物。
いわゆる霊能や魔法というやつだ。
ショウマが知らないだけで実際に霊能力者、魔法使いというものがいるかもしれない。
しかし、その多くがトリックだったり科学的に説明出来たり、詐欺だったりする。
だから無いと言えば嘘になるが、あるとも言えないのだ。
しかし文字や図形を描くだけで明確に誰でも同じような効果を発揮するものとなると、現代科学では存在しないと言わざるを得ない。
「つまりは俺が知る機械文明世界とこの世界の他に、魔法文明世界があるって言うのか」
「そうね。ただ正確には機械文明世界と魔法文明世界があり、その中間にこの世界が存在するの。だからこの世界には機械文明の技術で造られた魔動具や魔動機兵が存在し、魔法文明の技術で造られた魔動陣が両立しているのよ」
エイミアはショウマの頭が内容を理解するのを待ってから、言葉を続ける。
「私の前世が生まれたのはその魔法文明世界の方。その世界に戻りたいだけなのよ」
「その為になんで俺の力が必要なんだ?」
「最初は転移魔動陣を強化させたらいけるんじゃないかと考えたの。その為に魔動陣の技術を広め、研究させたわ」
魔動陣が爆発的に広まった理由が明らかになる。
「けれど流石に異世界への転移は無理だったわ。この世界に囚われている人間の魔動力では異世界への扉を開く事は不可能だった。そこであなたの事を思い出したのよ。世界の理から外れた桁違いの魔動力の存在をね。だから私は再び異世界人が転移してくるように世界にテコ入れしたのよ」
エイミアは饒舌に語る。
異世界転移者は世界の抗体のような働きをする。
以前は悪夢という存在が世界に居座り続けていた為、世界はそれを排除する為に数多くの異世界人を転移させて来ていた。
しかしシンにより全ての悪夢がこの世界から消滅し、それと同時に全ての転移者はこの世界から消えた。
悪夢のような強大な脅威が存在しなければ、抗体となる異世界人も現れない。
だからエイミアは悪夢獣を生み出した。
そして悪夢に匹敵するような力を得るように改良を繰り返した。
だがそれでも力が足りず、悪夢獣の素材を使った邪法を生み出した。
その結果、彼女は1人の異世界人の少女を手中に収める。
彼女を手懐けて実験を繰り返したが、たった1人では限界があり、異世界への扉は開かなかった。
だから彼女はこの世界の理から外れた力を持つ魔動機兵であるルシフィロードを探し出し、もう1人の異世界人を望んだ。
彼女にとっての嬉しい誤算は、新しく現れた異世界人がかつてルシフィロードを生み出した人物であり、その機体に匹敵する魔動機兵をもう1機生み出してくれた事だ。
2人の異世界人と2機の魔動機兵。
これらがあれば確実に向こうの世界に渡る事が出来るだろう。
「……そんな理由の為だけに悪夢獣を生み出したってのか……」
「別にこの世界がどうなろうとそんな事は関係無いわ。向こうの世界に行く為なら手段なんて選んでいられないのよ。それにどうせ異世界の門が開いたら、その膨大な空間の捻じれで、こんな小さな狭間の世界なんて消えて無くなるのだから、気にしても仕方無いじゃない?」
「そんな事?!仕方無い!?」
悪夢獣によって目の前で愛する者を失い、恐怖と怒りと悲しみと絶望を味わった。
これまでに悪夢獣の脅威に晒され、蹂躙され、自分と同じように負の感情を垂れ流してきた人々を数多く見て来た。
邪法の力に魅入られ、振り回され、自らを破滅に追いこんでいった者達の姿を見てきた。
邪法のせいで苦痛を味わい、恥辱を味わい、そして命すら散らしていった者達の姿を見てきた。
王国がやっきになって探している、絶望と不幸を振り撒く元凶が今、目の前にいる。
自分のエゴの為だけに世界を消滅させようとしている存在が目の前居に居る。
「俺はお前には協力しない!悪夢獣を生み出したお前を、この世界を消そうとするお前を、俺は許さない!!」
叫ぶと同時に懐に忍ばせてあった短剣を抜き、エイミアに斬り掛かる。
「ショウマ!!」
シアニーの注意の声と背筋に走った悪寒に従って、慌てて横へと飛ぶ。
『お姉様、大丈夫ですか!』
少女らしき声と共に現れたのは巨大な黒い脚。
もしあのままエイミアに向かって直進していたら踏み潰されていただろう。
「こいつは…まさかっ!!」
色は漆黒で異なっているが、その姿には見覚えがあった。
見上げるとはっきりとその姿を理解する。
流れるような流線型の全身に天使のような巨大な翼。
頭部にあたる部分には魔動陣を象った飾り角。
「ルシフィロード…だと……」
「ええ、そうよ。あなたの置き土産は私が活用させて頂いているわ。少し邪法で強化させて貰ったけれどね」
エイミアを掌の上に乗せ、漆黒の巨人が立ち上がる。
邪法の影響だろう。
神々しい輝きを放っていたはずの機体は、悪夢獣を凌駕する程の禍々しさを放っている。
「思わず断ってしまったのはいきなりの事で混乱しているからでしょう。だから1ヶ月間、考える時間を上げるわ。もし協力してくれれば手荒な真似はしなくて済むものね」
エイミアとルシフィロードはゆっくりと上昇していき、ショウマ達が何かをする間もなく、夜の闇に紛れてその姿を消し去る。
「くそっ!1ヶ月経っても俺の考えは変わらねぇ!この世界を消滅させたりするもんかっ!!!」
エイミアの消えた虚空に向かい、ショウマは自分の決意が変わらない事を叫んだ。




