第92話 銀の女王
エイミア=ミレイユ=ラ=フォーガンは異端の子として生を受けた。
王族であるフォーガン家には金髪の子供しか生まれない。
例え片親の髪色がどんな色であろうと、子供は必ず金色の髪を持って生れて来る。
金髪家系であるフォーガンの血が濃いせいなのか、それともこれまでの長い間、ずっと偶然が続いていただけなのかは分からない。
だがフォーガン王国の建国以来、王家に生まれて来る者は金色の髪を持つというのが当然のように言われ続けていた。
そんな中でエイミアは銀色に輝く髪色を持ってこの世に生を受けた。
彼女は忌み子としてすぐに殺されるはずだったが、母親の懇願により命を奪われる事だけは免れた。
ただ王家の人間とは認められず、市井の孤児院前に捨てられたのだ。
そして16年。
エイミアが驚くほど美しく成長した頃にそれは訪れた。
城からの使いがやってきて、彼女こそ、現王家の正当な王位継承者であると告げられたのだ。
この頃のフォーガン王国は周辺国との戦争や権力争いで王族の殆どは死に絶えていた。
残っていたのは、年端のいかない小さな子供か嫁いできた王家の血を継がない者ばかりで、王家の血を受け継いでいた者の中の最年長がエイミアだったのだ。
当初、彼女を見出した大臣は、彼女の事を傀儡とした政権を企てていたのだが、彼女には政治家としての才覚があったようだ。
フォーガン王国初の女王として祭り上げられて僅か半年で政に関する全てを覚え、たったの1年で数多くの味方を作って自分を害する大臣や摂政を排し、完全に政権を掌握したのだ。
エイミア女王はその巧みな政治手腕以上に、その美貌が注目された。
見目麗しいという言葉さえ霞む程の彼女の美しさは神の美とさえ評され、彼女の姿を一目見ただけで、周辺諸国の王は戦争を止めたと言われ、それどころか彼女の言葉一つでフォーガン王国周辺の全ての国が不可侵条約を結んだという逸話さえある。
こうして彼女が20歳を迎える頃にはフォーガン王国は他国からの侵略に怯える事も無い平和を手に入れたのだった。
そんな彼女が次に求めたのは永遠の美。
究極とも言える美を持つ彼女は、その美貌のおかげで国を平和に導く事が出来たのだから、それを永遠に残したいと考えるのも当然。
そして数年後には、彼女は不老不死となる方法を突き止めた。
その方法とは、"時の棺”と呼ばれる時間の流れが止まった空間にその身を預けるというだけの簡単なもの。
エイミアは躊躇する事無く、時の棺にその身を委ねた。
だがその不老不死の方法を試した事が彼女の人生において唯一の汚点だった。
時の棺は確かに彼女の肉体を永遠のものにした。
だがそれと同時に彼女の精神は肉体と離れ、精神だけの存在となってしまったのだ。
これでは自分の美を生かす事が出来ないと悟り、すぐに肉体に戻ろうとしたが、既に時の棺へと繋がる入口は閉ざされてしまい、彼女の肉体はいずこかへと消えてしまったのだった。
それからの彼女は何百年という長い間、自身の肉体を探し回ってきた。
精神だけの存在では不便な事も多かった。
他の人間に憑依する事は出来たが、それも短い時間の間だけ。
ただ50年が経った頃には、それすら楽しむ余裕が生まれていた。
いや、楽しもうとでも思わなければ、心が荒み、乾いてしまうと理解したのだ。
その後、目的は異なるが自分と同じように時の棺の力で不老不死となって精神だけの存在となった者達に協力したりして、自分の肉体を探し続けた。
そして今から100年程前。
彼女はとある情報を手に入れる。
それはサイヴァラス聖教国の地下に美の女神が祀られているという情報だ。
彼女は大神官や教皇にまで憑依して、その真偽を確かめようとした。
その結果、地下に美の女神と呼ばれる女性の肉体が存在するという確かな情報を得たのだった。
だがそこに至る道は今は閉ざされていた。
200年程前までならその道は通じていたそうだが、今は聖樹の根が伸びて道を完全に塞いでしまっていたのだ。
たとえ焼き払おうが、魔動機兵を利用して切り倒そうが、聖樹の根はあまりに巨大過ぎて焼け石に水。
エイミアが諦めかけた頃、魔動機兵を遥かに超えたこの世の理から外れた力を持つルシフィロードが現れる。
この力があれば聖樹を消滅させる事も不可能ではないだろう。
だがルシフィロードはその操縦者と共に禁忌の地へと消え去ってしまった。
だが彼女は諦めなかった。
70年以上の歳月を費やして、人体にとって毒となる大気を浄化して、その中でも自由に行動が可能となる防護服を作り出し、凶暴化した獣を殺し、手懐ける方法を模索した。
そして遂に彼女は禁忌の地の奥でルシフィロードを手中に収め、邪魔な聖樹を消し去り、念願だった自身の肉体を取り戻した。
「なんて清々しい気分なのかしら。やっぱり自分の身体が一番馴染むわね」
銀髪の美女・エイミアはルシフィロードの掌の上で裸身を晒し、風を、太陽の光を、その全身で感じていた。
季節は雪が降る程の寒い冬。
それにも関わらず、彼女は寒さを感じていなかった。
それどころか全身が歓喜に火照り、暑いくらいだった。
だが真に喜ぶのはまだ早い。
確かに自身の身体を取り戻す事は長年の夢であった。
だがそれと同じくらい、もう1つ、果たす目的がある。
それを達した時、彼女は本当の希望を得るだろう。
その為に彼女は長い時を掛けて、様々な障害を排除し、様々な実験を繰り返してきたのだ。
「ふふふっ、あまり期待はしていなかったけれど、あの王子様はしっかりと彼を覚醒に導いてくれたみたいね。おかげで1つ私が手を下す手間が省けたわ。後は彼の返答次第ね」
エイミアは嬉しそうな笑みを浮かべる。
目的を成就させる事が最優先ではある。
だがその道程も楽しみの1つだった。
長い人生を送る中では楽しみが無ければ生きていけない。
心が枯れてしまえば、たとえ肉体が滅びなくても人は死を迎えてしまう。
だからこそ彼女は常に楽しむ事を忘れないのだ。
「さぁ、私を楽しませてちょうだいね」
エイミアの瞳は、まだ見えぬシンロードの街に向けられていた。
そこにいる彼と出会う事が楽しみでしょうがないという表情を浮かべながら。
* * * * * * * * * *
学園の年末休暇が始まった初日。
ショウマはスーツにネクタイという珍しく正装をしていた。
それもそのはず。
今日はアメイト家の食事会に呼ばれているからだ。
一応、手土産も用意した。
数日前にシンロードと王都の間にある山間部に出現した悪夢獣を討伐した際に、少し王都まで足を延ばして、買ってきた有名な焼き菓子だ。
貴族御用達という事で少々値は張ったが、見た目も上品で味もかなり良い。
王族の口には慣れ親しんだ味かもしれないが、何も無いよりはマシだろう。
「ショウマ様ですね。ようこそいらっしゃいました」
アメイト家の門扉の前まで来ると、いつ来ても良いように待ち構えていたのか、朗らかな笑顔の老執事が迎えてくれた。
更に屋敷の入口をくぐると、恐らくはアメイト家に仕える使用人のほぼ全員が並んで、ショウマを熱く迎え入れる。
熱烈な歓待にどうにも居心地の悪さを感じるが、それも仕方がない事。
ショウマは彼ら彼女ら全員の娘であるシアニーをアレスの魔の手から守り、アメイト家そのものを守った英雄的な存在だ。
その上、将来的に彼に仕える事になるだろうとなれば、使用人達のこの態度も頷けるものがある。
「よく来てくれました、ショウマさん」
奥から質素ながら上品な薄緑のロングドレス姿のメアニーが姿を現す。
その姿は二児の母とは思えないくらいに若々しく、シアニーと姉妹といっても良いくらいだ。
「この度はお招き頂きありがとうございます。これは大したものではありませんが」
「あらあら、そんなに気を遣わなくても良いんですよ。あなたは近い将来、私の息子になるのですから♪」
手土産を側に控えていた老執事に渡そうとするが、それよりも早く、メアニーが駆け寄り、ショウマの腕を抱くように掴まえる。
メアニーに引っ張られて奥へと向かいながら、ショウマはやはり母娘なのだと実感する。
シアニーの爛漫さは母親譲りということだろう。
嬉しそうな表情はシアニーにそっくりだ。
「ちょ、ちょっとお母様!何をやってるのよ!!」
「シアちゃんが恥ずかしがって出て来ないから、その間に私が取っちゃおうかなって♪」
「ななななっ!そそそそそんなの駄目なんだからっ!!」
騒ぎを聞き付けて部屋から出てきたシアニーが駆け寄り、2人を引き剥がす。
「ふふふっ。こうでもしないと中々素直に出来ないじゃない」
「だ…だって……」
ショウマはシアニーの姿に目を奪われる。
金銀の糸でバラが刺繍された真っ赤なドレス。
胸元にはバラの意匠を象ったブローチが嵌められている。
そのドレスの鮮やかさと金糸のような髪を結ばずに下ろしている新鮮な姿に心が奪われていた。
だが最もショウマの目を釘付けにしたのは、ドレスがオフショルダータイプで肩口から胸元までが大胆に見えている所だ。
コルセットを嵌めて普段以上に腰に括れを作っている為、大きな胸が強調されているというせいもある。
「すごく綺麗だ」
「はあぅっ」
さすがに母親や使用人達の前なので、思わず抱き締めたくなる衝動をなんとか抑えて感想を述べる。
ありきたりな感想だが、シアニーに対しては絶大な威力を発揮したようで、大胆に晒している肩口まで真っ赤になって固まっている。
「あはは、シアのこんな姿を見れる日が来るなんてね」
そう言って現れたのは車椅子に身を預けた青年。
メイドの女性に押して貰いながら、ショウマの前までやってくる。
「はじめまして。アメイト家当主、アントーン=アメイト=ド=フォーガンです」
アントーンは治癒魔動陣のおかげで怪我もかなり治り、元気になった。
だが下半身は未だに動かす事が出来ず、治療の為に入院生活が続いている。
治癒魔動陣は人の持つ自然治癒力を高めるもの。
その効果を長い間受け続けても動くようにならないという事は、治る見込みが少ない事を意味する。
今回は年末という事で一時的な退院だが、車椅子に慣れたら完全に退院する事が出来るだろう。
ただ今後、騎士としての復帰は見込めないだろう。
だが彼はそんな事をおくびにも出さず、笑顔でショウマを迎える。
「今回は色々と世話になったようだね。心から感謝するよ」
「いえ、俺は自分の想いのままに動いただけですよ」
アントーンの差し出した手を握り返しながら、ショウマは苦笑を浮かべて答える。
「いや、普通ならいくら想っていても簡単には行動には移せないものさ。特にフォーガン家筆頭のオーレリア家を相手にしたら、その名前を聞いただけで尻込みしてもおかしくないんだからね。だから今後とも妹を宜しく頼む。幸せにしてやってくれよ」
「ちょちょちょっと!お兄様!いいいいきなりななな何を言ってるんですかっ!!」
「おや?僕はてっきり「妹さんを下さい」って挨拶に来たのかと思ったんだけど?」
「ちちちち違うからっ!!!そんなんじゃないからっ!!」
「ん?俺はそのつもりで来たんだけど?」
ドレスと同じくらいに真っ赤になって否定の言葉を口にするシアニーに対し、ショウマはあっけらかんとした様子で肯定の言葉を口にする。
「ほら、ショウマだってそう言って……って、ふえええぇぇぇっっっ!!!!」
思いがけないショウマの言葉にシアニーは大パニック。
思考が追い付かないのか、口をパクパクと開いているのに声が出て来ない。
「ほらほら、シアちゃんをからかっていないで、こちらへどうぞ。間も無く食事の用意が出来ますよ」
「……へ?か、からかっ……ってちょっと、どういう事!お母様?お兄様?!」
メアニーとアントーンはそんなシアニーの様子を笑いながら、奥の部屋へと向かう。
そこでようやく自分がからかわれていたという事を知る。
「うぅ~、なんで初対面なのにこんなに息が合ってんのよ~」
恨みがましい目をショウマに向けるシアニー。
「からかったつもりは無いぞ?俺は本気でそのつもりで来たんだけどな~?」
その言葉に彼女は再び赤面し、固まってしまうのだった。




