第90話 幸せな最期
異世界の機兵騎士
第6章 真紅之花嫁編
第90話 真実の報告
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フォーガン王城内の国王の執務室。
壁際には本棚が立ち並び、豪華な装丁の施された書物がビッシリと並んでいる。
奥にはアンティーク感が漂う大きな木机があり、そこに1人の男性が座っていた。
彼の名はアーガス=オーレリア=ド=フォーガン。
現フォーガン王国の国王なのだが、先王が武漢であったのに対し、彼は治安や内需の拡大を優先する戦をあまり好まない文人である為、あまり威厳が感じられない。
「まずは息子の非礼をお詫びする。済まなかった」
アーガスは立ち上がり、机の前まで来ると深々と頭を下げた。
彼の前には今回の騒動を収めたショウマ達の姿があり、その突然の国王の態度に言葉が出て来ない。
ただ1人を除いて。
「ふん。政治なんぞに現を抜かして、育児を他人任せにしていたせいじゃの。もっとあ奴の事を見ておれば、兆候を見つける事が出来たじゃろうし、暴走を防ぐ事も出来た筈じゃ」
親子程の年齢差があり、その上、小さな頃からアーガスの事を知っているフィランデルが説教する。
相手が国王だろうが、彼にとっては関係ない。
「重ね重ね申し訳ない。一応、不穏な動きがある事を察知し、シルフィリットに調査を頼んでいたのだが……」
今、この場にシルフィリットは居ない。
命を削って使用した獄浄の炎の影響で、昏睡状態にあるのだ。
ただ数日もすれば生命力も戻り、元気を取り戻すので安心だという医師のお墨付きがあるので、心配は無かった。
「それと妻と他の者達を救って下さり、心から感謝する」
再び頭を下げるアーガスだが、流石に2度目ともなると驚きは小さかったようで、今度はシアニーがそれに対し答える。
「いえ、結局、アレスに操られた騎士団の方達を救う事は出来ませんでした。それに王国機も……」
「彼らについては騎士の誇りを傷付けないよう配慮しよう。遺族にも誠意を尽くすつもりだ。王国機に関しては気にする必要は無い。彼の剣技が凄かったのだろう。魔動力炉は新造せねばならんが、それ以外はかなり綺麗に切断されていたので、修復に時間は掛からんとの事だ。シェイティアも同様だ」
その言葉を聞いてホッと息を吐いたのはショウマだった。
正直に言えば、アレスとの技量差と機体性能差を考えれば、フェアリュートを無傷で無力化する事も出来ただろう。
だがそうしなかったのは、二度と変な気を起こさないように恐怖心を与える事が目的だった――というのは建前で、単純にアレスに対して頭にきていたからであった。
あの時にシアニーが言っていたようにアレスをブッ飛ばさなければ気が済まなかったのだ。
後になって事の重大さに気が付いたのだが、お咎めが無くて一安心という所。
「さて、事のあらましは、おおよそ聞き及んでいる。アレスについては過去における暗殺計画やテロの幇助、それに邪法の使用の事もあり、重い罰となるだろう。いくら王族であり、我が息子とはいえ例外は無い」
邪法を使用した者は死刑か永久禁固刑のどちらかが課せられる。
どちらにしろもう一生、アレスと顔を合わせる事は無いだろう。
「それよりも分からないのはお主だ。ショウマ=トゥルーリ。お主は一体、何者なのだ?」
ついに話の矛先がショウマへと向く。
黄金の光を纏った白銀の騎士を駆る、黒髪黒瞳の青年。
伝承から抜け出してきたようなその姿を目の当たりにすれば、彼が何者なのか疑問に思うのも当然だ。
彼の口から自分が救世の騎士だと言う事は聞いているが、それが意味する所をまだはっきりと聞いてはいない。
「ええっと…そうですね。何から話すべきか………まず自分の本当の名前はシン。シンタロウ・リンドウ。この世界とは別の世界から来ました」
「え?ショウマって本名じゃなかったの?」
「そういう事。ただショウマとして過ごしてきた事も事実だし、ややこしいから、今まで通り、ショウマで構わないよ」
今更、別の名で呼べと言うのも混乱するだろうから、シアニー達に最初にそう伝えておく。
「えっと、それから、今から80年程前にも俺はこの世界に来た事があります。その時にまだ無名だったキングス工房に世話になり、魔動機兵を作り出して悪夢という存在と戦い、今の救世の騎士の伝承が残す通りにこの世界から悪夢を全て滅ぼして元の世界に戻ったんです」
異世界人である事から魔動力が無い事。
魔動輝石によって魔動力を得る事が出来る事。
そしてあの時、どんな事があり、何をしたのか。
ショウマは事細かに説明した。
「にわかには信じられん……が、王家で保管されている歴史書との齟齬は無い。いや、逆に詳しいくらいだ」
歴史書は国家機密が多く含まれている為に一般には公開されていない。
歴史書の記録は1ページ毎に別の人間が執筆し、閲覧出来るのはフォーガン王だけ。
つまり全てを知っているのは現国王のアーガスか、その当事者だけという事になる。
ショウマが嘘やデタラメを言っている訳ではないという確たる証拠と言えるだろう。
「まさか儂の母やシルフィリットの曾婆さん、更にはアイリ理事長とも知り合いとはのう」
その3人はシンが愛した女性達だ。
フィランデルにはちゃんと父親が居り、彼も父親似だという事から血の繋がりは無いだろうが、シルフィリットは曾祖父が異世界人だったと言っている。
髪の一部が黒い事からも、曾孫である事は間違いないだろう。
だが敢えて知り合いだったという程度に留めておく。
身体年齢的に年上のシルフィリットに「曾お祖父さん」なんて呼ばれても困るし、呼ぶ方も困惑するだろう。
それに3人の女性と、いや正確には元の世界にも妻が居るので4人の女性と恋仲だなんて言う事をシアニーが知れば、どういう行動に出るか分からない。
最悪、刺されるかもしれない。
最愛の女性の1人に刺されるなら本望と言いたい所だが、ショウマだって命は惜しいし、痛い思いもしたくない。
それにシンとしての記憶が蘇ったとしても、ショウマとして今のこの時代、この世界で最も愛しているのは彼女だけ。
その気持ちに揺るぎは無い。
「色々と理解しずらい部分もあるのだが、お主の素性はとりあえずは分かった。それでは先程申していた悪夢とはなんなのだ。悪夢獣と何か関係しているのか?」
「悪夢は恐怖と絶望を振り撒く存在です。この世界に絶望した異世界人のなれの果て」
ショウマがそう言った所でシアニーが心配そうな表情を浮かべる。
「大丈夫。俺は絶望したりしないよ」
そう言いながらシアニーの頭を撫でる。
80年前。一度絶望に飲まれ掛け、愛する女性達に助けて貰った事がある。
そして2年前にも同様に悪夢になり掛けて、目の前に居る少女の声で助かった。
愛する者が側に居る限り、彼は絶望に屈したりはしないだろう。
「そして悪夢獣は悪夢を模倣したものである可能性が高いです。最初は恐らく、ただの動物の突然変異か何かだったんでしょう。けど突然変異種は大量発生したりしません。けれど悪夢獣はその数を増やしている。邪法がある事から分かる通り、近年の悪夢獣は人為的に造られた存在なんじゃないかと俺は思っています」
「あ、あの、そのことならば……」
ここまで驚きの連続で声すら上げる事が出来なかったレグラスがようやく声を上げる。
成り上がりとはいえ、一応は貴族。
目と鼻の先に国王が居るという事で、ガチガチに固まって物音すら立てずに直立不動のレリアよりは、若干だが耐性があったようだ。
「アレスの奴が“あの女”から邪法の武具をどうのこうのって言ってたのを思い出しました」
「ふむ。その者の素性が分かれば、邪法の作成者にも繋がるという訳か。ではそれに関してはこちらで対応しよう。さて、それで本題なのだが、お主の力で本当に全ての悪夢獣を滅する事が出来るのか?全ての絶望を希望に変える事は出来るのか?」
「いえ、あれは結果的にそうなったってだけですし、伝承が誇張してあるだけですよ。そもそも悪夢獣と違って悪夢はそこまで個体数が多かった訳では無いですし。確かに今の俺の力はこの世の理から外れた力。自分で言うのもなんですが、この世界では最強と言えるでしょう。悪夢獣を駆逐する事も可能でしょうが、生み出している者が居る限り、完全に殲滅する事は出来ません」
黄金の魔動力は通常の魔動力を遥かに超えた力を持っている。
簡易に描いた転移魔動陣で任意のものを引き寄せる事が出来るし、どんな属性でも使いこなす事が出来る。
シアニーの力を借りたのは、彼女の力を使って攻撃すれば、少しは気分が晴れるだろうという心遣いからだ。
そして何よりこの魔動力の最大の特徴は、魔動力そのものを物質化する事が出来るという点だ。
シルブレイドをエクスブレイドに生まれ変わらせたのもこの力だ。
今回、軽々とやってのけたように見えるが、魔動機兵の製作に携わり、ヘビーギアの開発設計主任であり、両方の構造を熟知した彼だからこそ出来た事であって、易々と出来る芸当では無い。
それに物質化は魔動力を大量に消費するのだ。
魔動輝石に溜めておける魔動力にも限度があり、使い切ってしまえば当然、力は使えなくなってしまうので、あまり多用は出来ない。
強力な力ではあるが燃費が悪いのが、黄金の魔動力なのだった。
「そうか。となればやはり、アレスに邪法の武具を与えたという女性から元凶を辿る必要がある訳だな」
邪法の武具を生み出している者と悪夢獣を生み出している者が同一人物とは限らないが、その女性を追えば、きっと手掛かりは掴めるだろう。
「あい、分かった。フォーガン王国、いや全世界に呼び掛けてでも元凶を突き止める事を約束しよう!」
アーガスが高らかにそう宣言する。
「さて難しい話はここまでにしよう。わざわざお主達を呼び出したのは、今回の件を収めた功労者として褒美を取らせようと思ってな。なんなりと申すが良い」
アーガスの言葉にレグラスとレリアはとんでもないという表情を浮かべる。
2人はその場にたまたま居合わせただけで、王妃を含む参列者を守っていたのは、実質シルフィリットである。
褒美を貰うような事は殆どしていないし、恐れ多過ぎるという事で辞退する。
「儂はただの通りすがりじゃ。それに今更、欲しいもんもありゃせんわい」
「私も辞退させていただきます、伯父様。結局、私は彼の思惑に乗せられていただけですし。もしショウマが駆け付けてくれなかったら、何も知らずに何も考えずに心を閉ざして、彼の操り人形と化していたでしょうから」
フィランデルとシアニーもそれぞれ辞退を述べる。
「ふむ。そうなるとショウマ、お主だけだ。お主はアレスの暴走を食い止めた一番の功労者だ。お主にまで辞退されては王としての体面が立たん」
そんな事を言われてしまっては断る訳にはいかない。
「では僭越ながら、アメイト家への支援をお願い致します。現当主のアントーン様が存命であったとはいえ、未だ重傷で暫くの間は、動く事も出来ないでしょう。騎士として復帰出来るかも不明な状態です。シアが…あ、いや、シアニーが学園を卒業して正騎士になるまで、いや、アントーン様が復帰されるまでで構いません。彼女の家族、そしてそこで働く使用人達の生活の保障をお願い致します。それ以外は望みません」
ショウマの申し出に驚くシアニー。
確かにアントーンが生きていたとはいえ、ただそれだけで生活が保障された訳ではない。
例え王族であっても何かしら仕事に従事していなければ、給料は支払われない。
働かざる者食うべからずというやつだ。
いくらシアニーに対して学園から支給金が支払われるとはいえ、家を維持し、使用人の給料を支払うにはそれだけでは全然足りない。
それにアントーンの怪我がどの程度かはまだ不明だが、その治療費も必要となる事を考えると、相当な費用となるだろう。
シアニーはバイトでも始めなければいけないかもしれない等と考えていたくらいだ。
その矢先にこれである。
「はっはっはっ、流石は救世の騎士!愛する者を救うという、正に救生だな。望めばシルフィリットのように正騎士の地位と称号を授かる事も出来たであろうに。あい、分かった。お主の男気に感服した。彼女の卒業までオーレリア家、いやフォーガン王家が全面的に支援を行うと誓おう!」
「ありがとうございます。あ、それと王妃様にお詫びしておいて下さい。アメイト家の当主候補として俺の後見人になって頂いたのですが、アントーン様が存命である以上、その意味が無くなりましたので、当主候補の座から降りさせていただくと」
「そのことなら気にするでない。どうせ、近い将来、お主もアメイトの人間になるのだし、そのままでも問題無かろう」
「え?」
今回の転移でどれくらいこの世界にいられるかは分からないが、数年後にはきっとシアニーと結婚している事だろう。
たとえ救世の騎士でも、たとえ世界を救った英雄だったとしても、この世界にフォーガン王家より高い身分は存在しない。
つまり彼女と結婚するという事は、必然的に身分的に上位の王家の婿養子という事になり、アメイト家の人間になるという事だった。
「え、ああ、そうか。そうか。そういう事……か」
理解し、隣にいるシアニーに視線を送る。
「なななな何よっ!」
彼女の方も言葉の意味を理解しているのだろう。
どこまでを想像しているか分からないが、耳まで真っ赤だ。
ぶっきら棒な口調も、ただの照れ隠しに過ぎない。
そんな彼女が愛しくて堪らない。
シンとして転移した際はこちらに残した3人の恋人と幸せに暮らす事は叶わなかった。
だから今度は、ショウマとして彼女と幸せを築いていきたいと願う。
(カティ。君が最後に望んだ通りに俺は君達の分までシアと幸せになるよ)
シアニーと同じくらいの比率で心の中を占めている少女の笑顔にそう誓う。
それこそが彼女の供養になるのだから。
(あ、いや、もう1人だけは俺の手で幸せにしてやらないとな)
シンとして出来なかった事をする。
ショウマは金色の髪の女性の顔を思い浮かべ、そう心に刻むのだった。
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王都から戻ってきたショウマは皆に別れを告げると、一目散にシンロード魔動学園へと向かった。
その敷地内にある理事長の屋敷へと。
「お待ちしておりました」
待ち構えていたかのようにエルアが頭を下げて、ショウマを迎え入れる。
「その様子だと全てを理解してるって事かな」
「はい、おおよそは。お部屋でお待ちですので、ご案内致します」
やや長めの廊下を進んだ先に彼女の私室はある。
「私の案内はここまでです。後はショウマ様お1人でお願い致します」
「ありがとう」
気を遣ってくれたエルアに感謝の意を伝えてから、ショウマはノックをしてから部屋に入る。
そこにはベットの上で半身を起こしたアイリッシュが居た。
「お待ちしていました、ショウマさん……いえ、シンさん……」
「最初から気付いていた…って訳では無さそうだな?」
老化のせいで目が見えなくなったアイリッシュ。
もし彼女の目が正常であれば、ショウマと初めて会った時に、彼の姿がかつて自分が愛した男性と全く同じだった事に気が付いただろう。
「最初に声を聞いた時に似ているとは思いました。ですが記憶を失っていたせいなのか、雰囲気が少し違っていたので確信は持てませんでした。けれど先日、この闇しか映さなくなった瞳の奥に、優しくて温かい光が灯ったのです。それであなたがシンさん本人、あるいはその生まれ変わりなのではないかと。そして今、目の前にある温もりで確信を得ました」
「そっか…随分待たせてしまって済まなかったな、アイリ」
ショウマはアイリッシュの隣まで近付くと、その小さな体を優しく抱き締める。
「いえ、あなたはこうして戻って来てくれた。もう会えないと思っていたのに、こうして会う事が出来た。それだけで十分に報われました」
アイリッシュは恋する少女のような笑みを浮かべ、嬉し涙で頬を濡らしながら、ショウマを抱き返す。
どれくらいの時間、そうして抱き合っていただろうか。
徐々にショウマを強く抱き締めていたアイリッシュの腕から力が抜けていく。
「お疲れ様、アイリ。ゆっくり休んでくれ……」
とても幸せそうな彼女の寝顔。
その顔を目に焼き付けるかのように暫くの間、眺めた後、彼女を横にして、その手を胸の前で組ませる。
「さよなら。そしてありがとう。あっちで2人に会ったらよろしく伝えておいてくれよ」
この日、シンロード魔動学園創設者であるアイリッシュ=ミレイユ=ラ=フォーガンは、愛する人に看取られ、幸せの内に永眠した。




