第89話 奇跡の黄金騎士
ショウマは金色に輝く光の中に立ち、目の前にいる闇よりも暗い存在と戦っていた。
彼の隣にはどこかで見覚えのある4人の女性が並んでいる。
柔らかで優しそうな赤髪ポニーテールの女性。
少年のような無邪気で快活そうなショートヘアの黄色髪の少女。
ややウエーブの掛かった透き通るような金髪の愛らしい少女。
長い黒髪の利発そうな女性。
そしてその最後の黒髪の女性が、ショウマの記憶の中に出て来る顔を思い出せなかった女性の影と重なる。
時に優しく、時に厳しく接してくれる彼女は彼にとって、とても大切な存在でかけがえの無い存在。
いや、彼にとって他の3人も特別な存在だった。
ただその3人とは物理的に一緒に過ごす事が出来なかっただけで、黒髪の彼女と同じくらい彼は3人を愛していた。
(そうか……そういう事だったんだ……俺は………)
おぼろげだった記憶の中の黒髪の彼女の顔が鮮明になると同時に、まるで間欠泉のように記憶が噴き出して、欠けていた記憶のピースを埋めていく。
(そうか。俺の本当の名前はシン……竜胆慎太郎……翔真は俺の息子の名前……)
ショウマは…いや、シンは全ての記憶を取り戻した。
その切欠は愛する者を得たからなのか。
それともルビーハートの光のおかげなのか。
理由は分からない。
だが彼は思い出した。
今から70年以上前にこの世界を訪れていた事を。
全ての悪しき夢を滅ぼして、元の世界に戻った事を。
いつかこの世界に再び来られる事を夢見て、研究を続け、ヘビーギアという魔動機兵もどきを生み出した事を。
アーシェライトの前世が起こしてしまったという新型の起動実験中の爆発事故により、再びこの世界に飛ばされてしまった事を。
理由は不明だが10代の頃の姿に戻ってしまっていた為に、記憶が欠落し、混乱していた故に、自身をショウマだと思い込んでいた事を。
そして伝承にもなっていた救世の騎士が自分の事であるという事を。
(今の俺なら、あの時と同じ事が出来る筈だ)
今の彼の体内には魔動力が満ちていた。
本来、魔動力を持たない異世界人である彼の体内に魔動力が備わる事はありえない。
だがただ1つだけ、その方法が存在していた。
魔動輝石と呼ばれる宝石内に溜まった魔動力を、魔動力を持つ者との口付けを切欠に体内に取り組む事で魔動力を発現させる事が出来るのだ。
そしてルビーハートこそがその魔動輝石。
ルビーハートから発した赤き光は、彼の体内に取り込まれ、そして金色の光へと変化していく。
この金色の魔動力こそ世界を救済した救世の騎士の力。
その力は人々に希望を与え、絶望を覆す力。
だから願う。
この時代に生きる、彼と彼女の愛する人達を救う為の力を。
「さぁ、起こしてやるぜ!奇跡ってヤツをなぁっっ!!!」
叫んだ瞬間、黄金の光は爆発し、彼の世界を覆い尽くした。
* * * * * * * * * *
「一体、何が起こったって言うんだ?!」
レグラスはその光景に驚きの声を上げる。
「けど嫌な気分はしない。逆にどこか温かさすら感じる」
窮地に立たされ、険しくなっていたレリアの表情も、それを見ている内に穏やかで柔らかなものになっていく。
「……白銀…にして…黄金の…………」
シルフィリットが呟いた言葉は、救世の騎士の伝承の中の1節。
確かに言われてみれば、そう見えなくもなかった。
圧倒的な力でシルブレイドを戦闘不能にしたフェアリュートがもう一撃を放とうと進み出た次の瞬間、シルブレイドから黄金の光が立ち昇ったのだ。
白銀色のシルブレイドの鎧甲とそこから昇る黄金。
そのコントラストはあまりにも美しく、皆が今現在置かれている状況を忘れて見蕩れてしまう程。
それはアレスも同様だったが、すぐに我に返る。
『ええい、何だというのだ!この私がこんなものに惑わされたりはしないぞ!!』
無数の炎の塊を生み出し、片膝を着いた状態のシルブレイドへと放つ。
一発の威力はそれ程ではないが、炎塊が当たる度にシルブレイドの鎧甲が弾け飛んでいく。
徐々に削がれていく鎧甲。
それと反比例するように黄金の輝きはどんどん増し、どんどんと強くなっていく。
『こんなものなんだというのだ!黄金が何だというのだ!救世の騎士などお伽噺に過ぎない筈ではないか!そんなものでこの私をどうにか出来ると思うなっ!!』
フェアリュートが両手を掲げ、その上に光を凝縮した槍を生み出す。
『これで止めだ!』
光の槍がシルブレイドの胸部へと向けて放たれる。
光の如き速さで光槍はシルブレイドを貫いた――かに見えた。
『何故だ!?』
光槍はシルブレイドに当たる直前に黄金の光に阻まれ、そして少しの間だけその場に留まった後、力を失って霧散する。
『何故だ!?何故、貫けない!!これは世界最強の魔動機兵なんだぞ!王国機“フェアリュート”なのだぞ!!何故だ!何故だ!何故だ!!』
フェアリュートが更なる力を込めて、全てを飲み込まんばかりの巨大な光槍を生み出し、撃ち放つ。
それとほぼ同時にシルブレイドから立ち昇っていた黄金の光が溢れんばかりの光を放ち、爆発する。
光に焼かれて失っていたアレスの視力が戻って最初に目に入ったのは白銀にして黄金。
『そ、そんな……ありえん……ありえる筈が無い!何故、再生している!何故、何故、新しくなっている!!』
先程まで目の前にあったのは、全身を熱に溶かされ、全ての鎧甲を剥ぎ取られたガラクタ同然の機体だった。
だが、今、同じ場所に立っているのは、磨かれたように白銀色に輝く鎧甲を身に纏い、その周囲を黄金の光に包んだ真新しい機体。
細部は以前に比べてシャープでスマートになっているが、その頭部から突き出た剣状の角が、それがシルブレイドだという事を示していた。
「ウソ……一体何が起きたの?」
その新たなシルブレイドの操縦席でショウマにしがみついていたシアニーは周囲を見回しながら状況を確認する。
2本のレバーと2つのフットペダルというこれまでの操縦席と基本構造は変わっていないが、レバーのグリップ部には魔動力伝達用らしき魔動石が嵌め込まれており、シート部分も若干広くなっている。
流石に2人が並んで座るには狭いが、膝の上に横座りしていても圧迫感は感じない。
それにヒビ割れて外の光景を映していなかったモニターもまるで新調したように綺麗に外側の光景を映し出している。
見回した際にメアニー達の無事な姿が見えて、僅かにほっと安堵の息を吐きつつも、今の状況に頭が追い付いていかない。
「シアの愛が奇跡を起こしたのさ」
「はうっ!」
改めて直前の自分の行いを思い返して、口元を押さえて顔を真っ赤にするが、それとこれとは別だ。
「そそそそんな事でだだだ騙されないわよ!もしこれがルビーハートの力だったとしても、こんな現象、ありえないから!!」
もし一瞬で新品同様に修復される物があるのならば、魔動技師なんて存在は不要になってしまう。
「まぁ、簡単に言うとこれは救世の騎士である俺の能力だ」
「え?救世…って、ええ?!」
あまりに近くに居た為、気付くのが遅れたが、確かにショウマの身体から黄金の光が立ち昇っていて、それが体内に収まり切れずに漏れ出した魔動力である事を感じる。
「とりあえず詳しい話は後だ。今はあいつをぶっ倒す。シアだってあいつを殴らなきゃ気が済まないんだろ?」
「ああ、もう!分かったわよ!これが終わったらちゃんと説明しなさいよね!!」
後で説明すると言ったのだから、今はもうその事は隅に置いておく。
ショウマの言う通り、アレスをボコボコにしなければ気が済まないのは確かなのだから。
「さぁ、行くぜ、シルブレイド……いや、お前も新しくなったんだし、新たな名前の方が良いよな。よし、決めた。お前の新たな名はエクスブレイドだ!行くぜ!!」
与えられた新たな名を喜ぶかのように魔動力炉が唸りを上げ、エクスブレイドが動き出す。
フェアリュートとの間合いを一気に詰め、右の拳を顔面に打ち込む。
続けて腹部に左拳を突き刺し、最後に左回し蹴りを放って吹き飛ばす。
ショウマがこの5年間で培ってきたシルブレイドの操縦技術と、過去においてシンとして数々の強者と戦って培った魔動機兵の操縦技術。
その2つが組み合わさり、エクスブレイドは理想を遥かに越えた全く無駄の無い、達人すらも驚くような動きを見せる。
更に追撃を掛けようとすると、両者の間にキザーヲのシェイティアが割って入る。
それは見事な忠義とも言えるが、今のエクスブレイドとショウマとでは、機体性能も騎士の技量も次元が違い過ぎる。
『邪魔だ!!』
身を沈め、一瞬でシェイティアの懐に潜り込み、腰部に肘鉄を食らわせる。
と同時に肘に内蔵したパイルバンカーを放ち、腰の魔動フレームを完全に貫き壊す。
たった一瞬で機体を上下に別たれたシェイティアを尻目に、エクスブレイドがフェアリュートに肉薄。
「シア!お前の魔動力を借りるぞ!」
シアニーの右手を取り、一緒にレバーを握り込む。
するとエクスブレイドの手刀のように指を伸ばした右手が一瞬で氷に覆われ、氷槍へと変化。
打ち抜いた一撃はフェアリュートの右肩を貫く。
続いて左手から発した黄金の魔動力で素早く転移魔動陣を描き、そこに左手を突っ込む。
引き抜かれた左手には外壁の上に置いて来た筈のブレイドソーが握られていた。
甲高い音と共に右手を覆っていた氷槍が砕けると同時にブレイドソーを両手で握り込み、腰溜めに構える。
『こいつで最後だ!』
剣の切っ先で地面を削りながら、エクスブレイドが一気に間合いを詰める。
唸りを上げるチェーンソーを交錯の瞬間に振り上げ、そのまま横を通り過ぎる。
チェーンソーが動きを止め、その唸りが途絶えた次の瞬間、フェアリュートの腰から胸の下にかけて斜めにずれて、ゆっくりと地面へと落ちてゆく。
その一撃は操縦席の下にある主魔動力炉も完全に断ち斬っているので、フェアリュートはもう完全に動かなくなった。
だが、まだ気は緩めない。
アレスが邪法の武具を所持している以上、フェアリュートが悪夢獣化して復活する可能性があるのだから。
油断無くフェアリュートを見詰めるが、10秒経っても20秒経っても変化は起きない。
30秒経った頃に、頭を押さえてフラフラと操縦席から出てきたアレスに向かって、フィランデルがゆっくりとした足取りで歩いていく姿を見て、それで終わった事を理解する。
どうやら他人の命は駒としていくらでも使い捨てにしてきたのに、自分の命を懸ける勇気は彼には無かったようだ。
「ふぅ、ようやくこれで一段落だな……」
いつの間にかルビーハートから発していた光も収まり、黄金の魔動力も消え去っている。
1つ息を吐き出したのも束の間、シアニーが詰め寄ってくる。
「ショウマ!どういう事か説明しなさい!!あんたが救世の騎士ってどういう事よ!!あの金色の光はなんなのよ!!!なんで魔動陣が使えるのよ!!!なんでボロボロだった機体が直ってんのよ!!!!というかそもそもなんで魔動力が使えてんのよ!!!!!」
「だぁー!耳元で喚くなっ!あれもこれもいっぺんに聞くな!!ちゃんと説明すっから、少し落ち着けって!そんなんじゃ折角の綺麗な姿が台無しだぞ」
「ふぇっ?!なななな何よ、今更!」
不意の一撃に動揺し、顔を真っ赤にするシアニー。
しかも酸欠状態のように口をパクパクとさせて、声を上げる事も出来ない。
「いや、なんか、ここまでバタバタしてて、ちゃんと言って無かったからさ。本当に綺麗だよ、シア」
ドキリと胸の鼓動が更に高まる。
その声もその仕草もその姿も、彼女が知るショウマそのものだ。
なのにどこかいつもより落ち着いた感じがあり、大人な色気が漂っている。
「ふあ、ショウマ……」
吸い込まれそうな漆黒の瞳に魅入られ、2人の顔の距離がどんどん縮まっていく。
「シア、好きだ。愛している」
改めて気持ちを伝え、その唇が触れ合う――と思われた直前に外部からの声によって遮られる。
「お~い、そこの2人。バカップルぶりが丸聞こえなんだが!そういうのは後にしてくれないだろうか?」
半ば呆れに近い表情をしたレリアがエクスブレイドの足元にまで来ていた。
「ふぇっ!はうっ!!」
「うごっ!」
焦ったシアニーが頭を動かした瞬間、その額がショウマの鼻を見事に頭突き。
かつて世界を救った黄金の騎士は、愛する少女の頭突きによってKOさせられるのであった。




