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異世界の機兵騎士  作者: 龍神雷
第6章 真紅乃花嫁編
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第87話 命燃やして

 シルフィリット達は劣勢に追い込まれていた。

 王妃を始めとした婚前式の参列者を守りながら、殺さずに手加減しつつ、倒しても倒しても立ち上がる相手との防衛戦。

 レグラスとレリアが本来の自身の得意な武器では無く、更に人数の差で負けている。

 その上、騎士団員は倒され、起き上がってくる程にその強さを増していた。

 徐々に疲労も蓄積されていき、たとえ世界最強を謳うシルフィリットが居ても、この状況を覆す事は難しい。

 手段さえ問わなければ恐らく好転させるくらいは出来るだろう。

 だがそれは、守るべき者を見捨てるか、罪なき者を見捨てるかの2つに1つ。

 前者は強制的にこの場にクリムズンフェンサーを転移させる事。

 ただし広さを確保出来ていないので、転移した際に多くの者を踏み潰してしまうだろう。

 それに転移魔動陣の発動時は、そちらに魔動力が吸い寄せられてしまうせいで他の魔動陣が使用出来ない。

 もし今、炎の壁が無くなれば、クリムズンフェンサーが踏み潰すより先に、操り人形となった騎士団員達に蹂躙されるのは目に見えている。

 そして後者は、ただアレスに操られているだけの騎士団員の命を奪う事を意味する。

 それはシルフィリットの全魔動力を放出した大技であるが、使用後に意識を失ってしまうだろう諸刃の剣なのだ。

 もしこれを使用してアレスが健在だった場合、最悪、シルフィリットまで操られかねない。

 どちらの手段でも本当に本当の最後の手段であった。


(ショウマ君が戻ってくれば……けど、期待は出来そうに無いね)


 先程から地面が激しく揺れている上に、人が発するとは思えない凶声も耳に届いている。

 アレスが人為的に悪夢獣化させる手段を持っているならば、使わない筈が無い。

 こっちの騎士団員を悪夢獣化させないのは、その方がシルフィリット達に対して効果的だから。

 悪夢獣となってしまえば確かに強力だが、もう人には戻れないならと、一思いに息の根を止める事が出来るのだ。

 何体を相手にしているかはここからでは分からないが、ショウマの方はそれなりに足止めを食うだろう。


(最後の手段を使う事も考える頃合いか……)


 シルフィリットがそんな事を考え始めた頃、彼はやってきた。


「なんじゃなんじゃ。この程度で苦戦しておって。最強の騎士たる騎士の中の騎士ナイト・オブ・ナイツの名が泣いておるぞ?」


 包囲の外側から悠々と歩いてくる大柄な老人。

 その彼を敵と認識したのか何人かの騎士団員が襲い掛かる。


「さっきの奴らよりは手応えがありそうじゃが……魂の篭っていない剣で儂を傷付ける事など出来んぞ」


 刃が振り下ろされるより早く、唸りを上げた老人の右拳が顔面に突き刺さり、数人を巻き込んで吹き飛んでいく。

 続いて振るわれた左手にはいつの間にか大振りな剣が握られており、閃いた次の瞬間には周囲に居た騎士の首の1つが飛ぶ。

 勢い良く噴き出した赤き鮮血の噴水の中を、老人は悠然と歩いてくる。

 彼は騎士団員達がどういう状況なのかは把握していない。

 だが長年の経験とこの場を漂う嫌な雰囲気から、この凶行を止める為には命を絶つしかないと判断したのだ。


「なんでもかんでも守ろうとするのはお主の良い所じゃが、命だけが守るべきものでは無いのじゃぞ!」

「フィランデル殿……」


 シルフィリットは周囲の騎士達を見回して歯噛みする。

 炎に全身を焼かれながらも向かってくる者。

 腕をあり得ない角度に曲がらせながら、剣を繰り出してくる者。

 足が折れながらも這いずる様に向かってくる者。

 手加減していた為、シルフィリット達の攻撃でここまで酷くなった訳ではない。

 操られ、人体の限界を越えた動きを無理矢理強いられた結果、彼らの肉体はこんなにボロボロになるまで傷付いたのだ。

 その殆どがまるで嘆くような唸り声を上げ、焦点の定まらない瞳からは血の涙が流れている。

 命はたった1つしか無く尊いものだ。

 だが今の彼らの多くは、例え命が助かっても、もう騎士としてはやっていけないだろう。いや、普通の生活をするのも困難かもしれない。

 それにもし傷が完治したとしても、操られ、王妃らを殺めようとした罪の意識に苛まれることになるだろう。

 命を守る事が出来たとしても、騎士として、人として、死んでしまう。


「僕は…………」


 振り下ろされた剣を剣杭で弾き飛ばしながら、シルフィリットは自分が守るべきものが何なのかを自身に問う。

 彼は苦悩していた。

 答えは既に出ている。

 だがその為の覚悟を踏み出す1歩を躊躇っていた。

 別に人の死を忌避している訳ではない。

 旅の最中、襲い掛かってきた野盗を返り討ちにした事など数え切れないほどある。

 悪夢獣との戦いの最中、同僚や友人が死んでいく姿も何度も目撃している。

 怪我に苛まれて苦しむ知り合いを、彼自身の手で楽にさせた事だってある。

 だが、今回は違う。

 大義の無い私欲の為に、望まぬ戦いを強いられている罪の無い者達だ。

 彼らは殺める存在などでは決してない。


「こやつらを苦しみから救ってやるのだ!騎士としての誇りが傷付く前に!人としてその尊厳を失う前に!!」


 フィランデルのその言葉が最後の一押しとなった。


「僕は…………君達の心だけでも救おう。命を救えなかった事に対する恨み事はあの世で聞くから」


 彼らは死んで当然の人間では無い。救わなければならない人間だ。

 その心が人である内に。

 そう呟いた後、シルフィリットの全身から炎が立ち昇る。

 彼の魔動力の特性は、全てを焼き尽くし、邪なるものを浄化する火炎。


「後の事はお任せします。フィランデル殿」

「あい、分かった。存分にその力を揮って来るのじゃ」


 シルフィリットの全身が更に燃え上がる。

 彼の魔動力から生まれたこの炎で自身を焼かれる事は決して無い。

 だがその周囲は別。

 レリアとレグラスはその熱量に当てられて、一気に汗が流れ出る。


「危ないので後ろに下がっていて下さい」


 シルフィリットから立ち昇る巨大な炎の柱に、命令者であるアレスが面食らったせいなのか、操られていた騎士団員達の動きが止まっている。

 その隙に2人はシルフィリットの後ろへと下がる。

 先程より涼しくはなったが、流れ出した汗は止まる事は無い。

 それは暑さのせいではない。

 強大過ぎる力に恐怖を感じ、冷汗となっていたのだ。

 噴き上がる炎はその勢いも熱さも増していく。

 赤かった炎は更に熱量を増し、いつの間にかその色を変えて白色へと輝く。


「これは…まさかっ!!」


 同じ炎使いであるレグラスにはこの炎が何かを理解した。


「……これが獄浄の炎ヘルズブレイズ………」


 それは炎使いの目指す最高位。

 悪夢獣であろうと呪いであろうと、全てを焼き尽くす最大にして最強の炎。

 だがそれは同時に使用者の命をも蝕む。

 命を燃やすという言葉がある通り、人の命は炎に例えられる事が多い。

 獄浄の炎ヘルズブレイズはまさしくその言葉通りで、自らの命の炎を魔動力の炎と混ぜ合わせる事で、限界を越えた熱量を生み出す事が出来るのだ。


「うっ…くっ……」


 白き炎が騎士団員を飲み込んで荒れ狂うと同時に、シルフィリットが苦しそうに胸を押さえる。

 自らの命を削りながら、1人、また1人とその命を灰に変えて邪法の鎖から解放していく。


「くっ…かはっ…………」


 時間にして10秒程でシルフィリットは口から血を吐き出し、地面に膝を着く。

 そして同時に、白炎は今まで燃え盛っていた事が嘘のように一瞬にして消え失せる。


「はぁはぁはぁはぁ……さす…がに……全員…は……無…理…………」


 苦しさと悔しさの混じった瞳で正面に目を向けると、そこには巨大な灰の山。

 その奥から笑い声が聞こえてくる。


「くっくっくっ、少々ヒヤリとさせられたが、使えん手駒でも楯代わりにはなってくれたようだな」


 奥から無傷のアレスとキザーヲを含む5人の騎士団員が現れる。

 操った騎士団員を肉の壁にして、獄浄の炎ヘルズブレイズを耐え切ったのだろう。

 元々アレスには色々と聞く必要があった為に焼き殺すつもりは無かったので、彼が生き残るのは想定内。

 だが彼の手駒として動いていた騎士団員が5人も残る事は想定外だった。

 しかも残った5人はシルフィリットが知る限り手錬で、アレスに忠誠を誓う操れらていない者達ばかりだ。


「ふむ。残ったのは6人か。儂への楽しみを取っておくとは関心じゃのう」


 フィランデルが地面に落ちていたショウマが置いていったブレイドソーを拾いながら、不敵な笑みを浮かべる。


「おい、若造ども。今の内に戦えん者を逃がすのじゃ」


 レリアとレグラスはそれに頷き、シルフィリットに肩を貸しながら、参列者達の元へと向かう。

 シルフィリットの魔動力が尽きかけているせいで、参列者を守っていた炎の壁は消え失せてしまっているが、危害を加えられるような者は獄浄の炎ヘルズブレイズのおかげでもういない。

 生き残ったアレス達と参列者の間にはフィランデルが立ち塞がっているので、動くに動けない。

 これならば安全に全員を逃がす事が出来るだろう。

 ただ問題があるとすれば、参列者の殆どはこれまで戦いに無縁な者が殆ど。

 今のこの惨状を前に腰を抜かした者や気絶している者も多い。

 王妃やメアニーも王族という威厳を保つ為か気丈に振る舞ってはいるが、その顔は青褪めていて、地面に座り込んでいるのが実情。

 全員を安全な場所に避難させるには相当な時間を要するだろう。


「ふん。誰1人として逃がしはしない」


 アレスがそう言うとキザーヲ以外の4人の騎士団員が一斉に剣を掲げる。

 何かを呟くと剣は禍々しい闇色の光を放ち、次の瞬間には身体の内側から筋肉が盛り上がっていき、巨人になっていく。


「任意の悪夢獣化か。邪法を生み出している者は相当、技術が上がって来ているようじゃのう」


 4体の悪夢獣を前にフィランデルは未だ余裕の表情を浮かべている。

 だがいくら彼が化物じみた実力を持っていようと、悪夢獣を4体も同時に相手する事など出来る訳が無い。


「くっ…僕も……退いて…は…いられ……ない…………」


 後は任せると言ったが、悪夢獣が相手となるとフィランデル1人に任せてはいられない。

 シルフィリットは力の入らない足腰に無理矢理力を込め、残り少ない魔動力で転移魔動陣を起動させようとする。

 けれどそれをレリアが止める。


「これ以上無理をすると本当に死んでしまう。それにそんな事をしなくても、もう大丈夫」

「全くだ。しかしあいつはいつも良いタイミングで駆け付けて来るな。実は出て来るタイミングを見計らってるんじゃないのか?」

「ははは………そうか………付き合いの…長い……君達の…方が……彼を…良く…分かっている……んだね……」


 レリアとレグラスが顔を向けた方にシルフィリットも顔を向ける。

 その視線が交わる先から来るのは白銀。


『こっちにまで居るなんて聞いてねぇぞ!!』


 そんな文句と共にシルブレイドが高速で跳んできて、毛むくじゃらのゴリラのような悪夢獣の肩口に膝蹴りと共にパイルバンカーを食らわせる。


「ふん。遅かったではないか、バカ弟子」

『そりゃないぜ、師匠。向こうで3体も倒して来てだから、逆に早い方だと……って、うわっと!』


 会話の途中に首元に人の顔が浮かぶ巨大な狼型の悪夢獣が振り下ろしてきた爪の一撃を掻い潜り、シルブレイドの右手首の甲にある鉤爪を首元の人面に突き刺す。


『これでも食らいやがれ!!』


 爪先から電撃が迸り、狼を感電させる。

 電気が通りにくい素材を使用している魔動機兵に対してはあまり有効ではないが、生物である悪夢獣には効果は抜群。

 流石に生命力が強いので、それだけで感電死させるまでには至らなかったが、暫くは痺れて動けないだろう。


「1匹は儂が引き受けようぞ。他はお主に…いや、お主達に任せるぞ」


 フィランデルが赤黒い体表の、口や額から鋭い棘が無数に突き出た巨人と相対す。


『了解了解。こっちもすぐに片付けて手助けしますよっと』


 痺れて動けない狼と右の肩口に大きく穴が開いたゴリラ、そして無傷の上半身が人間、頭と下半身が馬の姿をしたケンタウロス型悪夢獣の3体の前にシルブレイドが立ち塞がる。


「ちっ、あいつらめ、仕留め損なったか。だがここで殺せば一緒だ。全て殺してしまえ!!」


 アレスの号令と共に死の突撃行進デス・パレードが黒光を放ち、痺れて動けない狼以外の悪夢獣が一斉に動き出す。

 最強の師匠と弟子はそれを迎え撃つ為、同時に駆け出した。

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