第86話 死の突撃行進
ショウマが駆け出した瞬間に、まず動いたのはシルフィリット。
参列者を守っていた炎を弱らせ、ショウマが進む道を作るように炎の壁を発生させて通路を生み出す。
距離を稼ぐ為、炎の威力は弱く、触れても温かいだけ。
だが見た目だけなら普通の炎なので、迂闊に手を出せば火傷すると錯覚させる事が出来る。
これで手出ししなくなれば、どんなに楽な事か。
だが当然、ショウマを阻止しようと火傷覚悟で炎の壁に突撃する騎士が現れ、そして僅かな熱さしか感じない事が分かると、他の騎士にそれを伝えようと声を上げる。
「させないっ!!」
レリアが騎士に駆け寄り、その顔面に剣を叩き付ける。
「この炎は抜けられ――ぎぃやあっ!!」
途中で悲鳴に変わり、全てを言い切る事だけは阻止したが、近くに居た騎士の中には、それだけで意味を理解した者達が居り、雪崩れる様に炎の壁を突破してくる。
「邪魔させる訳にはいかない!」
今度はレグラスが騎士達の前に立ち塞がり、斬撃を受け止める。
「不本意だが僕を使えっ!!」
「ああ!」
たったそれだけでレグラスの意図を理解したショウマは、
「跳ぶぞ、しっかり捕まってろよ!!」
胸に抱いているシアニーに言うが早いか、大地を蹴って跳び上がる。
更にレグラスの肩を踏み台にして大きく空へと舞う。
シアニー1人を抱えているとはいえ、普段所持しているブレイドソーよりも断然に軽い。
悠々と包囲の壁の外側へと降り立つと、そのまま仲間達に目も向けず、駆ける。
目指すはシルブレイド。
既にシェイティアは起動を終えたのか、足音らしき振動が地面に伝わってくる。
急がなければいけない。
「ふん、逃したか。まぁ、良い」
アレスは走り去るショウマの背中を余裕の笑みで見送る。
迷い無く真っ直ぐ進んでいる事から、どこに向かっているかは明白。
逃げるつもりか戦うつもりかは分からないが、空から降ってきたという白銀の魔動機兵に乗り込むつもりなのだろう。
だがそこには万が一の為と思って精鋭中の精鋭を控えさせていた。
その上、例の武具も与えている。
あの2人が魔動機兵に辿り着くのは不可能だと確信している。
だから彼はそちらの事を心配などせず、包囲の中に居る者達への始末に集中する。
「さぁ、踊り狂え。我が人形よ」
アレスの言葉と共に彼の左腕に嵌まっている金色の腕輪が黒い光を放つ。
気絶させられて地面に倒れていた騎士団員にその光が当たると、意識を取り戻したかのようにムクリと起き上がり、剣を手に再び包囲網の列に加わる。
だがその瞳は白目を剥いたままで、到底、意識があるようには思えない。
アレスの言葉通り、まるで操られた人形のよう。
「くっ、一体どうなっているんだ?」
「こいつら、さっきより力が増しているぞ!」
レリアがいくらふっ飛ばしても、すぐに起き上がってくる。
斬撃を防いだレグラスはその重い一撃に顔を顰める。
「これがやっぱり……」
シルフィリットが目の前の騎士を炎に包む。
火力を抑えているとはいえ、触れれば火傷を負うだろうが、そんなものはお構い無しにと、意識の無い騎士は炎の壁を乗り越え、焼け爛れた皮膚を晒しながらシルフィリットに肉薄する。
王国騎士団がいくらアレスの私兵になったとはいえ、躊躇い無く命を張って戦う理由が分からなかった。
それに王妃にまで手を掛けようとする事に疑問を抱く者が誰1人居なかった事も不可解だった。
アレスに服従を誓う者は少なからず居るようだが、団員全員がそうだとは限らない。
いや、現実的に絶対服従を強いる事は不可能だ。
現に最も服従しているだろうキザーヲでさえ、炎の壁を前にして躊躇している。
たとえアレスの命で「死んで来い」と言われても、自分の命が懸かっている以上、そうそう素直に従えるはずもない。
だが、まるで操られているかのような目の前の騎士を見て、シルフィリットは確信する。
「邪法か……」
「ああ、そうだ。これこそ私が覇王となるに相応しい人を操る力!死の突撃行進だ!」
死の突撃行進は人の心の弱みを突いて、その心に別の認識を植え付ける事が可能だ。
その効果を発揮させるには、相手の心を弱らせた隙を狙うしかなく、その効力も20人程度に長くても30分程が限度。
今回、テロと暗殺という国家反逆の罪を暴露されて全員に動揺が走った瞬間、この場に居た王国騎士団全員には参列者が野盗の群れに見える様に認識を操作していた。
それは神聖な婚前式を荒らす不逞の輩を殲滅するのに十分な理由であり、アレスが反逆を企てたと暴露した所で、所詮は野盗の戯言として真面目に受け取る事も無い。
だから騎士団は何の疑念を抱く事も無く、戦いを始めたのだ。
だが死の突撃行進の真価はそれでは無い。
その真に恐ろしい力は、意識を失った者に対して完全にその肉体を掌握する事が出来るという事だ。
しかも操られた者は、恐怖を感じず、疲れを知らず、痛みすらも感じない生ける屍のような状態となる。
当然、肉体のリミッターも外れるので、力も速さも尋常じゃない程にパワーアップし、主であるアレスが敵意を向ける者に対して、自動的に攻撃するのだ。
認識を変えられただけの騎士団員達から見れば、倒れても尚、不屈の闘志で立ち上がり、炎を物ともせずに立ち向かう仲間の騎士は勇敢で頼もしい姿に映っている事だろう。
だがその効果が切れた後、どのような地獄が待っている事か。
しかしそんな事はアレスの知った事では無い。
彼にとって自分以外の全ては、ただの使い捨ての道具に過ぎないのだから。
「邪法を使い続ければ、どうなるかは理解しているでしょう!?」
目の前の騎士を蹴り倒しながら、シルフィリットがアレスに呼び掛ける。
「悪夢獣化だろう?あんなものは自身の心が弱い故に起こるもの。私のような絶対的な存在は悪夢獣の怨嗟如きに屈する事は無い!それにあの女が改良を施し、制御が可能となっているのだよ!」
アレスの返事からは絶対に悪夢獣化しないという保証は得られていない。
それに“あの女”という言葉も気に掛かった。
彼の言葉から察すれば、邪法武具の作り手という事だろう。
(なんとしてもこの窮地を脱し、彼を捕まえて問い詰めなければいけないな)
現状では罪の無い騎士団員を斬り伏せる事も出来ず、手加減を強いられている上に、戦えない参列者を守るだけで手一杯だ。
だが彼さえ戻ってくれば、状況は一転する。
(頼んだよ、ショウマ君)
心の中で呟きながら、シルフィリットは剣杭を振るった。
* * * * * * * * * *
一方、シアニーを抱えたショウマはあっさりとシルブレイドの足元まで辿り着いていた。
アレスが追い掛ける素振りを見せなかった為、恐らくこちらにも何人か騎士団員を配置していると予想していたのだが、シルブレイドの周囲に立っている者はいない。
確かに予想通りに騎士団員は居た。
だが3人程居る騎士団員の全員が、ショウマが辿り着いた時には既に地面に倒れ伏していたのだ。
そしてシルブレイドの足元には腕を枕にして寝ている人物が唯1人。
「ふわぁ~。遅かったのう。待ちくたびれて、危うく永眠する所じゃったわい」
「いや、永眠って……俺はあんたがくたばる姿が想像出来ないんだけど……というかなんで師匠がここに?」
顔の下半分がこげ茶色の髪と髭で覆われた老人が上半身だけをむくりと起こす。
禿げ上がった頭頂を擦りながら大欠伸をするこの男の名は、フィランデル=トゥルーリ。
ショウマの養父であり、剣の師匠。
そして歴史上、唯一、騎士と技師の両方を極めた“造聖”の称号を持つ存在。
「ふむ。お主が嫁を連れて来ると聞いての。居ても立ってもいられなかったのじゃよ」
「よ…よよよよめ……………」
改めて他人から言われると恥ずかしかったのか、シアニーは顔を真っ赤にして俯く。
が、対してショウマは努めて冷静に対応する。
「からかうのは止してくれよ。誰から頼まれ……って、ああ、師匠を動かせるのは国王か理事長くらいしかいねぇか」
シルフィリットが到着した時点で国王には今回の事の報告が行っている筈だ。
だがもし王命だとしても早過ぎる。
となれば国王より先に事実を知らされたアイリッシュ理事長が何かしらの手でフィランデルに連絡を取り、偶然、この近くを放浪していたから来たと考える方が時間的にも辻褄が合う。
偶然にしては出来過ぎのようだが、恐らくはそれが正解だろう。
「こいつらも師匠が?」
「うむ。ちょっと揉んでやっただけでこれじゃ。最近の若いもんは堪え性が無くて困ったものじゃな」
学園に入学する前の師匠との訓練を思い出してショウマは苦笑を浮かべながら、倒れ伏す騎士団員に同情の目を向ける。
彼の言う“ちょっと”は一般的な“ちょっと”とは次元が異なるのだ。
“剣聖”ソディアス同様に、この老人も化物と言って差し支えないレベルの強さを持っているのだから。
「ほれほれ。無駄話は終わりじゃ。どうやら仲人の方が向こうからやってきたようじゃから、あっちはお主らに任せるぞ」
言われて顔を上げれば、教会の影からシェイティアが姿を現している。
シェイティアの駐機場所とシルブレイドの着地場所が教会を挟んだ反対側だった為にまだ距離はあるが、魔動機兵の歩行速度ならすぐにでもこの場に辿り着くだろう。
「流石の儂でもあれには……手も足も剣も出せるが、中々に骨だからのう」
敵わないとも勝てないとも言わない。
フィランデルならば、きっと言葉通りに生身で魔動機兵を相手にしても勝つ事が出来るのだろう。
だが弟子としてはそこまで師匠に頼ってばかりはいられない。
「ああ、任せてくれ!ほら、シア。惚けてないでさっさと乗り込むぞ!」
「へ?あ、ちょっと、どういう事なのよ、これは!」
造聖でありショウマの養父に嫁認定を受け、その上、ここまで訳も分からず連れて来られたシアニーは困惑するしかない。
「ここに来るまででシルブレイドのエネルギーはすっからかんなんだよ。だからシアは電池代わり……って電池って言っても分からないか。動力要因の為に連れて来たんだよ」
半分は本当の事だが、半分は建前だ。
ショウマもまた、想いが実った彼女と離れたくは無かったのだ。
それに今の彼女は裾丈のあるドレス姿で、魔動器である武器も持っていない。
レグラスやレリアのように別の武器を持たせれば、それなりに戦えるだろうが、彼女の戦闘スタイルは刺突剣に特化していて、集団戦、そして非殺傷戦にはあまり向いていないのだ。
そんな彼の思いも知らず、シアニーは憤慨する。
「ちょっと!私は魔動力を送るだけの部品じゃないんだからね!!相変わらず、デリカシーの無い男なんだから!!」
「ああ、もう!時間が無いんだから早く乗れっての!」
「うぇ?!ちょっ、ま、待ってよ!!」
文句を言うシアニーを強引に抱え上げ、シルブレイドの操縦席に押し込む。
そして自身も乗り込もうとした所で、フィランデルが思い出したかのように声を上げる。
「そうじゃ、こいつを受け取れ」
フィランデルが自身の肩に下げていた剣を片手で軽く投げて寄越す。
それをショウマは足を踏ん張り、両手でしっかりと受け止める。
ズシリという重さを感じる。
もし片手で受け取ったり、体勢が悪かったりしたら、取り落としていたに違いない程にその剣は重量があった。
「結婚祝いの餞別じゃ」
フィランデルが投げて寄越したのは、彼が長年愛用し、改良に改良を重ねたオリジナルのブレイドソー。
基本構造はショウマの持つブレイドソーと同じだが、それよりも一回り程肉厚で長く、そして、その分だけ重い。
これを使いこなせるようになれば、更なる膂力を手にする事が出来、魔動機兵の関節を狙えば、切断する事も可能となるだろう。
ちなみにフィランデル本人はこのオリジナルブレイドソーを二刀流で軽々と扱う程の化物だったりする。
「ありがとう、師匠!」
色々と文句やら何やらを言いたい所だが、今は時間が無いので礼だけを言って操縦席へ潜り込む。
シアニーをサブシートに座らせ、ショウマ自身はメインシートへ。
「動かすぞ!」
起動に時間は掛からない。
どうせ動かせる人間は居ないのでカードキーは挿しっぱなしだったし、そもそもこの場に跳び下りてすぐに、騎士団員達が駆け寄ってくる前に急いで教会へと侵入したので、動力を停止させていなかったのだ。
自動車で言うとアイドリング状態だったので、シアニーの魔動力というエネルギー源を得たシルブレイドはたった一足で迫り来ていたシェイティアの懐に潜り込む。
手首にある爪で下から抉るように胸部の鎧甲を剥ぎ取り、仰け反った隙に腰に膝蹴り。
それと同時に内蔵パイルバンカーを発射して胴の関節を完全に貫く。
「ここまでやって今更だけど、これって王国が管理する機体だったよな……ぶっ壊しても良かったんだろうか……」
流石に弁償しろと言われたら、いくら学園からの支給金があった所で到底払える金額では無い。
「正当防衛だから問題無いわよ!悪いのは向こうなんだし。何か言われたら私がアーガス伯父様に文句を言ってやるわ!」
「ははは、頼もしいお言葉で。けどその為には……」
「うん。アレスの凶行をなんとしても止めて、捕まえないと」
もしここで王妃達を助けるのが間に合わなければ、アレスの良いように情報操作されるだろう。
恐らくは王族の花嫁を奪い、大量殺戮を行った大罪人として、ショウマは世界中から追われる立場になってしまうだろう。
そうならない為に、シルブレイドは急いで戻る必要がある。
しかしそう簡単にはいかないようだ。
「ちっ!まさか邪法を持っていやがったのかよ……」
フィランデルに倒され、地面に倒れていた3人の騎士団員の身体の一部が異様に膨れ上がると、そこから闇色の触手が飛び出し、絡み合い、繋がり、3体の異業の怪物の姿となってシルブレイドの行く手を遮るように立ち上がる。
「これでこっちは足止め確定ね……」
「まぁな。でも向こうには師匠が向かってるだろうし……うん、大丈夫な気しかしねぇから、こっちに集中するか」
「駄目よ!」
切羽詰まった様子で止めに入るシアニー。
何か懸念する事でもあるのかと思って尋ねると、
「アレスの奴を1発は殴らないと気が済まないんだから、その前に捕まって貰っちゃ困るのよ!!」
全く持って彼女らしい答えが返ってきた。
「あ~、はいはい。そんじゃま、サクッとこいつらをぶっ倒して、あいつを殴りに行きますかね!」
悪夢獣を前にしても、怒りも憎しみも気負いも無い、なんとも軽やかな気持ちで、ショウマは3体の怪物へ向けて突進を開始した。




