第85話 罪の暴露
シルフィリットの登場。
それはアレスにとって予想外であった。
いや、そもそもシンロードの街で見張らせていた部下からの連絡では、婚前式の直前の時点で、シルフィリットのクリムズンフェンサーは出発していないという報告を受けていた。
いくら魔動機兵が全力で走ったとしても、たったの2時間ほどでシンロードから王都まで来る事は不可能。
だから間に合う訳が無い。この場に居る訳が無い。
「僕がここにいる事が不思議そうな顔をしてますね、アレス殿下。簡単な話ですよ。僕は昨晩、馬車に乗ってここまで来たんです。乗合馬車に偽装した馬車に、見張りに見つからないように、こっそりとね」
魔動馬車は魔動機兵の全速力に比べて遅く、最高速度を出しても半日は掛かる。
しかも山越えをしなければいけない事を考えると、それ以上の時間を要するだろう。
だから急ぐ為には魔動機兵に乗るのが普通だと考えるだろう。
それに見張りが居る以上、クリムズンフェンサーが動けば、足止めの妨害を行ってくるのも目に見えている。
それ故に裏をかいたのだ。
「移動に魔動機兵を使うと思い込ませた時点で、こちらの策は成功していたんです」
見張る対象がシルフィリットだけだった事を逆手に取り、警戒されていないショウマを先行させて時間稼ぎをして貰う事が出来たのも、この作戦が成功した要因の1つである。
もしショウマが先行していなければ、到底間に合わなかっただろう。
「さて、アレス殿下。僕がここにいる時点で観念した方が良いと思うのですが、自身の罪を認める気はまだありませんか?」
シルフィリットがゆっくりと歩み出る。
それを止める者はいない。
いや世界最強の称号を持つ騎士を止める事が出来る人間など、同じ称号持ちでも無い限り不可能だろう。
それに先程口にした“アレスの罪”という言葉が心に引っ掛かって、誰もが固唾を飲んでシルフィリットの次の言葉を待っている。
「ショウマ君に折れたアメイト家の剣とユニコーンパールを渡したのはこの僕です。折角ですし、皆さんにも分かるように説明しましょう」
まるで探偵か何かのように大仰に周囲を見回しながら、シルフィリットは解説を始める。
「西方の大規模な悪夢獣掃討作戦はご存知でしょう。その作戦後、僕は付近の村でいつ事切れてもおかしく無い重傷を負った騎士に出会い、そして彼の介抱にあたりました。その甲斐もあり、彼は一命を取り留める事が出来ました。そして意識を取り戻した彼から剣と宝石を預かり、そして彼が瀕死の重傷を負った理由を聞いたのです」
「…ま、まさか…その騎士というのは…………」
シルフィリットの言葉にメアニーが希望の篭った瞳を向ける。
「ええ、そうです。その騎士の名はアントーン=アメイト=ド=フォーガン。メアニー様の御子息であり、現アメイト家の御当主です」
衝撃が走る。
この場に居る者なら誰もが知っている。
アントーンはその掃討作戦中に戦死し、つい先日、葬儀が執り行われたばかりなのだから。
「…お兄様が……生きて…いる………」
それはシアニーの仮面に罅を入れるのに十分な衝撃。
「そして彼ほどの騎士が瀕死に追い込まれる事となった理由。それは信じられない事実だったのです」
一拍置いて、大きく息を吐き出してからシルフィリットは再び喋り始める。
「団員の反意。それと邪法による人為的な悪夢獣化。つまり邪法に手を染めた騎士団の仲間によって彼は死に目に遭ったのです」
「それで俺が邪法を使ったと思われる騎士の事をこっちで調べた結果、全員がこの1年以内に西方に配属になったあんたの元部下だったって判明したんだな、これが」
シルフィリットの言葉を引き継ぎ、ショウマは調査結果を報告。
元々婚前式には十分間に合う時間に王都に到着していたのだが、その調査やらなんやらで時間を取られてしまったので、シルブレイドを使って強引に乱入したのだ。
「ええ。僕も西方からこちらに向かっている時に多くの悪夢獣と遭遇しました。偶発的にしては遭遇頻度が高かったのですが、人為的に悪夢獣を生み出して、僕の足止めをしていたと考えれば納得出来ます」
周囲がざわめき立つ中、だがアレスは未だ涼しい顔だ。
「それを全て私が企てたと?誇大妄想も甚だしい。ただそういう偶然が奇跡的に重なっただけだろう。証拠も無しに言い掛かりを付けるのは止めて貰いたいものだな」
「証拠なら教会の中にあるじゃないか。アメイト家の家紋入りの剣。2本の剣を調べれば、どちらが本物かはっきりするんじゃねぇのか?」
正直に言えばショウマのこの言葉はブラフだ。
精巧に作られていればどちらが本物かなんて、例え持ち主でも判別は出来ないだろう。
対外的にはアントーンが持っていた折れた剣の方が本物なのだろうが、それが本当に本物かという事を保証も出来ない。
剣結びの儀で証拠隠滅を図っていた事実があるとはいえ、アレス本人の口から偽物だと言わせられなければ、明確な証拠になり得ないのだ。
「戯言だな。我が妻、シアニーとその母君が認めたものを偽物だと断ずるというのか?それはこの2人を侮辱すると同義!」
どうやらアレスはあくまでもあれが本物だと言い張るつもりのようだ。
「そうですか。やはり認めませんか。ならばこれを公表するしか無いようですね」
頑ななアレスに対し、シルフィリットは大きく溜息を吐いた後、懐から1枚の封筒を取り出す。
既に中身は開けられているが、封筒の中央にはオーレリア家の家紋による封蝋が施されているのが見て取れる。
「これは2年程前にある場所から見つかったものです。ここにはある計画について記されていました。複雑な暗号文で書かれてあったのですが、昨晩、ようやく内容が判明したのです」
その封筒はソディアスが集めた文書の中の1つだった。
2年前のテロ事件。
その首謀者であるアルザイル元皇帝が潜伏し、超巨大魔動機兵“フォルテギガンティス”が建造された地下施設。
半壊したそこで見つけたもの。
他に比べ暗号が安易であった為、そう時間も掛からずに解読が進み、シルフィリットが出立する直前で解読が終わった代物だった。
「詳しい内容は省いて要点だけまとめると、テロの幇助と邪魔者の暗殺に関する事が記されていました。暗殺の対象には前国王陛下と王侯貴族数名の名前が挙がっています。暗殺対象者には前アメイト家当主のミルフォード卿の名が挙がっていた事も確認しています」
アレスの顔がみるみる蒼褪めていく。
それは本来あるはずの無いもの。存在しないはずのもの。この世にあってはならないはずのもの。
「差出人のサインは…………アレス殿下のもので間違いありませんよね?」
アレスには何故それが現存しているのか分からなかった。
確かに2年以上前、旧アルザイル帝国残党に接触し、様々な計画を打ち明けた。
会話から情報が漏れる事を恐れて書状にまとめ、そして目の前で燃やして消し炭にさせたはずだった。
この目で確かめたのだから間違いが無い。
だが本当に燃やしたのはあの書状だったのだろうか。
「…ここにはテロと暗殺が成功し、アレス殿下が権力を手に入れた暁には帝国を再建させるとあります。恐らく、これを残して置いたのは後々この書状をネタに条件を釣り上げようとでも考えていたのでしょう。いや、もしかすると一生、脅し続けるつもりだったのかもしれませんね」
それは危惧していた事だ。
それにテロが成功し国家が転覆しても困る為、ある程度暗殺に目処が付い所で、旧アルザイルの残党は残らず始末したのだ。
「王族と言えどこれは立派な反逆罪。それにこの内容から、その頃からアメイト家の乗っ取りは考えていたようですね。流石に理由までは分かりませんが」
アレスにはもう言い逃れは出来ない。
あの書状に書かれてあるサインの筆跡を鑑定すれば、誰が書いたものかははっきりするだろうし、シルフィリットの余裕の表情から、まだ1つや2つ追い込む為の証拠が残っていると見て、間違いが無いだろう。
となればもう観念するしかない。
「そうか。そこまで知ってしまったのなら仕方が無い」
「どうやら、ようやく罪を認める気に――」
「こうなればここに居る全員の口を封じるまで!騎士団よ!!」
アレスの号令に従い、王国騎士団員の全員が抜剣し、周囲を囲う。
参列者の夫人が悲鳴を上げ、商人の男が腰を抜かして、地面に座り込む。
王妃は青褪めた顔でアレスの顔を窺い、メアニーはユニコーンパールを握り締めたまま、祈るように目を瞑る。
「母上。申し訳ありませんが、突如、白い魔動機兵が飛びこんで来るというテロによって、参列者は全員殺されてしまいました……と、父上には報告しておきます。母上は私を逃がす為に最後まで立派に抵抗し続けたと伝えておきますので」
アレスの悪魔のような笑みを向けられ、王妃はあまりの事に呆然自失となり、その場に力無く座り込んでしまう。
「自分の母親でさえ容赦無しかよ。それにしても騎士団全員が既に掌握されて私兵化していたなんてな。どうする、シルフィリットさん?」
「どうもこうも、戦って守る。騎士がやる事はただそれだけだよ、ショウマ君」
2人が頷き合い、剣に手を掛ける。
「おいおい、僕達も忘れて貰っては困るね」
「そうだ。この状況は見過ごす事など出来ない」
2人の隣にレグラスとレリアが並び立つ。
2人が手にしているのは、先程まで決闘に使用していた刃の無い儀礼用の剣。
例え騎士候補生であろうと婚前式会場に武器を持ち込む事は出来なかったので、愛用の魔動器では無いが、この大人数を守るのには人数は多い方が良い。
「反撃したいのならそれも良かろう。この小娘がどうなっても良いというのならばの話だがな」
その言葉に顔を向ければ、アレスはシアニーを羽交い絞めにし、その首筋に剣を突き付けていた。
「ちっ、こんな外道が王位継承第1位の王族とはね」
「口の利き方には気を付ける事だな」
アレスが剣を押し込み、シアニーの首筋から真紅が流れ落ちる。
だがシアニーは痛がる様子が無い。
まるで人形のように遠くを見つめているだけ。
アントーンが生きているという事実を突き付け、僅かに仮面に罅が入ったが、一度、心を閉ざして仮面で覆ってしまった心はそう簡単には元には戻って来ない。
何かもっと大きな衝撃を心に与えなければいけないだろう。
「おい、シア!お前はそのままでいいのかっ!!」
じりじりと周囲を囲う騎士団の輪が狭まって行く中、ショウマはシアニーに向けて言葉を放ち続ける。
「このままそいつの操り人形になり続けるのか!」
もう彼女を縛る鎖は無い。
だが、元来の頑固な性格が災いしてか、今回の仮面は最初に決めた事を徹底的に貫くようだ。
ショウマの声は耳には届いていても、その心にまでは未だ届かない。
「この意地っ張りが!!あの日、最後に俺に言った気持ちは、こんなに簡単に封印出来るものだったのかよ!!」
騎士団が剣を振り上げる。
「俺は…俺はお前に、まだちゃんと好きだって言ってねぇんだぞ!このバカヤローーーー!!!!!」
「……好きとか言った後にバカは無いでしょ、このバカショウマッ!!!」
それまで大人しかったシアニーの突然の怒声に驚き、びくりと体を震わせるアレス。
その隙を見逃す筈も無い。
ショウマは一瞬で剣帯を外して、身軽になり、一足でアレスに跳び掛かる。
それと同時にシルフィリットも剣杭を引き抜き、騎士団が剣を振り下ろすより早く、炎を走らせ、壁を生み出す。
アレスがショウマの接近に気が付いた時には既に間合いの内側で、アレスの体が反応する前にその顎に掌底を食らわせ、シアニーを奪還。
その頃にはレグラスとレリアも動き始め、炎の壁によって腕を焼かれた騎士団員を昏倒させてゆく。
その間、僅かに1秒足らず。
「お姫様。ようやく迎えに来てやったぜ」
「バカバカ。何、クサイ事言ってんのよ、このバカショウマ!」
ビンタでも飛んでくるかと思って身構えていたが、来る気配は無い。
「バカ…バカ……どうせ来るならもっと早く来なさいよ……折角、あんなに悩んで苦しんであんたへの想いを閉じ込めたってのに……台無しじゃ無い……バカ………」
シアニーはショウマの胸に顔を埋めながら、小さく「バカ」と呟き続ける。
「バカバカ言うなって。自分でもバカだったって分かってっから。だからちゃんと自分の想いも口に出したんだし……」
「だからバカだって言うのよ!ちっとも女心が分かって無いんだから…………………………けど……来てくれて嬉しかっ――って何言わせんのよ!このバカァッ!!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつつ、再び胸に顔を埋めてしまうシアニー。
その姿がいつもの彼女である事にホッとしつつも、愛しさが込み上げて来て、思わず抱き締める。
「……なぁ、お前ら……イチャつくのは、時と場所を考えて貰いてぇんだが……」
レグラスが目の前の騎士の腕を打ち据えながら、呆れた表情を浮かべる。
「全くだ!こっちはこんなに一所懸命に戦っているというのにっ!!」
レリアが嫉妬の混ざった怒りを目の前の騎士にぶつける。
脈が無い事ぐらいは分かっていたし、祝福したい気持ちもあるが、やはり目の前で見せつけられては、嫉妬心が芽生えてしまうものだ。
「それに少々不味い事になりそうだよ」
シルフィリットは危機感の感じられない学生組に注意するように視線で騎士団の包囲の向こう側を指す。
そこは教会の裏手側。
騎士団所有の魔動機兵であるシェイティアが、動き出そうとしていた。
「ああ、確かにこの状況で魔動機兵が加わるってなると、かなり厳しいな……」
ショウマは冷静に状況を分析し始める。
現在、周囲から襲い掛かる王国騎士から王妃やメアニーをはじめとする婚前式の参列者を、たった数人で守っている状況だ。
いくらアレスの私兵とはいえ、相手は人間で、しかも所属はこの王都を守護する騎士団だ。
殺してしまっては寝覚めも悪いし、後々問題にもなりかねないので、気絶させるなりなんなりで戦闘不能にする他無い。
その上、日和見の平和ボケ騎士団などと揶揄されていようが、一応は正騎士。
その実力は騎士候補生の平均を上回る。
とはいえここに居る面々はその平均値を上回る実力者。
1対1ならば遅れを取る事は無いだろうが、多勢に無勢。
シルフィリットがサポートしてくれている為、なんとか防衛線は守っているが、それも徐々に押され始めている。
そんなギリギリの状況で一騎当千の魔動機兵が加わってしまったら、呆気無く蹂躙されてしまうだろう。
その上、シアニー、レグラス、レリアの3人は今現在、魔動器を所持していない為、魔動機兵を転移させられない。
唯一、それが可能なシルフィリットも、全員をサポートしつつ、炎の壁を生み出して相手の接近を阻むという既に2つの仕事をこなしている。
その上、敵味方が密集し過ぎて転移魔動陣を発動させている暇が無く、もしあったとしても、こんな所でクリムズンフェンサーを召喚してしまえば、守るべき者達すら踏み潰してしまうだろう。
となれば、選択肢は1つだけ。
「皆、道を切り開いてくれるか?」
ショウマがブレイドソーの腹で目の前の騎士を叩きながら、尋ねる。
「この状況を打破出来るなら手を貸すぞ、我が終生のライバルよ」
いつも彼の立てる作戦によって敗北を喫してきたレグラス。
だからこそ、絶対の信頼を寄せていた。
「お前の策ならば、私は従うぞ。それがどんな無茶なものであろうとな」
彼の考える作戦は普通に考えると無茶に思えるものや、無理だと思うものばかりだ。
だが彼はいつもその想像を越えて来た。
だからこそレリアは今回も限界を突破出来ると信じている。
「ここはショウマ君に任せるよ」
シルフィリットは彼の実力が自身を越えると確信している。
そして彼こそが次代の救世の騎士となるであろう事も。
「ショウマ。あんたが嫌だって言っても私は最後の最後まで付き合ってあげるんだから。覚悟しておきなさいよ!」
愛する者と離れるのは辛い事。
今回の事でそれを身に染みて分かったシアニーは、もう絶対に離れないと心に誓う。
諦めて閉ざした心の覚悟という扉を粉々に砕いた責任は取って貰わなければならないのだから。
「そんじゃ、任せたぜ!」
ショウマは剣を捨て、身軽になる。
眼前にはきっと多くの敵が立ち塞がるだろうが、もはや剣は不要。
目的地に着くまでショウマが剣を振るう必要は無い。
きっと仲間達がなんとかしてくれる。
そう信じているから。
「そうだ、ショウマ君。これを」
シルフィリットが王国騎士の1人を叩き伏せながら、自らが嵌めていた指輪をショウマに投げて寄越す。
「それはルビーハートと呼ばれる曾祖父が持っていたものだ。もしもの時はきっと役に立つだろう。使い方は――」
何故かシアニーだけを近くに呼んで、耳打ちするシルフィリット。
教えてくれない理由は分からないが、魔動力が関係するのだろうと思い、深くは考えない。
ただ彼女の顔が茹でダコのように真っ赤になっている点は気になるが。
「さて、それじゃあ、そろそろ行くぞ」
話が終わったようなので、ショウマはシアニーを抱き寄せて、胸の前に抱える。
「きゃっ、えっ、ちょちょちょっ、ショウマ!?」
思わぬ展開に顔だけじゃ無く首のあたりまで真っ赤にして動揺するシアニーを尻目に、ショウマは前を見据える。
未だ行く手を阻む王国騎士の数は多い。
だがショウマは迷う事無く、騎士の壁へと向かって駆け出すのだった。




