第79話 歪んだ思いと荒んだ心
「ようやく落ちたか……」
王城にある執務室。
王国騎士団長から騎士の人員や配置などの騎士団に関わる全権を有する騎士統括長へと昇進したアレス=オーレリア=ド=フォーガンは、父王の使者からシアニーが婚姻を承諾するという報告を受けて、薄笑いを浮かべる。
「長かったですが、これで計画を進められますね」
彼の副官であり、王国騎士団長を引き継いだキザーヲも笑みを浮かべる。
「ああ、そうだな。あの小娘は私と似ていたが故に、私の本性を無意識ながら見抜いていた」
シアニーはアレスの心の奥底にある野心に薄々勘付いていた。
王族としての誇り故か、それとも女の勘か。
どんなものかまでは分かっていなかったようだが、それを嫌悪感という形で感じていたのだ。
「そんな危険な人物をこんな回りくどい方法まで使ってお側に置く理由はあるのですか?シェバ卿のように処理した方が早かったのでは?」
「あの小娘にはまだ利用価値があるからな。学園を卒業し、正騎士になる事を容認したのもその為だ。あの容姿で機兵騎士。しかも次代の王妃ともなれば、騎士達の士気も高まるだろう。そして、もしそんな人物が悪夢獣によって殺され、私が悲しみの涙を浮かべて訴え掛けたとしたら……どうなると思う?」
「殿下が陰ながら支援している悪夢獣殲滅派の勢いが増すでしょう。そして恐らく王国民の支持も高まり、陛下も重い腰を上げざるを得なくなると考えられます」
2年前に即位した現国王であり、アレスの父親であるアーガスは、争いを好まない穏やかな性格で、西方最前線をある程度下げて、騎士の負担と維持費を軽減し、その分で内政にもっと力を注ごうという考えを持つ保守派の筆頭だ。
アレスとは真逆の考えを持っており、実の父親という事もあって、彼にとっては目の上のタンコブであった。
だが世論が悪夢獣殲滅に傾けば、それを無視する事は出来なくなるだろう。
「…ですが……」
利用価値は理解したが、それでもキザーヲは未だ難色を示す。
アレス程ではないが、彼もシアニーの性格は知っている。
婚姻は承諾したようだが、だからと言って、素直にアレスのシナリオ通りに動いてくれるとは思えなかった。
「安心しろ。あの小娘は私の言う通りに動くしか出来ない。あの小娘と私が似ているとさっき言ったが、決定的に違う所がある。私は目的の為ならば手段を選ばない。この手が汚れる事も厭わないし、無用なものは躊躇無く切り捨てる事が出来る。だがあいつはそれが出来ない。王族としての誇り、騎士としての誓い、アメイトという家柄。それらを切り捨てる事が出来ないから、私との婚姻を承諾したのだ。それら全てを保証した私を裏切る事などあの小娘には出来ないのだよ」
退路が絶たれた所に、目の前に餌をぶら提げてやれば、どんなに嫌がっていても飛び付く事以外に道は無い。
例えそれが罠で、足枷になると分かっていても。
「差し出がましい事を申し上げてしまい、申し訳ありませんでした」
「構わん。私を気遣うような事を言ってくれるのはお前だけだからな。これからも頼むぞ」
「はっ。ありがたきお言葉です」
キザーヲは膝を付き、深々と頭を垂れる。
それは忠誠の誓い。
しかし同時にそれは自分の表情を隠す為でもあった。
もし今、顔を覗かれれば、引き攣った表情が晒されてしまうだろう。
アレスは「これからも頼む」と言ったが、それは額面通りの意味では無い。
本当の意味は「これからも自分の言葉に反論するなら、どうなっても知らないから頼むぞ」という意味であり、最後通告だ。
先程言っていた通り、アレスは不用と思ったものはものは躊躇無く切り捨てる。
それは彼の野望を知り、長く彼の下で働くキザーヲも例外ではない。
そしてもし切り捨てるならば、内情を知る彼は、文字通り斬って捨てられるだろう。
それが出来るだけの実力と権力をアレスは持っている。
そうならない為にもキザーヲはその命が尽きる時までアレスに尽くさなければならない。
裏切る事も出来ない。
逃げ出す事も出来ない。
反旗を翻す事も出来ない。
だからこそ従うしか出来ない。
キザーヲもまたシアニーと同様に、アレスにその人生を、その運命を握られているのだった。
* * * * * * * * * *
最近のショウマは荒れていた。
普段は平然とし、クラスメイトやチームメイトと冗談を言い合って笑ったり、からかったりと何事も無いように見える。
だが一度ランキング戦になると、まるで八つ当たりするかのように荒々しく、怒りをぶつけるかのように激しくなる。
これまでシルブレイドに使用している素材が希少である為、格下の相手には出力を抑え、無茶な機動は極力避け、消耗を抑える戦いをしてきていた。
だが今は最初から常に全開で戦い、圧倒的な力の差を見せつけるかのような戦いを続けている。
戦闘時間はこれまでの半分以下になったが、反比例するように機体の損耗率は上昇している。
おかげで整備を行う技師達は多忙を極めていたし、ストックのあった素材もみるみると消費していった。
だがそれに対して誰も文句は言わない。
彼が荒れている理由を皆が知っているから。
その怒りの原因に気が付いていないのは本人だけだから。
「なぁ。ショウマの奴って自分の気持ちに気が付いてないんだよな?」
「ええ。ここまで来るとある意味、凄いとしか言いようが無い鈍感さよ」
レグラスとノワールは戦いぶりがガラリと変わってしまったショウマとシルブレイドを観客席から見詰めながら、そんな会話をしていた。
これまでと戦い方が変わった事で、今まで培ってきた対応策の多くが通用しなくなった為に、こうして敵情視察に来ているという訳だ。
2人は所属するチームは異なるが、どちらも来週にはチームキングスとの対戦を控えており、既に共闘が結ばれていた。
それ故にこうしてシルブレイドと直接戦う2人が肩を並べているのだ。
「っていうか、最近じゃ私の熱烈アピールにすら反応が薄いのよ!それで靡かないんだから、他の連中の空気みたいなアピールの仕方じゃ、あの超鈍感男に、その気持ちに気付けって方が間違ってるのよ!」
ノワールは負けを認めない限り、負けた事にはならないと言い張り、未だに挑み続けている。
まぁ、2年間も続けてれば、いい加減、おざなりな対応にもなるだろう。
もしレグラスだったら半年も保つか分からないので、未だに薄くでも反応があるだけ、凄い忍耐力とも言える。
「それにしても……美しくないわね……」
ノワールが恋焦がれているのは、シルブレイド。
その白銀に輝く鎧甲に、天を貫くような剣型の額飾りという見た目もそうだが、ショウマが操る際の無駄の無い流麗な動きに魅了されたのだ。
だからこそシルブレイドだけでなく、その操縦者であるショウマごと手に入れたかったのだ。
だが今のシルブレイドにその流麗さは感じられない。
開始直後からオーバーブーストを使用しているのか、その動きは速く鋭い。
しかし動きは直線的でフェイントも無く、攻撃も力任せなだけで単調。
体に染みついている為か、無駄な動きは殆ど感じられないが、彼らから見れば、雑さと粗さが目立つ。
「これではわざわざ見に来た価値が無いな」
以前までならトリッキーな動きのせいで次の行動が読めなかった為、様々な対応方法を常に考えておかなければならず、更にはその予想を大きく超えたり外れたりした行動をしてきていたせいで、後手に回る事が多かった。
だが、これならば速さに惑わされなければ、対処出来ない程では無い。
もしここまでの一連の行動が、レグラス達上位陣を騙すものだったとしたら、ショウマは舞台役者としても活躍出来るだろう。
それだけ真に迫っている。
しかしそれは無いとレグラスは断言出来る。
ライバルとして常に意識し続け、追い付き追い越そうとずっと彼を見て来たのだ。
この学園に居る騎士の中ではシアニーを除けば、レグラスが最も長い付き合いだし、最も多く対戦をしている。
それ故にあれが演技では無いと直感的ではあるが、理解していた。
「たかが女1人が結婚すると聞いただけで、この様とはな。ライバルとして情けない」
「あら?私は気持ちは分かるわよ?もしあの方が他の人の物になると考えただけで、私は1年以上は引き籠りになる自信があるもの。恋っていうのはそれくらい盲目的なのよ」
「全く。それで弱くなっていては元も子も無いではないか。それに恋だなんだと、騎士を目指すものがそんな浮ついた気持ちで情けない。僕には全く理解出来ないね」
「あらあら?身体だけ大きくなっても頭の中はお子様ね。恋すら知らないなんて、あなたは青春じゃなくて灰春の日々なのね。あっ、錆春の方が良いかしら?」
ノワールの神経を逆撫でする声音に、レグラスの額に一瞬だけ血管が浮き出るが、ここで激昂してはお子様である事を肯定してしまう事になる。
一度、目を閉じて冷静になった後、大きく息を吐いて落ち着きを取り戻してから席を立ち上がる。
「お子様なのは、それを自覚していないあいつの方だと僕は思うがね。さて、もう見る気も起きないからそろそろ帰るが、あなたはどうする?」
「そうね。私も帰るわ。これ以上、あの方の情けなくてみっともない姿を見ているのは耐えられないもの」
ノワールもまた立ち上がる。
そしてもう一度だけ闘技場の中央で戦うシルブレイドに視線を向けた後、落胆の表情を浮かべて、背を向ける。
そして2人が闘技場を後にしようとした、次の瞬間、その声は轟いた。
「ショウマァァァ!!!!何やってんのよぉぉぉっっっ!!!!あんたはそんなんじゃないでしょう!!!!」
シルブレイドの振り下ろしていたブレイドソーが、その声を聞いた瞬間、ピタリと止まる。
その動きを好機と見たのか、目の前に居た魔動機兵がハンマーを振り上げる。
だが、風に揺れる柳のようにシルブレイドはユラリと僅かに揺れただけでハンマーは空を打つ。
横合いから別の1機が突撃槍で突くが、既にそこにシルブレイドは存在しない。
いつの間に移動したのか、シルブレイドは対していた相手と大きく距離を離していた。
「あらら?これはこれは♪」
ノワールの声が嬉しそうに弾む。
その横ではレグラスが「ようやく元に戻ったか」と口の端だけを上げた笑みを浮かべる。
「この声……まさか、シア……なのか?」
呟きながらショウマは周囲を見回し、そしてその金色に輝く変則ツインテールを見つける。
「あんたねぇ!なんで私が少し居なくなっている間にそんなに弱くなってんのよ!!バカでしょ!!!」
その姿を見つけ、その声を聞いただけで、ショウマの中に溜まっていた苛々は消え去り、心が軽くなっていくのを感じる。
知らず知らずのうちにその顔には笑みが浮かび上がってくる。
『余所見してるんじゃねぇ!』
ハンマー使いが振り下ろし攻撃をして来るが、シルブレイドが槌頭に手を添えるだけでその向きが変わり、地面を殴打。
次の瞬間には右腕が閃き、ハンマー使いの首が飛ぶ。
槍使いが突撃槍を突く為に腕を後ろへと下げた瞬間に、一気に間合いを詰め、突撃槍の下方から膝蹴りを食らわせる。
同時に膝に内蔵されていたパイルバンカーが勢いよく飛び出し、槍使いの手から突撃槍を弾き飛ばす。
それと同時にブレイドソーを相手の膝に突き立て、切断。
最後に地面を滑る様に駆け、最後の1機も一撃で斬り伏せる。
圧倒的な勝利。
だがこれまでの恐ろしく破壊的な勝ち方では無く、まるで舞いや踊りを見ている様な心が奪われる勝ち方。
「ふん、現金な奴め。だが、そうだ。これが、これこそあいつだ。この僕がライバルと認めた男の強さだ!」
「あぁ、なんて素晴らしいのかしら。惚れ直し…いえ、ますます惚れこんだわ~」
楽しそうな笑みを浮かべるレグラスと、頬を上気させるノワール。
「これで戦いがいが出てきたな」
「ええ、私も俄然、やる気が出てきたわ」
2人は復活を果たしたショウマとシルブレイドに向けて、やる気の満ちた視線を向けるのだった。




