第77話 新たな装備
「あれ?やっぱりシアの奴はいねぇのか?」
ショウマは格納庫に入り周囲を見回してから開口一番、シルブレイドの肩の上で作業中のイムリアスにそう尋ねる。
今日はランキング戦が行われる日で、シアニーが出場する予定の日だった。
それなのに、当の本人はどこを探しても見当たらず、そしてイムリアスを始めとした魔動技師の面々は、エスト・アースガルトではなく、シルブレイドの調整整備を行っている。
どう考えてもショウマが出場する流れだ。
「おお、ショウマか。シアニー嬢ちゃんなら、暫くの間は王都だ」
「王都?王族関連の行事か何かか?」
一緒に居ると実感が湧かず忘れそうになるが、シアニーはフォーガン姓を持つ王家の人間だ。
その彼女が王都に行くという事は、単なる観光や買い物という訳では決して無い。
王族が集まらなければならない何かしらの理由があるという事だろう。
そうでなければ首席卒業を目指している人物がランキング戦を欠席するはずが無いのだ。
「そうらしい。俺も詳しい話は知らねぇが、学園からの許可はちゃんと取ってある……っていうか、俺も先生からさっき聞いたばかりなんだがな」
イムリアスは作業する手を止める事無く、ショウマと会話を続ける。
そこにスパーナが割って入る。
「俺っちの掴んだ情報によると、王都で葬儀が開かれるらしい。どうやら騎士団が1つ壊滅したらしい。その騎士団の名前はアメイト騎士団……」
「えっ、それって……」
アメイトはシアニーの家名。
そして家名が示す通りその騎士団はシアニーの兄であるアントーンが騎士団長を務めている。
その騎士団が壊滅し葬儀が行われるという事は、アメイト家はこの2年弱の間で2人の当主を失った事となり、必然的に家督を継ぐ男性が居なくなったという事でもあった。
女性、特に美女が関係してくる情報においてスパーナの情報は間違いが無いので、信頼出来る情報だろう。
「って事はシアが次の当主って事?いや母親がそうなるのか?」
「いえ、基本的に女性は王侯貴族の当主にはなれないっす」
ショウマの疑問に答えたのは、この場に居る中で唯一の貴族であるプライナスだった。
2年程の付き合いになるが、彼も貴族という感じを全く受けない。
元々から貧乏貴族で庶民的だった事もあり、ショウマは未だに忘れそうになる。
「例外として正騎士になれば家督を継げるっすけど、シアニーさんが正騎士になれるのは、シルフィリット先輩のような特例でも無い限り、卒業後っすね。流石に1年以上も当主不在というのは無理っすから、シアニーさんの母君が再婚するっすか、もしくは成人男性を養子に迎え入れるかっすね」
ミルフォードが亡くなってから2年弱。
シアニー同様に頑固で、一途なメアニーは再婚など考えた事は無い。
かと言って息子を亡くしたばかりなのに血の繋がらない赤の他人を養子に迎え入れるなど出来る筈も無い。
それにもし欲のある人間を養子に迎えてしまった場合、最悪、家を乗っ取られるという事もあり得る。
「後はシアニーさんが結婚するってのもありっすかね」
それこそありえない話だ。
彼女自身は不服ながらも現継承権第1位のアレスとの婚約は未だ生きている。
それが破棄されない限り、他者との結婚など王家は認めないだろうし、それを押し退けて結婚した所で王族の地位は剥脱されるだろう。
下手をすれば国家反逆罪となる可能性だってあり得る。
だからと言って嫌悪感さえ抱いているアレスと結婚する事も絶対に無い。
ほんの少しでも結婚しても構わないという気持ちがあったのなら、婚約破棄の条件など出す事は無いだろうし、その為に人一倍の努力などしないだろう。
「どうすんだろう、あいつ……」
ショウマが悩む事では無いのかもしれないが、親友を心配するのは当然だ。
だが、今の彼にはそれをゆっくりと考えていられる程、暇ではない。
「おい、ショウマ!ボーっとしてないで、早く乗れ!最後の調整をするぞ!」
本来であれば、シルブレイドが出るのは明後日であった為、調整作業は後回しにされていたのだ。
それを試合開始までに急ピッチで仕上げようというのだ。
今までの会話の間も誰1人手を止めてはいないのだから、凄い職人魂と言えるだろう。
ショウマが乗り込むと、サブシートで作業中のアーシェライトが声を掛けて来る。
「ショウマさん。シアニーさんの事を心配する気持ちはよく分かりますけれど、今はこの後の試合の事に集中して下さい。相手はあのレリアさんなんですから」
この2年間でレリアもメキメキと腕を上げて来ていた。
王都襲撃時にフェアリュートが風の魔動力で空を飛ぶ姿に感化されたのか、機体を極限まで軽量化し、自信の魔動力を高める事に重点を置いた訓練の末、学園唯一、いや世界でもフェアリュート以外で実用化がされていない飛行型魔動機兵を操るまでに至っていた。
紙装甲と言って良い程に機体強度は低いが、周囲を風で覆って高速飛行による空気抵抗をほぼ相殺し、更にはその軽さも伴って回避能力は他の追随を許さない。
戦場で会えば、誰も彼女に触れる事は出来ないだろう。
「はいはい、解ってるよ。それで新装備の方は?」
「一応、実装は済ませてありますが、稼働実験は明日を予定していたので、予定通りの性能が発揮されるかは分かりませんし、動作不良や誤動作もあり得ます」
この2年でアーシェライトも大分変わった。
シルブレイドの専属技師という事で班のリーダーになってから自信が付いて来たのか、ハキハキと喋る様になった。
相変わらず大きめの瓶底眼鏡で顔の半分が覆われている為、その素顔を拝める人間は学園にはほとんど居ないが、かなり女性らしくなっていた。
シアニーという美女が側に居る為にそれなりに免疫が出来ているショウマでさえ、時折、ずれた眼鏡の奥から見える素顔にはドキリとさせられていたりする。
「左右のレバーにトリガーを設置しました。それで操作が可能ですが、命中補正システムとかはありませんから、ショウマさんの技量と感覚頼りです」
「まぁ、その辺はなんとかなるだろう。正確じゃなくても使いようによっては、レリア相手にはかなり有効だろうし……っと、これでチェック、オールグリーン」
話ながらも調整作業の手は休める事無く、試合開始まで残り5分という所で作業はなんとか終了する。
「油断は禁物ですからね。ショウマさん、頑張って下さい」
「ああ。シアの代わりに出て負けたなんて言ったら、あいつが戻って来た時に何言われるか分からねぇからな」
軽口を叩くショウマだが、余裕がある訳ではない。
最強の一角を担ってはいるが、それは機体性能がずば抜けているおかげ。
魔動力が無く魔動器が使えないショウマは、一撃必殺の威力を秘めた魔動器の力に常に気を張り詰めて戦わなければならない。
持ち前の動体視力とこれまでに培ってきた戦闘勘と戦術思考で、なんとか弱点を見つけたり、発動前に潰したり、回避したりする事で勝利を収めているのだ。
だが日を追う毎に、年齢的に肉体も精神も成長期であり、日々研鑚を積み、錬度も高まっている他の生徒達に対し、ショウマは徐々に対処し切れなくなりつつあった。
だからこその新装備だ。
他の者が質を高めるならば、ショウマとシルブレイドは量で補おうと考えた。
人間や魔動機兵には出来ないトリッキーな動きを行えるのが、シルブレイドの持ち味であり、それを生かせるような独特の装備があれば、魔動器にも太刀打ちが出来る可能性がある。
その1つを遂に今日、試す時が来たのだ。
「さぁて、試させて貰うとするか」
周囲で作業していた人達が全員退避したのを確認すると、ショウマは闘技場に向けて、シルブレイドを進ませるのだった。
* * * * * * * * * *
「くそっ、やっぱりやりづらいな」
ショウマが上空を睨むと、そこにはエメラルドグリーンの小柄で細身の機体が飛び回っている。
見た目はプロペラ飛行機。
それが胸部にあたり、上側にヘルメットのような丸みを帯びた頭部があり、下側には2本の脚が生えている。
飛行翼のすぐ下には“嵐気の瞳”というブレードナックル型の魔動器を持った腕がある。
それがレリアの新機体である“ウィンディグラス”だ。
ちなみにプロペラ機の設計案を提案したのはショウマだったりするので、戦い辛いのは、それをレリアに与えた彼の自業自得とも言える。
『ショウマ!この機体の完成に力を貸してくれた事には感謝しているけど、勝負とは別だからな!』
『ああ、分かってるさ。けど俺も負ける気はさらさらないんでね!』
急降下してくるウィンディグラスに対してブレイドソーを振り上げるが、手前で風の防壁によって軌道逸らされ、更にブレードナックルで完全に逸らされる。
無防備のシルブレイドにもう片方のブレードナックルが突き出されるが、無理矢理に上半身を回転させて攻撃を避けつつ、剣を振り抜くが、ウィンディグラスの姿はもうそこにはおらず、急上昇で上空へと逃れている。
無理な体勢からの反撃でバランスを崩したシルブレイドに対し、他の2機が迫って来る。
『チィッ!』
剣を地面に突き立てて体が流れるのを無理矢理制止して、振り下ろされた斧の一撃をやり過ごし、双剣を振りかざして間近まで迫って来ていたもう1機の胸元を蹴って押し退けつつ、その反動で一気に跳び退って間合いを離す。
着地と同時に再び飛び掛かってきたウィンディグラスの斬撃を剣の腹で受け止め、離れていった所で、ショウマはようやく一息吐く。
『流石に3対1で更に連携されると、反撃の余地がねぇなぁ』
ランキング戦は基本的に4人全員が敵同士である。
だが中には、こうして共闘をするチームも存在する。
特にこの試合での勝ち負けが順位に影響を及ぼさない場合で、それも相手がランキングトップの場合にはそれは顕著に表れる。
例え卑怯と言われようが、トップを倒すという事は、点を得る事以上に価値があるのだ。
常勝不敗の絶対王者に対し、共闘する事で勝つ事も可能だと他のチームに示す事が可能となり、共闘での勝利が続けば、その分、2位以下のチームとの差が縮まり、下剋上もあり得る。
その為、レリアは今日の組合わせが判明してからすぐに、他の2チームに共闘を持ち掛け、連携の訓練を行って来たのだ。
その成果はしっかりと現れている。
ショウマはまともに反撃する事も出来ていない。
(今はまだ逃げ場所があるけど、このまま追い詰めていけば、その逃げ場所も無くなる。そうなれば……)
レリアの脳裏に勝利の2文字が浮かび上がる。
だが、直後にガクンという衝撃を受けて我に返る。
『な、なんだ?!』
攻撃を受けた訳ではない。
闘技場の天井近い所まで届くような攻撃手段をシルブレイドは持っていない。
レグラスやシアニーならば、魔動器による遠距離攻撃が可能かもしれないが、そんな攻撃が来れば、一目で分かるはずだ。
「もしかしてショウマの魔動器による攻撃か?それも目に見えないという事は、もしかしたら私と同じ風属性という事か?」
風圧であれば目に見えないし、脆い鎧甲にも殆どダメージが無いのも頷ける。
「あの重い剣を持ってのスピードも、私と同じように風の力を利用していると考えれば、色々と納得がいくしな。だとすればそれ以上の風を纏えばダメージは受けない!」
レリアがそう考えるのも無理は無い。
彼女はショウマが魔動力が無い事を未だ知らないのだから。
だがその思い違いが決定打になる。
ウィンディグラスをホバリングさせる為に吹かせていた上昇気流から、全身を覆い、遠距離攻撃を逸らす乱気流へと変えた瞬間、キラキラときらめくものが視界に飛び込んで来る。
そして次の瞬間には全身に無数の切り傷のような線が走り、同時にウィンディグラスの動きが止まる。
『こ、これは!?』
『素直に罠に嵌ってくれて何よりだ。ここが屋外だったらこんな罠、仕掛けられないけどな』
ショウマの得意気な声にレリアは過信した自分自身に憤る。
こんな上空に自身を脅かすものがあるとは一切考えていなかった。
それ故に、眼下のシルブレイドばかりに注視し、周囲の確認を怠っていたのだ。
改めて周囲を見回せば、無数の細いワイヤーが張り巡らされており、ウィンディグラスはそのワイヤーに雁字搦めに絡め取られていた。
そのワイヤーはシルブレイドの新装備の1つ。
本来は手首の外側に新しく付けた射出式の爪を巻き取る為のワイヤーだ。
シルブレイドは3機の波状攻撃を防ぎながら、隙を見て天井にワイヤークローを突き刺し、天井付近にワイヤーを張り巡らせていたのだ。
そして逃げる振りをしながらそこに追い込む。
後はウィンディグラスが自分で乱気流を発生させてくれたおかげで、ワイヤーが風によって複雑に絡まったという訳だ。
当然、このワイヤーにはアダマスコーティングを施してある為に強度はそれなりにある。
とはいえ魔動機兵の動きを封じる程の頑丈さは無い。
しかし軽量化の為に極限まで鎧甲を軽く薄くしたウィンディグラスに対してならば、その効果は絶大だ。
もし強引に動こうとすれば、細いワイヤーでフレーム諸共切断されてしまう事だろう。
『悪いけど、降参するか、そのままそこで見物でもしていてくれ』
そういう間にもシルブレイドは地を駆け、斧使いの首に斬撃を見舞って吹き飛ばしつつ、動きを止めないまま、流れる様に双剣使いに向かう。
慌てた双剣使いが水の針を生み出して放ってくるが、そんな単純な動きの攻撃では牽制にすらならない。
シルブレイドは僅かに身を逸らすだけで水針をやり過ごし、右手首のワイヤークローを撃ち放って、双剣使いの左腕に絡める。
巻き取るついでに近付きながら、クイッと少しだけ右腕を引いてやれば、双剣使いは僅かにバランスが崩れる。
一瞬の内に立ち直ったが、ショウマとシルブレイドにはその一瞬だけで十分。
ブレイドソーが唸りを上げ、両腕を肩口から切断する。
『さぁて、これでレリアだけになったけど、どうする?』
『くっ…もう降参だ……』
レリアは負けを認めるしか無かったのであった。




