幕間 絶望的な逃走
前話の75話と同時投稿ですので、最新話で確認している方はご注意下さい
アントーン=アメイト=ド=フォーガンは危機に瀕していた。
孤立無援で周囲には数えきれない程の悪夢獣が、餌に群がるように集まって来ている。
父であるミルフォード亡き後、アメイト家の家督と、率いていた騎士団を引き継いだ彼は、父親の意志も継いで、この西方の地を悪夢獣から護り抜いていた。
だが先刻の討伐作戦後の追撃の最中、彼が率いる騎士団は悪夢獣の群れの中で孤立してしまった。
己の力を過信して調子に乗っていた訳ではない。
戦功を上げようと無理な追撃を行った訳でも無い。
伏兵にも気を配り、1匹ずつ確実に仕留めていたはずなのだ。
にも関わらず、側面と後方の3方から突如として現れた悪夢獣によって退路を断たれてしまったのだ。
多くの部下が犠牲となって、なんとか血路を開いてくれたが、未だ周囲には自分の騎士団以外の味方は見当たらず、その代わりに新たな悪夢獣が現れたという報告ばかり。
しかしこんな所で諦める訳にはいかない。
『全員、生きる事を諦めるな!帰りを待つ家族の顔を、恋人の顔を思い出せ!もう少しで第3騎士団の駐屯地だ!そこまで行けば、応援が駆けつけてくれるはずだ!!』
アントーンは部下達を鼓舞する。
いや、それは自分自身に言い聞かせていた。
次の休暇には、彼はある貴族の令嬢と婚約の儀を交わす予定であった。
王族であるフォーガン家と繋がりを持ちたい貴族の政略結婚ではあったが、何度か会う内に2人の間にははっきりとした愛が育まれていた。
そんな相手を悲しませるような真似は絶対に出来ないし、させない。
その意志だけでアントーンは剣を振るい、目の前の悪夢獣を斬り伏せていく。
部下達の背中を襲わせないよう殿を務め、どれ程の悪夢獣を斬っただろうか。
気が付けば、周囲に部下達の姿は無く、悪夢獣の群れが囲っているだけ。
部下達が逃げ切ったのか、悪夢獣に倒されてしまったのかは分からない。
しかし希望を失ってはいけない。
「彼らが無事である事を祈ろう。ははは……それにしても…もしこれで生きて帰る事が出来たなら……奇跡だな……」
死ぬつもりは更々無い。
だが機兵騎士となり、この西方最前線に配属された時から、既にいつどうなってもいいように覚悟は済ませてある。
『……絶対に死んでなんかやるものかぁっ!』
アントーンは雄叫びを上げて、目の前にいる悪夢獣へと斬り掛かった。
その数刻後、第3騎士団長は報告を受けていた。
「悪夢獣の不意打ちを受けて、アントーン様率いるアメイト騎士団は壊滅。全員、死亡したとの事です」
「死体の確認は?」
「はっ。さすがに損壊が激しく、完璧な確認は出来ませんでしたが、魔動機兵の残骸の中から彼の所持していた剣とこのペンダントが発見されました」
報告している騎士が団長の前に包みを差し出す。
そこにはアメイト家の家紋を象った意匠が施された1本の剣とロケット付きのペンダントがあった。
ロケットの中には生前のミルフォードとまだ若いアントーン。そして美しい2人の女性の4人の姿が描かれた絵が嵌っていた。
団長は会った事は無かったが、この2人が彼の母親と妹であろうとすぐに理解する。
「これらを早急にアメイト家へ。王族だからすぐに知らせた方が良いだろうしな」
「はっ。承知致しました」
騎士はアントーンの遺品を包み直し一礼した後、足早に団長の元から去る。
目の前に誰も居なくなった事を確認した団長は口の端を吊り上げる。
「これで邪魔者は居なくなりましたぞ、アレス殿下。証人となる者が誰もいない以上、私が罪に問われる事も無いし、ましてや王都に居るアレス殿下に容疑が掛かる事も無い。くっくっくっ、これで私の出世も約束された。ああ、ようやくこの辺境から脱する日が来た訳だ……」
第3騎士団長はその日がやって来るのを待ち侘びる。
この後、彼は謎の死を遂げ、その日が永遠に来ないという事を、この時はまだ知る由も無かったのだった。




