第75話 結婚したい理由
チーム・キングスとチーム・ブラックロータスによる入替え戦の翌日。
シンロード魔動学園のある丘を下った先にある病院にショウマとシアニーは居た。
生徒の体調管理の為、試合を行った後には必ず病院で検査を受ける事になっている。
本来ならば試合の直後に行くのだが、昨日は会場内が盛り上がり、その場で祝勝会紛いの事が行われてしまった為、こうして翌日になってしまったのだった。
打撲等はあったものの、大きな怪我や体調不良も無かったので、検査はさくっと終了。
それでもまだ2人がここに留まっているのは、もう1人、この病院で検査を受けている者に会う為だ。
シアニーが病室の1室をノックすると、中から「どうぞ」という返事があった為、室内へと入る。
と同時にシアニーは目の前の光景に顔を真っ赤にさせながら、すぐに後ろに居たショウマの目を手で覆う。
「ちちちちちょっとぉぉぉ!!!どうぞって言っておきながら、なんで着替え中なのよぉぉぉぉ!!!!!」
室内に居た人物、ノワールは病院着を脱ぎ終えた下着姿で部屋の中に居た。
2人の事など気にもしない様子でハンガーに掛けてあった私服のゴスロリスカートを手に取って履き始める。
「あらあら、見られて恥ずかしい様な身体はしてないつもりだけど?」
決してノワールは人に自慢出来るような肉体美の持ち主という訳ではない。
どちらかと言えば逆で、彼女は幼児体型だ。
だがその事にコンプレックスを感じていない彼女は、ある意味、本当に恥ずかしくないのかもしれない。
「そういう意味じゃないわよ!ショウマも居るんだから、ちょっとは羞恥心を持ちなさいって事よ!!」
シアニーに目頭を抑えられながらもショウマは思う。
自分はロリコンでは無い。
それにシアニーの下着姿やら裸やらを何度も見ているので、いくら年上の合法ロリとはいえ、正直に言って、ノワールが全裸だったとしてもその姿に興奮する事も欲情する事も無いだろう。
(というか、今の状況の方がヤバいんだけど……)
ショウマの目を隠す事で頭が一杯のシアニーは気付いていないようだが、2人はかなり密着していて、胸に胸が押し付けられている。
その柔らかい感触の方がショウマにとってはドキドキものだった。
そんな耐える時間が暫く続いた後、目元と胸を圧迫する力が弱まり、目に光が戻る。
どうやらノワールの着替えが終わったようだ。
「さて、早速だけど本題に入るわよ。賭けは私の勝ち。ショウマはあんたになんか渡さないし、それから知っている事を洗い浚い教えて貰うわよ!」
「そういえば、そんな賭けをしてたわね~」
シアニーの剣幕などなんのその。
ノワールは気に掛ける様子も無く、2人に背を向けて鏡の前に立つと、自身の髪のセットをし始める。
ヘアドライヤーのような魔動具を頭に押し当てて暫く。
瞬く間に彼女の髪はクルクルと巻き上がり、特徴的なドリルテールが生み出された。
「あんたが先に賭けの話を持ち出したんだから、ちゃんと話しなさいよ!いつどこでこいつに会ったのよ!」
それはショウマも気になる所だったので、こうして一緒に付いて来たのだ。
こんな特徴的な容姿と性格ならば、そうそう忘れるはずは無いし、結婚を迫る程好かれる理由も不明だ。
「……彼と初めて会ったのは今から2年程前……」
唐突にノワールは、昔を懐かしむかのように天井を仰ぎながら、呟き始める。
「2年前って事は、師匠と各地を転々として武者修行してた頃か……」
ショウマはその頃の事を思い返す。
フューレンの悲劇直後。
ショウマはベルグルッド=トゥルーリに保護され、その祖父であるフィランデルの養子となり、剣の教えを受けた。
といっても剣を持つ事など初めてであり、それを扱うような肉体も出来ていない。
最初の1年は徹底的に肉体作りが行われた。
午前中はずっと家の周りを意識を失うまで走らされ、午後は力尽きるまで筋トレをさせられた。
弱音を吐かなかったのは、そんな余裕さえ無かったというのもあるが、なにより大切な家族を奪った悪夢獣に対する憎悪だけが彼を支えていたのだった。
そんな日々が続いて半年。
ショウマは自身の体重よりも重量のある大剣・ブレイドソーをフィランデルより貰い受け、その日からこの剣を扱う訓練が開始された。
更に半年近くをブレイドソーを扱う訓練に費やし、ようやく人並みに剣を振れるようになった頃、フィランデルはショウマを伴って旅に出た。
一応、シルブレイドに乗っての旅であった為、移動は苦では無かったが、その分、剣を交えての修業は苛烈を極め、その上、食料調達等は自分自身で行わなければならなかったので、修業で疲れ果てたからといってゆっくり寝ている訳にもいかない。
しかしそんな疲れ切った身体で獲物を捕まえる事など、狩りも素人のショウマには無理な話。
旅を始めて数ヶ月はキノコや果物などしか口に出来ず、初めて自分で仕留めたウサギの肉を食べたのは3ヶ月近く経った頃であった。
その頃には既に、シルブレイドを狙って襲ってきた山賊や野盗を返り討ちに出来るまでの実力を持つようになっていた。
そしてシンロード魔動学園に入学する1ヶ月ほど前まで、ショウマはフィランデルと共に各地を回った。
時には騎士の駐屯する比較的平和な街を見掛ければ、フューレンの村のように悪夢獣によって滅ぼされた村を見つける事もあった。
裕福そうな貴族の令嬢に会ったかと思えば、盗賊達に身包み剥がされた挙句、両親をも失った幼い兄弟と出会う事もあった。
この旅の中で、ショウマは何の為に騎士になり、何の為に悪夢獣を倒すのか。
それを教わった。
憎しみで敵は倒せても、そこに人々の笑顔は生まれない。
彼の心の中に居る彼女は、貧しくともいつも眩しいくらいの笑顔だった。
そして死の間際でさえも笑顔を絶やさなかった。
あの時は護れなかったあの笑顔を護る事。
それがショウマが騎士を目指す理由であり、悪夢獣を倒す意味であり、彼女の願いなのだ。
それからのショウマは強さに更に磨きが掛かり、社交性も良くなり、そしてシンロード魔動学園へと入学する事となった。
(確かにあの頃は色んな人と出会ったからなぁ。その中の何処かで会ってる可能性は否定出来ないかも……)
今のショウマがあるのも、あの武者修行と旅の中で出会った多種多様の人々のおかげだ。
もしノワールがその中の1人ならば、思い出してあげなければ失礼だ。
だからノワールの言葉に耳を傾ける。
「あれは私が実家に帰省している途中の事だったわ。急に乗っていた馬車が止まったかと思えば、外が騒がしくなったの。小窓から見たら馬車は盗賊に囲まれていたの」
よくある話だ。
彼女の実家はウェステン連合国家にあり、最も悪夢獣の脅威に晒されている国である。
悪夢獣の侵攻を食い止める為、西方最前線に騎士を集中せざるをえないので、どうしても国内の治安は悪くなってしまう。
それ故に山賊や盗賊が他の国に比べて多いのが実情。
ショウマが西方地域に武者修行で連れて行かれたのも、実戦経験を積みやすい地域だったからだった。
「護衛は居たけれど多勢に無勢だったから私も助太刀に外に出ようとしたの。その時に彼は颯爽と現れたわ!まるで白い風のように彼は瞬く間に盗賊達を蹴散らして、そして名前も名乗らず、お礼を言う暇も与えずに彼は去っていったの。一目惚れだったわ!」
「……ええっと、それって………」
武者修行中の移動は基本的にシルブレイドに乗っていた。
確かに途中で山賊やら野盗やらに襲われている乗合馬車を助けた事は何度かあったが、師匠のフィランデルが「わざわざ止まるのも面倒だし、礼なんて貰っても一文にもならんからな。通りすがりに蹴散らすぞ」と言って、文字通り蹴り散らして行ったのだ。
そんなだから当然、その馬車に誰が乗っていたかなんて知る由も無いし、ショウマがわざわざ顔を見せたりもしない。
つまりノワールが一目惚れしたのは……。
「ええっと、ノワールさん?先輩?一目惚れしたのってもしかして…シルブレイドの事?」
「ええ、そうよ!それ以外に何があるって言うの!それにしてもまさかこの学園であの方に再会出来るなんて思ってもいなかったわ!あの流れるようなフォルム。美しく輝く白銀の鎧甲。そしてなんと言っても、まるで天を貫くように雄々しく伸びたあの一本角!!ああ、もうあの姿を想像しただけで悶え死んでしまいそうだわ♪」
「あ…え…えっと……それじゃあ、ショウマと結婚したいっていうのは……」
「だってあの方はショウマ様の魔動機兵なんでしょ?その付属品である彼を夫として迎えれば、あの方は一生、私のものじゃない!」
ショウマもシアニーも開いた口が塞がらない。
「あの方が手に入るというならば、例え相手が悪夢獣であろうと構わないわよ!!」
「はぁ……帰るか……」
ショウマは自分の存在が悪夢獣と同列に扱われている事に少し傷付きつつ、まるで試合後のように疲れ切った表情を浮かべて、ノワールに背を向ける。
その背中にノワールは言い放つ。
「今回は賭けに負けてしまったから諦めて上げるわ!」
“今回は”という事はまだ諦めていないという証。
「…って、負けたんだから潔く諦めなさいよ!!」
「まぐれで勝ったようなものでいい気にならない事ね!次こそは絶対に完膚無きまでに叩き潰してあげるんだから!!」
「ふんだ!次だって返り討ちにしてあげるわよ!!」
女2人の口喧嘩を背に、ショウマは重い足取りで病室を後にする。
(もう、勝手にしてくれ……)
早く家に帰って何も考えないで寝たい。
病室内から聞こえるヒートアップした声はショウマが病院を出て暫くしてからもその耳に届くのであった。
少々短いですが、切りが良いので今話はここまで。
だからと言うわけではないですが、次の幕間も同時更新しております。




