第74話 首脳会議
「う、う~ん……こ、ここは…?」
ぼんやりとする意識の中、シアニーは周囲を見回す。
目に映るのは見慣れたエスト・アースガルトの操縦席の風景。
ノワールとブラックキャットを倒してから、意識を失っていたようだが、それ程、長い時間では無かったようだ。
目が覚めた理由は、断続的な上下の揺れのせいだった。
横揺れだったり、同じ感覚の揺れであれば、揺り籠に揺られるようにまどろみの中に落ちていただろうが、地震のように時々、突き上げるような激しい揺れが起きてはゆっくりと休んでいる訳にはいかない。
機体に魔動力を通して外を映し、今の状況を確認する。
『プライナスくん。試合はどうなったの?』
動けなくなったエスト・アースガルトを運搬中だったのだろう。
プライナスが学園保有の作業用魔動機兵に乗って、エスト・アースガルトを引き摺っていた。
引き摺っている為に凹凸の度に大きく揺れるせいで、彼女は覚醒したようだと判断出来た。
「あっ、目が覚めたっすか!声を掛けても返事が無かったっすから、心配してたんっすよ。怪我とかしてないっすか?」
『ちょっと気を失ってただけみたいだから、大丈夫。それで試合の方は?』
機体の回収作業を行っているという事は、ショウマの方も決着したという事だ。
ブラックキャットは完全に戦闘不能にしたのを確認しているので、撃破ポイントの3点は確実。
その後、自分も意識を失ったので、戦闘不能と見做されていれば、この時点でポイントは並んでいる。
もしショウマが負けていたり、時間終了まで決着していなければ、この昇格戦は敗北という事になる。
だが、そんな彼女の心配は杞憂だった。
「完全勝利っすよ!シアニーさんが最後の大勝負に出た頃に、ショウマさんの方もシルフィリット先輩に勝利したっす。あ、でも決着した後でシアニーさんが意識を失っているのが分かって、一応、審議の最中っすけど、どちらにしろポイントではうちが上回っているっすから、勝利は確定っす!!」
『そっか、やっぱりショウマも勝ったんだね。っていうか、プライナスくん。相手の名前を間違えちゃ駄目でしょ。シルフィリットじゃ、“騎士の中の騎士”のシルフィリット=パーシヴァル先輩になっちゃうじゃない。彼はシュバル先輩よ』
「い、いやぁ、それが、そのシルフィリット先輩だったんっすよ。乗っていたのが……」
彼女が意識を失っている間に、学園長から闘技場の全員に今回のシルフィリットの参加について説明が為された。
理事長、学園長共にシュバルとの乗り替えを認めた事。
その目的がこのお祭り騒ぎを更に盛り上げて、学園内の重い空気を吹き飛ばす為である事。
そして一応、シルフィリットに負けたとしても、救済措置があった事などなど。
それらの事をシアニーはプライナスから聞く。
『なによ、それ!ズルじゃない!!』
「けど向こうが勝った時にはそれ相応のペナルティがあったらしいっすよ?うちが勝ったのでどんなものなのかはもう分からないっすけど」
『そうなんだ…………だけど、勝っちゃったんだ…ショウマはあの“騎士の中の騎士”に……』
対人戦でシアニーは、初めて出会った時の試合以外ではショウマに負けた事が無い。
だがこの数ヶ月の付き合いで、彼の真骨頂は機兵戦にある事が分かっている。
クアクーヤの時はなりかけで手負いだったとはいえ悪夢獣を倒し、テロ事件のせいで有耶無耶になってしまって表彰式もやっていないが、闘機大会でも優勝。
そして今日は不慣れな機体に乗っていたとはいえ、あのシルフィリットをも破ったのだ。
同じチームなので本気での対戦の機会は殆ど無いが、もし闘っても恐らくは対人戦と同じように勝つ事は出来ないだろう。
ノワールを1人で倒す事が出来たので、少しは隣に立ち並ぶ事が出来たと思ったのに、次の瞬間にはもうその背中は遠退いてしまった。
だが同時に常に自分よりも先に進み、他の追従を許さない強さを目の当たりにし、かぁっと頬が熱くなっていく。
彼女の恋愛脳がショウマに惚れ直していくのを自覚する。
(あぁ、どうしよう!こんなんじゃ絶対にショウマの顔をまともに見れないよ~!)
顔に篭った熱を冷ますように両手を頬に当てながら、シアニーは1人悶えるのであった。
* * * * * * * * * *
「さて、それでは君の見解を聞かせて貰えるかな?」
キングスとブラックロータスによる入替え戦が終了した後のシンロード魔動学園理事長室。
イーグレット学園長は、正面に座るシルフィリットへと尋ねる。
2人の他にもこの場には4人の人間が集まっていた。
1人目はこの学園の理事長であるアイリッシュ。
2人目はほぼ常にアイリッシュの背後に仕えている側仕えのエルア。
3人目はその全身を筋肉の鎧で包んだ白髪の老人“剣聖”ソディアス。
そして最後の1人もまた老人だった。
ソディアスと異なり髪色は白いものが混じってはいるが、その多くが焦げ茶色。
ただし頭頂部から耳元辺りまで完全に禿げ上がっている。
しかしそこから下は上半分を補うかのように肩口まで後ろ髪は伸び、口元を覆う髭も首元を覆うくらいに伸びている。
厳つい表情とソディアスと同じような筋肉質な身体付きから歴戦の騎士である事が伺える。
彼は世界で唯一、魔動技師と機兵騎士を両立した“造聖”の称号を持つ、ショウマの養父にして剣の師匠。
その名はフィランデル=トゥルーリ。
このそうそうたる顔触れの中、シルフィリットは臆することなく全員を見回してから、ゆっくりと自分の見解を述べる。
「はい。闘った印象としては、機体性能はかなり急激に増強されているようです。本人は気が付いていないようですが、僅かながら機体に振り回されているように感じられました。恐らく、初期スペックより1割は向上しているでしょう」
今回、いくらお祭り騒ぎの様相を呈していたとはいえ、本来の入替え戦でチームの人間でも無い人間と操縦者を替わるという事はありえない。
わざわざ理事長と学園長が許可し、シルフィリットがシュバルと乗り替わったのは、ショウマとシルブレイドの現状を把握する為だった。
「やはりあの時の悪夢化の影響かの?」
口を挟むソディアスにシルフィリットは頷く。
「はい。恐らくは魔動力炉の一部が悪夢のコアにより浸食された結果だと思います。ただ今の所は再活性化する危険性は無いと判断出来ます」
「その根拠はなんですか?」
イーグレットの問い掛けに、彼は再び頷いた後、説明する。
「まず悪夢が生み出される要因は、異世界の人間が負の感情に押し潰されてこの世界に絶望してしまう事。そして強大な魔動力を持つ事。この2つが前提条件ですが……」
「うむ。あやつにはこの世界を守りたいという理由がある。確かに悪夢獣に対する怒りは強いが、あやつはその感情を制御する術を最初から持っておった。それに柔な鍛え方をしておらんからな。そう簡単には絶望などせん」
フィランデルが胸を張って言うが、それに対しソディアスは首を振る。
「だが実際には、初期段階ではあるが、なりかけたという事実を忘れるでないわ!」
ソディアスは実際に王都で悪夢になり掛けていたシルブレイドを目撃し、その強大な力を目の当たりにしている。
まだなりかけにも関わらず、光の魔動力で弱体化させ、全力を出したソディアスと同等の力を有していたのだ。
「ふん。じゃが自らの力で元に戻ったらしいではないか。儂が育てたあやつを見縊るでない!」
「儂が足止めしておらねば、その奇跡も起こったか危ういわ!そもそも何故元に戻ったのかもようと知れんのじゃぞ!」
老人2人が言い争いを始めると思われた瞬間、か細くも良く通る澄んだ声が理事長室に響く。
「…お二方、お静かに願います」
この中で最年長であり、最も発言力のあるアイリッシュの制止の声に、称号持ちの老人達は、浮かし掛けていた腰をゆっくりと下ろす。
まるで借りてきた猫のように大人しくなる2人を笑う者はいない。
アイリッシュという人物の言葉は、それ程までに重く絶大なのだ。
「シルフィリット様、お続け下さい」
場が大人しくなった所で、アイリッシュの言葉を代弁するかのようにエルアが続きを促す。
「はい。確かに今、フィランデル殿が言われた通り、彼は悪夢獣に対して異常なまでの憎悪を抱いています。その点につきましては憂慮しなければならないと思いますが、もう1つの条件である強大な魔動力を彼は有していません。先日、彼がなりかけたのは、同乗者の魔動力が彼の意思に同調したからだと考えられます。彼の負の感情が同乗者を通し、間接的に影響を及ぼした故に、悪夢化しかけた。ですがそれは逆を言えば、間接的であったからこそ完全な悪夢にならず、戻って来る事が出来たと考えられるでしょう」
完全な悪夢となるには、負の感情を魔動力を通して直接的に送り込まれなければ、なる事は出来ないと言われている。
そしてショウマ自身が魔動力を持たず、またシルブレイドに同乗者を乗せず、電力のみで動いている限りにおいて、その兆候は絶対にみられる事は無いのだ。
「それにシルブレイドには儂自らがリミッターを掛けておいてある。王都の時は、どうやら連続でリミッターを外したようじゃから、その機能が著しく低下し、上手く働かなくなってしまっていたようじゃ。強化案を纏めておいたから、キングスロウの小童にでも渡しておいてくれ」
「分かりました。さて、ここまでのお話を聞く限り、先般の様なイレギュラーが無い限り、学園が機体を管理している間は安心して良いと言えると思いますが……理事長、どうされますか?」
イーグレットに問われたアイリッシュは静かに目を瞑る。
暫しの沈黙。
誰もが黙って、その口から言葉が発せられるのを待つ。
そしてどれくらいの静寂が過ぎた頃だろうか。
アイリッシュの口からようやく言葉が漏れ出す。
「……現状はまだ見守る事としましょう。幸い、まだ彼本人は自覚していない様子です……それに悪夢になる危険性があると言って隔離する事は簡単です。ですが我々はシンロード魔動学園の教師ですので、我々が彼を導いてやるのが筋であるのではないかと思います。それにもう2度と黄金の希望になど縋らず…そしてあんな悲しい思いをする者を出してはいけないのですから……」
この場に居る中で、アイリッシュだけが悪夢という存在を実際に目にしている。
過去において、悪夢を消し去る為に多くの犠牲を払い、そして多くの奇跡も同時に目撃した。
しかし最後には黄金の奇跡を残し、愛する者は悪夢と共にその存在をこの世界から消してしまった。
あれ程に愛し、この世界を救った救世の騎士で、子供をこの世界に残していながら、今はもう姿は愚か、その名さえ思い出す事も出来ない。
恐らくは彼が異世界人であった為、この世界の記憶から消え去ってしまったのだろう。
薄れゆく記憶を手繰り寄せて、なんとか思い出せる範囲内で救世の騎士の伝承として残す事は出来たが、それも事実のほんの一部だけを記したに過ぎない。
縁も所縁も無いこの世界を救った英雄にも関わらず、彼の事を覚えている者はこの世界には存在しない。
それはとても悲しい事だった。
だからこそ今度は、若者達にそんな思いをさせてはいけないのだ。
覚えていない辛さ。
思い出せない苦しみ。
忘れてしまった悲しみ。
そんな思いをするのは自分だけで十分なのだから。




