第73話 勝利の方程式
ショウマとシルフィリットの激闘に決着がつくより少し前。
シアニーとノワールの戦いも佳境を迎えていた。
(手掛かりは掴んだから、後はこれをどう生かすか……)
姿の見えないブラックキャットを見つける方法は思い付いたし、その方法を実行出来れば、倒せるという確信も持っている。
だがその為には準備が必要だし、ノワールにバレてしまっては簡単にその策は潰されてしまうだろう。
だから相手に気取られず慎重に準備をし、必ずその策に嵌るように進めなければいけない。
しかし彼女はそういうのが苦手だ。
元々シアニーはどんな問題も直感的に答えに辿り着く天才肌タイプだ。
例えるなら普通の人が1+1+1+1=4と計算する所を、彼女は1×4=4と計算する。
これは分かりやすく説明する為の極端な例であり、実際の所は、もっと複雑で彼女独自の読解力で回答を導き出している。
恐らくどんな高学な学者であろうと精神分析官であろうと、彼女が何故その答えに至ったのかを解析するのは難しいだろう。
それ故に、彼女は人から教わる事があっても、それを独自解釈してしまうので他の人に伝える事が出来ないし、途中をふっ飛ばして結論に至るから勘違いをしやすい。
しかし今は結論に至るまでのプロセスが重要であり、どんなに苦手でも自分自身で考えなければいけないのだ。
「泣き言なんて言ってられない。私自身がやらなきゃならないんだから!」
勝利に至る方程式を考える。
考えるが、既に彼女の頭の中では結論が出てしまっているので、中々その途中での経過というものが明確なビジョンとして浮かんでこないし、出てきたとしてもいつくつもの選択肢があり、どれが一番確実で正解に至る方法なのかは分からない。
分からないなら試せばいいと考えそうになるが、それは最悪手だ。
もし試して失敗すれば、シアニーが何をしたいのかがノワールにバレてしまい、確実な策は霧散してしまう。
そしてまた別の打開策を考えなければならず、だがそれは最善や最良の策であり、確実性は低くなるだろう。
それにあまり時間も掛けていられない。
こうして悩み考えている間もブラックキャットの猛攻は続き、エスト・アースガルトは斬り刻まれていて、いつ鎧甲を貫かれるか分からないし、防御に専念している集中力もそう長くは保たないだろう。
(そういえばショウマはいつも言ってたっけ。考え過ぎると逆に動けなくなるから、時には大胆な賭けに出る方が良い結果になるって……)
ショウマはシアニーとは真逆で先に多くの可能性を考え出し、それを吟味し厳選して結果を得るタイプだ。
しかもその1つが失敗してもフォロー可能だったり、リスクが殆ど無かったりする別の策を無数に考えている。
だけどそれ故に知っている情報が多くなればなるほど選択肢が増え、確実な策を選ぶ確立がどんどん下がっていき、考え過ぎて考えに詰まってしまう事もあった。
そんな理詰めの彼でも、時には直感で判断する事もあるのだ。
それなら直感力に優れ、未だ選択肢が少ない今の状態なら、難しく考えず、自身の直感を信じてもいいのかもしれない。
(それに今までも自分の信じる道を貫いて来たんだ。今回も私は私の直感を信じる!一番最初に思い浮かべたものを選ぶ!!)
ブラックキャットの攻撃を左腕の鎧甲で受けつつ、カウンターで剣を振る。
流石にもう不意は突けないらしく、手応えは無い。
だが布石としては十分。
この段階ではまだノワールは自身の“姿無き光”が破られる策を施している等、見当もついていないはずだ。
「次!」
何度か同じようにカウンターを繰り出しては、空振りに終わる。
その都度、ほんの僅かずつだけ横にずれて位置を調整。
「後もう少……きゃっ!」
位置の調整に気を取られ過ぎたせいだろう。
これまで目と鼻の先で現れるブラックキャットの姿にだけ集中していた為、防御が間に合っていたのだが、遂にその均衡が破れ、左肘関節に爪刃が突き刺さり、大きくよろめく。
そのチャンスにブラックキャットが連続攻撃を仕掛ける。
完全に動かなくなった訳ではないが左腕の動きは鈍くなり、自身の計画に綻びが出たという心の動揺で集中力が乱れ、先程まで以上に防戦一方となってしまう。
もう駄目だと弱気になり掛けるが、それでは駄目だとすぐに気持ちを切り替える。
ショウマはどんなにボロボロになっても、どんなにみっともなくても、どんなに逆境でも最後の最後まで諦めなかった。
父ミルフォードはどんな絶望が立ち塞がっていようと、どんなに強大な相手でも最後の最後まで大切なものを護る事を、そして自分が生き残る事を諦めなかった。
2人とも命の危険に晒されながらも諦めなかったのだ。
(なのにそんなショウマを助けようとしている私が、お父様の意思を継ぐと決意した私が、命の危険さえ無いこんな所で諦めるなんて出来る訳が無い!いや、しちゃいけない!)
一度、自分の立ち位置の事を頭から除外して、ブラックキャットの攻撃だけに集中し直す。
そして的確に攻撃を防ぎ、体勢を立て直していく。
攻め切れないと踏んだブラックキャットが一旦後ろに下がり、そしてその姿を消す。
退がってくれた事で僅かに生まれた時間で機体の状況を確認。
深刻なダメージには至ってはいないが、左腕はさっきまでよりも更に動きが鈍くなり、脚腰のダメージも相当積み重なっている。
鎧甲の一部は既に剥がれかかっているものさえある。
だが半面、良い事もあった。
機体の確認後に周囲を見回すと、最初の予定とは大分違うが、2番目に想定していた位置に自身が居る事に気付く。
これならばまだ修正が効く。
「まだ運はなんとか残ってるみたいね」
魔動機兵の操縦と作戦の遂行で考えを巡らせ過ぎて、頭の中が煮え返りそうな程、熱くなっていて、知恵熱だと自覚する。
このままでは熱のせいで考えも覚束なくなるだろうし、集中力も欠く。
肉体的な限界が訪れるのも時間の問題だろう。
それより先に機体が限界を迎えるかもしれないし、弄した策を見破られるかもしれない。
長引けば長引く程、不利になっていくのはシアニーの方だ。
「そろそろ決着を着けないとね」
だが焦ってはいけない。
次の一手はこの作戦の最大の要であり、やり直しはきかない。
そしてその後の行動も迅速にしなければ、勝機は失われてしまう。
だから最も慎重にタイミングを見計らい、罠に注意が向かないよう大胆に行動を起こさなければいけない。
息を整え、その瞬間を待つ。
右斜め前から現れたブラックキャットの一撃を左腕で受ける。
(まだ…)
鈍い音が聞こえ、肘の関節が完全にねじ曲がり、動かなくなる。
だがシアニーは動かない。
続いて左前方からの爪撃を左脚を上げて防ぐ。
限界だった脚の甲を覆っていた鎧甲が剥がれ落ちるが、フレームまでは傷付いていないので気にしない。
(まだ…まだ我慢……)
再び左から攻めてきたブラックキャットの爪を、動かなくなった左腕を腰の回転だけで振り回して防ぐ。
完全に肘の関節が砕け、エスト・アースガルトの腕が吹き飛ぶ。
(まだまだ……)
機体の限界を感じながらも、シアニーはまだ動かない。
そしてその瞬間が遂に訪れる。
真正面にブラックキャットの姿を捉える。
『今っ!!』
振り下ろされる鉤爪を無視して、一歩だけ前へと動き、同時に右手に持った“氷雪の女王”を地面へと突き刺す。
エスト・アースガルトが前へ出た事で、鉤爪の一撃は僅かに威力が削がれ、腰の半ば程までの所で止まり、完全に斬り裂くまでには至らない。
一度離れて姿を消すブラックキャット。
その瞬間、シアニーは勝利を確信した。
ブラックキャットの攻撃力は低い。
だからこそ直撃を受けても一撃は耐えると思っていた。
もしあのまま力押しで胴を引き裂きに来ていたら、勝敗はどっちに転んでいたか分からないだろうが、“姿無き光”という隠れ蓑がある限り、ノワールがリスクを犯さず、一旦後ろに退くのは明白だった。
しかしそれがノワールの敗因であり、シアニーの勝因だった。
ブラックキャットの姿は見えなくなった。
だが見えなくなっただけで本体はそこにある。
そして今やブラックキャットは猫でありながら袋の鼠だ。
『これで終わりよっ!!』
巨大な氷の塊を纏って巨大なハンマーとなったエスト・アースガルトの刺突剣が何も無い空間に振り下ろされる。
硬いものが潰れる音と氷の砕ける音が響き渡る。
シアニーにとってそれは勝利を確信する音。
“姿無き光”の効果でブラックキャットの姿が見えなくなるだけで消えている訳では無いと分かったシアニーは、閉じ込めてしまえば良いと結論を出した。
最初にカウンターで空振りを繰り返しながら、地面に自身の魔動力を込めた氷の粒子を格子状にばら撒く。
そして次は設置した格子の中にブラックキャットが入るように位置を調整。
相手だけ格子の中で自分はその外側になる位置がベストだったのだが、攻撃を受けたせいで自分も格子の中に入る事になってしまった。
そこまでの準備が整ったら、後はその格子の幅内にブラックキャットが収まる位置に現れるのを待つだけ。
攻撃をワザと受けたのも地面に撒いた氷の粒子に干渉して氷壁を生み出す時間を稼ぐ為。
後は氷壁と同じ幅の氷を生み出して、見えずともそこに居る事が分かっているブラックキャットに振り下ろすだけ。
闘技場と機体に備わった二重の防護魔動陣が操縦者を守ると分かっているからこそ出来た超高威力の圧殺攻撃である。
甲高い音共に全ての氷が砕け、キラキラと輝き舞うその中心部には、防護魔動陣によって護られた操縦席のある胸部以外、元々の姿がどんなものだったか分からない程、完全に押し潰されてスクラップと化したブラックキャットの姿があった。
「…ショウマ……私…やったよ。これで少しは肩を並べられるように…なった…か…な………」
極度の緊張から解放され、集中力も途切れ、慣れない事をやって心身共に疲弊したシアニーは、ショウマの勝敗を確認する事もしないまま意識を手放した。
確認する必要なんて無い。
なぜなら自分以上に諦めの悪いショウマが負ける訳が無い。
そう信じて疑っていないから。
* * * * * * * * * *
『なななななんとぉ!!この激闘を制したのはチィィ~~~ムゥゥ~キィィ~~ングスゥゥゥッッッ~~~~~!!!!!!!まさかまさかの完全勝利だぁぁぁぁーーーー!!!!!』
どちらも劣勢からの大逆転劇という事もあり、闘技場内は大歓声とスタンディングオベーションで包まれていた。
開始前にあったショウマへのブーイングも今は歓声に変わっていた。
そんな客席の中で唯1人、興奮する事無く、逆に不機嫌そうな表情を浮かべる者が居た。
レグラスである。
「クソッ!あいつらまた強くなってやがる!」
勝利した事自体は素直に嬉しい。
だが初めてまともにショウマとシアニーが魔動機兵に乗って全力で戦う姿を見た彼は、自分自身に腹を立てていた。
(何が僕のライバルだ。何が僕と当たるまで負けるなだ。これでは僕がバカみたいではないか!)
シルブレイドの戦闘力が他の魔動機兵を凌駕している事は、王都での戦いの時で理解していた。
だがあの時はまだその性能を完全に引き出せていない印象だった。
その印象はこの戦いが始まった頃も変わらなかった。
だが、強敵との戦いの中、その動きはどんどん洗練され、より鋭く、より速くなっていった。
恐らくは今のショウマとシルブレイドにレグラスは勝つ事は難しいだろう。
来週からは彼らは上位グループに進出してくる。
上位グループの中でも上位に位置するレグラス所属のチームがキングスと当たるのは少し先だし、対戦日が合わなければ、更に伸びる可能性もある。
だがそんな悠長にしている訳にはいかない。
こんな所でお祭り騒ぎに便乗して楽しんでいる訳にはいかない。
「どうした?レグラス?」
素直に2人の勝利を喜んでいたレリアが隣にいるレグラスが不機嫌そうにしているのに気が付く。
「ふん。あいつらの今の実力は良く分かった。もう見ている必要は無い」
興奮に包まれる観客席の中、レグラスは静かに立ち上がり、レリアに背を向ける。
レリアに強がりを言いながら、レグラスは焦燥感に苛まれていた。
すぐにでも訓練をしなければならない。
1分でも多く訓練を積み、1秒でも早く強さに磨きを掛けなければならない。
少しでも追いつかなければ、ライバルなんて言い張る事など出来はしない。
いつか戦うその時までに。




