第71話 姿無き光
試合開始から10分。
シルブレイドとダークシュバリエの2機は激しい攻防を繰り広げていた。
パワーとスピードで上回るシルブレイドが攻め込み、無駄の無い洗練された動きと技術でダークシュバリエが捌き受ける。
超重量のブレイドソーはまともに受け止めれば、その重さだけでもかなりのダメージとなり得る。
生半可に剣で受け止めれば刃を叩き折る事が出来るだろうし、楯で受け止めても衝撃が関節に負荷を掛け、ダメージを蓄積させる。
ダークシュバリエは見た目的には重装型の魔動機兵だ。
そして持っている武器は中距離から攻撃可能なハルバートだ。
その姿を最初に見た時は、ブラックキャットがエスト・アースガルトを倒すまでの足止めと時間稼ぎが主目的なのではないかと思っていた。
だが刃を交えて、その認識が間違いだという事にすぐに気が付いた。
厚い鎧甲のせいでダークシュバリエの動きは鈍重と言って良い。
だが速さに勝るシルブレイドの攻撃は鎧甲にすら届かない。
全ての攻撃がハルバートによって力を逃され、削がれ、受け流される。
『あんたも本当の実力を隠してたって事かよ!』
『……別に……隠していた訳では無い……』
これまで沈黙してきたシュバルが低い声で呟く。
確かに言われてみれば、扱う武器がこれまでと違うだけで、彼はそれなりに勝ち星を上げている。
どうしても実力が全体的に下の者が集まる下位グループならともかく、上位グループで実力を出し惜しみしながら勝ち星を上げるのは至難だろう。
ショウマは自分の行いに対して舌打ちを打つ。
事前情報でこれまではずっと剣と楯によるオーソドックスな戦い方をしていたと聞いていたから、武器を持ち替えた今回は本気の証明だと思い込んでいた。
悪夢獣はその見た目からは想像も出来ないような攻撃をして来る為、先入観を捨てろと師匠からもよく注意を受けていたのだが、どうやらまだまだ修行が足りないようだ。
今回は相手を過大に評価していたおかげで致命的な事にならなかったが、もしこれが実戦で相手が悪夢獣だったら、もしかしたらその先入観のせいで命を落としていたかもしれない。
なのでショウマは再度、気を引き締めつつ、少しでも新たな情報を手に入れようと喋り掛ける。
『けどまだ本気じゃ無いだろ?魔動器の力も使って無いし』
『……それは…そっちも同じだろう……』
上手い返しだ。
だが、ここで素直に魔動器が使えないとは言わない。
使えるかもしれないと思わせておけば、それだけで牽制になるし、常に警戒していなければいけない。
だがシュバル側がショウマの確実な情報を収集していた場合は意味合いが異なって来る。
ショウマが魔動器を使えない事を知った上での発言だった場合、シュバルも魔動器を使えないという事になる。
だがショウマにそれを知る術が無い以上、ショウマ側だけは警戒を怠る事が出来ない不利な状況となる。
(駆け引きまで上手いとなると中々手強いなぁ)
チラリと横目でもう一方の戦いに視線をやると、エスト・アースガルトはやはり防戦一方のようだ。
反撃らしい反撃が出来ず、防御に徹している。
ショウマから見ているとブラックキャットの姿が見える時と見えない時があり、時には一部しか見えなかったり、半分だけが見えている時もある。
目の錯覚かと思った瞬間、ショウマの脳裏に、ある記憶が蘇った。
それは小学校の理科の実験だ。
ガラス製の三角柱を正面から見ると、透明にも関わらず、反対側にあるものが見えないのだ。
教室を暗くしてペンライトで光を当ててみると、三角柱に差し込んだ光はその内部で90度に折れ曲がり、まるで鏡のように光を反射していた。
(確かあれはプリズムっていったっけ)
どういう原理か正確に聞いていなかったのでよく覚えていないが、透明なガラスの向こう側にあるものが見えないというのを、当時は感動して見ていた覚えがある。
もしそれと同じ事が魔動器を使って再現出来るとしたら、姿を見えなくする事も可能だろうし、これまでの事も色々と説明が付く。
『余所見とは…余裕だな』
これまで防御しかしてこなかったダークシュバリエが突きを放つ。
頭部を狙った一撃を紙一重で横にずれて避ける。
だが突き出されたのは唯の槍では無く、斧刃の付いたハルバート。
柄がしなり、振り下ろされた斧刃が左肩に食い込む。
ブレイドソーを跳ね上げて、なんとかハルバートを弾くが、少しだけ遅かったようだ。
左肩の関節には亀裂が入って上げられなくなり、左腕全体も動きがかなり鈍くなる。
『ちっ!本当に厄介な相手だよ、あんたは!』
おおよそだが“姿無き光”の原理は間違いないだろう。
それを破る術も既に考え付いている。
だがこの段階でショウマが気付いても意味が無い。
シアニーの元へ教えに行こうにも目の前のダークシュバリエがそれを許さないだろう。
それにこちらが決着するまで手出しをしないという約束を反故にする訳にもいかなかった。
「となりゃ、もうやる事は1つしか無いだろ」
ショウマはエスト硯アースガルトとブラックキャットの戦いを完全に意識の外へと出し、ダークシュバリエのみに集中した。
* * * * * * * * * *
『ほらほら、どうしたの?私とあの方の仲を引き裂くと息巻いていたのは誰だったかしら?反撃しなければ私を倒すなんて永遠に不可能よ!まぁ、反撃した所で私が負ける事は無いのだけどね』
シアニーとエスト・アースガルトは防戦一方だった。
いくら意識を集中していても、いくら目を凝らして見ていても、ノワールの操るブラックキャットは目の前から掻き消え、そして唐突に目の前に現れて、その両手の鉤爪で斬り裂かれる。
エスト・アースガルトの鎧甲には無数の爪痕が付いているが、幸い鉤爪の攻撃力は低く、関節部にさえダメージが入らなければなんとでもなりそうだ。
その関節部も薄い氷で幾重にも覆って、防御力を高めているので暫くは保つだろう。
だが、反撃出来なければ、勝つ事は出来ない。
「一体、どんなトリックを使ってるって言うのよ!」
再び目の前からブラックキャットの姿が消える。
こうなってしまうとエスト・アースガルトは何も出来ない。
まぐれあたりを期待して剣を振り回した所で、もし外れれば大きな隙となってしまう。
かと言って一旦引くという事も出来ない。
いつどこから襲ってくるかも分からない、どこに居るかも分からない相手に間合いを離す事も逃げる事も意味が無い。
それにシアニー的にノワールから逃げるなんて真似は絶対にしたくなかった。
だから防御姿勢をとって、相手が現れる瞬間をじっと待つ。
シアニーにとっては数分にも思えた僅かな時間の後、エスト・アースガルトの左前方に唐突にブラックキャットが姿を現し、膝を狙って鉤爪が振るわれる。
咄嗟に脚を上げて脛の鎧甲で防ぐ。
反撃で剣を振り上げた瞬間には再びその姿は消えてしまうので、振り下ろすのを止めて再度防御姿勢をとる。
目に見えないならば、音で見つけようとシアニーは耳を澄ます。
どんな軽量級の魔動機兵でも地面を走る以上、足音はするし、関節部は金属の擦れる音を発する。
ジャンプしていたとしても風を切る音はするだろう。
だが少し離れた所ではシルブレイドとダークシュバリエが激しい応酬を繰り返しているし、観客席からは怒号のように歓声が聞こえてくる。
周囲がそんな騒音だらけではブラックキャットの発てる小さな音など掻き消えてしまい、聞き分ける事など不可能だ。
幸い、攻撃の瞬間は姿を消せないのか見つける事が出来るのでなんとかここまで防いでいられている。
試合が開始されてからずっと防戦一方な状態が続いていた。
ジリ貧と言っても過言では無い。
これが続けば、いくらシアニーといえど、いつか集中力は途切れて攻撃を受け止めきれなくなるだろう。
姿が見えないのは厄介だと頭では分かっていたが、実際に相対してみてこれほど劣勢に陥るとは思いもよらなかった。
早く“姿無き光”の正体を突き止めなければ、負けは必定だ。
(けど姿を消せるなら、どうして攻撃の瞬間だけ姿を現するんだろ?能動的な行動を行うと解除される?でもそれだと移動が出来ないか……だとすると、解除しなければいけない理由があるはずなんだけど……)
「…って、ああ、もうっ!こういう推理とか推測ってのは私は苦手なのよっ!」
元々、シアニーは直感的に答えを導き出す天才肌タイプだ。
ヒントとも思えないような突拍子も無い事からいきなり正解を言い当てたり、なんとなく分かったりするのだ。
しかし知識があるにも関わらず、理論的に考えるのは逆に苦手だったりする。
「…こういうのはショウマの方が………」
一瞬頭を過ぎった考えをシアニーは頭を振って払う。
(ショウマに頼らないで逆に私が手助けするって決めたじゃない!こんな程度で頼ってちゃ駄目なんだから!)
騎士としての戦闘力では彼女の方が上だ。
だが人としての心の強さは全くと言って良い程に届いていない。
頼らないと強く心に決めていたにも関わらず、こうして弱気な部分が出て来るとどうしても心の隅でショウマを頼ろうと考える自分が現れてしまう。
その弱さを克服しなければ、彼の隣に並び立つ事など出来ない。
その為にも自分1人でノワールを倒さなければいけないのだ。
(情報を整理するのよ。私には見えない…だけど周りの人は見えている。対象者を限定出来る?でもそれだとショウマも見えなかった事の説明が出来ない。それにあの日、廊下で見ていた人の中にも僅かだけど見えていなかった人が居た)
シアニーが考えを巡らせている間にもブラックキャットは立て続けに攻撃を繰り出してくる。
それらを持ち前の反射神経と、後は勘でなんとか防いでいく。
(姿が消せるのになんで前からしか攻撃してこないの?でも後ろに回り込まれたら反応し切れない可能性が高いけど。そういえばあの時も私の横を通り過ぎた辺りから姿が見え始めた。その時、ショウマはまだ見えていなかったって言ってた……つまり正面しか姿を消せない?)
まだ確証は無い。だが試してみる価値は十分にある。
エスト・アースガルトは右脚を引き、左半身を前面に押し出した構えに変える。
もし前面からしか姿を消して攻撃出来ないなら、この構えをする事で攻撃する部位が限定され、防御もしやすくなる。
そして鉤爪を振り被って姿を現すブラックキャット。
現れた場所は右前方。
咄嗟に左脚を後ろに下げて爪撃をかわし、腰の回転力だけで右手の刺突剣を突き放つ。
ブラックキャットの姿が再度消えてしまうが、今度は途中で攻撃を止めず、逆に右脚を1歩踏み込んで最後まで突き貫く。
僅かに何かに触れた感触が剣を通して右手に伝わる。
ダメージを与えたと言えるような手応えでは無い。
だが自分の推論が確証に変わったという手応えは感じていた。
『ふん。反撃してきた事は褒めてやるわ。けどこんな掠り傷を付けた程度のまぐれ当たりでいい気にならないでよね!』
声は聞こえてくるが、ブラックキャットの姿は見えない。
だがすぐ近くに居る事だけは分かる。
『次はもっと深く貫いて上げるわよ!!』
シアニーは強がって見せるが、確かに見破った訳ではない。
姿が消える=その場に居ない、という思い込みが払拭されただけ。
(違う。それだけじゃない。見えなくなるのは正面に居る時だけって事で多分、間違いない)
それであれば、色々と説明に納得がいく。
過去、ノワールが勝利した試合はその殆どが1対1の状況であり、敗北した試合は1対多という状況。
包囲戦を仕掛けられれば、横や後ろからその姿は丸見え。
当然、ノワールが正面にいなければ観客席からも見える。
廊下で一部の野次馬もシアニー達と同じようにノワールの姿が見えなかったのは、その野次馬達がショウマの更に背後側に居たから。
それ以外の野次馬は見えていたし、シアニーも通り過ぎてから見る事が出来るようになった。
どのような理屈で見えなくなるのかは分からないし、それが分かった所で使用者本人も承知しているだろうから、簡単には横より後ろには回らせてくれないだろう。
「搦め手っていうのは苦手なんだけど……」
例え苦手でも勝つ為には手段は選んでいられない。
シアニーは、ノワールに気付かれないよう罠を張る準備を始めるのだった。
* * * * * * * * * *
ノワールの魔動器“姿無き光”は、元々大した能力を発揮するような魔動器では無い。いやそもそも魔動器では無く魔動具だ。
それはノワールが生まれるより遥か昔、まだ彼女の祖父が領主になった頃に近隣の村の長から祝いの品として貰ったものだ。
見た目は唯のブレスレット。
その村長も魔動具という理由だけで祝いの品にしたもので、その効果は眩しさを和らげるというものでしか無かった。
ノワールがそれを見つけたのは5歳の頃。
祖父の遺品を整理していた時に見つけ、綺麗だという理由で貰ったものだった。
それから月日は流れ、シンロード魔動学園に入学した彼女は、自身の適正魔動力が光である事を知り、そしてその訓練に明け暮れ、その特性を理解していく内に気が付いた。
ただ眩しさを和らげるだけだと思っていたブレスレット型魔動具は、目に入る光を直接届かないように屈折させていたのだ。
つまりこれを完全に制御出来れば、光を思い通りに動かせる事が出来るかもしれないと思ったのだった。
同じく光の適正魔動力のある“剣聖”ソディアスのような、凝縮した高密度の光で刃を生み出して斬り裂くなんて真似は、流石に彼女には無理だったが、一定空間の光であれば、ある程度自由に方向を変える事が出来るようになったのだ。
人の目が物体の形や色を認識するのは、物体に反射した光を目で捉えて、それを脳が認識しているからだ。
ならば物体に当たって跳ね返った光が目に届かなかったらどうなるか。物体に反射する前に何も無い本来なら光が透過する空間で光が反射してしまったらどうなるか。
当然、認識出来ないのだから、目の前に人が居ようが、壁があろうが、そこには何も無いと認識してしまうだろう。
そんな目の構造を利用し、認識を誤認させるのが“姿無き光”だった。
彼女の魔動力では全周囲を覆う事は出来なかった為、正面の空間だけに干渉し、光を跳ね返す事にした。
幸いな事に彼女は小柄であった為、正面だけとはいえ全身を隠す大きさのくらいの空間に干渉が出来た。
そしてこの能力を十二分に発揮する為に、自身もそして魔動機兵も隠密性と反射機動に特化させた。
その為、破壊力のある重量級武器の装備は断念し、手数で押し切れ、高速で振り斬る事の出来る鉤爪を選んだ。
しかしデメリットもあった。
正面しか光を反射しないので、常に相手と正対していないと姿を隠せず、正面から真っ直ぐに向かっていくしかない。
当然、攻撃も前方からしか出来ない。
更に光を反射する空間はノワール自身にも作用してしまう。
つまり相手から姿を消すという事は、ノワール側からも相手の姿が消えてしまうのだ。
大抵の場合、一瞬にして姿が消えてしまうと驚いて立ち止まるし、その状態で攻撃を受ければ、どこから攻撃が来るか分からずにその場に留まる事が殆ど。
だから姿を消す事に慣れているノワールには、相手が見えていなくても支障は無かった。
ただしおおよその位置しか分からない為、攻撃の直前には能力を解除し、目視で相手を確認する必要があるのだった。
一撃で倒せる事は滅多に無い。
だが彼女のずば抜けた反射神経のおかげで、相手が防御行動を起こす前に関節部などの脆い部分に攻撃を加え、じわじわとダメージを蓄積させていく。
この戦闘方法で彼女はランキング1位の相手からも勝利を奪っている。
「それなのに、それなのになんで防げるのよっ!なんで避けれるのよっ!!なんで反撃なんて出来るのよっ!!!」
平静を装ってはいたが、ノワールはかなり苛立っていた。
目の前の蒼白の魔動機兵は痛々しい程に斬り刻まれた多数の傷跡がある。
だがその全ての傷は鎧甲にしか付いておらず、ダメージらしいダメージは与えられていない。
それどころか先程は、膝を狙った爪撃を避けた上に反撃の一撃まで放ってきたのだ。
エスト・アースガルトの突きは肩口を掠めた程度だが、本気を出した彼女が反撃を許したのは初めての事だった。
ノワールよりも反射行動能力が上の強敵。
本来ならこんな強敵を前にすれば、楽しさが浮かんでくるはず。
それなのに彼女の心から沸き上がる感情は苛立ちばかり。
未だ絶対的に優位に立っているにも関わらず、余裕が見られない。
その理由は明白。
ノワールにとってシアニーは恋敵だから。
愛を邪魔する存在だから。
運命で結ばれた自分達を引き裂く悪魔だから。
『あの方と添い遂げ、あの方の横に並び立つのは私の方なんだからぁっ!!!』
ノワールの叫びに呼応して、ブラックキャットが駆ける。
突進の途中で“姿無き光”で姿を消しつつ、3本の爪を1つに纏めて威力を高めた一撃を渾身の力で突き出す。
自身の愛を貫き、自身の想いを遂げる為に。




