第70話 お祭騒ぎの入替え戦
明けましておめでとうございます!
今年も宜しくお願いします
シンロード魔動学園内の闘技場は、学園の全生徒が集まっているのではないかというくらい超満員だった。
席が足りず立ち見までいるくらいだ。
上位グループ最下位と下位グループ最上位によるランキング入替え戦。
本来ならそこまで注目を浴びるような試合では無い。
というよりそもそもランキング戦自体の観戦者は次の対戦相手の敵情視察だったり、魔動機兵に使われている技術を見て盗もうとする者などくらいで普段なら疎らにしか居ない。
満員になるのは年に1回、年度優勝決定戦くらいのものだろう。
今年度のランキング戦が始まって1ヶ月しか経っていないただの入替え戦でここまで観客が集まるのは異常だ。
これを商機と見た誰かが提案したのか、客席ではちょっと際どいコスプレをした女子生徒達がジュースやお菓子を売り歩き、一部ではどちらが勝つかトトカルチョまで始まっている。
この異常事態には理由がある。
一番の理由は、多くの死傷者が出た王都襲撃からまだ数ヶ月しか経っておらず、おおっぴらにお祭り騒ぎを起こすのは憚られるような雰囲気だったからだ。
恐らく誰もがなにかしらの切欠を求めていたのだろう。
そして2番目の理由が起爆剤となり、ここまでの騒ぎになったのだ。
その切欠となった2番目の理由が2人の女性が1人の男性との結婚を賭けた争いという噂だ。
王族であり絶世の美少女でありファンクラブまで存在するシアニーと、その「ゴスロリファッションから隠れファンの多いノワール、そしてその独特な動きと魔動器を使わないスタイルで、春から色々と噂の絶えない転入生のショウマ。
先週末の3人の廊下での遣り取りは自粛ムードにあった学内で一気に広まり、1周回って来る頃には過度の装飾がくっついていたのだ。
この3人が噂の中心となれば、否が応でも盛り上がるというもの。
ちなみにこれ程の騒ぎに対して教師達は、生徒達の自主性を尊重し、自己責任という事で咎めていない。
特に風紀や規律に厳しいキヨートゥが何も言って来ないのは、理事長と学園長が許可しているという事もあるが、やや暗い雰囲気の学園に活気が戻るならばと苦渋を飲み込んで耐えているのだろう。
他の教師も同様…というかタンニなんかは、ちゃっかりトトカルチョに1口乗っていたりして楽しんでいたりする。
そんな盛り上がりを見せる観客席の最前列で深緑色のやや縮れた髪の青年・レグラス=クローブは溜息を吐く。
「まったく……たかが入替え戦程度で、皆、浮かれて……それにあいつらもあいつらだ。色恋にうつつを抜かすなんて、ライバルとして恥ずべき事だ……」
「とか言いつつその手にあるジュースとポップコーンはなんなの?」
レグラスの背後から手が伸び、彼の持っていたカップから一掴みのポップコーンが抜き取られる。
「人のものに手を出すとは意地汚い奴だな。これだから一般庶民という奴は……」
「はいはいはいはい。そんな事はどうでもいいからもっとそっちに詰めろ。混んでいるんだから」
「相変わらず女らしさの欠片も無い奴だな。そんなだから今回、お前は蚊帳の外なんじゃないか?」
微風が吹くだけでサラサラと靡く空色のショートボブの、レグラスよりも美形で女性ファンの多いレリア=ウィンザーは、その言葉に僅かに動揺する。
言葉遣いも装いも男性と見紛うが、レリアは女性だ。
しかもショウマに恋心を抱いている女性の内の1人だ。
その想いは未だ胸に秘め、誰にも言った事は無かったのだが、どうやらレグラスにはお見通しだったようだ。
「べべ別に蚊帳の外とかそういう事では無い!それにそもそも結婚というのも、あのノワールという先輩が勝手に宣言しただけで、シアニーが勝っても、彼女と結婚するという訳ではないのだから……というか、本当にそういうのでは無いからな!」
どんなに口で否定の言葉を発していても、顔を真っ赤にしていては意味が無い。
王国祭のあの日から学内では4人で行動する事が多かった為、レグラスはレリアの視線がよくショウマに向いているというのがよく分かった。
何気ない風を装ってはいたのでショウマ本人は当然気が付いていないだろうし、他の誰も気が付いていないだろう。
近くに居たからこそ気が付けたと言えるだろう。
「いや、まぁ、別にお前の事はどうでもいいんだけど。だが下手するとショウマはあの黒猫のものになるぞ」
「どうでも良いってどういう事……っていうか黒猫のものになるってどういう事だ!!」
「言葉通りだよ。本当であれば僕が負かすまで他の相手に負けて欲しくなど無いのだが、今回は分が悪い」
「それほどノワール先輩っていうのは強いのか?今年はともかく、去年の成績は上位グループとはいえ下から数えた方が早いくらいのはずだが?」
レリアの所属するチームは上位グループの中位に位置する。
ブラックロータスとの対戦もあったが、ノワールは不戦敗だったのでその戦いは未だ見ていない。
「僕も話にしか聞いていないが、僕のチームの先輩騎士は去年、彼女に手も足も出せず負けたらしい」
レグラスの所属チームは常に上位をキープしている。
過去を遡っても3位以下に落ちた事は無いという強豪チームだ。
そんなチームのエースとも言える騎士が成す術無く敗北を喫したなど考えられない。
レリアも1週間程前に対戦したが、向こうが魔動器の力を温存していたから善戦出来たが、勝てる要素が見つからなかった。
ノワールはそんな相手を一蹴出来る程の実力者という事になる。
「それじゃあ、まさか……」
「黒猫ノワールの真の実力を知る者ならば、どちらが勝つかは見るまでも無いのだろう。だがあの2人は僕がライバルと認めた者達だ。だから……こんな所で負けるなんて、僕は許さないからな!」
なんだかんだと言いながらも結局はレグラスも2人の勝利を願っているのだ。
望みが薄いと分かっていても。
* * * * * * * * * *
お祭り騒ぎの周囲とはうって変わって、その当事者達は静かにその瞬間を待っていた。
観客がどれ程居ようが関係無い。
どんな噂が流れていようが関係無い。
どちらのチームも、どの騎士も勝利する事だけしか考えていない。
負けられない理由は人それぞれ。
上位グループに昇格する為。下位グループに降格しない為。
愛するモノを奪う為。愛する者を守る為。
己が為。チームの仲間の為。
『さぁ、皆様お待ちかねの大決戦がいよいよ開始されます!!』
男子生徒らしき1人の声が魔動拡声機を通して、闘技場全体に響き渡る。
普段のランキング戦に実況や解説など存在しないが、どうやら闘機大会を真似てやっているようだ。
『北門からは素手で熊を倒したとか、入学前に既に悪夢獣を倒しまくったとか、魔動技師の間では有名な“造聖”のトゥルーリの養子だとか、実は理事長の隠し子で王族だからあのシアニー嬢と親しいとか、様々な噂のある特別転入生のショウマ=トゥルーリ!!そして乗機は今年の闘機大会で優勝を果たした白銀の魔動機兵であるシルブレイド!!上位チームの勧誘も断って、チーム・キングスに加入した事から、この機体を譲り受けたのか?!ひょっとするとキングス工房とも密接な関係にあるのか!?」
最近、噂の火消しに奔走していなかった事もあって、一部に真実はあるものの、もう完全に別物と化している噂にショウマはガックリと項垂れる。
「ある事無い事言いたい放題だな。なんかもう否定するのも面倒な事になってる気がするんだが……」
折角、対戦前に精神集中してモチベーションを上げたというのに、テンションが一気にだだ下がりである。
だがこれくらいではショウマの精神にダメージは与えられない。
テンションは下がったが、そのくらいで調子を落とす事は無い。
そんなショウマの心の内など知る由も無く、実況役の生徒は続ける。
『そんな彼を巡り、2人の美少女騎士が火花を散らす!!東門からは“強敵食いの黒猫”の異名を持つチーム・ブラックロータスのノワール=アーク=ワールアックとその乗機であるブラックキャット!!!!異名の通り機体も猫を模しており、その性格も猫のように気紛れ!なんとなんとっ!今年のランキング戦は全て欠席!どうやらわざわざ今日の1戦の為にわざと最下位になったという話だ!それだけ彼にご執心という事だぁっ!!!』
ブラックキャットの中でノワールは熱い視線をショウマの乗るシルブレイドに注いでいた。
「ああっ、もうすぐあの方が私のものになると考えただけで身体が火照ってしまうわっ!ああ、早く、早く始まってぇ~!!」
ノワールは身体をくねらせ、ドリルツインテールを振り回しながら、開始の合図を今か今かと待ちわびる。
『そして南門からはもう1人の美少女!フォーガン王家においてただ1人の女性騎士!氷の魔動器を使いこなす事から付いた異名は“氷結姫”!!シアニー=アメイト=ラ=フォーガンとその愛機のエスト・アースガルトだぁ!!!おおっと、ここで一際大きな声援が送られるが、これは彼女のファンクラブの声か!?一部、同じチームメイトであるショウマ=トゥルーリに対する野次が飛んでいるが、それも当然だぁ!!!なんでこんな絶世の美少女があんな奴の事を~!!くそ~っ、羨ましくなんかないんだからなぁ~!!!!』
最後の方に私情が混じっている実況にシアニーは苦笑する。
「ショウマの魅力が分かって無いみたいね。ここに居る中では私が一番、あいつの事を良く知ってるんだから。だからこそあんなぽっと出の女になんかには渡さないんだからね」
シアニーは気を引き締めて、ノワールのブラックキャットを見据える。
『そして最後の西門からは、今回、完全に蚊帳の外のシュバル=シフターとダークシュバリエ。相方のせいでここで負ければ、降格のピンチ!さてさて彼にそれを覆す力があるのか!!さぁ、いよいよ試合開始です!!』
実況役のカウントダウンに観客が一斉に合わせる。
そしてカウントがゼロになると同時に試合開始が告げられた。
* * * * * * * * * *
先に動き始めたのは、加速力のあるシルブレイドとエスト・アースガルト。
試合前に示し合わせた通り、シルブレイドがダークシュバリエへ、エスト・アースガルトがブラックキャットへと一直線に詰め寄る。
だがその行動を予期していたのだろう。
ダークシュバリエはハルバートを腰溜めに構え、シルブレイドを牽制する。
このまま真っ直ぐ突き進めば、完全に串刺しになるだろう。
だがシルブレイドは止まらない。
ブレイドソーで穂先を薙ぎ払い、そのままの勢いで一気に間合いを詰めようとする。
だがハルバートの穂先に剣先が触れたと思われた瞬間、僅かに金属同士が擦れた音をさせた後、ブレイドソーは手応えも無く振り抜かれた。
そしてシルブレイドの目の前には先程までと変わらぬ場所にあるハルバートの鋭い穂先。
『ちぃっ!!』
脚を無理矢理踏み込んで強引に飛び上がる。
脚先に穂先を掠めつつも、なんとか回避に成功。
ダークシュバリエの頭上を飛び越えて反対側に着地すると同時に、反転しながら剣を薙ぎ払う。
しかしその一撃もハルバートの石突きで防がれてしまう。
けれど、それだけでシルブレイドの猛攻は終わらない。
続けて上半身を逆回転させて逆側から薙ぐ。
それも防がれたと見るや、すぐさま斬り上げ、返す刃で振り下ろす。
だが、その悉くをダークシュバリエは巧みにハルバートを操って完全に受け流し、防ぎ切る。
シルブレイドは一旦間合いを離し、剣を構え直す。
『あんた、中々やるな』
初撃をいなされた事には意表を突かれたが、ショウマとしてもこの程度で倒せるとは思っていない。だが侮っていた訳でも無い。
本気の一撃を放っていた。
にも関わらず、刃は軽く受け流され、防がれ、その鎧甲にも届いていなかった。
シュバルとて伊達に上位グループで戦っていた訳ではない。
1試合平均で4点を取っているという事は、最低でも1機は倒し、そして最後まで残っているという事だ。
しかも魔動器の力も使わず、本来の得物であるハルバートを使わずにだ。
それがどういう意味か、ショウマは実際に対面して実感する。
シュバルとダークシュバリエは相当に強い。
ハルバートは長槍の先に斧刃がある為、非常にバランスが悪い。
だがそのバランスの悪さを熟知し、更には弧を描くように動かす事で無駄の無いスムーズな動きでシルブレイドの攻撃に対応している。
その槍斧捌きは見事と言う他無い。
加えて未だ、魔動器の力も発動していない。
いざという時の奥の手として温存しているのは間違いないだろう。
シルブレイドの方もオーバーブーストという奥の手はあるが、ダークシュバリエの魔動器がどういう能力なのか分からない上に、ノワールの能力も解明されていない今の状況では、倒し切れなかった場合のリスクが大き過ぎる為、使い処が難しい。
「どうやらこっちも長引きそうだな……」
ショウマは1つ大きく息を吐き出した後、改めてダークシュバリエを見据えて、意識を集中するのであった。




