第69話 女心は闘志に燃える
ノワール=アーク=ワールアックはウェステン連合国家内に小さいながらも領地を持つ貴族令嬢だった。
曾祖父の代に騎士として武功を立てて領地を貰い、領主としてもそれなりに領民に慕われる存在になっていたのだが、彼女の父親は一切の才能が壊滅的に無能だった。
悪夢獣の襲撃の報を受ければ、対応が遅れて周辺の村は次々と襲われ、そのせいで労働力も作物収穫量も減って、財政は逼迫。
他領へ援助を請いに行けば逆に怒らせてしまい、領民に弁明しようとすれば失言をして反感を買う。
負の連鎖でこんな領地には住んでいられないと次々と領民は離れていき、気が付いた時には領地さえ取り上げられ、没落していた。
そんな父親の背中を見て来たノワールは僅か7歳で、自身の手でワールアック家を再興させると誓った。
幸いと言えば良いのか、ノワールには曾祖父と同じく武才があった。
だが騎士となる為にシンロード魔動学園に入学してから数年。
彼女はその才能と努力により、誰にも負けない力を手に入れた。
だが同時に虚しさも感じるようになった。
強者故の孤独とかそんなものではない。
父親の犯した罪を償う為、父親が生み出した汚名を濯ぐ為、ノワールは必死にこの強さを手に入れた。
だが、ふと振り返って考えてみれば、ここまで自分が頑張る必要などあったのだろうか?
貧富の差も身分の差も排した学園で過ごすうちに、面倒臭いしがらみだらけの貴族に戻りたいという気持ちは失せてしまったし、ましてや貴族以上に色々と面倒臭い事があるのがはっきりしているので、領地を取り戻したいとも思っていない。
父親がやった事に対し、自分に罪は無い。
なのに何故自分は尊敬すら感じない父親の為に、必死に身を削る必要があるのか。
その考えの結果、ノワールは過去のしがらみを捨て、父親という鎖を外して、これからは自分がやりたいように自由気ままに生きると決めたのだ。
とはいえ、騎士候補生であり学生である彼女が今出来る事と言えば、戦う事だけ。
そして強い者と戦う時だけは何も考えず、ただ純粋に楽しむ事が出来た。
だから昨年のランキング戦は戦い続けた。
しかし最も楽しめそうな相手だったシルフィリットが叙勲して正騎士になってしまい、戦えなかったのは心残りだったし、彼女が純粋に楽しめるような相手もほんの一握りしか居らず、楽しめない相手だとやる気も出ず、戦う気すら起きずに負ける事もしばしば。
他の誰かの為ではない自分自身の為に生きると決めたのに、彼女には強い相手との戦い以外にその心を満たしてくれるものが見つからなかった。
だが彼女は数ヶ月前、彼を見つけてしまった。
彼の姿を思い浮かべるだけで頭は一杯になり、彼の事を考えるだけで胸が一杯になる。
学園に居るどんな強い騎士を見てもこんな想いを感じた事は無かった。
あのシルフィリット相手でも、戦えなくて残念という気持ちだけで、ここまで心は躍らなかった。
まさしく一目惚れだった。
それも明日には自分のものになる。
それを考えるだけで、顔はニヤけ、頬は上気し、身体が火照る。
「……けれど、その為にはあの方の前に立ち塞がるあの女をなんとかしないといけないわね」
ノワールは自身が負ける事など微塵も考えていない。
なんといっても彼女には誰にも負けない力があるのだから。
彼女の魔動器“姿無き光”の能力を理解出来なければ、例え相手が世界最強の騎士であろうと、史上最恐の悪夢獣だろうと、彼女が負ける事は無い。
「…ああ、早く明日にならないかしら~」
ノワールは恍惚の表情を浮かべながら、明日の勝利後の事を夢想するのだった。
* * * * * * * * * *
入替え戦当日。
チームキングスの倉庫は静かだった。
既に機体の整備は終了したので、魔動技師達の仕事も終わっている。
後は2人の騎士候補生に全てを委ねるだけ。
だが、平日返上で対策会議を開いたにも関わらず、ノワールの魔動器の力は推測すら出来なかった。
せめて彼女の魔動力の適正属性でも分かれば、ヒントの手掛かりになるだろうが、それすらも未だ判明していない。
静けさと緊張に包まれた空気の中、それを破るかのように小柄な少年が息を切らせて、倉庫へと走り込んで来る。
「はぁはぁはぁはぁ……て…手掛かり……手掛かりが見つかりましたよ!!」
まるで犬のように舌を出して息を整えながら、プライナスは得意気な表情を浮かべている。
朝から姿が見えなかったのだが、どうやら今の今までノワールの能力についての手掛かりを探っていたようだ。
「あの人の使う魔動器は“姿無き光”って言うらしいっす……」
「おおっ!凄いじゃないか!もしかしてスパーナの奴より優秀なんじゃないのかい?それで、どんな能力があるんだい?」
「え?分かったのはそれだけっす!」
ゴチンとレンチアの拳がプライナスの頭に突き刺さる。義手じゃ無いだけ手加減しているのだろう。
「名前だけ分かっても意味無いじゃないかい!どんな能力か分からないから困っているってのに!!」
「……いや…だって……誰もそれ以上の事は知らないって言うんすよ……」
頭を両手で押さえながら、上目遣いで瞳をウルウルさせている様子は、愛玩動物を彷彿とさせて、女子達のハートをガッチリと掴みそうだが、レンチアにはどうやら効かないらしい。
「…いや、名前だけでも手掛かりは確かにあった」
レンチアの凄みの前に大泣きしそうな雰囲気だったので、ショウマが助け船を出す。
「魔動器の名前って大体がその能力や属性を表している。対峙した相手の前から見えなくなるから“姿無き”ってのが能力を表しているとしたら、その後の“光”ってのは属性を表してるんじゃないか?」
これはあくまでも推測に過ぎない。
シアニーの魔動器“氷雪の女王”のように女王という言葉が能力を表していないものだって存在する。
しかし魔動器の名付け親である製作者は、何かしらの意味があって名称を付けている。
名付ける際に女性王族が使用すると分かっていれば、女王という言葉もあながち無意味とはいえない。
だからノワールの適正属性が光である可能性は高いだろう。
「……けど、光…か………」
ショウマは自分が言った言葉を反芻する。
何かを思い出しそうなのに思い出せない。
そんなもどかしさが心を包み込んでいく。
(………幻……透明……光……見えない……シアは通り過ぎたら見えた……だけど俺は目の前に来るまで見えなかった………)
一昨日の出来事の際の野次馬に聞き込んだ結果、脇に居た野次馬達はノワールが普通にシアニーの横を通り過ぎ、ショウマの目の前まで来たと証言していた。
つまりノワールの姿が消えたように見えたのは対峙していたショウマとシアニーだけ。
ヒントは増え続けている。
だが肝心の答えに辿り着かない。
「ショウマさん、シアニーさん。そろそろ時間です。準備は大丈夫ですか?」
アーシェライトが2人を呼びにやって来る。
それに頷いて立ち上がりながら、シアニーはショウマに言い聞かせるように強い口調で言い放つ。
「あの女は私が倒す!だからショウマは手を出さないで!!」
「けど、あの瞬間移動をなんとかしないと2人でも勝てる気がしな――」
「私だけでなんとかする!ううん、絶対に勝つの!!」
随分柔らかくなってきてはいるが、こういう意固地な所はそう簡単には変わらない。
ここで自分の主張を貫けば、更に頑固になって聞く耳も持たなくなると知っている。
だからショウマの方が譲歩する。
「分かったよ。ただし、こっちの片が着くまでだ。それまでに倒せてなかったら割って入るからな」
「ええ、そうね。それで妥協してあげる。というか、そっちこそ足元掬われないでよね」
「当たり前だ。それにこんな所で躓いてる訳にはいかない…だろ?」
「ええ。最短で駆け昇るって宣言したしねっ」
ショウマとシアニーは互いに拳を軽くぶつけ合ってから、それぞれの機体へと向かう。
そしてノワールの“姿無き光”の能力が解明されぬまま、入替え戦は開始された。
* * * * * * * * * *
闘技場に白と黒が2機ずつ立ち並ぶ。
チーム・キングス所属の白銀に輝くシルブレイドと蒼白色のエスト・アースガルト。
対するはチームブラックロータス所属の、やや前傾姿勢で後ろ足で立ち上がった黒猫のような姿のブラックキャットと分厚い黒い鎧甲に身を包んだ、一目で防御に特化した事が分かるダークシュバリエ。
「あれがシュバルって奴の機体か……これまでの試合じゃ片手剣と楯のオーソドックスな戦い方だったらしいけど……」
男に関する事はスパーナ情報では皆無なので、シュバルに関する事はイムリアスやアーシェライトから、その武装や戦い方を聞いた程度。
攻撃特化の相手には楯で捌きつつカウンターを狙い、防御を固めた相手には剣によるラッシュで反撃の隙を与えず、その間隙に関節を狙った攻撃で行動不能にさせるといった、まるでお手本のような戦い方で、弱い訳ではないが特段強いという訳でも無い特徴の少ない騎士と言えた。
だが今のダークシュバリエの手には、槍と斧を合わせたハルバートがある。
一応、腰の後ろに小剣があるが、あのハルバートが彼本来の得物なのだろう。
「つまりは今まで本気じゃ無かったって事か……ある意味、昨日の対策会議であいつの話が上がらなかったのは不幸中の幸いって奴かな」
シルブレイドの操縦席の中でショウマは独り呟く。
もしシュバル対策としての戦い方を会議で出ていたら、なまじ考えて行動するショウマにとっては、対策として出た戦法が頭からそうそう離れずにハルバートに対応するまでに若干時間を要しただろう。
大した差では無いように思えるが、ノワールという不確定要素がある限り、ほんの僅かな時間差でも致命的になりかねない。
それにチーム・ブラックロータスはこの1戦の勝敗如何で上位グループに留まれるかが掛かっている。
ショウマと戦う事だけが目的のノワールと違い、シュバルと他のチーム員は絶対に勝たなければいけない試合だ。
全力で掛かって来るのは当然だろう。
「……こっちの片が着くまで、なんて言ったけど、あんまり油断してると本当に足元を掬われかねないな」
ショウマは気を引き締め、開始の合図があるまで頭の中でハルバート対策をシミュレートしていく。
一方で、シアニーはエスト・アースガルトの中で、じっと目を閉じて、開始の瞬間を待っていた。
ノワールに対して思う事は沢山ある。
実際には違うのだが、シアニーの目からはノワールはショウマの頬にキスしたように見えて、それに対する怒りや憤りも感じている。
そして同時に、今の自分では絶対にそんな真似は出来ないのに簡単にやってのけた彼女への羨望と嫉妬も感じていた。
それに“姿無き光”の能力とはいえ、一歩も動けずに通り抜けられてしまった事に対する屈辱感もある。
だがそれらの雑念は自身の判断を鈍らせてしまう。
感情任せの行動は読めない分、意表を突く事は出来るが動きは単調になり、本来の動きも出来なくなる。
だからこうして静かに目を閉じ、感情を1つずつ静めていく。
しかし最後の1つの想いだけは一向に静まる気配が無い。
別の感情の1つを静める度にその想いだけはドンドン膨れ上がっていく。
それも当然だ。
恋する乙女にとって“恋心”という感情だけは、どうやっても制御する事は出来ない。
胸に、心に、その想いは募っていき、膨れ上がっていく。止める事など出来ない。
だが、それでも構わなかった。
雑念は確かに動きを鈍らせる。
けれどこの胸一杯に広がる想いは、大切な人を想い、大切な人を護りたいという純粋な気持ちだ。
そして人を護りたいという気持ちが限界を越えた力を引き出す事を、今は亡き父親と、今、隣に並び立つ想い人から教わった。
だからこの想いは静めない。
この想いがあればどんな困難でも乗り切れる。
それだけの力が宿っているように感じられるから。
「あんな女にショウマは渡さない!今度は私が護るんだからっ!」
地力では確実にシアニーの方が上だ。
しかしザンスの時もクアクーヤの時も対抗戦の時も彼女はショウマに護られ、助けられた。
対抗戦の時に身を呈して護った事もあるが、最終的には彼に護られた形であり、恩を1つ返したとは思っていない。
だからこそ、今回は納得のいく形で返したいのだ。
制限時間付きとはいえ、ノワールと1対1で戦う事を認められたのだから。
心を静め、目の前の戦いに集中するつもりだったのに、何故か彼女の瞳には闘志の炎が揺らめいていたのだった。




