第68話 ブラックロータス…というよりノワール対策会議
チーム・ブラックロータス対策は翌日の休日も返上して行われていた。
負けられない入れ替え戦だから気合が入るのは分かるが、シアニーの気合の入れ方は尋常じゃ無い。
そしてその熱に浮かされたのか魔動技師班も相当な気合の入れようだ。
しかもシアニーと同じくらい熱くなっているのがレンチアだ。
チームリーダーでは無いにしろ、一番の年上でいつも飄々としているイメージがあったのだが、どうもショウマは思い違いしていたらしい。
よくセクハラ発言をしたり、本題と関係無い話をするスパーナを冷静、冷徹に拳で黙らせていたのは、ただ単純に怒りの沸点が低くて手が先に出ていただけだったのだ。
1発殴れば怒りが解消されるので、サバサバしているように見えていたのだ。
彼女の本質は冷静沈着な年長者などでは無く、喧嘩っ早く直情的なのだ。
だからシアニーと馬が合い、意気投合していた。
休日なのにそれに付き合わされる身にもなって欲しいものだと思うが、ショウマとしてはどうせ自主訓練で学園に来る予定だったので問題では無い。
一番暗いのはスパーナだ。
おもいっきり肩を落として、どんよりとした暗いオーラが見えてきそうな雰囲気だ。
彼の休日は街に繰り出して新しい出会いを求める事に終始していた。いわゆるナンパである。
結果は、入学時から今日までずっと続けている事から、言うまでも無いだろう。
だがスパーナにとってはそれは週に一度のお楽しみであり、清涼剤であり、ストレス発散法だったのだ。
それなのにレンチアに強引に連れて来られたのだ。
悲しみの雨に濡れて曇天色のオーラを振り撒いていても仕方が無い事だろう。
だが、情報収集担当である彼が居ないと対策も立てられないのだから、連れて来ない訳にもいかなかったのが実情だ。
更にこの場にはもう1人居る。
プライナスだ。
スパーナがナンパの成功率を上げる為、小動物っぽい彼を無理矢理付き合わせようとした所をレンチアに一緒に連れて来られて、今に至る。
彼こそ一番のとばっちりだ。
発起人であるシアニーとレンチア。
実際に戦うショウマと情報を持つスパーナ。
この4人が集められるのは当然だが、プライナスにはこの対策会議に参加する理由が無い。
彼こそ休日が無くなった事を嘆いても問題が無い一番の人物だ。
ちなみにイムリアスはシルフィリットから送られてくるシルブレイドの余剰素材の受け取りの為、アーシェライトはアルバイトの為、欠席だ。
「あっ、皆さん、お茶が入ったっすよ!それとレンチア先輩、ホワイトボードの準備もおわったっす」
しかし彼は嫌な顔もせず率先して雑用をこなしている。
学内では身分差が無いとはいえ、一応は貴族なので、実質的にはこのメンバーの中ではシアニーに次ぐ身分なのにも関わらずだ。
スパーナにも見習って欲しいものだ。
「よし。それじゃ、そろそろ昨日の続きを始めようかね。ほらっ!男だったらいい加減ウジウジしてんじゃないよ!」
レンチアはまるでゾンビのように前屈み気味に肩を落としているスパーナの背中を一叩きし、その背筋を伸ばしてやる。
今回は義手の方では無かったから、本当に心から元気付けようとしていたのだろう。
「ほ、ほら、ナンパには行けなかったっすけど、ここには2人も美人がいるじゃないっすか!?」
プライナスもフォローにまわっている。
シアニーは、美的感覚が余程ずれていなければ、誰が見ても美人と答えるだろうし、レンチアも整った顔立ちなので、もっとお洒落に気を遣えば、通り過ぎる者が振り返ってしまう程の美人と言えるくらいにはなるだろう。
だが口より先に手が出る事を知っていると、その魅力は半減。
その上、スパーナはレンチアに毎日のように殴られている。
魅力よりも恐怖を感じてもおかしくない。
ただ最近はそれが快感に感じて来始めているらしいが……。
「……はぁ……俺っちのライフワークが…………いや、まだ時間はある!速攻で終わらせれば時間は……よし、やろう!すぐやろう!!さっさとやろう!!!」
「あんたがウジウジしてたから始まられなかっただよ!」
ガツンと頭を殴られるが、今のスパーナはそんな事ではへこたれない。
この対策会議を超速攻で終わらせ街へ繰り出す。
それが今の彼をやる気にさせ、突き進む原動力だった。
「それじゃ、こいつもやる気になったみたいだし、ノワールの――」
「これまでの彼女の戦闘データを今纏めた」
「――戦闘データを……って、早いな」
スパーナの頭の中にはアカシックレコードが埋め込まれている。
彼の記憶力の良さと情報量から、仲間内からはそんな風に言われている。
彼は一目見ただけでその姿を覚え、一度聞いただけで絶対に忘れない記憶力を持っていた。ただし自分が興味を持っているもの、特に女性、に関してのみ。
ショウマやプライナス、そしてイムリアスは同じチームメンバーだから覚えたが、基本的に男の名は覚えないし、覚えていたとしても顔と一致しない事もしばしば。
授業も自分の興味のある部分しか覚えないので成績の波が激しいが、魔動機兵の動作の要とも言える、魔動力から送り込まれた意志を各部に伝え、正確な動きを行わせる魔動制御回路に関する事ならば、学園随一の知識量と技術を持っているだろう。
そしてノワールも女性である以上、彼の頭の中には彼女に関するデータがしっかりと記憶されているのである。
「“黒猫”ノワール。搭乗機体は異名の通り“ブラックキャット”で、やや前傾姿勢の両腕それぞれに4本の鉤爪のある超高速接近型の魔動機兵。頭部は当然、猫の顔」
映像技術は確立はされているらしいが、未だ高価で学生が手に入れられるような代物では無い。
故にスパーナがホワイトボードにブラックキャットのイラストを描いているのだが、お世辞にも上手いとは言えない。
完璧に記憶に焼き付いていても絵心は備えていなかったようだ。
頭部が猫だと言っているのに豚に見えるし、4本の鉤爪も蹄のようになっている。
全員が笑いを堪えるのに必死だ。
「後、猫らしく尻尾も付いてるけど、こっちは飾り。振り回すくらいは可能だろうが、シルブレイドみたいな操縦方法じゃねぇ限り、自由には使えねぇだろう」
スパーナが尻尾を付け足すと、芸術は完成した。
題名を付けるとしたら“ネコという名のブタ”とか“細身のブタ”とかだろうか。
これを見て、一目で猫と思う者は皆無だろう。
だがスパーナは笑いを堪える全員の事など気にも留めず、ノワールについて知っている事を話し続ける。
「彼女の戦い方はシアニーちゃんと殆ど同じ。脚部を強化して瞬発力を最大限まで上げ、一気に間合いを詰めて、両方の爪で斬り裂く。やっている事は単純なんだけど、単純過ぎて逆に対応策が限られるんだよな」
「相手より先に仕掛けるか、カウンター狙いか、そのどちらかってところかな」
ショウマがいつもシアニーに対して行っている戦法を提示。
先に動ければ、動きを封じ、相手側の必殺の間合いを潰す事が出来る。
その上、先制攻撃でダメージを与える事も出来るだろう。
そして向かってくる事が分かっているならば、腰を据えて待ち構え、動きを見極めて反撃する事が出来る。
肉を斬らせて骨を断つという捨て身紛いの戦法も有効だろう。
「カウンターは下策。多分、動きを捉えられない。去年、稀代のカウンター使いって騎士と対戦した事があるんだが、1回も剣を振る事無く敗北したんだ。その騎士が言うには、向こうにいたと思った次の瞬間には目の前に迫って来ていて、反応する前に斬りつけられたってな」
そういえばと、ショウマは昨日のノワールと出会った廊下での出来事を思い出す。
彼女の身体が一瞬だけゆらりと揺れた後に彼女の姿は掻き消え、目の前に居たシアニーを通り越してショウマのすぐ側まで一瞬で間合いを詰めていた。
動きを目で追う事も出来なかったので反応は遅れ、不意の一撃を避ける事が出来なかった。
確かに目で追えない程の速さなら、カウンター狙いは逆に良いカモだ。
「って、そんなに速かったら、対策なんて出来無いじゃん!」
ショウマにもシアニーにも捉え切れないという事は、ノワールの速さは2人を遥かに凌駕している事になる。
もしその速さで動き回られたら、何も出来ずに敗北を喫するのは目に見えて分かる。
「違うわ、ショウマ。あれは速いわけじゃない」
スパーナが切り出す前に、その本質を見抜いたであろうシアニーが口を開く。
恐らく同じ事を言おうとしたスパーナは、手で「続きをどうぞ」と促す。
「昨日の放課後の事は覚えているよね?確かに今言われたように反応も出来ずに一瞬で抜き去られたんだけど、慌ててショウマの方を振り返って見た時には、ショウマに向かうあの女の姿は、はっきりと目で追う事が出来たの。つまり見えない程の速さという訳では無いはずなのよ」
「俺っちもその意見には同意だね。さっき言った試合を俺っちも見てたんだけど、一瞬で間合いを詰めたようには見えなかった。多分だが、体感的にそう感じたって事だろう。動きが速いのは間違いないけど、おめぇら2人より速いって事はねぇと俺っちは思う」
速度は目で追える程。なのに目の前近くまで来ないと見えない。
2人の話から高速移動でも転移でも無いのは間違いない。
「…考えられるとしたら、瞬きの瞬間を狙って死角に……いや、2人同時に瞬きした瞬間を見極めるなんて不可能だし、そもそも魔動機兵に乗ってたら、瞬きなんて見えない。となると特殊な歩法か?」
ショウマのいた世界には瞬歩と呼ばれる歩法があった。
マンガやアニメの中での知識しか無いが、もしそれが現実に出来たのなら……だが、それも違うだろうと首を振る。
「確かあれも高速移動の類だったはず……。目で追えるのに目で捉えられない。見えるのに見えない。速いのに遅い。なんか謎掛けみたいだなぁ」
相反する全く逆の事柄が同時に成立している。
矛盾している事柄なのに、その矛盾が成立し、矛盾が矛盾でなくなっている。
よく分からない状況に陥り、全員が唸り声だけを残して、黙り込んでしまう。
「え~っと、魔動器の力って考えられないっすか?」
沈黙に耐えかねて、プライナスが1つの可能性を示唆する。
「ああ、そう言えば!」
ショウマは自身が魔動器を使えないから、全くその事に気付いていなかったし、そもそも魔動器の存在すら頭に無かった。
「確かに現状ではその可能性が一番高いって俺っちも思うし、一番最初に考えたさ。考えたんだが、この現象を説明出来るような能力が全然思い付かねぇんだよ」
だから他の可能性が無いか、尋ねたのだ。
だが矛盾が成立してしまう謎は、もう魔動器の力としか考えられない。
「ショウマが対抗戦の時にやったような氷を鏡のようにして姿を映し出せば、姿を誤認させる事も出来るけど、視界が良いとバレバレだしね」
あれは爆煙という隠れ蓑があったから成功した代物で、ノワールはそんな小細工はしていない。
それにもし氷以外でも鏡のように映し出せるものがあったとしても、もしそうなら反対側にいるか、後ろ向きになっていなければ、虚像は正面を向いていない事になる。
シアニーやスパーナはノワールが普通に直進している姿しか見ていないので、この線は薄いだろう。
「相手の時間を止めてるとかって無いっすかね?」
「そんなのがあったら俺っちが欲しい!時間を止めれたら、女子更衣室にも女風呂に入り放題!!男のロマ――ぐげぅぅはぁぁああっ!!」
レンチアの義手が最後まで言わせずにスパーナの顔面に飛ぶ。
「いくらなんでもそれは荒唐無稽だね。もしそんなのがあったら、悪夢獣なんて今頃、全部殲滅出来てるだろうさ」
魔動力には多数の適正属性が存在するが、適正と異なるからといって適正外の魔動力を行使出来ない訳ではない。
氷属性の適正を持つシアニーでも魔動具や魔動器さえあれば、土を操る事も出来るし、炎も出す事が出来る。
ただ適正と異なるとその威力が激減するので、戦いを有利に進める為にも同じ属性を使用しているのだ。
だからもし仮に、時を止めるという相手の動きを一方的に止めるような便利な力があるというなら、そんな魔動器が作成された時点で広く周知されるだろうし、誰もがそれを使用する事だろう。
特に悪夢獣と命の遣り取りをしている西方最前線の正騎士にとっては、この力があるだけで殲滅率と生存率は劇的に向上するだろう。
「…お、俺っちの……男の……ロマンが……まぼ…ろしに………」
まだ何かほざいているスパーナにレンチアが足で止めを刺す。
(……まぼ…ろし……?)
息を引き取る…もとい、止めを刺されて気を失う前にスパーナが呟いた言葉が、ショウマの記憶の奥底で何かの引っ掛かりを感じる。
「う~ん、やっぱり時間なんて止められないっすよね~。もう後は透明になるってくらいしか思いつかないっすよ」
「相対した者以外はちゃんと見えているらしいから、それも無いな。ふぅ、これでは対策にならないな」
お手上げだとばかりにレンチアは首を振る。
(…透明……?)
プライナスの言葉に、再びショウマの記憶の琴線に触れる。
(……あれは…いつの記憶だ?)
ショウマの記憶の殆どは既に蘇っている。
未だ分からないのは両親の顔と名前。そしてこの世界に来る直前の事くらいだ。
今、“幻”と“透明”という単語から思い出し掛けている記憶は、元の世界での記憶。
喉元すぐまで登って来ているのに出て来ない。
アレの事だと感覚的には理解しているのに言葉が思い出せない。
もう一言、何か切欠になるような言葉があれば、思い出せそうな気がする。
だが、全員が考え込んで黙り込んでいる為、それらしい言葉も出ない。
結局、この日はその謎は解明出来なかった。
後はぶっつけ本番で見破り、対応策を考えつかなければ、敗北は濃厚だ。
ブラックロータスの対策会議にも関わらず、結局、ノワール1人の対応策もままならなかった。
そしてもう1人の騎士、シュバルに関しては、その存在すら話題に上がらなかったのであった。




