第67話 宣戦布告は婚約宣言?と共に
「お待ちなさい!ショウマ=トゥルーリ!!」
週末最後の授業を終え、休日明けに行われる入れ替え戦に備えて、何が出来るかを考えながら廊下に出たショウマを誰かが呼び止める。
「え~っと、予科生の娘かな?初対面の年上をいきなり呼び捨ては失礼だと思うんだけど……」
呼び止められた以上、無視する訳にもいかないが、あまり関わり合いたくない人種なのは一目で理解した。
黒を基調としたゴシック風のフリル付きのミニスカート姿で、頭にドリルっぽいツインテールを生やした少女が、どこから持って来たのか1m程の木箱の上に仁王立ちして、見下ろすようにショウマに指を突き付けている。
ミニスカで高い所に立っている為、風が吹く度にチラチラと服と同じ黒いレースの下着が見え隠れしているのだが、本人は全く気にしていない様子だ。
「むきぃ~!!どっちが失礼よ!!私は本科生よ!3年よっ!18歳よっっ!!」
木箱の上で地団駄を踏み始め、更にスカートが捲れて、ショウマの位置からは完全に丸見えである。
「あぁっと……先輩なのは理解したんで、とりあえず、その上から降りてくれませんか?周囲の目がそろそろ痛くなってきたし、それにその位置だと俺からパンツ丸見えですから……」
「あらあら?もしかして興奮しちゃった?欲情しちゃった?うふふふっ、あなたにならこの下も見せてあげても良いのよ?」
遠巻きに眺めていた男子生徒がゴクリと喉を鳴らすのが聞こえるが、ショウマは興奮も欲情も一切していない。
逆に痴女な変態を前に、やや顔を引き攣らせている。
その表情をどう捉え、どう解釈したのか、彼女は頬を上気させながら、徐に自身の下着に手を掛け、ゆっくりと下ろしていく。
そろそろなんとかしないと、また変な噂が広がりそうな気配を感じ、ショウマは彼女を引き摺り下ろす為に1歩を踏み出す。
「ショウマ!頭下げて!!」
背後から掛けられた声にショウマは何も疑う事無く、ヒョイっと頭を下げると、その後頭部の上をひんやりとしたものが通り過ぎていく。
直後、「きゃわん」という可愛らしい悲鳴が聞こえて頭を上げると、木箱の上で額を押さえて蹲る痴女先輩が居る。
木箱の前にコロンと球状の氷が転がっているのも見える。
「ノワール先輩!何してるんですか!!常識をわきまえて下さい!!!」
背後から現れたシアニーがショウマの横までやって来る。
「乙女の顔にいきなり氷をぶつける方が非常識じゃない!!何?それとも彼を誘惑したから嫉妬でもしてるの?」
「なななななんでわわわ私がししし嫉妬なんてするんですかっ!!べべべ別にショウマとはそそそそんな関係じゃないしっ!!!!」
動揺し顔を真っ赤にして怒りを露わにするシアニーに対し、ドヤ顔にも似た余裕の表情のノワール。
見た目はシアニーの方が大人に見えるが、精神的にはノワールの方が大人なようだ。
「関係無いなら、私が彼にナニをしてもいいじゃない?だって彼は私が見初めた将来の夫なんだもの。それに私は彼のあんな事やこんな事、そんな事まで知っているのだから」
ノワールの言葉に周囲の見物客からどよめきが起こる。
「え?従者の取り合いじゃないの?」
「そ、そんな!まさか痴情の縺れだったのか?!」
「婚約…いや結婚宣言だと!?」
「これがいわゆる三角関係って奴か……リアルで見るのは初めてだ」
「あんな事やこんな事って?」
「そんな事って一体どんな事なんだ?!」
「……ロリコン…………いや、先輩だから年上…合法ロリか!」
半年近くが経ってようやく沈静化したと思った負の噂が再び蔓延し始める。
ショウマが何かを言う間も無く、尾ヒレの付いた噂はどんどんと広まっていくだろう。
「ちょっとショウマ!どういう事よ!!」
ショウマの制服の襟を掴み上げ、物凄い剣幕で詰め寄るシアニーに対し、ショウマはブンブンと激しく首を横に振る。
「知らねぇよ!!俺だって初対面だっつーの!!」
一体自分の何をどこまで知っているのかは気になる所だが、ノワールという名前にも聞き覚えが無いし、会うのが初めてなのも確かなはずだ。
「なんて連れないお言葉。私はあの日の事を一時も忘れた事が無いのに……」
その一言にシアニーの目が更に釣り上がり、襟を掴んでいた手に更に力が篭る。
「あがっ…マ、マジで知らない……から……ギブ…ギブ……ヤ、ヤバイ……マジで…………」
ショウマが最後の力を振り絞ってタップすると、ようやく締め上げていたシアニーの力が緩む。
ここまでしても知らないと言い張るのだから、本当に知らないのだろう。
シアニーは問い質す対象を変更する事にする。
「ショウマは本当に知らないようですけど?あなたの妄想とかじゃないんですか?」
鋭い視線をノワールに向けるが、彼女はそれを涼風のように受け流す。
「本当にお忘れなんですね。私は悲しいです…よよよ……」
わざとらしい泣き真似に遂にシアニーの怒りが沸点へと達する。
「いい加減言いなさいよ!ショウマとどこで会ったの!!何をしたの!!!ショウマの何を知ってるの!!!!早く言いなさい!!!」
「ふふふっ、ムキになっちゃって、中々可愛げがあるじゃない?そうね、それなら賭けをしましょうか」
「賭け?」
「そうよ。今度の入れ替え戦で私達が戦う事はもう知ってるでしょ?だからそこであなたが勝ったら、知りたい事を全部教えてあげる。でももし私が勝ったらショウマ様を貰い受けるわ。どう?この賭けに乗る?それとも降りる?」
「上等じゃない!私は絶対に勝つわ。そしてショウマは絶対に渡さないんだから!!」
「良い返事。来週の楽しみが増えた。それと……」
ノワールの身体がゆっくりと揺れた。
と思った次の瞬間には彼女の身体はシアニーの脇を通り越し、その後ろにいる問い詰められて首を絞められていたせいで未だ意識がはっきりしていないショウマの目の前まで迫る。
「私の大事な大事な純潔を捧げるのは、ほんの少しおあずけ。だけどそれもすぐの事♪」
ノワールは周囲に、いやシアニーに見せつけるようにショウマに擦り寄り、その耳元で囁く。
周囲から見たらその頬にキスをしたようにも見えるだろう。
「なっ!?」
振り返ってその光景を目の当たりにしたシアニーが、慌てて掴み掛かろうとするが、直前でその腕をスルリと掻い潜り、ノワールは挑発するように薄笑いを浮かべる。
「うふふふっ。名残惜しいけど今日はこの辺でお暇するわ。ショウマ様、来週はたくさん愛し合いましょうね♪」
そう言い残し、ノワールは立ち去っていく。
「なななななんなのよ、あの女は!!ショウマもああああんなの避けなさいよねっ!!」
何処かの誰かさんのせいで半分意識が飛んでいたのに、責められるのは筋違いだ。
それにそんな状態でも一応は避ける努力はしたのだ。
にも関わらず、いつの間にか間合いを詰められ最接近を許してしまった。
「…っていうか、シアだって動けなかったじゃねぇか」
「……うっ、そそそそれはそれ!これはこれよっ!!大体、あんな女に鼻の下伸ばしてデレデレしてるショウマが悪いのよ!」
「はぁっ?!デレデレなんてしてねぇし!」
「してた!!」
「してねぇ!!」
2人のいつもの口喧嘩が始まり、周囲に居た野次馬達も「またか」という表情で三々五々散っていく。
いつ終わるとも分からない2人の言い合いを、廊下に残された木箱は最後まで見守り続けるのだった。
* * * * * * * * * *
「ノワールと一悶着あったらしいね。勝負に勝った方がショウマと結婚して、子供を産むんだって?モテモテじゃない、あんた」
入れ替え戦のミーティングの為に向かった格納庫で、早速、レンチアがからかって来る。
さっきの今で、よくここまで捻じ曲がった噂が広まるものだ。
「けけけけ結婚なんてしませんから!そそそれにこここ子供って!!どどどうしてそんな話になってるんですか!!」
確かに将来的にはそうなれたらいいなぁという願望がシアニーの心の奥底にはあったりするが、まずは普通に恋人から始めるのが筋というもの。
それに強制などでは無く、お互いに愛し合って、そういう関係になりたい。
いや、そもそも未だ告白もしていないのだが。
「と、ともかく!向こうが勝ったらショウマがあの女に取られちゃうんです!!」
「俺の意識が朦朧としている間に賭けの商品にすんなよな~」
「良いじゃない別に。上位グループだと言っても向こうはその中でも最下位。負ける訳ないじゃない!それともショウマはあの女の所に行きたくて、わざと負ける気!?」
「んな訳あるか!王族や貴族でもねぇのに勝手に結婚相手を決められてたまるか!こっちにだって選ぶ権利ぐらいある!それに一発勝負の入れ替え戦だから、負けてやるわけにもいかない」
入れ替え戦はグループリーグ戦と異なり、2チームによる2対2のタッグ戦となる。
そこで相手チームより点数が高い方が勝者となり、勝ったチームが上位グループへ、負けた方が下位グループへ行く事となるのだ。
もし点数が同点だった場合は上位グループの方が勝者となり、変動は起こらない。
「勝てば良いって言ってっけど、そう簡単にいくとは俺っちは思わねぇけどな」
そう言うとスパーナは入れ替え戦の対戦相手であるチーム・ブラックロータスの戦績データを目の前に広げる。
このミーティングを呼び掛けたのも彼だ。
「ノワール=アーク=ワールアック。通称“黒猫”と呼ばれ、その性格もまさしく猫のように奔放で気紛れでムラっ気がある。チームは一応上位グループにいるが、戦績はパッとせず、8位前後をフラフラ。しかも彼女の戦闘記録は当てになりそうなのが少ないと来たもんだ」
「どういう意味なんだい?」
「まず自由奔放で気紛れっから、気分がノらないとランク戦に出ねぇ。ムラっ気があっから上位チームを喰ったかと思えば、明らかに実力差のある弱い奴に惨敗。その上、今年のデータは一切無しで実力は不明」
今年のデータが無いという事は、つまり1度もランキング戦に出場していない事を意味する。
彼女だけで-20点のペナルティを受けている事になり、もう1人の騎士が学園最強で、全試合10点を獲得していても20点にしかならない。
当然、チーム・ブラックロータスのもう1人の騎士であるシュバル=シフターはそんな存在では無く、上位グループ内では普通の実力。
平均で3点程度しか取れなかった為、結果的に総合点数はマイナス。
断トツの最下位なのはノワール1人のせいと言える。
「話によると、うちと、いや正確にはショウマと早く戦いたくて、わざと最下位になったって事だ」
恐らくチーム・キングスの実力なら、下位グループトップになると、確信していたのだろう。
そうでなければ、こんな大胆な方法は取れない。
負ければ下位グループに落ちる入れ替え戦に自ら進んで臨もうというのだから、チームとしては傍迷惑もいい所だろう。
「実力は未知数。けど、ムラっ気を抜きにして考えたら、多分、相当な実力だと俺っちは分析してる。あっ、ちなみに彼女のスリーサイズは……はぐぅあっ!」
不要な情報を口にする前にレンチアが拳で黙らせる。
「まぁ、確かにシアニーの実力を知った上で賭けを申し込んだんだから、それなりに自信はあるんだろうね。そして恐らくは絶好調の状態で」
自らが選んだ戦いだ。
いくらムラっ気があるとはいえ、その当日は最大のテンション、最高のコンディションであろう事は疑いようが無い。
上位への昇格の通過点に過ぎない、ただの入れ替え戦のはずが、まさか上位グループへ上がる最大の障壁になろうとは。
「けどやる事は変わらないわ。最短でトップを目指すんだから、あんな女に躓いたりしてられないし、ショウマだって渡さない!!」
シアニーは力強く宣言する。
「いや、だから俺は商品じゃないって……」
「良い気合だね。それじゃあ、勝利の為の作戦会議といこうじゃないか。ほら、スパーナ!いつまでも寝てないで、早くノワールの戦闘データを出しな!」
ショウマの言葉はレンチアの言葉で掻き消され、床に突っ伏していたスパーナは彼女の足で小突かれて目を覚まし、いそいそと資料を机の上に広げる。
(うん。ここはもう黙ってるのが吉だな。そうだ。それが良い。スパーナさんのようにはなりたくないし……)
女性陣に顎で使われて、少し嬉しそうな表情を浮かべているスパーナ。
その姿を見ながらショウマは、ああはなりたくないと心に誓う。
だが、口を挟めなくなっている時点で、そちらに傾き掛けているという事実に彼はまだ気が付いていなかったのだった。




