第7話 シンロード魔動学園理事長との対面
「ああ、くそっ!着いた早々、酷い目にあった……」
金髪の美少女の顔への一撃は当たり所が悪く、ショウマはその一撃で意識を失った。
その後、無理矢理、水をぶっかけられて目覚めさせられたと思ったら、強面の衛兵が目の前に居て、窃盗と婦女暴行の容疑で詰所で尋問を受ける羽目になったのだ。
一からあった事を説明し、路地裏で縛り上げられたひったくり犯の発見とショルダーバックを盗まれた派手な格好の中年貴族女性の目撃証言のおかげで、ようやく無罪放免となったのだ。
ちなみに彼を犯人と決めつけて譲らなかった金髪美少女の姿は、彼が目を覚ました時にはどこにも無かったので、文句を言う事すら出来なかったが、気を失っている間に串刺しにされなかっただけ良しと考えた方が良いだろう。それなりに嬉しい思いもした訳だし、それ以上にこれ以上は関わらない方が身のためでもある気がしたからだ。
衛兵の詰所から出た瞬間、ショウマは思いっきり新鮮な空気を肺一杯に吸い込む。
「はぁ~、シャバの空気は美味いなぁ~」
ちょっとだけ鼻の奥から鉄錆の匂いがするが、気にはしない。
既に時刻は夕刻。
太陽は赤くなり西に傾き始め、露店では夕食の買い物をする客が増えている。
彼がこの街に着いたのは昼頃なので、約半日、失神と尋問で無駄になった事になる。
「あちゃ~。こりゃあ、今日は宿をとって明日出直した方が良いかな?」
彼はシンロード魔動学園に行く予定だった。
そこには会った事は無いが、師匠の知り合いが居るという事で手紙を預かっている。
とはいえ、こんな時間から行っては、その相手にも迷惑だろう。
それにこの街に着いてから色々とあり過ぎて精神的に疲れているというのもあり、宿を探そうと一歩を踏み出す。
そこに横から声が掛けられる。
「あなたがショウマ=トゥルーリ様ですね?」
唐突に自分の名を呼ばれ、声のした方へと振り向く。
そこにはブルーグレーのスーツジャケットとタイトスカートをきっちりと着こなした女性が立っていた。
スーツと同じ色の髪の毛を後頭部で纏め、スッキリとした印象と落ち着いた印象を与える女性だった。
細めの眼鏡の奥に見える切れ長の瞳がショウマを真正面から捉えている。
「え、え~っと、今、俺の事を呼ん…呼びました……よね?」
ショウマは年上らしい女性が相手という事で、敬語に言い直す。
この辺りの礼儀をわきまえているのは、騎士を目指す者としては当然だが、これはショウマ元来の性格が丁寧だという事に起因している。未だ顔を思い出せない両親のおかげと言えるだろう。
ちなみにトゥルーリは師匠の姓であり、未だ自身の姓を思い出せないショウマは、名義上、養子という扱いでその名を名乗っている。
「申し遅れました。私はエルア=K=ケイラ。シンロード魔動学園、アイリッシュ理事長の命でお迎えに上がりました」
エルアの背後には簡素だが大型の魔動馬車があった。馬車にはシンロード魔動学園の名と校章が刻印されているので、学園所持の専用魔動馬車なのだろう。
思わぬ名と肩書き、そして急展開にショウマは唖然として戸惑ってしまう。
アイリッシュという名は知っている。
師匠の知り合いの名前がその名だったので、間違える事は無い。
詳細までは教えて貰っていなかったがシンロード魔動学園に行けば会えると言われていたので、学園の関係者だろうとは思っていたが、まさか魔動学園の理事長なんていう予想を遥かに超える高い地位の人物だとは思いもしなかった。
しかも衛兵の詰所前で待ち構えていたという事は、ショウマが濡れ衣を着せられて拘束されていた事を知っているという事でもある。
もしかしたらこのタイミングで解放されたのは、彼女達の介添えがあったからなのかもしれない。
「ご案内致しますので、どうぞこちらへ」
ショウマが事態についていけない内に、エルアに導かれるまま魔動馬車に乗り込み、呆けたままシンロード魔動学園へと向かう事になったのだった。
* * * * * * * * * *
アイリッシュ=ミレイユ=ラ=フォーガン。
名前からも分かる通り、この世界の最大国家であるフォーガン王国の王家に連なる者なのだが、遥か昔に出奔している為か現在は王家との関わりは薄い。
今から70年近く前。悪夢獣の出現を切欠に齢20歳弱で、ただの漁港に過ぎなかったこの街を海の交易要所へと変え、シンロード魔動学園を創設した女性である。
いや、シンロード魔動学園が出来て、人の往来が激しくなったから街が発展したと言う方が正しいのかもしれない。
まぁ、どちらが先でもそれ程大きな違いはない。
シンロード魔動学園を築き1代でここまで大きくし、街の発展にも多大な貢献をした、この街で1番の有力者だという事には変わり無いのだから。
現在では理事長という立場となってはいるが、高齢である為、実務や経営には手も口も殆ど出していないという事らしいが、その影響力は未だ健在である。
馬車に揺られながら、ショウマはエルアからこれから会う事となる人物について簡単な説明がされていた。
「え、え~っと、ちょっと待って下さい。そんな凄い人がなんで俺なんかと会おうとしてるんですか?」
「詳細は私にも分かりかねます。ですが造聖のトゥルーリ様とは親しい仲だとお聞きしておりますので、それが関係しているものと思われます」
造聖の名は伊達では無いという事か。
ショウマは今更ながら自分の師匠が凄い存在だったという事を実感する。
「それとこれは推測ですが、恐らくはショウマ様の特異な特徴とその体質が要因であると思われます」
エルアにそう言われてショウマは魔動馬車の窓に映る自身の顔を見る。
フードからわずかに見える黒い髪と黒い瞳。
この世界では珍しい、いや全くと言っていい程見掛けない漆黒色。
そして一切の魔動力を持たない体質。
この2つに関しては生活する以上、隠しようが無い。一応、初めての場所ではフードを目深に被る事で髪と目は隠してはいるが。
しかしさすがに異世界人であるという事は、下手したら頭がおかしいと思われるかもしれないので、誰にも言った事は無い。
「それからフードはわざわざ被らなくても構いません。外をご覧になって下さい」
エルアに誘われて、外を見る。
「通りを行く方を見て頂けると分かると思いますが、この街では黒い髪はそれ程珍しくないのですよ。他の国や街ではどうか分かりませんが、王都とこの街では救世の騎士の話はそれなりに有名でして、それにあやかろうと黒く染めている方がそれなりにいますので」
確かに言われて改めてみると黒っぽい髪色の人物がちらほらと見える。
思い返せば、ひったくり犯と勘違いして刺し殺そうとした金髪美少女も詰所の衛兵もショウマの黒髪を見ても驚く様子は無かった。
エルアの言う通り、髪を黒く染めている人間は多いのだろう。
「それじゃあ、わざわざ隠してた俺ってただのマヌケじゃないですか……」
「それは仕方がありません。髪の毛の色を染めるという風習はまだそれ程広まってませんからね。さてショウマ様。そろそろ学園の敷地内に入りますよ」
そんな話をしている内に魔動馬車は学園へと続く坂道を登り終え、巨大な門扉をくぐり抜ける。
その先には広い土の運動場や巨大な平屋の建物が道の左右に広がり、その奥に一際大きな城のような建物が姿を現す。
5つの三角錐型の尖塔の屋根が特徴的で一際高い中央の尖塔の上部には時刻を表す時計と鐘が見える。
その時計は下からでもはっきりと文字盤が見えるので、相当な大きさであろう事は容易に想像出来る。
「あちらの運動場の隣にある大きな建物は屋内運動場です。中は円形状の闘技場のようになっていますので、学生の皆さんはその見た目通り闘技場と呼んでいます。そしてあの時計塔のあるお城の様な大きな建物がこのシンロード魔動学園の本学舎となります」
その規模に圧倒されながらエルアの説明を聞いている内に馬車は敷地の更に奥へと進んでいく。
そしてようやく馬車は止まる。
「こちらでアイリッシュ様がお待ちです」
到着した場所は庶民の家よりは若干大きいが、貴族の屋敷程広くも無い、この街一番の有力者が住んでいるとは到底思えない簡素な作りの平屋建ての屋敷だった。
特にここに来るまでの間に見た学園の施設が桁外れの規模だった為に、余計に小さく感じる。
エルアに案内されるまま、ショウマは屋敷へと足を踏み入れる。
内装もこれといって華美な感じは無く、逆にあまりに何も無さ過ぎて生活感が感じられない。
本当に人が住んでいるのだろうか?
そんな感想を抱きながら案内された応接室には、小柄な老婆が待っていた。
「ショウマ=トゥルーリ様をお連れ致しました」
「ようこそおいで下さいました、ショウマさん。私がこの学園の理事長を務めますアイリッシュと申します」
金色の髪に白というよりも銀に近い輝きの白髪が混じった透き通るような髪を頭の後ろで束ねた大人しめの印象の女性が頭を下げる。
ほのかに気品の様なものが漂い、しかしどこか力強いものさえ感じる雰囲気。
実年齢は90歳に近いはずだが、顔に浮かぶ皺はそれ程深くなく、その顔に浮かぶ柔和な笑顔は可愛らしいという表現でもおかしくない程の若々しさを感じる。20歳近くは若く見えるだろう。だがそんな彼女の眼は閉じられたまま。
「アイリッシュ様はご高齢である為、視力を殆ど失っていらっしゃいます」
ショウマの視線で気が付いたのか、エルアがそう耳打ちしてくれる。
納得するが、そうなると預かって来た手紙をどうしようかという問題が出てくる。
師匠からはアイリッシュ以外には見せてはいけないと言われているものだ。
ショウマがどうしようかと悩むより早くアイリッシュが察して解決策を提示してくる。
「エルアさんは私の目代わりです。信頼できる人物ですので、預かっている手紙は見せても大丈夫です。安心して渡して下さい」
視力が衰えた代わりにそれ以外の感覚が鋭敏になっているのだろう。
あまりの察しの良さに気味の悪ささえ感じてしまうが、ショウマは平静を装って、預かっていた手紙をエルアに渡す。
受け取ったエルアは手紙を読み、そしてその内容をアイリッシュに伝える。
ショウマも手紙の内容は知らないが、漏れ聞こえてくる単語を聞く限り、ショウマに魔動力が無い事や記憶の一部が欠落している事、魔動学園の編入に関しての事などのようだ。
一言で言えば紹介状の様なものであろうと推測出来る。
全てを聞き終えると、アイリッシュは1つ大きく頷いてからショウマに問い掛ける。
「さて、おおよその事は分かりました。ですのでこれから私がする質問に対して正直にお答え下さい」
「は、はい。分かりました」
いきなりではあるが、編入試験の面接といった所だろうか。
ショウマはやや緊張した面持ちで居住まいを正すとアイリッシュの言葉を待つ。
「エルアさん。まずはあれをこちらに」
アイリッシュの言葉にエルアは背後にあった書棚から1つの箱を取り出し、その中身をショウマの前に差し出す。
「え?これは!?」
「やはり一目でこれが何か分かったようですね。これは70年以上前にある知り合いが遺していった物です」
ショウマの前に差し出されたものは紙の冊子だった。
経年劣化で色褪せてはいるが、それが何かは書いてある文字とイラストで一目で分かる。
ただしイラストの方はともかく、文字に関してはこの世界の住人の半分以上は意味を知る事はおろか読む事さえ出来ないだろう。
書かれてあるその文字は魔動王国語。そしてショウマが元居た世界で使われている文字。
魔動技師が見ればその冊子は魔動機兵の設計図だと思うだろう。確かに設計図には違いない。だが設計図は設計図でも……
「これはプラモデルの組立説明書………」
ショウマが取り戻した記憶の中にはしっかりとその記憶はあった。確か父親がプラモ作りが好きで小さい頃からよく一緒に作っていた記憶が残っている。
「単刀直入にお聞きしますが、あなたはこの世界の人間ではありませんね?」
アイリッシュのその質問に対し、ショウマはドキリとする。
その事は未だ誰にも伝えていないし、言った所でそんな荒唐無稽な事を信じられるはずも無いからだ。
だがアイリッシュがプラモデルの説明書を持っているという事は、その知り合いも異世界人で、彼女はその事を知っているという事になる。
それに最初に正直に答えて欲しいと言われている事もあって、ショウマは肯定する事しか出来なかった。
「は、はい。そうだと思います。完全に記憶が戻っていないので、自分でも確信は持てませんが」
「間違いは無いと思います。お察しの通り、私の知り合いもあなた同様に黒い髪と黒い瞳を持ち、魔動王国語をすんなり解読し、魔動力を持たない異世界から来た方々でした。恐らくは魔動力を持っていない事がこの世界で生まれていないという証拠になると思われます」
確かにこの3年間、ショウマは自分以外に魔動力が無い人間には会った事が無い。師匠やベルグルッドに聞いても会った事はもちろん噂すら聞いた事が無いと言っていたのを思い出す。
「さてあなたは異世界人である為、魔動力を持っていません。もし学園に入学したとしても授業に付いて来れなかったりと、様々な苦労がある事でしょう」
確かにアイリッシュの言う通りだ。
はっきりと言ってしまえば魔動力が無い事は騎士になるのだけでなく、この世界に生きるのにも常にハンデを負っている事となる。
フューレンのような田舎であれば、魔動具はそれ程多くなかったし同居人もいた為、生活にはそれ程支障が無かった。しかしシンロードのような大きな街では魔動具は一般生活にも広く染み渡っており、魔動具が無い場所を探す方が大変と言えるだろう。その上、彼の事情を知る人物は殆ど居らず、1人で暮らさなければならない。
そんな中で魔動力が使えないというのは死活問題だ。
「その事実がはっきりとした所であなたに問います。あなたは他の人達と比べ大きなハンデを背負っています。騎士になるのも難しいでしょうし、もしかしたら途中で挫折するかもしれません。もしあなたが望むのならば、私達の総力を持ってあなたが元の世界に戻れるその日まで保護をする事も可能です。それでも尚、この学園に入り、騎士を目指したいとお思いですか?」
昔の話とはいえ、アイリッシュが魔動力を持たない異世界人と知り合いだったのならば、その苦労も知っているのだろう。彼女が保護を促すのもそういう理由だろう。
確かに何も分からずこの世界に来て翻弄されていた頃なら、その提案は魅力的だ。
アイリッシュの温和な表情から、保護を受け入れれば悪いようにはならないだろうという確信も持てる。
だがそれは自分の人生を他人に任せて放棄する事を意味しているようにしかショウマには思えなかった。
確かにそれは楽だろう。
何も考えず苦労する事も困る事も無く流されるままに平穏に生き、場合によっては元の世界に戻る事も出来るかもしれない。
だが他人に全てを丸投げしてそれで本当に生きていると言えるのだろうか。
もしこの提案がフューレンの悲劇が起こる前の何も知らない子供だったなら、喜んで受け入れたかもしれない。
しかし今のショウマには確固たる強い意志があった。
「保護の話は有り難いですが、お断りさせて頂きます。俺は……絶対に騎士になると決めたんです!そしてこの世界で出会った俺の家族の仇である悪夢獣を全て滅ぼす!!その為に俺は3年間鍛えてここまで来たんだから!!」
魔動力が無いという事実を知っている普通の人なら、その発言は驚きに値するだろう。
誰もが無茶だと言うだろう。
誰もが無理だと言うだろう。
だがそんな事は関係無い。
誰に何と言われようと自分自身だけは諦めない。
その決意に変わりはない。
カティーとギニアス。そしてフューレンの村のみんな。その全てを一瞬にして壊した悪夢獣を許す訳にはいかない。
だからショウマはしっかりと頷き、答える。
「真っ直ぐで力強い瞳……やはりショウマさんはどこかあの人に似ていますね」
アイリッシュは遥か昔を思い出し、優しく頬笑みを浮かべる。
「分かりました。あなたの心はしっかりと伝わりました。本来であれば予科生として基礎から学んでもらうのが通例ですが、トゥルーリさんの元で基礎的な訓練はしていたという事ですので、特例として本科編入扱いとしたいと思います。ですがシンロード魔動学園は実力のある人材しか受け入れない場所。ですのであなたの力を試させて頂きたいと思います。あなたが学園に入るだけの力があるかどうかを。エルアさん、早速、準備をお願いします」
「はい。承知致しました」
かくして心の準備も整わないまま、ショウマのシンロード魔動学園への編入試験は開始された。