第61話 暴走
王都フォーガン上空に、まるで悪魔の誕生を祝福するかのように暗雲が立ち込め、雷鳴が轟き始める。
フォルテギガンティスだったものの胸の中央部には、ドクンドクンと脈動を繰り返す赤黒い心臓のようなものが埋まり、魔動フレームは全て伸縮自在の漆黒の触手へと変わって、鎧甲を纏いながらウネウネと蠢く。
『GURUuuuuuuAAAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!』
漆黒色の牙の生えた口から、この世のものとは思えない吠え声が発せられ、聞いただけで怖気が走り、身の毛がよだち、自然と竦み上がってしまう。
『……な、な、なんなのだ…あれは…………』
なんとか気力を振り絞り、声を出すレグラス。
レリアに至っては完全に声を失っている。
ショウマ達3人はある程度耐性はあったが、それでも自然と身体が萎縮していた。
『邪法の暴走……その結果、人だろうと魔動機兵だろうと悪夢獣化しちまうんだ……』
暴走の切欠は強い負の感情だとショウマは推測していた。
ザンスにしろクアクーヤにしろ、怒りや恨みが一際強かった事からそう考えた。
そして今回もフォルテはフォーガン王とフォーガン王国に強い恨みを抱いていた。
もしかすると最強と自負していたフォルテギガンティスが、たった4機に倒されかけた怒りもあったのかもしれない。
ショウマのその推測は正しい。
だがこれまでと異なるのは、フォルテ自身は既にこの世に居ないという事だ。
フェアリュートの一撃によってフォルテは跡形も無く消滅している。
だが最後の瞬間、フォルテは自分を邪魔する存在に怒った。
立ち向かって来る者を憎んだ。
自分を殺そうとする者を恨んだ。
その怨念は魔動力を通じて、瞬く間にフォルテギガンティスの全身に伝播し、各所に使われていた悪夢獣の素材を刺激して暴走を引き起こしたのだ。
『GiiiiiiAAAAaaaaaaRRRuuuuuuuuuuuuUUUUU!!!!!』
悪夢獣化したフォルテギガンティスが再び吠える。
それは王都を、王国を、世界を揺るがす。
避難していた人々はその姿を見ていなくても、その声だけで恐怖に震え上がり、気の弱い者は気絶し、心臓の弱い者はその鼓動を止めた。
「うぐっ……」
そんな雄叫びを間近で受けたショウマは、意識を刈り取られそうになる。
なんとか堪える事が出来たのは、悪夢獣に何度も遭遇した事による耐性と悪夢獣に対する怒りのおかげだった。
「…シェラは大丈夫か!?」
上方に声を掛けるが、返事は無い。
慌てて表示されているエネルギーメーターを確認すると、魔動力の残量メーターは減ってはいない。
気絶しただけだと分かり、一先ず安心する。
『皆は大丈夫か?』
『…え…ええ…なんとか…ね……』
周囲に声を掛けると、返事を返してきたのはシアニーだけ。
そちらを見れば、エスト・アースガルトが蹲るように片膝をついていた。
その脇には、まるで腰を抜かしたように尻餅を着いたままのウィンザリアと、両手で頭を抱えてうつ伏せに倒れるブラックサイズの姿がある。
両機とも動く様子は無いことから、アーシェライトと同様に気絶しているのだろう。
ショック死しているなどとは考えたくないが、2人の安否を確認している余裕は無い。
動きを止めている間に悪夢獣と化したフォルテギガンティスは城壁の前まで進み、その巨大で長大な腕を振り回して、城壁を殴りつけている。
一撃毎にまるで地震のように王都が震え、城壁はみるみる崩れていく。
完全に破壊され、王城に迫るのも時間の問題だろう。
『くそっ、さっきの王国機って奴はどこ行きやがったんだ?あいつの攻撃なら――』
殴り飛ばされ、城壁へと叩き付けられたフェアリュートを探すが、その姿は何処にも見えない。
フォルテギガンティスの攻撃によって崖崩れのように城壁が崩れ落ちているので、その下に埋もれてしまったのかもしれない。
『くそっ、こうなりゃ俺達でやるしかねぇ!シア!動けるか!?』
だがシアニーからは荒い息遣いが聞こえるだけで返事は返って来ない。
『おい、シア?』
『………ゴ、ゴメン。無理……今はまだ…まともに動ける気がしない……』
よく見ればエスト・アースガルトが腕を抱えて小刻みに震えている。
まるで恐怖に震えているように見える。
魔動機兵が恐怖するというのもおかしい話だが、思考制御である魔動機兵は、時に操縦者の無意識の行動さえも反映させてしまう。
それ故にシアニーの今の心境を反映しているのだろう。
『だったら俺だけでも………』
ショウマはフォルテギガンティスを睨みつけながら、シルブレイドを動かそうとする。
だが動かない。否、動けない。
「は、ははは……おい、なんなんだよ……これ」
ショウマは自身の身体に起こっている事態に頭が、心が、想いが、ついていかなかった。
フットペダルを踏み込もうとした足はガクガクと震えて力が入らず、レバーを掴もうとした腕もまた激しく震えて、まともに掴む事が出来ない。
どんなに強気な言葉を吐いても、身体は本能的に勝てないと感じて恐怖に怯えていた。
「くそっ、頼むから止まれよ!俺は悪夢獣を全て倒すと決めたんだ。だからこんな奴程度に恐怖なんてしてんじゃねぇよ!」
自身を鼓舞するも、その意志とは正反対に身体の震えは更に増していく。
誰も動けない中、フォルテギガンティスが遂に城壁を破壊し、その向こうにある王城へと向かう。
『FUuuuuuuuOoooooooooooooooGuAAAAAAAaaaaaaaaannnnnnnnnnnnnn』
絶叫と共に振るわれたフォルテギガンティスの一撃が王城の一角を貫き、崩壊していく。
『そ…そんな………』
恐怖で動けなかった心の弱さ、護る事の出来なかった非力さ、あまりに無力な自分に、シアニーは愕然とし、エスト・アースガルトは地面へと崩れ落ちそうになる。
だが寸での所で踏み止まる。
『……わ、私は…誓ったんだ。お父様のように、皆を守る騎士になるって!!だからっ!!』
先に恐怖を打ち破ったのはシアニー。
全身を恐怖で震わせながらも、気合を込めて1歩を踏み出す。
そしてその1歩を踏み出す事が出来れば、まるで呪縛から解き放たれたかのように身体は動く。
尚も王城を破壊しようと腕を振り上げたフォルテギガンティスの背中に向けて、エスト・アースガルトが駆ける。
氷の足場を階段のようにして駆け登る。
王城以外に全く意識を向けていない為かフォルテギガンティスからの妨害は全く無く、その背後には簡単に迫る事が出来た。
シアニーは己の全ての魔動力を搾り出して、剣を持つ右手に集中させる。
刃が氷を纏い、長大な氷槍へと変化する。
上半身を、肩を、肘を、最大限に後ろへと引き、渾身の力を込めて突き出す。
『いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!!!!』
狙うはただの1点。
フェアリュートが空けた胸の穴に現れた、まるで心臓のように脈打つ赤黒い球体。
それが悪夢獣化したフォルテギガンティスの心臓部だと直感したのだ。
氷槍が背中を突き刺す。
球体と槍先が接触するが、そう簡単には貫けない。
エスト・アースガルドが更に腕に力を込めて氷槍を押し出す。
僅かな抵抗の後、ピシリと何かがヒビ割れる音。
手応えを感じたシアニーは更に右腕に力を込める。
だが、彼女の感じた手応えは、思っていたものとは異なるもの。
期待したものとは真逆のもの。
押し込んだ事でヒビは全体に走り、次の瞬間にはパリンと乾いた音を立てて砕け散る。
そう、砕けたのはエスト・アースガルトの持つ氷槍の方。
赤黒い球体の方はあれだけの一撃にも関わらず、傷1つ付いていなかった。
『ウソ……こ…こんな………』
シアニーは全力全開の力を込めた一撃を繰り出しても、傷1つ付かなかった球体に愕然とする。
直後、動きの止まったエスト・アースガルトは王城を殴る為に振り回したフォルテギガンティスの腕に巻き込まれ、そのまま王城へと叩き付けられた。
『シアーーーーッッッ!!!!!!』
その光景をショウマは、何も出来ずにただ見送る事しか出来なかった。
「……そ、そんな……シア…………カティー………俺はまた……」
また大事な場面で動けなかった。
また大切に思う者を目の前で失った。
強くなったつもりだったけれど、結局、あの日から何も変わっていなかった。
変わったつもりだったけれど、結局、弱いままだった。
何も出来なかった自分を悔やんだ。
自身の非力さに悲しんだ。
再び目の前で多くの命を奪っていく悪夢獣を憎んだ。
悪夢獣の存在するこの世界を呪った。
そしてショウマはこの世界に絶望した。
* * * * * * * * * *
フォルテギガンティスは王城を破壊する為に振り上げていた拳をピタリと止めた。
フォーガン王を憎むフォルテの心から生み出されたこの悪夢獣は、ただ目の前にある王城を壊す事しか頭に無かった。
それにも関わらず、今、王城とは別の方、自身の背後へと注意が向けられていた。
もしあのまま王城に殴り掛かっていたら、背中から取って喰われてしまうような気がしたのだ。
それは獣としての野生の勘とでも言うべきものなのだろうか。
ギギギギっと首だけを反回転させて自分の背後を見る。
そこには、ただ一声上げただけで歯向かう気力を失うような自身より小さな鉄の人形しか居なかった。
つい先程まではそうだったはずだ。
けど今は違う。
確かに見た目は小さな白銀色の鉄人形でしか無い。
しかしそこから放たれている黒くて禍々しいものを直感的に危険だと感じていた。
先にこっちをなんとかしなければいけない。
もし隙など見せたら、倒されるのは自分だ。
フォルテギガンティスは全身を反転させた後、8つの脚に力を込めて、一気に飛び上がる。
着地点は白銀の鉄人形。
こんな小さな相手など全自重で踏み潰すくらい訳が無いだろう。
だが念を入れて踏み抜く動作を加える。
しかし何の手応えも感じない。
それどころかこれだけの重量物が地面に落ちたにも関わらず、轟音どころか物音一つしない。
ありえない。
有り得ない。
アリエナイ。
フォルテギガンティスはその有り得ない光景に戦慄していた。
自分より矮小なはずの存在が片手1本で脚を受け止めたのだ。
しかもあろうことか、持ち上げられて完全に空中に静止させられていた。
その上、衝撃を完全に吸収したのか、地面は陥没すらしていない。
気が付けば、そこに居た白銀の鉄人形は、いつの間にか自分の触手よりも深い闇色に染まっていた。
『GuRuAAAAaaaaaaaa!!!』
なんとか振り解こうと全身を揺らすも深闇色の鉄人形は全く揺るがない。
腕を伸ばして殴り掛かるも、もう片方の手であっさりと受け止められてしまう。
しかし両腕が塞がったのを好機と見て、フォルテギガンティスは残ったもう1本の腕を伸ばす。
だが、直後、フォルテギガンティスの世界は反転。
自身に何が起きたか理解出来ないまま、頭から地面へと叩きつけられ、自身の重さも相俟って頭部から胸にかけてひしゃげ潰れる。
フォルテギガンティスの心臓部とも言える胸の赤黒い球体にまでヒビが入る。
本来ならこれくらいでヒビが入るほど弱い強度ではない。
だがその前に向かってきた蒼白の鉄人形の一撃が思いの他、効いていたのだ。
深闇の鉄人形は己が剣を逆手に持つとヒビの入った球体に剣を突き立てる。
そして容赦する事無く何度も刺し、貫き、穿ち、抉る。
球体が粉々になり、散り散りになるまで、何度も何度も何度も何度も………。




