第60話 王国機フェアリュート
アレスは自然と笑みが零れていた。
なぜなら彼の目の前には王国最強、いや世界最強の魔動機兵があるのだから。
全体的に細めで、薄緑の鎧甲もややシャープ。
背中にはまるで羽根のような4枚の長方形の板が生え、どこかバッタのような昆虫を連想させる。
それが王国機“フェアリュート”だった。
あまりに華奢で弱そうなイメージがあるが、両肩、両肘、腰、両膝にそれぞれ小型の魔動力炉を内蔵し、その出力は正式採用機のシェイティアの10倍以上とも言われているが、あまりに高性能過ぎて扱い切れる者がおらず、その全力全開の出力は未だかつて発揮された事は無い。
そんな機体にこれから乗れるというのだ。
しかも王命なのだから、嬉しくない訳が無い。
「アレス様。遅くなりましたが、ようやく機体の微調整が終わりました。これでいつでもいけます」
王城内にある格納庫に保管されていたフェアリュート。
定期的に整備がされていたとはいえ、本格的に動かすのは久しぶりだ。
不具合が無いかのチェックは入念に行わなければならない。
その上、初めて乗るアレス用に調整もしなければならず、それらに時間を要していたのだ。
操縦席で作業を行っていた魔動技師の青年が顔を出して、アレスに報告する。
その技師はアレスより年下ではあるが、2年程前からフェアリュートの整備主任担当を任せられるほどの優秀な魔動技師であった。
「そうですか。分かりました」
胸の内を隠すように、務めて冷静な様子を装って、アレスは操縦席へと潜り込む。
「基本的には出力は30%で維持し、戦闘時でも39%までに抑えて下さい。こいつはかなりのジャジャ馬なので、40%を超えると、例えアレス様でも機体の反応速度に思考が追い付かずに、まともに操縦が出来なくなると思いますので」
どんな熟練の機兵騎士でも思考制御である以上、考えた事が魔動力を伝って魔動機兵を実際に動かすには、ほんの僅かだがタイムラグが存在する。
致命的と言えるような時間差では無いし、長年乗っていればそれが普通と感じて違和感すら覚えない程度のもの。
だがフェアリュートは伝播した思考を乗せた魔動力を各部の小型魔動力炉で増幅加速して各部位へと行き渡らせる為、タイムラグが殆ど存在しない。
つまり考えた事がほぼダイレクトで伝わり、操作に複雑な思考を要する戦闘用魔動機兵では、機体の反応速度に思考が追い付かずに上手く動かせなくなるのだ。
もしフェアリュートの性能を最大限に発揮させたいならば、常に10手くらい先を読み続けるか、多くの事柄を同時に考え続けなければ無理というもの。
そんな事が出来る人間など、そうそう居ないだろう。
ただ出力を30%台にまで落とす事で、一般的な魔動機兵並みの反応速度になって、操作が可能となるのである。
とはいえ、その30%程度でも、一般的な魔動機兵に比べても桁違いの出力を誇るのだ。
「それとアレス様。騎士団からの伝令が参りました。それによると王城の北側近くにアルザイル皇帝フォルテを自称する者が乗る30m級の超巨大魔動機兵が現れたとの事。アレス様にはそれを迎え撃って欲しいとの事です」
「そうか、了解した」
「それではご武運を」
操縦席のハッチが閉じられ、そこはアレス1人の空間となる。
次の瞬間、アレスの口から、これまで押し殺していた笑い声が漏れ出す。
「くくくっ、最強の機体と最大の敵。まさかここまで舞台が整うとは思いもしなかった。だがこの日を以って、私はほぼ全てを手中に収める事が出来る」
フェアリュートを駆り、超巨大魔動機兵と皇帝フォルテを葬り、この王都を救う。
そうすればアレスは英雄、いや新たな救世の騎士と崇められる事となるだろう。
そしてゆくゆくは…………。
だがアレスはそこで一旦、夢想を止める。
そこから先を考えるのは、目の前の敵を倒してからだ。
『アレス=オーレリア=ド=フォーガン。王国機フェアリュート。出るぞ』
低めの出力で1歩を踏み出す。
「ほう、これはこれは」
微調整を施したとはいえ、完全に彼専用に調整した訳ではない。
にも関わらず、まるで自分の手足のように軽く、スムーズに動く。
2歩目を踏み出し、3歩目には既に走り出して、格納庫を抜け出る。
4枚の羽根が風を受けて自動的に展開。
飛び上がると下からの風を羽根が受け止め、ふわりと更に上昇。
王城を囲う50mはあるであろう城壁を軽々と飛び越えていく。
城壁を越えると、遠くに一際巨大な魔動機兵“フォルテギガンティス”の異様な姿が捉えられる。
フェアリュートの高い性能に感動するより先にその異常とも言える魔動機兵に戦慄を覚える。
だがそれと同時に嬉しさも込み上げて来る。
「確かに巨大だが、このフェアリュートにかかれば」
フェアリュートの高い性能にアレスは既に酔いしれていた。
ゆっくりと上昇していくフェアリュートの中で、アレスは戦況を確認する。
巨体の前に、偶然居合わせた騎士か傭兵かは分からないが、4機の魔動機兵が立ち向かっていた。
よくよく見ればフォルテギガンティスの背後には多くの魔動機兵が無残な姿を晒している。
恐らくはあの4機が最後の砦となって王城に近付かせないように踏ん張っていたのだろう。
「これはこれは。私の為に頑張ってくれていたとは中々殊勝な奴らだな。それにかなりの箔の付きそうな相手で喜ばしい事だ」
アレスは薄く笑みを浮かべた後、フェアリュートを一気に加速させる。
フェアリュートには予め、魔動陣が組み込まれている。
背部の羽根に組み込まれているのは風の魔動陣であり、各部の小型魔動力炉が増幅してくれるおかげで、属性適正が無くても発動出来る代物だった。
適正を持つ者が使用すれば更なる威力を発揮するのだろうが、生憎とアレスの属性とは異なる為、その恩恵は受けられない。
だが、それでもその推進力は凄まじく、どんどんとフォルテギガンティスに迫っていく。
近付くにつれて、アレスは違和感を感じていく。
フォルテギガンティスの背後には多くの魔動機兵の残骸が転がっている。
その内の1機が王国騎士団の乗るシェイティアであった事から、その強さが並みの魔動機兵では敵わない程のものだというのが分かる。
善戦している4機もアレスが到着する頃には、全滅か、あるいは半減くらいはしているだろうと踏んでいた。
だがその予想は外れ、その4機は逆にフォルテギガンティスを追い詰めているように見えた。
更に近付くと4機の内の1機が、アレスの知る人物のものである事を知る。
「チッ、あの女め。譲歩案なんていう猶予を与えるべきでは無かったか」
フォルテギガンティスの周囲を跳ぶ蒼白の魔動機兵を、そこに乗っている婚約者であるシアニーを睨み付ける。
彼から申し出た婚約話だが、別にアレスは彼女の事を好きな訳ではない。
確かにあの容姿と体付きだけは楽しめるだろうが、ガサツで男勝りなあの性格には好意どころか、逆に嫌悪するくらいであった。
それなら何故アレスはシアニーとの婚約を交わしたのか。
それは本人以外誰も知らず、アレス自身も語らない為、全くの不明であった。
婚約の経緯はともかくとして、アレスはシアニーの事を嫌っていた。
そして今、彼の華々しい活躍の場を奪おうとしている。
「この国を救う新たな救世の騎士はこの私でなくてはならないのだ!」
完全に動きを止めたフォルテギガンティスの頭上から白銀の魔動機兵が見た事が無いような肉厚の剣を振り下ろす場所へ、アレスはフェアリュートを突進させた。
* * * * * * * * * *
全員からの支援を受けて、シルブレイドがフォルテギガンティスに向けて、必殺の一撃を振り下ろす。
僅かな手応えと共に剣を振り下ろし、片膝を着いた状態で地面に降り立つ。
一瞬の静寂後、フシューと各部から白い蒸気が立ち昇り、続いて風斬り音と共に宙を舞っていた剣が地面に突き刺さる。
その剣はブレイドソー。
フォルテギガンティスを斬り裂く直前に横から何者かによって弾かれてしまったものだった。
『誰だ!邪魔しやがったのは!!』
『邪魔とは心外だね。私は君を助けたのだよ。逆に感謝して貰いたいくらいなんだがね』
声のした方を振り向けば、フォルテギガンティスの胸の前辺りに昆虫を思わせるフォルムの薄緑色の魔動機兵“フェアリュート”が浮いていた。
エスト・アースガルトのように何かを足場にして跳んでいる訳では無く、完全に浮遊している。
恐らくは風の魔動器を使っているのだろうが、レリアの全力で僅かに浮かせる事が出来る程度だった事を考えると、魔動機兵を完全に浮遊させる程に強力な魔動力を持っているのは確かだった。
『何を言ってやが――』
『まぁ、お喋りはこっちを終わらせてからゆっくりとしようじゃないか』
ショウマの言葉を遮り、フェアリュートが右掌を掲げる。
すると掌の前に炎が生み出され、凝縮され、1本の槍へと姿を変える。
炎の槍を軽くフォルテギガンティスに放つ。
その胸部に触れた瞬間、太陽の如き光が世界を覆い、ショウマ達はその眩しさに思わず目を瞑る。
光が収まり、未だチカチカとする目を無理矢理開けて、光の中心点だった場所を見ると、そこには胸元にぽっかりと穴のあいたフォルテギガンティスが佇んでいた。
穴の周囲の鎧甲は熱で溶かされており、余熱で未だに赤くなっている。
『ふむ。確かにどこかの婚約者のようにジャジャ馬だな。制御しきれなかったか。まぁ、最底辺のゴミを焼却出来たとでも思っておこう』
その言葉にショウマ達は愕然とする。
フォルテギガンティスに空いた穴の向こう側には、人の住む街並みが広がっている……いや、いた。
そこはまるで溶岩が通り過ぎたかのようにあらゆるものがドロドロに溶け、あちこちで火の手が上がっている。
その多くはスラム街だが、だからといって死んでもいいような人間ばかりが集まっていた訳ではない。
本来ならばフォルテギガンティスのみを打ち貫くつもりで放ったものだった。
だが、アレスは自身の力ならば、制御出来るという自信があった為、出力を40%以上に上げたのだ。
その結果、過度に増幅された炎の魔動力は制御を失い、街の北側を焼き尽くす一撃を生み出してしまったのだ。
アレスはその力に魅入られた。
そして彼の野心は次のステップへと時計の針を進める事となった。
『アレス=オーレリア!!あんた、それでもこの国を守る騎士なのっ!!この国の王族なのっ!!!』
そんなアレスにシアニーは怒鳴る。
彼女は最強の魔動機兵の力に慄く以上の怒りを感じていた。
圧倒的な力で相手を制し、民を民とも思わぬ言動。
これではテロリストと同じではないか。
『こいつを野放しにしていては被害は増える一方だっただろう。恐らく王城にまで迫り、破壊された事だろう。それをこの王国騎士団団長、アレス=オーレリア=ド=フォーガンと王国機フェアリュートが最小の犠牲で止めたのだ。称えられる事はあっても非難される筋合いはあるまい』
まるでこの王都全てに伝えるかのように雄弁に、そして大仰に語るアレス。
だがそんなものは詭弁だ。
アレスが来なくとも、先程のシルブレイドの一撃で終わっていたはずなのだ。
被害の程度で言えば、今より少なかったのは確実だ。
だが実際に止めを刺したのはフェアリュートなのも確かであり、継承権上位であるアレスがそう報告すれば、それが正しいものとなるのだろう。
『あんたってやっぱり最低ね!最後の最後にやってきて手柄だけ掠め取っていくなんて!!大体、こいつが脚を斬って足止めしてなかったら――』
シアニーが最後まで言い終える前にシルブレイドに乗るショウマが手でそれを制する。
『ちょっと!止める気!?』
『そうじゃねぇ!いや、そうなんだけど、そうじゃねぇんだ。シアは感じないか?なんかおかしい感じがしないか?』
正直に言って、ショウマ自身も自分が何を伝えたいのか分かっていない。
だがこの背筋を走る悪寒には覚えがあった。
そしてそれはショウマだけでは無い。
アーシェライトも、そしてショウマに言われて辺りの気配を探ったシアニーも、同じような悪寒を感じていた。
『チィッ!全員退がれっ!!!』
その正体に逸早く気が付いたショウマが声を上げるのと、黒い鞭のようなものがフェアリュートを横合いから叩き付けたのは同時だった。
飛行させる為に重量を軽くし、しかも浮遊状態で踏ん張りの利かなかったフェアリュートが吹き飛ばされ、王城の周囲を覆う城壁に叩き付けられる。
『くそっ、やっぱり邪法……悪夢獣化かよ。しかもこのサイズでとか最悪だろ…………』
黒い鞭のようなものの正体はフォルテギガンティスの腕。
ただし、肘と手首の関節からは漆黒色の触手が伸び、その長さを倍近くにしている。
脚部を見れば、斬り落とした脚の部分から黒い触手が伸び、新たな脚となり、傾いていた全身を立ち上がらせる。
フェアリュートの灼熱の槍で貫かれた胸部には不気味な赤黒い肉片のようなもので埋められていき、まるで生き物の心臓のように脈動する。
顔を覆っていたフェイスガードは砕け、奥からは無数の牙が並んだ獣の口が姿を現す。
それはこの王都を、いやこの世界を滅ぼしかねない悪魔の誕生の瞬間だった。




