第59話 魔動学園生、集結
空からはらはらと白いものが降って来る。
それは既に夏に入ったも過言ではないこの時期に自然に降るのは有り得ないもの。
“雪”
陽光を反射してキラキラと輝く様子は、まるで夢のようで幻想的だ。
季節外れの降雪に驚く中、ショウマは笑みを浮かべて、雪の降る先に視線を向ける。
『どうやら夕餐会のメインディッシュには間に合ったようだな』
『私はそんなに食い意地は張って無いわよ!どうせなら舞踏会とでも言って欲しいものねっ!』
空から舞い降りたのは、女性の姿を模したような蒼白の魔動機兵。
ショウマの初めて見る魔動機兵だが、その手に持った特長のある刺突剣とその声から誰の乗機かはすぐに分かる。
それ以前にここまで氷雪の扱いに長けた者は1人しか知らない。
『どちらかというとシアには舞踏じゃなくて武闘の方がお似合いだろ?』
『相変わらず失礼な奴ね!でも確かに今はその通りかもね!』
ほんの些細な軽口の遣り取り。
ただそれだけで、シアニーの中に渦巻いていた怒りと悲しみの感情が少し和らぎ、顔には笑みが浮かぶ。
『そいつがシアの魔動機兵か』
『ええ、エスト・アースガルトよ。可愛いでしょ?』
『はい、可愛いです!すっごくカッコ可愛いですよ!シアニーさん!!』
答えたのはアーシェライト。
見るまでも無く、目をキラキラとさせている事だろう。
ショウマとしても向こうの世界で女性型ロボットというものをいくつも見ているが、流石に魔動機兵を“可愛い”と思う感覚には共感出来ない。
『それにしても派手な登場の仕方だったな。っていうか、空を飛ぶ魔動機兵って、存在したんだな』
『正確には空気を凍らせて、それを足場に跳ねてるだけなんだけどね。エスト・アースガルトの軽量さと魔動器の力の強化があって、初めて出来るのよ』
それに加えて、的確に指定した位置を凍らせる繊細な技術と素早い判断力、そして氷が砕ける前に跳び上がる速さと瞬発力が無ければいけない。
シアニーは軽く言ってのけているが、そう簡単に出来る芸当では無い。
『機兵に乗らないと出来ないのか。生身だと……ああ、デカ尻とデカ乳のせいでおも――』
『重くないからっ!!このバカショウマ!!!』
『……ショウマさん……いつもの事ですけど…デリカシーなさ過ぎです………』
女性陣からの非難にたじろぐショウマ。
敵を目の前に緊張感の欠片も感じない。
『え、あ、いや……ってか、あっ、ほら、そろそろ無駄話は終わりだぞ!』
見れば、フォルテギガンティスは他の魔動機兵を蹴散らし、すぐそこまで迫っている。
自分の不利を悟ったショウマは、目の前の状況を思い出し、無理矢理緊張感を引き戻す。
『あれにこのテロの首謀者が乗っているのね……』
先程までとは打って変わって低い声を出し、シアニーはフォルテギガンティスを睨み付ける。
ショウマと会う事で和らいだ悲しみと怒りが再び沸々と沸き上がっていく。
だが怒りに任せて突撃したりはしない。
そんな短絡的では父の遺志を継ぎ、父を越えるなんて不可能だから。
『……ショウマ。何か作戦があるんでしょ?あいつに勝つ為の秘策が』
『あるにはある。けどその為にはあのデカブツの動きを止めた上で、攻撃の全てを引き付けて貰う必要がある』
そんな会話をしている間にもフォルテギガンティスは歩を進め、遂にシルブレイドとエスト・アースガルトを射程に捉えたのか、錫杖が振り上げられる。
『私を誰だと思ってるのよ!私はシアニー=アメイト=ラ=フォーガン。末席とはいえフォーガン王家の血を引く王族にして、騎士の血を受け継ぐアメイト家の人間よ!王家の誇りと騎士の誇りに懸けて、あんたの要望に何であろうとも答えてあげるわっ!!』
振り下ろされた錫杖を左右に分かれて避けつつ、エスト・アースガルトが跳ぶ。
高速で空中に氷の床を生み出して、一気にフォルテギガンティスの頭上高くまで空を駆け昇る。
氷の粉は陽光を反射しキラキラと輝き、舞うように飛び上がったエスト・アースガルトを照らし出す。
その姿はまるで舞台の上でダンスを披露する踊り子のよう。
打ち払おうと振ったフォルテギガンティスの左腕を、上半身を逸らしてバク転しながら避け、時間差で襲い掛かる肩楯をその場で軽く跳躍する事で飛び越える。
上空に氷の足場を作りつつ、その場でくるりと反回転し上下逆様になると、足場を蹴って、真っ逆様にフォルテギガンティスへと突撃する。
『シアニーさん!肩を!!』
ショウマが脚元に駆け寄っている最中、上空の状況を見ていたアーシェライトが、短くアドバイス。
意図を汲み取ったシアニーは、右肩の付け根に向けて氷を纏った刺突剣を繰り出す。
しかし氷刃が届く直前に、右肩の楯が回転してその一撃を受け止める。
『まだ浅い!もっと深く!もっと速く!!もっと鋭く!!!』
氷の足場を蹴り踏み、再び上へ。
そして右へ左へ、上へ下へ。
無数に作り出した足場を駆け、まるで空を飛んでいるかのようにフォルテギガンティスの周囲を跳び回る。
『ええ~い、煩いカトンボめぃ!!』
目の前を跳び回るエスト・アースガルトが相当邪魔に感じたのだろう。
フォルテギガンティスは両腕を使って、追い掛け始める。
「ナイスだ、シア。シェラ!フルパワーで行くぞ!!」
「はい!冷却も終了していますから、出力制限も解除されています」
エスト・アースガルトに注意が向いたおかげで、フォルテギガンティスの脚が止まる。
その隙にシルブレイドは一気に脚元へと辿り着くと、ブレイドソーを掲げる。
鋸刃が唸りを上げて高速回転し、4本ある右脚の内、後ろから2番目の膝の関節部分へと刃を振り下ろす。
前脚の2本しか自由に動かせないだろうという事。
脚を1、2本切断すれば、自重で動けなくなるだろうという事。
上からの攻撃はシアニーが全てなんとかするだろうという事。
全て推測と人任せだが、それらを信じ、ショウマはフォルテギガンティスの脚を切り落とす事にのみ専念する。
金属が擦れ合う甲高い不快音が響き渡る。
『ショウマ!』
「ショウマさん!」
関節に4分の1程度切り込みを入れた所で、少女2人からの警告。
理由を聞くまでも無く、すぐにその場を離れようとするが、ブレイドソーが思った以上に食い込んでいて、外すのに僅かに手間取る。
だがその僅かな時間が致命的だった。
回避行動を始めた時には既に錫杖の先は目と鼻の先。
あんなものに押し潰されればひとたまりもないだろう。
せめてアーシェライトだけでも助からせようと上半身を逸らせる。
直後、シルブレイドを掠めるように炎の塊が通り過ぎ、錫杖の先端に直撃。
爆発によって錫杖は僅かに軌道を逸らし、シルブレイドの目前を通り過ぎる。
しかもあれだけの質量の軌道を逸らす程の爆発にも関わらず、まるで爆炎がシルブレイドを避けるように、一切、その余波は届く事は無かった。
その隙にシルブレイドは間合いを離す。
『なんとか間に合ったようで良かった』
その声に振り返れば、そこには腕や肩、脹脛に放熱板のようなものがいくつもついた緑色の魔動機兵が居た。
初めて見る魔動機兵だが、その声はショウマ達の知るもの。
『爆発を防いでくれたのはレリアだったのか』
爆発の瞬間、レリアの魔動機兵“ウィンザリア”が直撃しないように風の流れを操作したのだ。
どうやら戦況が落ち着いてきて、宿に魔動器を取りに行けたようだ。
そしてウィンザリアが風を操作してシルブレイドを爆発から護らなければならなかった大本である火炎弾を生み出したのは…………
『ふん。僕のライバルがこの程度の奴に潰されては困る。貴様はこの僕が倒すんだからな!』
ウィンザリアの隣に居たのは、漆黒の機体。
その姿は今日初めて見たものだが、嫌になる程、何度も目にした機体。
このテロが起こる直前まで、ショウマとシルブレイドが激闘を繰り広げていた相手、レグラスとブラックサイズだった。
『決着を着けようと追って来た……って訳では無さそうだな』
闘技場の時のようなショウマに対する過剰なまでの憎しみや恨みといったものは、今のレグラスからは感じられない。
『今日の所は貴様に勝ちを譲ってやる事にした。だが貴様を倒すのはこの僕なのだから、それまで他の奴に負けて貰っては困るな』
ソディアスに一体どんな諭され方をしたのかは分からないが、どうやら憎しみは
消え去っているようだ。
まるで別人のように変わっていて気味が悪く感じるが、心強い味方なのは間違い無い。
『OK。そんじゃ、いっちょ共闘といくかっ!』
『フン。不本意だがな』
不本意と言いつつも、レグラスが嫌がっている訳ではないというのは、なんとなく空気で分かった。
だから安心して背中は任せられる。
『援護は頼んだぜ!』
援軍の2人にそれだけを言った後、ショウマはエスト・アースガルトが周囲を駆け廻って注意を引き付けているフォルテギガンティスの脚に向けて再度、仕掛ける。
レリアのウィンザリアが風を巻き起こし、シルブレイドとエスト・アースガルトの動きを支援し、レグラスのブラックサイズが無数の火球をフォルテギガンティスに放ち、爆発させ、動きを鈍らせて視界を遮る。
示し合わせたわけでも、細かく作戦を指示したわけでも無い。
だがこの間の対抗戦で全員が全員、それぞれの戦い方を理解し、誰がどう動き、自分がどう動けば効果的で効率的か。
それらを個人個人で考えながら行動した結果、自然で絶妙なコンビネーションを生み出していたのだ。
エスト・アースガルトがフォルテギガンティスの目の前を横切った直後、同じ場所を火炎の華が弾けて爆煙を巻き散らす。
周囲を覆う煙が渦を巻いて霧散して視界が開けたかと思うと、その向こうからエスト・アースガルトが突き出した氷槍が襲い掛かる。
腕の鎧甲に突き刺さるが、フレームに到達する前に腕を振るって引き剥がす。
『ええい、忌々しいわ!』
振り落としたエスト・アースガルトに向けて錫杖を振るおうとするが、振り下ろす直前に、見えない何かに絡め取られたように腕の動きが鈍り、そこにブラックサイズの放った火球が飛来して、完全に動きを止められる。
その間にエスト・アースガルトは体勢を立て直し、再び、空を駆け上がっていく。
手を伸ばしてエスト・アースガルトを掴もうとするが、ウィンザリアの放った竜巻によって手の動きは緩慢になり、逆にエスト・アースガルトは上昇気流に乗って、加速しながら上空へと舞い上がる。
そして落下しながら、執拗に右肩の関節部に攻撃を集中する。
だが重装甲のフォルテギガンティスには、大したダメージとはなっていない。
操縦席のフォルテは余裕の笑みさえ浮かべていた。
しかしそんな遣り取りを数度繰り返した頃、ガクンとフォルテギガンティスの身体が右へと傾く。
『な、何事だ!?』
フォルテが慌てて、機体状況を確認すると、4本ある右脚の1本が切断され破壊されている事を知る。
視線を脚元に向ければ、そこにはシルブレイドの姿があった。
『やっぱり1本じゃ、まだ倒れねぇか』
シルブレイドは今切り離した脚の1つ前の脚に斬り掛かる。
『ええい!そう簡単にはやらせんぞ!!』
フォルテギガンティスが地団太を踏むように脚を動かし、堪らずシルブレイドは下がる。
だが脚元に注意が向けられた隙を他の3人が逃す筈が無い。
ブラックサイズの背部から伸びた8匹の炎蛇から一斉に吐き出された炎がフォルテギガンティスの錫杖を持つ右手を激しく覆って熱する。
炎が消え去った直後に今度はエスト・アースガルトが、右手周辺を冷気で包み、急激に冷やす。
そして各部の放熱板のような形噴射口から暴風を吐き出して一気に詰め寄ったウィンザリアが、腕の甲から伸びた刃でフォルテギガンティスの右手を連続で斬り付ける。
急激な温度変化によって脆くなった右手の親指はその一撃で歪み、人差し指が半ばから千切れ、中指がへし折られる。
5本の内3本の指が破壊され、支える事の出来なくなった錫杖が轟音を立てて地面へと落下する。
脚だけでなく右手まで破壊されて動揺するフォルテの隙を突いて、三度シルブレイドが脚の切断を開始する。
そして2本目の脚を切断した直後、フォルテギガンティスは完全にバランスを右側に崩し、錫杖を落した時よりも遥かに巨大な轟音を上げて、地面に崩れ落ちる。
『おのれぇ~、貴様ら如きにこのフォルテギガンティスがっ!余が負けるはずは無いのだぁ~!!!』
怒り狂うフォルテにレグラスは冷ややかに言う。
『フン。巨大だからといって、それが強さに直結はしないのだよ』
それは彼がソディアスに言われた言葉。
確かに巨大な方が派手で見た目のインパクトもあるし、強そうに見える。
だが中身の詰まっていないハリボテでは意味が無い。
要は密度なのだ。
そしてそれはレグラスとショウマにも当て嵌まる。
見栄を張り、強さをひけらかして他者を見下していたレグラスと、自身の強さに驕らず、更なる高みを目指して、芯がぶれる事の無いショウマ。
たかが成り上がり貴族の、無駄に高いプライドというハリボテを守る為だけに戦っていたレグラスは、ソディアスの言葉で自分がどれ程、愚かな事をしていたのか思い知らされたのだ。
そしてショウマのような人間になりたい、ショウマを越えるような人間になりたいと思うに至ったのだ。
『そうね。それに例えどんなに強い魔動機兵に乗っていても、操縦者が素人じゃねぇ』
シアニーがそれに続く。
その言葉も彼女が今日実感したものだ。
一瞬とはいえ、王国最強の魔動機兵であるフェアリュートをシアニーは望んだ。
そして、もしそれに乗れていたなら、父親を助けられたかもしれないという思いも確かにあった。
だけど今、フォルテギガンティスとの戦いの中、それが誤りであると気が付いた。
確かに強力な魔動機兵があれば、戦いは楽になるだろうし、ただの1機で戦局をひっくり返す事も出来るだろう。
しかし慣れ親しんだ愛機とその性能を限界まで引き出すだけの技量、そして共に戦う仲間が居れば、どんな強力な相手にも立ち向かい、倒す事が出来る。
父であるミルフォードが魔動機兵無しで敵機を引き付け、足止め出来たのは彼の技量が高かったからだ。
つまりは機体の性能差など、操縦者の技量が高ければ、そこまで気にする程のものでは無かったのだ。
『10年も前の事をいつまでも引き摺っている時点で、あなたに勝利はありえないんだ!』
レリアが叫ぶ。
彼女が好きになったショウマはいつも前向きで、思いもよらない事を考える人物だった。
対抗戦の時は敗北濃厚な状況下から勝利を導く作戦を考え出し、闘機大会中には強敵を相手に普通では考えられない方法を編み出して勝利した。
そして今も圧倒的な存在であるフォルテギガンティスを倒す方法をこの場で考え出し、実行した。
いつも前向きで、どんな苦難でも打開策を考え、なんとかして見せる。
レリアはそんな彼にどんどん惹かれていった。
ショウマの笑顔を見るだけで嬉しくなり、ショウマの声を聞くだけで頬が熱くなり、そして将来の事を夢想しただけで惚けてしまう。
未来を夢見る少女に、過去の栄光に縋るしかない老害が勝てる訳が無いのだ。
『戦争を知らぬ小童が!好き放題言いよってぇーー!!!』
『戦争なんて知らねぇよ!!っていうかそんなもん知らねぇ方が、幸せに決まってんだろうがぁっ!!!!』
脚を切り取られ動けなくなったフォルテギガンティスに向けて、炎と氷と風による波状攻撃が仕掛けられる。
両肩の楯と持ち前の厚い鎧甲でなんとか防ぎ切るが、時間差で上空より迫るシルブレイドにだけは反応が遅れる。
なんとか指の破壊された右腕を振るう。
『シアッ!!レリアッ!!!』
その一言だけでショウマが何を望んでいるか理解したシアニーは、シルブレイドの少し上空に氷の足場を生み出し、同時にレリアがシルブレイドを包むように上昇気流を生み出す。
気流によって僅かに浮き上がり、振るわれた腕をやり過ごすと、シルブレイドは反転して氷の足場を蹴り、再加速する。
『レグラスッ!シェラッ!!』
レグラスの放った火球がフォルテギガンティスの目前で破裂して視界を塞ぎ、ほぼ同時にアーシェライトがシルブレイドのオーバーブーストを発動。
背部の噴出口から更なる爆風が吹き荒れ、これまでに無い速度で一気にフォルテギガンティスへと迫る。
僅かにブレイドソーが唸りを上げた次の瞬間には、シルブレイドは剣を振り下ろした格好のまま、地面へと降り立っていた。




