第57話 死を乗り越えたその先に
王都西側地区。
この周辺は貴族の屋敷や豪商の館などが中心の高級街。
道幅は広いが、平民はあまり近寄らない地区であり、屋台で出されるものを食べるような人間は殆どおらず、またそんな所で安物を買うような人間も殆ど居ない。
それ故に主だった屋台は出店せず、それに伴い当然、人も疎ら。
おかげで屋根の上を飛び跳ねていく必要も無く、舗装された街路を今出せる最速で、シルブレイドは駆け抜けていた。
貴族が多く、人質とされる場合がある事を懸念してか、既に王国騎士団の魔動機兵“シェイティア”1機が、イルディンギアドライと戦闘状態に入っていた。
ショウマは一瞬、そこに加勢しようかと思ったが、王国騎士団員の方が優勢なようだったので、その場を任せて、他の敵機の所に向かう事にした。
敵はどれだけいるのか未だ判明していないのだ。
もし加勢に入っている間に他の所で別の敵が暴れ出したら、そこに駆けつけるまでに相当な被害を被る事になるだろう。
その判断が正しかった事はすぐに証明される。
更に西へ行った所で、今正に貴族の屋敷を破壊しようとハンマーを振り上げているイルディンギアドライを発見する。
「建物内に熱源反応!」
アーシェライトの報告にショウマは小さく舌打ちする。
立て篭もっている所を発見されたのか、敵に見つかって屋敷に逃げ込んだのか。
いずれにせよ、建物内に居る人が危険に晒されているのは変わりない。
「シェラ!このまま突っ込むぞ!」
「相手にタックルするのなら左肩で!そこが一番被ダメージが少なくて済みます」
「了解」
常に機体チェックをしているアーシェライトの忠言通りに、ハンマーを振り下ろそうとしていたイルディンギアドライの横っ腹に速度を緩めることなく左肩でショルダータックルをぶちかます。
互いの鎧甲がひしゃげる音がするが、アーシェライトの言葉を信じ、そのまま押し切る。
押し込んだ事で体勢の崩れた2機は倒れ、そのまま地面を削るように滑っていく。
建物にぶつかってようやく2機が止まる。
ショウマはすぐにシルブレイドのダメージ状況を確認する。
「肩部鎧甲は壊れましたが、フレームに問題はありません」
報告通り、肩へのダメージは殆ど無く、動かすのに全く支障は無い。
しかも敵機を下敷きにしたおかげで、地面を滑ったダメージも全く無い。
対してイルディンギアドライの方はたった1発でかなりのダメージを受けていた。
操縦席下部は最初のタックルで潰れ、地面と削れたせいで両肩の楯ははずれ、止めとばかりにシルブレイドに馬乗りになられている。
不意打ちに近い状況だったので防御姿勢を取れなかったのが、決定的と言えるだろう。
『ま、待ってくれ!こ、殺さないでくれ!!』
『命乞いなんて今更だな。お前らに慈悲なんて勿体無い』
救命を請うテロリストにショウマは冷たく言い放ち、逆手に持ったブレイドソーで、躊躇する事無く、その胸元を貫く。
「ショ、ショウマさん?!」
まるで躊躇う事無くショウマが胸部の操縦席を貫いた事、つまりは人間を殺した事にアーシェライトの方が戸惑いの表情を見せる。
この世界に来る前のショウマの居た世界、いやショウマの住んでいた現代日本という所は、世界的に見ても稀に見る平和な国だ。
全く殺人等の犯罪が無い訳ではないが、1人の人間がそれに遭遇する確率は低く、1度も関わらずに一生を終える者も居る事だろう。
ましてやショウマは中学に上がる前にこの世界に来ている。
余程の事が無い限り、殺したり殺されたりという経験は無いだろう。
だから彼が人を殺す事に慣れているとは思えなかった。
操縦者の姿が見えないから出来る事と言えなくもないが、それにした所で、少しは逡巡するものである。
しかし彼にはそれすら無かった。
確かにこんな混乱した状況では捕まえた所で、衛兵にすぐに引き渡せる訳ではないし、放っておいて逃げられでもしたら再びテロを起こす可能性がある。
しかも敵がどれだけいるか分からないのだから、迅速に対応するのなら、相手の命を奪う事がベストと言えなくも無い。
しかも罪の無い多くの人を殺めているテロリストなのだから、殺されても文句は言えないだろう。
だが、だからと言ってそう簡単に実行出来るものだろうか。
ふとそこでアーシェライトは思い出す。
それはほんの少し前のクアクーヤとの戦いの時の事だ。
あの時は必死だったし、あまり思い出したくも無い記憶だったので考えないようにしていた出来事だが、悪夢獣化したクアクーヤを殺した時もショウマは躊躇する事無く、心臓を貫いていた。
姿が変わってしまって見た目は化物にしか見えなくなってはいたが、元は人間である。
それに更に遡れば、悪夢獣化する前の段階でも、クアクーヤを容赦無く斬りつけていた。
あの時、止めを刺さなかったのは、例え相手が犯罪者でも正騎士でも無い者には、その場での生殺与奪権が無かったからという理由に過ぎない。
つまりショウマはあの段階で、いやそれよりもかなり以前から人を殺す事に罪悪感を感じていなかった事になる。
だが、だからと言って人の生き死にに無頓着かと言えばそうでは無い。
アーシェライトは話に聞いただけなのだが、悪夢獣化しかけたザンスを必死に助けようとしていたという事実もある。
ショウマの過去に何があったのか。
本人が何も語らない為、知る由も無いが、アーシェライトには、ショウマが人を殺すのに無理矢理感情を殺しているように見えていた。
このままではいつかショウマの心が壊れてしまうのではないかと心配になる。
そして同時にそんなショウマを守り、支えたいと強く思うのだった。
* * * * * * * * * *
氷の土台を足場に空を駆けるエスト・アースガルトに乗るシアニーは、奇妙な行動をしているテロリストの機体を見つけた。
建物の屋根の上に上り、まるで畑を耕しているか、地均しをしているかのように、両手で掲げたハンマーを屋根目掛けて振り下ろしているのだ。
建物の破壊工作をしているのかと最初は思ったが、屋根が崩れる前に別の場所を叩き続けているのだ。
何をしているのかは不明だが、敵である事に変わりは無い。
シアニーは一直線にその敵機へと向かう。
そして更に近付いた所で、そこで何が行われているかを知る。
「そ、そんな…………」
そこには剣を構えた1人の騎士がイルディンギアドライを相手に立ち向かっていたからだ。
しかもその姿には彼女は見覚えがあった。
シアニーは愕然とするが、それも一瞬。
更に加速してその場へと急行する。
イルディンギアドライが騎士へと振り下ろしたハンマーとの間に割って入り、剣に纏わせた氷で滑らせるようにいなして軌道を逸らす。
「……さて…私の役目は…これで終わりのようだな………」
エスト・アースガルトの後ろ姿を見た騎士の男・ミルフォードは安心したような笑みを浮かべ、肩の力を抜くと、ゆっくりとその場に倒れ込む。
彼の姿は立っていたのも奇跡としか言えないような酷い状態であった。
全身は血に塗れ、右足は膝から下が有り得ない方向に捻じれ、左足には瓦礫の破片が突き刺さり、左腕は半ばから千切れている。
無事と言えるのは、剣を持った右手だけ。
このまま目を瞑って休みたいと身体が訴え掛けるが、それに身を任せてしまったが最後。おそらく一生目覚める事は出来なくなるだろう。
だからミルフォードはそれを気合で跳ね除け、しっかりと目を見開き、エスト・アースガルトの姿を見逃すまいと凝視する。
恐らくこれが愛娘の勇姿を見る最後の機会であろうから。
『お父様。少しだけ待っていて下さい。すぐに終わらせますから』
シアニーは焦る気持ちを抑えながら、イルディンギアドライの動きを観察する。
父を早く病院に連れて行かなければいけないのだが、そのせいで決着を急げば、威力を高める為に剣の振りは大きくなり、それに伴って隙も大きくなってしまう。
そして牽制やフェイントもあまり組み込まない単調な動きとなってしまう。
その結果、戦いは長引き、場合によっては倒されてしまう事も考えられる。
感情のままに動く事は時に実力以上の力を発揮するので、悪い事とは一概に言えない。
だが、何も考えないのは、愚の骨頂。
自分が直情的な人間だという事は理解しているし、身体が勝手に動き出す事も良くある。
だからと言って、考える事を止めてはダメなのだ。
怒りや悲しみといった感情を持ちつつも、冷静且つ客観的な視線で最善策を考え続ける。
シアニーはその事をショウマから学んだ。
だからこそ感情に流されずに、相手の動きを見極め、どの方法が最速で打ち倒せるかを考え続ける。
イルディンギアドライが脚に力込める。
ほんの微かな動きにシアニーは気付き、そして相手が動き出すより一瞬早く、エスト・アースガルトは動き始め、一気に自身の間合いへと詰め寄る。
大振りなハンマーでは太刀打ち出来ないと察したイルディンギアドライは、左楯内蔵の剣を抜き取ろうと、右手を楯の裏へと伸ばす。
ほんの僅かな瞬間、イルディンギアドライの両の手が楯の後ろへと隠れる。
それは隙とも言えないものであったが、彼女にとっては絶好のチャンスだった。
『そこっ!』
突き出した刺突剣の切っ先が相手の右肘の関節を貫く。
更に右脚を1歩だけ下がるのに合わせて剣を引き抜き、続けて左膝関節を貫く。
しかし完全に肘の関節を壊し切れなかったのか、イルディンギアドライは右手で掴んだ剣を強引に引き抜き、エスト・アースガルトを薙ぐ。
だがそんな動きの鈍ったヤケクソ気味の攻撃など掠りもしない。
エスト・アースガルトは少しだけ間合いを離して剣を構える。
イルディンギアドライも右腕ではまともに剣を振れないと分かったのか、左手に持ち替え、再び対峙する。
今度はエスト・アースガルトが先に仕掛ける。
刺突剣を薙ぐように振るって刺突の構えと共に突撃する。
突撃に合わせるかのように剣身に冷気が集まり、氷柱状の槍へと姿を変える。
それを迎え撃つイルディンギアドライは右肩の楯を前面に押し出し半身になり、剣を持つ左手に力を込める。
完全なカウンター狙いに対し、エスト・アースガルトは躊躇する事無く、氷の槍を突き出す。
楯に槍先が触れた瞬間、イルディンギアドライが身体を捻り、左脚を踏み込んで剣を突き出す。
が、踏み出したはずの左脚に力は入らず、膝が砕けて前のめりに倒れていく。
砕けた膝の断面からはキラキラと氷の結晶が舞っている。
『残念だけど、仕込みは終わっていたのよ』
膝を突き刺した時点で氷の結晶をその場に留め、楯に触れた瞬間にその結晶に干渉して一瞬で凍らせる。
そんな状態で踏み込めば、当然、凍結した膝は自重を支え切れずに砕ける。
全てはシアニーが思い描いた通り。
『お父様を苦しめた罪を死を以って償いなさい!!』
片足失い、倒れたイルディンギアドライの背中は氷の槍で無慈悲に貫かれた。
戦いを終えたシアニーはここがまだ戦場であるにも関わらず、エスト・アースガルトをしゃがませ、父の元へと駆け寄る。
「お父様!!」
「……あ…ああ………その声は……シア……か…………」
愛する娘が目の前に居るにも関わらず、ミルフォードの瞳は
、空を眺め、焦点が合っていない。
「……騎士らしい……良い…戦いだった………」
「お父様!もう喋らないで!すぐに病院へ連れて参りますからっ!絶対に大丈夫ですから!!」
彼女自身、それが気休めの言葉に過ぎない事は分かっている。
だが騎士として憧れ、父として愛したミルフォードに対し、そう簡単に割り切れるものでは無い。
「…シア……立派な…騎士に……なるんだぞ………」
「はい。はい。ですからその姿を…最高の騎士になった姿を必ず見て下さい!」
シアニーの瞳からボロボロと涙が流れ、ミルフォードの血に塗れた頬を濡らす。
「ああ、そう…だな…………お前…の……花嫁…姿……を………………………………………………」
「………………………………………………………………お父様…………………………………………………………」
ミルフォードはもう応えてくれない。
愛娘の胸に抱かれながら、ミルフォードは安らかに永遠の眠りへと落ちた。
永遠とも思える一瞬の後。
建物の崩れる音。
人々の恐怖に震える声。
悲しみに泣き叫ぶ声。
そして楽しげに蹂躙を繰り返す声。
それらがシアニーの耳朶を打つ。
ゆっくりとミルフォードをその場に横たえ、シアニーはすくっと立ち上がる。
「お父様。後で迎えに上がります。ですからここで見守っていて下さい。私もお父様のような誰をも護り、救える騎士になりますから!」
その目からはもう涙は流れていない。
瞳に溜まった最後の涙を腕で拭い、ミルフォードが最後まで手放す事の無かった騎士の剣をしっかりと掴む。
そしてエスト・アースガルトに乗り込む。
父の護った命を引き続き護る為に。
これ以上、自分のように家族や愛する者を失って、悲しむ者を増やさない為に。
そして父の遺言通り、立派な騎士になる為に。
形見となった父の剣に誓いを立てて、シアニーは新たな敵の元へと向かうのだった。




