第55話 剣聖の介入
観客の居なくなった闘技場は赤く燃え盛っていた。
「さぁ、止めだ!これで僕の汚点は浄火される!!」
レグラスの操るブラックサイズから放たれた、避け切る事が不可能な程に巨大となった炎の壁を前にショウマは覚悟を決める。
(ああ、また修理しないといけなくなる訳か……流石に今回は自費だよなぁ~)
魔動力が無い故に単独での防護魔動陣を発動出来ないショウマとシルブレイドにとって、これだけの膨大な熱量を持つ炎を浴びれば、燃やし尽くされる危険がある。
それにも関わらず、こんな呑気な事を考えているのは、諦めて現実逃避しているだけなのか、耐え切る確証があるからなのか。
機体の腰を落として、しっかりと脚を地面に縫い付け、胸の前で腕をクロスさせて完全な防御姿勢を取って、炎の壁を、その向こうに居るはずのブラックサイズを、そしてそれに乗っているレグラスを睨み付ける。
「今回はお前に勝ちは譲ってやる。だけど次は――」
ショウマの呟きが燃え盛る炎に飲み込まれ――ようとした刹那、それは現れた。
『ふむ。魔動器も使わずに、よくここまで戦い抜いたものだの。少年』
装飾用と思われる純白のマントを纏い、それと同じ純白の鎧甲に身を包んだ魔動機兵がシルブレイドと炎の壁の間に割って入る。
そして長剣を両手で掲げ上げると、一気に振り下ろす。
刹那、炎の壁に一筋の縦線が入り、その線に沿うようにまるで地割れの如く、炎の壁は分断されていく。
『その機体の性能があれば、このぐらいは出来ように。まだまだひよっこということじゃな。じゃがもう遊びは終いじゃ』
『剣聖…ソディアス……』
『がっはっはっ、堅苦しい呼び方はせんで良い。気軽に爺さんで構わんぞ!』
ソディアスは豪快に笑う。
先日の早朝訓練の時に会った時もそうだったが、かなり気さくな性格のようだ。
『けど、なんで……』
大会としては決着が着き、今のショウマとレグラスの戦いは所謂私闘だ。
しかしここまで手出しをしてこなかった事を考えると、その私闘を容認していたということだろう。
もしかするとショウマ達の実力を測っていたのかもしれない。
だとしても、何故このタイミングで割り込んできたのか。
あの炎の壁でショウマが死ぬと思ったからか?
いや、ソディアスの口ぶりから察するにそれは無いだろう。
彼はこの闘いを“お遊び”と言った。
ショウマとしてはかなり必死だったのだが、長年、悪夢獣との死と隣り合わせの戦いをしてきた歴戦の騎士にとっては、遊んでいるようにしか見えなかったのだろう。
そんな彼にとって遊びにしか見えなかった闘いを、わざわざ割り込んでまで、もう止めろと言ってきた。
そこには何かしらの理由があるはずだ。
『少々、外が厄介な事になっておる。国防の危機という奴じゃ。故に戦える者が多く必要じゃ。詳しい事はお主が入ってきた入場門に兵士がおるからそやつに聞け』
『国防の危機?…………だけど……』
視線をブラックサイズに向けると、未だレグラスから強い殺気を感じる。
このまま背を向けたら、絶対に襲い掛かってくるのは間違い無いだろう。
それに、何故恨みを買っているのかは未だ分からないのだが、ここで退けば、今後どんな手段を使ってくるか分からない。
ザンスやクアクーヤの時のような事が再び起きる可能性がある。
『ブラックサイズの操縦者は儂がなんとか説得するわい。何やら因縁というか怨恨のようなものがあるようじゃが、お主の姿が見えなくなれば、頭も冷えよう。それに王命に背く訳にもいかんでな』
『王命ですか……分かりました』
どうやらソディアスが割って入ったのは、フォーガン国王からなにかしらの命令を受けての事だったようだ。
国防の危機で魔動機兵を必要とし、それがこの国の王からの命では、騎士を目指す者として従わざるを得ない。
ショウマは頷くと、シルブレイドを自身が闘技場に入場してきた南門へと向かわせる。
『逃げるんじゃない!!』
案の定、レグラスは無防備に背中を晒すシルブレイドに激昂し、8つの火球を飛ばす。
燃え盛る炎が空気を切り裂く音が耳に届くが、ショウマはそれに気を払う事すらせずに門へと急ぐ。
あの剣聖が任せろと言ったのだ。
その上、先程、炎の壁を切り裂いた剣の技量も間近で見ているので、何も心配はしていない。
シルブレイドの背後で純白の魔動機兵が迫り来る8つの巨大な炎弾を前に剣を構える。
『火力はあるようじゃが、制御が甘いわい!その程度の炎では儂のソルディアークのマントすら焦げさせることすら出来んわい!!』
まるで刃に付いた露を払うかのようにごく自然に、無造作に長剣を横に一閃。
魔動器の力を発動した訳でも何でもないその一振りで全ての炎弾は上下に分かれ、爆発四散。
ショウマがあれほど苦労していたものをたった一振り、それも剣圧だけで斬り裂いたのだ。
『ライバル心を燃やし、競い合う事は悪い事とは言わぬが、今は国防の危機!そんな個人的な感傷は一時期、心の内に留めよ!』
ソディアスが訴え掛けるが、レグラスは聞く耳を持たない。
そこに仇敵が見えるのだ。
その恨みを晴らさなければ、前に進む事は出来ない。
『ショウマ=トゥルーリィィィッッッ!!!!』
怨敵の名を叫びながら、先程より更に巨大な炎弾を生み出し始める。
『いい加減にするのじゃぁっ!!!お主の遊びに付き合っている程、儂は暇ではないのじゃぁぁぁっっっ!!!』
ソディアスが吼え、純白の魔動機兵が大上段に振り被った長剣の刃が白い魔動力の光に包まれていく。
光は次第にその密度を増し、白く輝く刃を形成していく。
白き刃は徐々に天へと伸びていき、魔動機兵の全高の2倍以上の長さとなる。
その頃にはブラックサイズが生み出した炎弾も魔動機兵を丸々飲み込めるほどの巨大さに成長。
『邪魔をするなぁぁぁっっっっ!!!!』
レグラスの咆哮と共に巨大炎弾が解き放たれる。
『デカけりゃ良いというものではないわっ!!』
巨大炎弾に向けて、光の刃が振り下ろされる。
結果は一瞬で判明。
(おいおい。この間の立ち合いの時は全然実力を出して無かったって事かよ。師匠といいこの人といい、称号持ちってのは本当に恐ろしいのばかりだな……けど………)
自分より強い相手が居るという事は、自分もそのレベルに至る事が出来るという証明でもある。
ショウマはその強さに畏怖を抱きながらも憧れ、そこを目指す事を改めて決意する。
その背後では、巨大炎弾を爆発させる事無く高速で斬り刻んで消滅させ、光刃をブラックサイズの胸元の鎧甲に僅かに刺し、その奥にある操縦席の手前でピタリと止めた純白騎士の姿があった。
ショウマは背後の戦いの決着を気にしながらも、南門へと入る。
シルブレイドを駐機姿勢で止めて操縦席から出ると、ソディアスが言っていた兵士ではなく、代わりにアーシェライトとレリアが駆け寄ってきた。
「お前ら、逃げてなかったのかよ……」
「ショウマなら絶対に被害を出さずに収めると信じていたからな!」
「ぼぼぼ僕も……ショウマさんが怪我をしないか凄く不安でしたけど……客席に被害を出さないようにする事は信じてましたよ」
2人からの揺るぎない信頼は嬉しいのだが、あまり買被られても困る。
予想外な事なんてのはよく起こるのだし、ショウマだってよくある異世界ものに付きものとも言える世界最強、絶対無敵なんていう力を持っている訳ではないので、必ず出来るとは断言出来ない。
「だが今回はその判断は正しかったようだ。ここは頑丈に造られているし、防護魔動陣もあるからな。外よりは安全だ」
「そりゃ、どういう意味だ?それに国防の危機で魔動機兵が必要で王命だから、詳しい事はここに居る兵士に聞けって、ソディアスの爺さんから聞かされたんだが……」
辺りを見回すが兵士らしき姿は無い。
全く状況が掴めていないショウマは首を傾げるしかない。
「ああ、あの兵士なら他の所にも伝令に行かなければいけないらしいので、私達がショウマの代わりに聞いておいた。その内容は、テロを起こした帝国残党の魔動機兵の足止め及び排除。魔動機兵を所持し操縦出来る者全てに対して、フォーガン国王からの直々の命令だそうだ」
「どうやら王都の各地で魔動機兵が暴れているそうです。王国祭の最中という事もあって、既にかなりの被害が出ているそうです」
「マジかよ……アルザイル帝国って確か10年くらい前に皇帝が失脚して、共和国化したんだよな。残党って事は、つまり皇帝派の人間ってわけか……」
アルザイル帝国は軍国主義国家であった為、皇帝を指示する派閥には好戦的な人物が多かったらしい。
そんな人達が復讐心を忘れないなら、テロを起こそうと考えたとしても、おかしくは無いだろう。
『状況は理解したか?少年』
状況がなんとなく掴めたタイミングで、ソディアスの魔動機兵“ソルディアーク”が背後からやって来る。
「レグラ――ブラックサイズの操縦者は落ち着きましたか?」
『騎士の教えを諭してやったわい。まぁ、これ以上は本人同士でなんとかせい』
ショウマは頷く。
この休暇が終われば再び学園で顔を合わせるのだ。
禍根を残したままでは気まずい雰囲気になるのは目に見えている。
何かしらの決着は着けないといけないだろう。
だが今はそれより優先すべき事がある。
「その前にまずは残党狩りだな。レリア、シェラ、行くぞ!」
「あ、いや、それが……私は…………」
歯切れの悪いレリアにショウマは「ああ、そうか」と1つ納得し、ソディアスに向かって外の状況を尋ねる。
『外は大勢の人間が逃げ惑っていて混乱しておる。残党共もあちこちに居るらしいから、外に出るのは危険が高いじゃろう』
「んじゃ、レリアは留守番だな」
レリアも騎士候補生である以上、魔動機兵を所持している。だが、その魔動機兵と転移魔動陣をリンクさせている魔動器が今、手元には無かった。
こんな事態になるとは思わなかったので、武器は宿の部屋に置いて来ていたのだ。
取りに行くにしてもここから宿の場所までは、それなりに離れている上に、ソディアスが言う通り、大勢の人間がひしめき合い、帝国残党も何処にいるのか分からない。
宿へ戻るには困難な状況だ。
ちなみに以前、アーシェライトがやったように、地面に直接、転移魔動陣を描いて魔動機兵を喚び出すという方法も取れなくないが、実の所、その方法は確実性が低い。
転移魔動陣を正確に描かなければいけないし、もし歪んでいたり、間違えていたら、どのような事態になるかは分からない。
場合によっては魔動機兵が時空の狭間で押し潰されてスクラップになったり、別の思わぬものが転移されてきたりする可能性だってあったのだ。
流石に、差し迫った危機でも無いのにそんなリスクを負う事は出来ない。
となれば、レリアにはここで待っていて貰った方が安全というもの。
『うむ。奴ももう暴走は起こさんだろうから、王城かここが一番安全と言えるじゃろう。そのお嬢ちゃんには避難の誘導でもして貰うかの』
そうと決まれば、行動は早い。
ショウマはアーシェライト共に急いでシルブレイドに乗り込む。
現在進行形で帝国残党が暴れているとすれば、ゆっくりと休んでいる場合では無い。
『あ、けど、道は混雑してんだろ?どうやって移動すればいいんだ?』
混乱により道は人で塞がっている。
いくらなんでも蹴散らしていく訳にはいかない。
そんなことをしたら帝国残党と一緒だ。
『屋根の上を進んで行けば良い。王都の建物は頑丈に造られておるからな。魔動機兵が乗った所で簡単には潰れはせん』
ソディアスの言葉に少しだけ驚くが、すぐに納得する。
王都の建造物はシンロードに比べて、木造建築より石造や向こうの世界で言う所のコンクリートのような頑丈な材質での建築が目立つ。
悪夢獣の襲撃や今回ようなテロなどの事を想定して、王城の防壁代わりなるように造られているからだ。
そのおかげもあって、今回は人的被害は多いが、建造物への被害は少ないらしい。
『儂は南側へと向かうので、少年は西を頼むぞ!』
『了解。そんじゃ、遠慮無く行かせて貰いますかね』
アーシェライトが乗った事で魔動力は満タンになり、エネルギー切れの心配は無くなった。
移動の問題も解決。
だが、もう1つだけ問題は残っている。
「ショウマさん、機体の状況はまだ良くありません。鎧甲に損傷は殆どありませんが、各関節の負荷率は軒並み50%以上。特に左脚と腰部は70%に達しようとしています。熱もまだ篭っている為、クールダウンにはまだ5分程が必要です。こちらでもサポートはしますが、あまり無茶はしないで下さい」
サブシートに乗ったアーシェライトが早速、機体状況を確認し、報告して来る。
闘機大会で激闘を繰り広げ、オーバーブーストまで使用したのだから、それくらいのダメージで済んでるのは僥倖と言えるだろう。
それに僅かな時間とはいえ完全停止させていたおかげで、クールタイムは僅かに短縮されている。
帝国残党がどれ程の強さかは分からないが、他にも召集されている者は居るだろうし、王国騎士団も出ているはずだ。
性能がやや下がっていても何とかなるだろう。
「ま、なるようになれだ!」
そしてシルブレイドは闘技場から飛び出した。




