第54話 王族と騎士の誇りを胸に
王都中央の闘技場から8本の巨大火柱が立ち昇って僅かな時間の後、その異変は起きた。
突如として普通の民家の屋根が崩れ落ち、そこから巨大な人影が姿を現したのだ。
その正体は魔動機兵。その名はイルディンギアドライ。
その特徴といえば、異常に巨大に膨れた両肩の先から膝にまで届く程の長細い楯が取り付けられている事。
その姿を知る者が居れば、すぐにこの機体が旧アルザイル帝国軍の正式採用機だと気付くだろう。
そしてそれを裏付け、まるで誇示するかのように、楯の中央には帝国の紋章が刻まれている。
だがこの街の住人、そして王国祭の為に訪れていた多くの観光客には、そんな些細な事を気に掛ける余裕は無かった。
なぜなら、街の中に突如姿を現した魔動機兵は、家を、露店を、街を破壊し始めたからだ。
運悪く近くに居た人々は、ある者は薙ぎ倒された家屋の下敷きになり、ある者はイルディンギアに文字通り蹴散らされ、ある者は逃げ出した者に押されて転び、多くの人に踏み潰される。
それが王都の各地、10ヶ所以上で同時に起こったのだ。
笑顔と活気に満ちていた祭典は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと姿を変えた。
「突如現れた帝国残党と思われる魔動機兵の数は確認されているだけで12機。周囲の混乱の為、未だ正確な確認は出来ていませんが、恐らくは工作員も多数潜伏していると思われます」
その報告を受けた王宮では戦慄に誰もが絶句し、静寂が包み込んでいた。
だが、フォーガン王だけは慄きもせずにすぐに報告に来た兵士に命を下す。
「王国騎士団及びそれに属する兵士・衛兵に伝えよ。魔動機兵には構わず、民の避難を優先せよと!それと騎士、傭兵、民間人を問わず魔動機兵を持つ者、操れる者を集めよ!各工房にも連絡をし、作業用でも構わぬから魔動機兵を全て出し、敵性魔動機兵に対処するよう指示!急げ!!」
同じ魔動機兵という名を冠していながら、戦闘用と作業用には性能に大きな開きがある。
だが人間の身に比べれば、パワーはあるし、頑丈だ。
破壊されるのは目に見えているが、足止めくらいにはなるだろうと思ったのだ。
戦闘用を相手に作業用で足止めするというのは死ねと言っているようなものだが、多くの者を助ける為にはそのくらいの犠牲は必要だ。
「は!畏まりました!」
兵士は王からの勅命を受け、駆け出す。
フォーガン王は続けて護衛にあたっていた王国騎士団の団員に声を掛ける。
「王国騎士団団長に伝えよ!魔動機兵シェイティア及びフェアリュートの使用を許可する。直ちに事態の収拾に務めよ!」
国王の言葉に周囲がざわつく。
10年前のクーデターにより帝国との戦争が終結して以降、魔動機兵の殆どは悪夢獣討伐の為に西方最前線に送られている。
だが、はぐれ悪夢獣の出現や盗賊が鹵獲した魔動機兵を使用して悪事を働くというような有事を考え、王都には4体だけだが、魔動機兵が配備されている。
その内3機は、キングス工房製のフォーガン王国正式採用魔動機兵であるシェイティア。
量産性を高めている為、性能は良くも悪くも普通だが、盗賊や低級悪夢獣程度なら、十分に対処出来るだけの性能は持っている。
更には魔動機兵の全速力で半日も掛からないすぐ近くにシンロード魔動学園があり、そこには騎士候補生とはいえ、多くの騎士と魔動機兵が存在して応援を要請する事も出来る為に、有事の際の戦力は十二分に存在していた。
しかしそれだけでは対応出来ない事態に陥った時。
それが最後の1機であるフェアリュートの登場の時である。
フェアリュートはキングス工房と王立魔動研究所が共同で、70年前に救世の騎士が乗っていたという伝説の魔動機兵を再現する為に、採算と乗り手の事を考えずに造り出された魔動機兵である。
30年程前に造り出されてから現在に至るまで、その性能を上回る魔動機兵は登場していない。
もしかするとその性能はシルブレイドを凌駕するかもしれない。
ただ操縦性を考慮していない為、その性能を完全に発揮出来る者は未だ皆無。
あのシルフィリットでさえ、半分程しか引き出せなかったという。
国王の言葉に、そんな機体まで出さなければいけないところまで、状況は悪化しているのだと皆が息を飲む。
「お祖父様!フェアリュートを私にお貸し下さい!」
突然襲った王都の危機に王宮内が沈黙に包まれる中、シアニーが声を上げる。
世界最高の魔動機兵の名を聞いて、いてもたっても居られなかったのだ。
どこまで自分が機体性能を引き出せるかは分からない。
けれどそれだけの力があれば、この国の、そしてこの街に集っている人々の窮地を救う事は出来る。
ここで名を馳せて、アレスとの婚約問題を解消出来るかもしれないという打算は少しばかりあったが、それは二の次。
純粋に騎士としての、王族としての使命感から出た言葉だった。
だが、王からの言葉は期待するようなものでは無かった。
「そういえばお主も騎士候補生であったな。お主は自身の持つ魔動機兵で敵の鎮圧に向かえ。フェアリュートはアレス騎士団長に一任する。よいな」
「…はい。畏まりました」
一瞬、アレスの名が出た事で苦い表情を浮かべるが、それが王命であれば従わざるを得ない。
しかしフォーガン王の選択が正しい事は理解していた。
魔動機兵を所有しているシアニーに対し、アレスを始めとした王国騎士団の団員は、基本的に王都に配備されているシェイティアを使用する為、個人的な魔動機兵を所有していない。
帝国残党のものと思われる魔動機兵は確認されているだけで12機。
まだ潜伏している機体もあるかもしれないし、街の各地に点在して現れている。
いくら一騎当千の機体が1機あったとしても、それら全てを一瞬で鎮圧する事は物理的に不可能。
被害の拡大を抑え、早期に鎮圧する為には、1機でも多くの魔動機兵があった方が良い。
その為、シアニーには自身の魔動機兵を使わせ、個人的な魔動機兵を所有せず、尚且つ正騎士であるアレスにフェアリュートを貸与するのは合理的且つ当然の事と言えるだろう。
それが分かっているので、こんな所で駄々を捏ねる訳にもいかず、シアニーは渋々ながらもその命に従う。
「それでは私は準備をしてまいります」
事態は一刻を争う為、急がなければいけない事は分かっている。
だが足の先まですっぽりと覆われているドレス姿に履き慣れないハイヒールでは精々が早歩き程度。
「ああ、もう!まずは着替えないと……って、あれっ?」
色々と不満が溜まり、ついつち愚痴を零しながら退室しようとして、出入口脇で頭を下げた女給仕の脇を通り抜けた刹那、その違和感に気が付いた。
振り向けばそこには、今すれ違ったばかりの女給仕の後ろ姿。
見た目だけならば何の変哲も無く、特徴さえ無い一般的な給仕だ。
印象が薄い為、何度か会って話でもしなければ、その顔を覚えられないかもしれない。
本来ならば違和感どころか、その存在にすら気付けないだろう。
そう。その存在に気付けない。
「はっ!まさか!?」
大勢の人間が居るこの場所だから、紛れてしまって気付けなかった事実。
気配を読む事に長けた彼女が偶然に脇をすれ違ったからこそ気付けた事実。
(気配が無い?!いいえ、意図的に消してる!?)
シアニーがそれが示す事実に辿り着いた時には、女給仕は人の波を分け入って、既にフォーガン王のすぐ側まで迫っていた。
「お祖父様!逃げてっ!!」
そう叫んで駆け出そうとするが、スカートの裾を踏みつけて転びそうになる。
「ああ、もう!邪魔っ!!」
なんとか踏み止まったシアニーは近くのテーブルに置いてあるナイフとフォークを掴むと、躊躇する事無くナイフでスカートを思いっきり切り裂く。
太股が露わになる程のスリットを入れ、その間に足だけで器用にハイヒールを脱ぐ。
ハイヒールを脱いだ為、スカートの裾が床にまで届いて未だ邪魔だが、そこまで切っている暇は無い。
既に女給仕姿の暗殺者の手にはスカートの下に隠していたのであろう凶刃が構えられている。
シアニーの警告で暗殺者の存在に気が付いたフォーガン王だが、既に間合いの中。逃げる余裕は無い。
「間に合え!!」
動きやすくなったシアニーが改めて駆け出すが、人垣が邪魔で物理的に間に合わない。
だが人垣の僅かな隙間を見つけ、手にしていたフォークを投げつける。
フォークは空気を切り裂き、フォーガン王の心臓に迫る、暗殺者の死の刃を持つ腕に見事に突き刺さる。
ほんの僅かな動きの鈍り。
王位を継ぐ前は正騎士として武勲を誇り、70歳を超えて尚、その筋肉に僅かな衰えしか知らないフォーガン王にとって、致命傷を避けるのにはそれだけで十分だった。
暗殺者が突き出したショートソードの前に左手を突き出し、その掌で刃を受け止める。
手の平から甲に刃が突き抜けて激痛が走るが、心臓や頭に比べれば、この程度は深刻な怪我とは言えない。
更に左手に力を込めて筋肉を締め付けてやれば、刃は抜けず、武器を封じる事も出来る。
フォーガン王はそのまま右の裏拳で動けない暗殺者の顔面を殴り付ける。
暗殺者の顔面から派手に血飛沫が舞う。
駆け寄って来ていたシアニーの方へ暗殺者が勢い良く吹き飛ばされてきた為、慌てて床に倒れ伏した暗殺者の腕を極めて捕えるが、そこまで慌てる必要も動けないように捕える必要も無かったようだ。
鼻と顎を砕かれ、真紅の華を咲かせた能面のような特徴の無い顔にあるその瞳は見開かれ、瞳孔は開き切っている。
いくら豪拳と言えど、たかが裏拳1つで絶命まではしないであろうから、暗殺失敗と判断した瞬間に、口内に仕込んでおいた毒でも飲んで自殺したのだろう。
自分の命さえ恐れずに簡単に奪う事が出来るプロの暗殺者と言えなくもないが、騎士とは真逆の思考で共感は持てない。
「お祖父様!」
完全に暗殺者が事切れている事を確認した後、祖父を心配して駆け寄ろうとしたシアニーを、フォーガン王自らがショートソードの刺さったままの左手を上げて制止する。
「儂は大丈夫だ。だからお主は街を守れ!フォーガンの名を持つ者として。そして騎士として!その誇りを胸に!!」
「は……はい!お任せ下さい!!」
王としての言葉なのか、祖父としての言葉なのかは分からない。
だが、彼はシアニーの事を騎士として認めて街を守れと言ってくれた。
末席とはいえ王家の女子が騎士となる事を良く思わない者が王侯貴族の中には多く居るし、奇異の目で見て来る者も多い。
そんな中で、祖父は彼女を認めてくれた。
騎士としての誇りに懸けてこの王都を守って欲しいと言ってくれた。
たったそれだけだと言われるかもしれないが、シアニーにはそれだけで十分嬉しかった。
こんな事態の中、不謹慎かもしれないが、シアニーはその喜びに全身を打ち震わせ、騎士の誇りを胸に、王宮の廊下を駆け抜ける。
自身に当てがわれた部屋に辿り着くと、すぐに立て掛けてあった愛剣を握り締める。
着替えるのももどかしいとばかりにドレスを膝上辺りで切り破りながら、ベランダへと向かい、その縁に足を掛けると、そこから一気に飛び降りる。
地面までは50m程も距離があり、このまま落下すれば、例え騎士として訓練を積んできた身でもただでは済まないだろう。
だがシアニーの顔に恐怖は浮かんでいない。
それどころか不敵な笑みさえ浮かべていた。
「行くよ、もう1人の私」
言葉と共に“氷雪の女王”の柄に刻まれた魔動陣が輝き出し、彼女の周囲を青白い魔動力の光が包んでいく。
剣を鞘から引き抜き、光を切り裂くように紋様を描いていく。
「来て!エスト・アースガルト!!」
剣の軌跡によって描き出された転移魔動陣が輝き、それに伴って周囲の魔動力も一段と輝きを増し、その中心にいるシアニーの全身を包み込んでいく。
次の瞬間には青白い鎧を纏いつつも女性的な細さと膨らみを持った魔動機兵のシルエットが彼女を包み込む。
その側頭部からは長細い棒状のものが伸び、まるで彼女の特徴的な変則ツインテールを現しているようにも見える。
地面へと辿り着く直前にはエスト・アースガルトは完全に実体化。
少女を模した仮面の奥にある双眸が蒼き輝きを放つ。
それと同時に魔動機兵用の“氷雪の女王”を一振りすると、腰部のスカートの下から激しい冷気が噴出し、地面を覆った柔らかな雪によって落下の衝撃を和らげ、ふわりと大地へ降り立つ。
その姿は雪の妖精かはたまた雪の女神か。
「お祖父様の期待に私は応えて見せる!!」
再び剣を一振りして、エスト・アースガルトが跳躍。
空中の大気を凍らせ、それを足場に跳躍。
更に剣を振って氷の足場を生み出し、再び跳躍。
1歩毎に足場にした氷が砕け、パラパラと幻想的な輝きを降らせながら、シアニーとエスト・アースガルトは、空を駆けながら戦地と化した王都の街へと向かった。




