第53話 渦巻く陰謀
激しい炎が巻き起り、闘技場に八首の炎蛇が出現する。
その様子に、それまで歓声を上げていた観客席が静まり返る。
『なななな、なんとぉぉ!!!ブラックサイズが武器を捨て、楯に持ち替えたと思ったら、突如、激しい炎が立ち昇ったぁぁぁぁ!!!!!ここここれは魔動器なのかぁ!?というか、こちらに渡された資料によれば、ブラックサイズにそんな機能は無いし、どう見たって魔動器の力じゃないかぁぁぁ!!!』
静寂を破るように司会役が叫ぶ。
『これは重大なルール違反だぁぁ!!!何という幕切れ!!!』
闘機大会はあくまでも魔動機兵の性能を競い合う大会だ。
故に強大な力を発揮する魔動器の使用は禁じられている。
理由は簡単。
どんなに機体が弱くても、魔動器が強力でさえあれば勝ててしまうからだ。
ブレイドソーのチェーンソーモードのように魔動力無しで使用出来るものは、ちゃんと運営側に届け出を出して承認を貰っていれば使用しても構わないが、それ以外となると持ち込む事は出来ても発動は禁止となり、発動した瞬間に反則負けとなるのだ。
『ブラックサイズの反則負けにより今年の闘機大会優勝はぁぁぁ、キングス工房のぉぉ――――」
だが司会役が最後まで言い切る前に、炎蛇の1つが口を開け、巨大な火球をそちらへ放つ。
火球は周囲の観客席を巻き込んで破裂。
観客席に張られた防護魔動陣が発動したおかげで被害は無いが、炎を間近に見た観客は恐慌を起こす。
「ひ、ひぃ~!ぼぼぼぼ暴走してやがるぞぉぉぉ!!!!!」
誰かがそう叫んだ次の瞬間、闘技場内は完全にパニックに陥った。
運良く今は防護魔動陣で防ぐ事が出来たが、魔動機兵サイズの魔動器は元々悪夢獣を倒す為に開発されたものだ。
最大威力を発揮すれば、防護魔動陣でも防ぎ切る事は出来ない。
周囲を埋め尽くしていた歓声は一瞬にして悲鳴へと変化する。
そんな観客席を他所に、シックは歓喜していた。
「あっはっはっ、あいつ面白ぇなぁ!!こんな街のど真ん中で魔動器使うとかありえねぇわ。あ~っはっはっはっ!!!」
遂には腹を抱えて笑い転げる始末。
そんな中、廊下に控えていた護衛の兵士が特別観覧席に中へと入って来る。
「シェバ様、アメイト様。こちらも安全とはいえません。早くご避難を!」
特別観覧席は王侯貴族や商会の重鎮などが利用する場所である為、一般の観客席とは別に個別で防護魔動陣で護られている。
魔動陣を敷設する際に耐久性はチェックしているが、魔動器の威力は個人で異なる為、万が一という事も有り得る。
身の安全の為にも避難するのが当然と言えるだろう。
だが、そんな一般常識に、楽しい事、面白い事が何より好きで、欲望に忠実なシックが従う訳が無い。
「アホか?!こんな面白ぇもんをこの俺様に見過ごせってのか?」
「で、ですが、王族の方の身に何かあれば……」
「うっせぇーな!俺様の楽しみを奪うんじゃねぇー!!!」
取りつく島も無い。
王族相手に強く言う事も出来ず、かと言ってこのままにしておく訳にもいかず、護衛が困り果てていると、入口から、王国騎士団の襟章を付けた人物が姿を現す。
「あなたはキザーヲさん?」
「おや、学園長殿もこちらにいらしたのですか。先日までお世話になりました」
イーグレットが声を掛けると、キザーヲは一礼をして軽く挨拶をしてから、護衛へと近付いていく。
「シェバ卿の事は私に任せたまえ。君はアメイト卿と学園長殿を」
「はっ!了解致しました!それでは皆様、こちらへ」
シックの事をキザーヲが引き継いでくれると分かって、ホッとしたのか、護衛は途端に元気になって、他の3人を特別観覧席から避難させる。
部屋の中にはシックとキザーヲの2人だけ。
「なんだ?テメェも俺に避難しろっていうのか?例え、王国騎士団でも王族に命令する権限なんてねぇぞ?」
視線を闘技場に向けたまま、シックはキザーヲを牽制する。
「ええ、それくらいは承知していますし、そのつもりもありません」
「へぇ、さっきの奴より気が利くじゃねぇか。どうだ、お前もこっちに来て一緒に観ようぜ。こんな戦い、西以外じゃ滅多に観られないからな」
悪夢獣の発生源である最西端にある禁忌の地。
その最前線では魔動器を使用した大規模戦闘が常日頃から行われている。
だが、大陸の中央から東側では悪夢獣は殆ど出現せず、また出現したとしても低級なものが多い為、魔動器を使うような機会は少ない。
正騎士以外でここまで大規模な魔動器の力を見る者は殆ど居ないだろう。
外交官で世界各国を渡り歩いているシックでさえ、初めて見るのだから、興奮するなという方が間違っている。
「では、失礼しまして」
キザーヲはシックのやや斜め後方に立つ。
流石に王族の隣にまで来るような不敬は行わない。
「ところでシェバ卿に1つお伺いしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「おう、良いぞ。お前の事は気に入ったからな。聞きたい事があったら、何でも聞きな」
「それでは失礼致しまして、シェバ卿はアメイト卿のご息女に目を付けているとお聞きしましたが、それは本当でしょうか?」
「んあ?当たり前だろ。あんな女は滅多にいねぇぞ。すれてねぇし、何より初物の匂いがプンプンしやがる。そんな女を喜ばせてやるのが、男ってもんだろ。なんだ?お前もあの女を狙ってたのか?」
「包み隠さず言うのであれば、シェバ卿と同じ気持ちです。ですが、あの娘はアレス団長の婚約者でありますので、流石に手を出す訳にも行かず……」
シックとキザーヲ。
身分に差があるもののその根底には同じものがある同類だった。
「ああ、流石にたかが貴族程度じゃオーレリアの睨みの前には動けねぇって訳か。まぁ、仕方がねぇな、それは。だが俺は違うぜ。現時点ではアレスの坊ちゃんより俺の方が継承権は上だからな。それに別に婚約を解消させようなんて思っちゃいねぇよ。少しだけ夜の花嫁修業をつけてやるだけさ。その方があの坊ちゃんもきっと喜ぶだろうぜ」
この男が自分以上にクズな男だとキザーヲは思い知る。
シックにとって女は、自分が楽しめるかどうか、自分を楽しませられるかどうか、という基準でしか見ていない。
女喰いと言われた事もあるキザーヲでも、愛しさを感じなければ、どんな美女であろうと手を出す事は無かった。
だが、シックは違う。
そこに愛は存在せず、楽しさのみを追求している。
これは女性に限った事では無い。
全ての事柄において、シックは楽しさを重視している。
今も楽しいというだけで、命の危険があるかもしれない場所に居る。
きっと楽しいと思えれば、悪夢獣の群れの中に放り込まれて死んでも悔いは無いのではないだろうか。
だが、その事を知ったおかげで、キザーヲの決意は固まった。
「おっ、ほら!戦いが再開されるぞ!どんな事になるのか楽しみだなぁ~、おい」
シックはバルコニーに身を乗り出して、食い入るように闘技場に視線を送っている。
「ええ、しっかりと楽しんで下さい。これが最後となるのですからね」
キザーヲは右手を懐に忍ばせながら、ゆっくりとシックの背後へと迫っていった。
* * * * * * * * * *
周囲を炎と火の粉が舞い踊る中、レグラスは嬉しそうにショウマの乗るシルブレイドを見詰める。
『ショウマ=トゥルーリ!僕の邪魔をした罪を償って貰うぞ!!』
罪と言われてもショウマに心当たりは全く無いし、邪魔をしたような記憶も無い。
そもそもレグラスとは対抗戦の時以外では全く関わっていないのだから、それも当然だ。
もし罪があるというならば、言い掛かりか勘違いかのどちらかだろう。
しかしどうやら、その誤解を解いている暇は無さそうだ。
いきなり炎蛇がその鎌首を振り下ろしてくるのに対し、シルブレイドは大きく後退。
空を切って叩き付けた地面から爆発的な炎の柱が立ち昇る。
『おいおい、レグラス!テメェ、本気か!!』
先日の対抗戦でレグラスの炎蛇の威力は身に染みて覚えている。
それが魔動機兵サイズになるのだから、その威力はどれ程のものか想像すらつかない。
今の攻撃も鎧甲が耐えられるかどうか。
『冗談でこんな事をする程、僕は愚かでは無い。貴様を倒す為なら、こんな大会の勝利など二の次だ!!』
『お前も騎士を目指してるんだろ!こんな所で戦ったら――』
『ああ、そうだ!騎士だからこそ、貴様に敗れた汚名を雪がなければならないんだ!!貴族だからこそ、ただの下民如きに後れを取る訳にはいかないのだ!!!』
“騎士だからこそ”
“貴族だからこそ”
その言葉にショウマはザンスの事を思い出す。
高いプライドというものは、ほんの些細な傷を受けただけで、致命的な大きな傷になる。
そして傷付けた相手への報復や復讐しか考えられなくなり、最終的に手段さえも選ばなくなる。
今のレグラスはあの時のザンスと同じだった。
「くそっ、どいつもこいつも。貴族ってのはなんでこんな面倒な奴ばっかりなんだよ!」
そう愚痴った所で現状が良くなる訳ではないが、そう叫ばずにはいられなかった。
それくらい事態は逼迫していた。
ブラックサイズが闘機大会のルールを無視して魔動器を使用したせいで、観客はパニックに陥り、一斉にこの場から逃げ出そうとしている。
何万という人間が出口に殺到している為、更なる混乱が起き、なかなか闘技場から逃げ出す事が出来ていない。
観客席に張られた防護魔動陣が炎蛇の攻撃に何処まで耐えうるのか不明な為、全員が逃げるまで観客席に攻撃がいかないように立ち回らなければならない。
その上、炎蛇の発する熱が外側から熱しているせいで、機体の冷却が追い付いていない。
オーバーブーストによるクールタイムも延長されてしまうだろう。
そして止めがエネルギー問題だ。
時間制限がある大会だったので、蓄電されていた内蔵電力だけで十分に余裕があると思っていた。
だが、こういう事態になると実際にどちらかが倒れるまで戦いは続く事となり、魔動力という永久エネルギーが無いシルブレイドはいずれ動けなくなる。
無意味な戦いである為、わざと負けるという事も考えてみたが、炎蛇の攻撃は当たり所が悪ければ死の危険もあるし、手を抜いていた事がバレたら今以上に逆上して、何をするか分からない。
「やっぱり今の苦しい状況で倒して止めなけりゃならないわけか」
決断してしまえばショウマの対応は早い。
揺らめく炎をものともせず、シルブレイドは駆ける。
それを迎撃するように炎蛇から複数の火球が吐き出される。
しかしショウマは冷静に火球の軌道を見据え、ほんの僅かだけシルブレイドを左右に揺らす。
火球は頭部を、肩口を、脇腹を掠める様に抜け、背後で爆煙が上がる。
生身の身体と違って火傷の心配をする必要が無く、金属を一瞬で溶かすような熱量か火炎弾の直撃さえしなければ、鎧甲への炎によるダメージは無い。
だからこそ出来る荒業だ。
スピードを落とす事無く、最小限の動きでブラックサイズに迫るシルブレイド。
しかしもう少しで剣の間合いに入るという所で、炎蛇の首が左右から横薙ぎに振るわれ、同時に頭上からも襲い掛かる。
横からの攻撃を伏せたり跳んだりして避ければ頭上から攻撃され、頭上からの攻撃を防げば、ガラ空きの胴を薙ぎ払われる。
しかも当たった瞬間に火球を吐き出され、大爆発するのだろう。
ショウマへの怒りと復讐心に捉われていても、抜け目の無い、理に適った攻撃だ。
普通の者なら後ろに下がるしか手は無い。
だがショウマはその逆で更に踏み込んで速度を上げ、炎蛇の胴体に左右から挟まれながらもブラックサイズに肉薄する。
『これだけ近けりゃ、炎は吐けないだろ!』
シルブレイドの振るった剣がブラックサイズの楯と交わり、耳障りな音を立てる。
炎蛇の火球の威力は確かに脅威だ。
だが炎蛇単体で考えれば、炎を纏ったフレイルに過ぎない。
最も威力を発揮する頭部でなければ、ダメージは微々たるもの。
更にこれだけ接近していれば、自身も爆発に巻き込まれるので火球を放つ事も出来ない。
対抗戦の時はマーチョが移動阻害のサポートをしていたおかげで、この状態に持ち込めなかったが、今回はサポートが存在しないので、簡単に懐に潜り込む事が出来た。
機体性能が低下しているとはいえ、今の段階でも性能的には互角。
それにこれだけ接近していては、武器を振るうにも拳を振り上げるにも間合いが近過ぎて、対した威力は出せない。
しかしシルブレイドにはブレイドソーという超至近距離でも有効なダメージを与えられる武器がある。
後はこの間合いを維持出来れば、勝利は確実だ。
『これで勝った気になるなよ!下民めっ!!』
剣を防いでいた楯の中央に赤い光が灯っていく。
直後、そこから炎蛇から放たれるものとは数段小さく、熱量も少ない炎の塊が噴出。
直撃しても鎧甲に阻まれて焦がす程度で、大したダメージにはならないだろう。
だが虚を突いた不意な一撃にショウマは僅かに怯み、思わず剣の腹を楯にして小炎弾を防いでしまう。
その僅かな隙をレグラスが見逃す筈がない。
楯を間に構えながらシルブレイドに体当たりをぶちかまして、ブレイドソーの間合いから外れると、すぐさま8つ全ての炎蛇を操り、巨大火球を放つ。
シルブレイドが体勢を立て直した時には、既に8つの火球は炎の壁となって迫っていた。
高さも幅もある為、この段階ではもう避ける事は不可能。
後は機体が耐えられるかどうか。
ショウマは覚悟を決め、なるべく操縦席に被害が及ばないよう、両腕を胸の前に交差させて、炎の壁を迎え撃つ。
そして次の瞬間、シルブレイドの姿は炎に包まれた。
次回は9/9の更新となります




