第51話 奥の手は使ってこそ価値がある
闘技場に備え付けられたVIPルームの中でも最も豪奢な部屋に5人の男女が居た。
その中でも一際派手な金色に輝くスーツの上下に身を包み、その指には様々な色彩を放つ大きな宝石のついた指輪を3つ4つと嵌めている金髪を刈り込んだやや色黒の男が、興奮した様子で隣に座る青年に話し掛ける。
「わおっ、おたくの学生もなかなかやるじゃん」
「お褒めに預かり光栄でございます、シェバ様」
声を掛けられたシンロード魔動学園長のイーグレットは深々と頭を下げる。
頭を下げた先には、王位継承権第5位であるシェバ家当主シック=ジェノバ=ド=フォーガンの姿があった。
一応は外交官という職には就いているが、今年40歳を迎えるというのに外交視察という名目で各国を飛び回り、遊び倒している。
正妻は娶ってはいないが、世界各地には現地妻という名の恋人が多数いるらしい。
そのシックはバルコニーから身を乗り出すようにして、闘機大会の様子にかなり興奮気味だ。
まるで子供だなと思ったが、イーグレットはそれを顔に出す事無く、言葉を続ける。
「流石に彼ほどの実力を持つ者はまだ一握りですが、当学園の教育に因る所が多分にあると自負してございます」
「そりゃ自慢したくもなるわな。2年前には“騎士の中の騎士なんて化物みたいな奴も輩出してんだしな」
2年前の闘機大会でイーグレットはシルフィリットの出場を推薦し、そして彼はそこで圧勝した。
その上、その年のゲストだった“楯聖”と“斧聖”が彼との対戦を希望し、その結果、シルフィリットはその2人を次々と撃破して、フォーガン国王に見初められ、称号を賜ったのだ。
今回はタイミングの問題で推薦は行えなかったが、なんの運命の悪戯か、ショウマが突如出場する事となり、その話を本人から直接聞いたイーグレットは諸手を上げて、それを認めた。
シルフィリットただ1人だけでは、彼に才能があっただけと思われるだけだが、2人、3人と続けば、才能を開花させた学園の優秀さを示す事になる。
またこうした慣例を続けていけば、わざわざ推薦しなくても闘機大会への出場権を賜る事が出来るようになるかもしれない。
そうなれば今以上に支援してくれる者も増え、財政に余裕が生まれるだろう。
打算的と言えば聞こえは悪いが、資金は重要だ。
これも学園をより良く運営する為のイーグレットなりの方法なのだ。
財政が豊かになれば、施設の拡充も出来るし、職員の雇用人数も増加させる事が出来る。
そうなれば入学人数を増やす事も出来る。
将来的には騎士や技師の育成だけでなく、誰でも学問を学べる場に出来ればと思っている。
私利私欲の為では無く、学園の為、そして国の為、世界の為に、イーグレットは行動しているのだ。
「ああ、そう言えば、君の所のお嬢さんも学園に通っているんだよね?」
シックはこの部屋に居るもう2人へと話題を振る。
「はい、そうです。幼い頃から騎士になるのが夢でしたので。少々、お転婆が過ぎますが、一体誰に似たのや――」
「あなたに決まっているではありませんか!私はあの子をもっと物静かでお淑やかに育てたかったのですよ。それをあなたは……」
ミルフォードの言葉を遮って、メアニーが口を開く。
「性格は父親に似たようだが、あの美しい容姿は母親似ではないか。何故、今日は連れて来なかったのだ?」
シックとしては娘も一緒に連れて来ると期待して、王族としては最底辺のアメイト家に闘機大会の付き添いを打診したのだ。
久しぶりに見たシアニーの姿は、多くの女性と身体を重ねたシックでさえ、見惚れる程の美しさだった。
王位継承権第1位のオーレリア家の嫡男と婚約を交わしている事から、誰も彼女に手を出そうとはしていなかったが、何に対しても自由で奔放なシックには、婚約者が居ようが、それが誰であろうが関係無かった。
気に入ったものは必ず手に入れる。それが彼の信条なのだ。
「あの子も成人した身。例え騎士を目指していようとも王家の女性です。少しは淑女としての嗜みを覚えて貰わねばなりませんので、王宮で行われる晩餐会への出席とさせていただきました」
メアニーはシックが自分達を誘った時点で、目的がシアニーであると気が付いた。
シックの女癖の悪さは昔からよく知っている。
血を分けた兄妹にも関わらず、メアニーもその美しさから何度も彼に襲われ掛けた経験があるのだ。
だからこそ、シアニーをこちらに来させる訳にはいかなかったのだ。
子供を守るのが親の役目。
いくら自分の理想通りに育たなかったとはいえ、愛する娘には変わり無いのだから。
「皆様。下の闘いも佳境に入ったようですよ?」
何処か険悪な雰囲気が漂い始めたのを察知して、イーグレットは話題を逸らす。
メアニーはともかく、シックの方はこれで釣れるはずだ。
「――おおっ!これは1機脱落か?」
案の定、シックは先程までの会話を忘れたかのように、バルコニーから首を伸ばし、闘技場内の光景に釘付けになる。
「これは目を離せませんな」
「ああ、今年は例年以上に面白いぞ!」
イーグレットの意図を察したのか、ミルフォードはシックの隣に立ち、相手をする。
横目で見ると、メアニーは安堵の表情を浮かべて、椅子に座りこんでいる。
未遂とはいえ自分を何度も襲おうとしていた相手に臆せず、母として娘を守ろうと必死に強がっていた彼女にミルフォードは感謝すると共に、改めて愛しさを感じる。
(性格が私似だって?どう考えたってそっちも母親そっくりではないか)
ミルフォードは苦笑するしか無かった。
* * * * * * * * * *
闘技場内は激しい攻防が繰り広げられていた。
大鎌が、長剣が、剣鋸が、丸盾が、激しくぶつかり合い、それを怒号が包み込む。
一番劣勢に立たされているのは武器が手元に無いエヌワース。
頑丈さがウリではあるが、元々鈍重な為、防戦一方。
その重量を支える為に他よりもパワーに優れているおかげで、なんとか凌いでいるが、ダメージの蓄積割合はかなり大きい。
『ほらほら!そろそろ観念したらどうなの?』
グランディスが左手の長剣でエヌワースの膝元を斬り付けつつ、右手の長剣をシルブレイドに振り下ろす。
ブレイドソーで防ぐが、一瞬動きが止まった所を、全てを斬り裂くように大鎌が振るわれ、寸での所で飛び上がって回避。
そのまま下半身を右回転、上半身を左回転させて、グランディスに回し蹴りを見舞い、ブラックサイズに剣を叩き込む。
だが、回し蹴りはグランディスの腕の甲で防がれ、斬撃はブラックサイズのマントに阻まれる。
「ちっ、厄介だな、あれは」
ブラックサイズの全身を覆う漆黒のマントは金属繊維で編み込まれているのか、それなりの硬度を持っている。
その上、普通の布のような柔軟さもあって、斬撃の威力を半減させてしまう。
おかげで有効打にならないのだ。
操縦者の技能がショウマと同程度なおかげでなんとかなっているが、総合的な機体性能だけで言えば、もしかするとシルブレイドに迫るかもしれない。
(…となると唯一マントが覆っていない頭部を狙うか、あるいは……)
ブレイドソーの鋸刃を高速回転させるチェーンソーモードなら、悪夢獣の闇の衣さえ斬り裂くのだから、あんなマントや魔動機兵程度の鎧甲なら、問題無く斬り裂く事が出来るだろう。
だがあれにはリスクがある。
魔動力さえあれば永遠と回転し続けるが、ショウマしか乗っていない今、回転させ続けるには、剣の柄頭から繋がった鎖を引き続けなければならない。
その為、片手の動きを封じられるだけで使い物にならなくなってしまうのだ。
相手が1機だけなら腕を取られる前に強引に斬り刻んでしまえるかもしれないが、複数の手練が居る現状で安易に使えばすぐに対策されてしまうだろう。
かと言って頭部を狙うのも難しい。
頭部は他の部位に比べて的が小さい。
身体の捻りや首の傾きだけで簡単に的が動いてしまう。
その上、ルール上の弱点となっているのだから、当然、頑丈に造られているはずだ。
動きを止めるか、不意を突かない限りはそう簡単に破壊出来はしないだろう。
「……となると、残る手段は……」
奥の手はある。
だがそれは危険な賭けでもあった。
使用すればグランディスと互角以上の戦いに持ち込む事が出来るだろうが、もしそれで倒せなければ、敗北は必至だろう。
「くそっ、結局、今の段階じゃ1機ずつ相手するのが一番効率的じゃねぇか」
ほんの僅かな時間でそう結論付けたショウマは迫り来るブラックサイズを迎え撃つべく、剣を構える。
『ちょっと!私の獲物を横取りしないでよね!!』
ほぼ同時に反対側からグランディスも迫ってくる。
2対1で、しかも挟み撃ちでは分は悪い。
が、少し後ろにそれが落ちているのを発見し、妙案が浮かぶ。
「はははっ、これも日頃の行いのおかげかな」
ショウマは笑みを浮かべながら、後ろへと飛び退く。
突進してくる2機とバックステップするシルブレイド。
速度という面では断然に前者が有利であり、当然、その差は一気に縮まる。
大鎌が振り上げられ、2本の長剣も振り上げられる。
だがショウマに焦りは無い。
後ろに下がった分、2機が攻撃の間合いに入るには後数歩が必要だ。そしてその数歩分の時間があれば、状況を打開するのに十分間に合う。
シルブレイドは後ろに下がりながら身を屈めて剣を持たない左腕を地面へと伸ばし、そこにあった物をしっかりと掴む。
それはエヌワースが手放したフレイルだった。
そしてそのまま上半身を回転させる。
シルブレイドのパワーと遠心力によって、掴んだそれはまるで蛇のようにうねり、その頭部にある刺々しい石頭がグランディスの横合いから襲い掛かる。
予想もしていなかった攻撃に対し、グランディスは全速で突進を仕掛けていた為に止まる事が出来ない。
このままでは直撃すると判断したグランディスは、更に前へ出る事で鉄球の直撃は免れる。
だが太い鎖はその腹部に直撃。
ダメージ自体は大した事は無いが、その衝撃でよろめき、突進力は激減。
しかしそれだけでは終わらない。
シルブレイドはフレイルがグランディスに当たったのを見た直後に振り抜いた手を離し、その勢いで取っ手が宙を舞う。
しかもグランディスの腹部を支点に弧を描くようにフレイルは飛び、まるで締め上げる様にグランディスの腕に、脚に、胴に絡み付く。
「ここが勝負所だ!オォーバァァーブゥーストォォォッ!!!」
ショウマが吠え、奥の手である特殊コマンドを入力。
直後、シルブレイドの肩と腰の背面、そして脹脛の鎧甲が展開し、内部から爆発的に風が噴き出す。
下がっていたはずのシルブレイドは、一瞬の停止すら無く、暴風によって前方へと一気に押し出される。
ブラックサイズが大鎌を振り下ろすより早く、その脇を通り抜け、一気にフレイルに雁字搦めになっているグランディスとの間合いを詰める。
『あらん、あなたってこういう趣味だったのねぇ?』
『んな訳あるかぁぁぁぁ!!!』
身動きが取れない事で負けを悟ったのか、それともそれがいつもの事なのかは分からないが、グランディスの操縦者であるオカマは相変わらずの軽口を叩く。
だがそんな特殊な性癖を持たないショウマは、当然の事だが全否定しつつ、その両膝の間接を剣で斬り裂く。
支えを失ったグランディスが轟音と共に地面へと落ちる。
「これで1つ!」
一番厄介な相手を戦闘不能にしたが、ホッとしている暇は無い。
爆発的な加速を得られるこのオーバーブースト状態には時間制限がある。
更に各部が異常な程加熱するので、使用後は暫くクールタイムが必要となり、連続使用が出来ない上に、冷却するまでの間、機体性能が落ちるのだ。
となればオーバーブースト状態にある内に、最低でももう1機は倒しておきたい所だ。
周囲を見回し、エヌワースの方が近いと分かったショウマは、超加速で一気にエヌワースへ迫る。
エヌワースの真横の地面に剣を突き立てて、急制動と急旋回を同時に行って背後に回ると、そのまま頭部へハイキックを見舞う。
流石に頑丈さが取り柄なだけあってその程度では破壊されないし、頑丈な為、脚を振り切ることが出来ない。
だがシルブレイドは頭部にある爪先を起点に踏み潰すように全自重を掛けて上空へ飛び上がる。
エヌワースの頭部がひしゃげるが、まだ破壊したと言える程では無い。
上空に舞い上がったシルブレイドはブレイドソーの剣先を下に向け、落下に自身の放つ暴風を上乗せして、エヌワースの頭に突き刺す。
頭部の半分程まで突き裂いた所で慌てて剣を引き抜く。
もしこのまま勢いに任せて完全に貫いてしまうと胸部にある操縦席を両断してしまいそうだったからだ。
魔動機兵に内蔵されているものと闘技場に張られた2つの防護魔動陣が操縦者を守ってくれるだろうが、万が一という事も有り得るからだ。
地面へと着地した直後に、プシューという音と共に背中側から白い蒸気が立ち昇り、展開していた鎧甲が元の位置へと戻る。
それと同時にエヌワースが膝から崩れる。
「2機がやっとかよ……っていうかこいつ硬過ぎだろ!」
エヌワースの頭部を一撃で破壊出来れば、ブラックサイズにまで攻撃を仕掛ける事が出来ただろうが、思っていた以上に硬かった。
最初から剣を使えば良かったと思ったが、後悔しても今更なので、頭を切り替える。
『さぁて、残るはお前だけだ!』
シルブレイドは剣先を指し向け、最後の1機であるブラックサイズと対峙するのだった。




