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異世界の機兵騎士  作者: 龍神雷
第3章 王都祭典編
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第48話 黒き髪と瞳を持つ迷子

 シアニーは窓辺に座って頬杖をつき、物憂げな目で眼下の賑わいを見詰め、そして時々思い出したかのように溜息を吐く。

 肩から胸元まで大きく開いた薄い青のドレスに身を包み、首には煌びやかな宝石があしらわれた、いかにも豪華なネックレスがあり、その美貌を更に際立たせている。

 トレードマークである耳の後ろ側で纏めたツインテールは封印し、全体的に髪を結い上げた彼女は、その憂いを帯びた表情と相俟ってどこか大人の色気さえ感じる。

 もしその姿を男性が見たら放っておけずに、ついつい声を掛けてしまう事は間違いないだろうが、この場にはそんな人間はいない。

 フォーガン王城の一室であるここは、男子禁制の王家の女性の為だけに用意された茶会室だ。

 部屋の中では彼女の母親であるメアニーをはじめとした何人もの王族の女性が思い思いに談笑している。

 メアニーにしてみれば、血の繋がった親戚や同じ妻という立場、子を持つ母という立場柄、日頃の不平不満やら家族には言えない悩み、そして夫や子供の自慢などが出来るこのような場はストレス発散に良いのだろう。

 この場にはシアニーと同年代の従姉妹も多くいるが、漏れ聞こえてくる話の内容を耳にして再び溜息が洩れる。

 どこそこの大貴族の男が何人も自分に求婚してきて困るとか全然困っていない風な表情で笑って話していたり、どこそこの誰々よりも高い宝石やドレスを身に着けているとか、自慢話的に語り合っている。

 かと思えば、豚みたいな気持ち悪い男から声を掛けられ、近付いて来ないよう護衛に徹底的に痛めつけさせたとか、身分の差を分かって無い者を王族という権力で屈服させて奴隷のように扱っているとか、王家の血筋に生まれたというだけで鼻を高くしているような低俗とも言える内容の会話なども聞こえてくる。

 まるで意図的に王家の名を辱めているように思えて、怒りを通り越して呆れを覚えるが、それをこの場で指摘した所で一笑に付されるだけ。

 アメイト家が王族の中でも下の地位だから何を言っても、まともに聞いて貰えるとは思えないというのもある。

 だが、それ以上に、生まれながらに王家というぬるま湯にどっぷりと浸かっている彼女達には、最高位の身分を持つ自分達に逆らう愚か者は居らず、自分達がその権力を行使する事は当然の事であり、不思議にすら思っていないのだ。

 恐らく罪悪感さえ感じていないのだろう。

 だからこそこうして笑って喋っていられるのだ。

 だがアメイト家は違う。

 メアニーは、優秀な騎士だったとはいえ平民出であるミルフォードを婿養子として迎え入れた。

 この事から分かる通り、彼女も王家という特権階級に驕る事は無く、例え平民出や貧民出であろうと人権を無視するような扱いをする事は無かった。

 当然、ミルフォードも王家に迎え入れられ大出世を果たしたとはいえ、その根本は平民である為、下々の者を無碍に扱うような真似はしなかった。

 そんな両親から育てられたシアニーもまた、王家の威光に頼るようなことは、当然しなかった。

 シアニーが年に1度のこの王族の集まりに参加したく無かったのは、アレスと会いたくないという理由もあったが、幼い頃から毎年のようにこのような王族としての誇りを感じない遣り取りを見聞きして来ていたからだった。

 だから彼女は自分だけでも王家の誇りを守り、その名を汚さないように努めてきたのだ。


(はぁ~、こんなとこに居ると気が滅入りそう。私もあっちに行きたいなぁ)


 こんな面白くも無いお茶会に参加しているより、窓の向こうに見える騒がしくも楽しそうなお祭り騒ぎの場に居た方が、どれ程楽しい事か。


(そこにあいつが一緒だったら……)


 ショウマが王国祭を見学する為に王都へ来るという事は聞いていた。

 王国祭の始まる前日には来ているはずなので、今この瞬間、この街の何処かに彼はいるのだろう。

 つい眼下に見える人だかりに視線を彷徨わせるが、これだけの人の中からそう簡単に見つかる訳もない。

 もし見つける事が出来たのなら、それは奇跡だ。

 だが例え見つける事が出来ないと分かっていても、彼の事を考えながら外を眺めているだけで、荒んでいた心が洗い流されていくような気分になり、物憂げだった表情も徐々に柔らかいものになっていった。


「あはは、自分で言うのもなんだけど、私って単純よね~」


 自嘲気味に笑顔を浮かべる。

 ショウマの事を考えるだけでここまで心が軽くなるのだから、そう思うのも当然だ。


「あいつは今頃、何してんのかな~」


 シアニーは行き交う人々の流れを楽しそうに眺めながらショウマの事を思い浮かべている頃、そのショウマはというと……。


「はぁ~、なんでこう面倒事ばかり転がり込んで来るかなぁ~」


 ショウマはげんなりとした顔でぼやいてしまう。

 レリアとの早朝訓練を終え、アーシェライトが起きて来たのを機に、まず最初にキングス工房王都支部へと出向き、挨拶とシルブレイドの格納の礼を言いに行く。

 すると逆に礼を言われてしまう。

 シルブレイドにこれまでにない未知の技術がふんだんに使われているという事をイムリアスから聞いていたのか、それを間近で見る事が出来ると興奮気味だ。

 シンロード支部の魔動技師達もそうだったが、その性分上、未知の技術というものは3度の飯よりも楽しみで好きなものなのだろう。

 若干引き気味に工房を後にし、早速街へと繰り出す。

 門の近くや主会場である中央広場と異なり、キングス工房のある工房街周辺は魔動技師による自作魔動具の展示販売がメインとなっている。

 何に使うかは分からないが7色の輝きを放つライトやビックリ箱のように触ると中に入ったものが飛び出す宝箱、自動で動くミニチュアサイズの魔動馬の模型など、魔動具というよりも玩具の博覧会を見ているようだった。

 どれも単純そうな造りに見えるが、彼らからしてみれば、自身の持てる技術の粋を集めた最高傑作なのだろう。

 その証拠にアーシェライトはキラキラした瞳で魔動技師の説明を聞き、質問し、時折「なるほど」などと感心しながら魔動具を眺めている。

 騎士であるレリアの方は暇をしているのかと思えば、原理は分からなくとも玩具のように様々なギミックが施され、予想しなかった動き方をする魔動具を、こちらも嬉しそうに触ってはしゃいでいる。

 ショウマもショウマで向こうの世界の知識から似たような造りのものを思い出して、こうしたらどうだ、ああしたらどうだとアドバイスをしたり、レリアと同じように単純に面白い動きをする魔動具を見回って楽しんでいた。

 そんな中、事件は起きた。

 いや事件と言ったら仰々しい事なのだが、それぞれがぞれぞれに自分勝手に楽しんでいたものだから、1人、また1人と逸れていき、気が付けばショウマただ1人。

 つまりは迷子になってしまったのだ。


「こういう時こそ電話があれば便利なんだよなぁ~。こんな事なら待ち合わせの場所でも決めておくんだったな」


 無い物ねだりをしてもしょうがないが、そう思わざるを得ないのも事実。

 大通りと比べて人通りは少ないとはいえ、かなりの人数の人間が行き交っている。

 当ても無く無闇に探しまわれば、行き違いになる可能性もあるだろう。

 なのでショウマは自ら動き回る事はせずに、少し開けた路地の角に立って2人を探す事にした。

 この場所なら周囲全体を見回せるし、向こうからも見つけやすいと踏んだのだ。

 どれくらいの時間を過ごしただろうか。

 逸れた事に未だ気付かずに魔動具を見て回っているのか、一向に知り合いの少女2人の姿を見つける事は出来ない。

 だがその代わりと言ってはなんだが、いつの間にかショウマの足元には見知らぬ少女がちょこんと座りこんでいた。


「えっ?!」


 いつの間にか隣に居たという驚きはあったが、それ以上にその少女の外見に驚く。

 少女の髪色はショウマと同じ漆黒だったからだ。

 体育座りのように膝を抱えて座り込んで顔を膝の間に埋めている為、少女の顔は見えないが、ノースリーブの白いワンピースとまるで透き通るような白い腕と足が、より一層に黒髪を映えさせていた。

 一瞬、同じ異世界人かとも思ったが、救世主の伝承は王都の方が有名であるらしく、髪を黒く染める者はシンロードの街よりも大勢居る。

 アイリッシュが50年以上探して、ようやくショウマという1人の異世界人を探し出す事が出来た事を考えれば、隣に座り込む少女も安易に異世界人であると考えるより、ただ単に髪を染めた1人なのだろうと判断する方が妥当だろう。

 唐突に「別の世界から来たのか?」なんて尋ねて、もし間違っていたら、変人扱いされるのが目に見えている為、おいそれとそんな質問も出来る訳がない。

 だから無難な質問を投げかけた。


「どうした?誰かと逸れて迷子にでもなったのか?」


 自身の事を棚に上げてそんな事を尋ねてみる。


「…………迷子じゃ…無いもん……お姉様が来るのを待っているだけ……だもん………」


 顔を上げる事も無く少女はそれだけを呟き、更に膝に顔を埋める。

 どうも掛ける言葉を間違ってしまったようだ。

 だがショウマはめげることなく、話し掛け続ける。


「そっか。実は俺の方も迷子になった知り合いを探しているんだ。けど中々見つからなくてね」

「…………………」


 なんとか会話を続けて見ようと思うも少女からの返事は無い。


「あっ、そうだ。そのお姉さんの特徴を教えてくれたら、一緒に探してやるよ。俺って結構目が良いんだぜ!」

「……………………」


 一瞬、少女の肩がピクリと反応したがそれだけで、相変わらず膝を抱えて顔を伏せたまま。

 ショウマは1つ小さく息を吐く。


(さて、どうしたもんかな)


 何故見も知らぬ少女の事をここまで気に掛けるのか、自分でも分からなかった。

 黒い髪に共感を覚えただけかもしれないし、同じ逸れた者同士としての共感かもしれない。

 ただなんとなくだが、この少女をこのまま放っておいてはいけないという気がしたのだ。


「ほら、そんな所に座り込んでいたら、お姉さんだって気が付かないで見つけられないかもしれないし、顔を伏せていたら見つける事も出来ないぜ?」

「お姉様は絶対に見つけてくれるもん!!あの時だって、最初に見つけてくれたのはお姉様だったもん!!!」


 ショウマの言葉の何かが少女の逆鱗に触ったのか、伏せていた顔を向けて、これまでにない大きな声を上げる。

 切り揃えられた前髪と腕や足と同じくらいに白い顔。すっきりとした鼻立ちと小さめな口が、どこか日本人形な雰囲気を思わせる。

 だが人形では無い事を示すように、彼を見上げる漆黒の瞳は、強い意志を宿して見開かれ、その視線と合った瞬間、ショウマは思わずその黒さに吸い込まれそうになった。

 少女の言う“あの時”の事は分からないが、その強い意志から彼女が姉を信じて疑っていないのは、よく分かった。

 そして同時に、黒髪黒瞳という存在に、ついさっき否定した異世界人という可能性が心の中に再浮上する。

 それは少女の方も同じだったようだ。

 それまで顔を伏せて見向きもしなかったから気が付かなかったが、視線が交わり合った瞬間、まるで全身に電気が走ったような衝撃が走った。

 怒りで見開かれていた目は、今は驚きで更に開かれる。


「なぁ、もしかしてお前――」

「ああ、居ました!ショウマさん、探しましたよ」

「全く。祭で気分が浮ついているからといって、逸れるんじゃない」


 少女に尋ねようとした直後に背後から、アーシェライトとレリアの声が聞こえ、そちらに視線を送る。


「浮ついて逸れたのはどっちだよ――ってあれ?あの子は?」


 意識が2人に向き、改めて少女を問い質そうと振り返った時には、既にそこに黒髪黒瞳の少女の姿は無かった。


「どうかしたんですか?」


 首を傾げるショウマにアーシェライトは不思議そうな目を向ける。


「え、あ、いや、うん。何でも無い」


 一瞬、あれは逸れて心細かった自分が生み出した妄想では無いのかとも一瞬頭を過ったが、あれ程強烈なインパクトを感じたのだから、妄想とは言い難い。

 それ程までに少女の黒い瞳はショウマの心に焼き付いていた。

 それに単なる勘でしかないが、あの少女とはまたどこかで会えるんじゃないかという確信めいたものも感じていたので、それ以上考える事は止めた。

 自分という異世界転移者が存在する以上、ただアイリッシュが探し出せなかっただけで、この世界には自分以外に何人もの転移者が居るのではないか。

 そう思うショウマであった。



 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *



 蝋燭の明かりの中、皺枯れた老人の顔だけが浮かび上がる。


「全ての準備は整え終えました」


 目の前にある闇の中から聞こえた声に老人はゆっくりと頷く。


「あの者の方も滞り無いとの報告が入っております」

「後は狼煙を上げるだけでございます」

「焦る気持ちは分からんでも無い。だが間も無く機は熟す。後たった2日だ。その時こそ、このフォーガンという国が滅び、我が祖国、アルザイルを取り戻す時」


 老人が愉悦で顔を歪ませる。

 あの屈辱とも言える反乱が起きた日。

 絶望と共に逃げ出したあの日。

 そして復讐を誓い、陽の光の差し込まぬこの地下に潜んだあの日。

 ここまでずっと耐え続けて来た。

 それが数日後には結実するのだ。


「余こそがこの世界に覇を唱える皇帝なのだ!アルザイル帝国に栄光を取り戻さん!!」


 老人の名はフォルテ=ヴァン=ユスルフ=アルザイル。

 齢90歳を超えて尚、その内にある野心の炎を絶やさぬ、旧アルザイル帝国を武力で支配し、世界で唯一、フォーガン王国に傅かなかった最後の皇帝だった男。

 彼の目には帝国を失墜させた原因となるフォーガン王国への復讐しか無かった。

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