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異世界の機兵騎士  作者: 龍神雷
序章 異世界の地に
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第5話 異なる世界の機兵

「う…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」


 守れなかった後悔。

 大切な人を失った悲しみ。

 奪ったものへの怒り。

 肝心な時に動けなかった後悔。

 あの笑顔をもう2度と見る事が出来ない悲しみ。

 何も出来なかった無力な自分に対する怒り。


 ショウマの頭の中を感情が渦巻く。

 だがショウマの思考は感情の奔流に流される事は無かった。

 逆に冷静さを取り戻していた。いや、冷酷さと言っても良いかもしれない。

 ギニアスとカティー。

 この世界で出会った大切な家族を失ったにも関わらず、ショウマの漆黒の瞳には涙さえ浮かんでいない。それどころか逆に強い決意を宿していた。

 目の前に悪夢獣がいるにも関わらず、ショウマはまるで自分を邪魔するものなどいないかのように、ごく自然に隣に鎮座する巨大な白銀の魔動機兵をゆっくりと見上げ、そしてよじ登り始める。

 ショウマの動きがあまりに自然な動作であった為か、それとも自らの爪を舐めるのに必死だった為か、悪夢獣は彼が魔動機兵の操縦席へと乗り込むのを許してしまった。

 薄暗い操縦席の中でショウマは慣れた手つきで身体を固定するベルトを締める。

 ギニアスの見立てではこの機体は動かない木偶人形だと言われていた。

 恐らくこの世界で最高の知識と技術を持った魔動技師でも同じ見立てをするだろう。

 それも当然だ。

 この機体には魔動力炉が搭載されていない。つまり魔動機兵では無いのだ。

 ショウマの記憶にあるこの機体を表す総称はヘビーギア。

 8m程の人型で、鎧騎士風な姿はどちらも似通っているが、その動力部はこの世界とは異なる技術、異なる力で動いている。

 その力の名は電力。

 魔動力が存在しないショウマの記憶にある世界は、魔動力とは異なるエネルギー源を生み出し、それを利用していた。

 故にこの白銀の機体が動かなかった理由は単純。エネルギー不足によるものだったのだ。

 だが、今のショウマはこれが動くという確信がある。

 この2ヶ月間、動かないが、ショウマの記憶に関係があるだろうという事で、ずっとこの場所に保管してあった。

 そしてヘビーギア全般には光によって自家発電するシステムが組み込まれている。

 その事実を知らなかった為に積極的に光を当てていた訳ではないが、この場所で作業をする場合は、例え昼間でもライトによって光が照らされていた。

 それ故にある程度、充電がされているのは明白だった。

 ショウマは懐から手の平程の大きさのカードを取り出す。それはギニアス達に助け出された際に彼が持っていた所持品の内の1つだ。

 記憶に繋がる物だろうという事で常に持っていたものだが、今ではそれがどういうもので、どういう役割がある物なのか知っている。

 操縦席前面にあるスリットにカードを差し込む。

 ヴゥンという鈍い音と共に操縦席内の様々な計器に淡い光が灯る。

 計器類にはそれが何かを表す文字も同時に浮かび上がる。そこに書かれてある文字をショウマは読み取る事が出来た。

 その文字はこの世界では古代に栄えた魔動王国の時代に使われ、どんな魔動具にも使用されている言葉――魔動王国語だ。

 ギニアスの手伝いで魔動具を見た時は、読む事も出来ず意味すら分からなかったが、今ならばそれがどんな言葉でどんな意味なのか理解する事が出来る。

 記憶の中では日常的にその言葉を使っていた。

 以前、勉強を教えてくれた学者が言っていた事を思い出す。

 魔動具を生み出した創始者は黒髪黒瞳の人物だったという仮説があると知り合いが言っていたと。

 もしかすると魔動具を作り出した人物はショウマと同じ世界の人間なのかもしれない。だが、そんな事は正直どうでもいい。

 今のショウマにとって、書かれてある文字がどういう内容なのか解ればいいのだ。

 今一番知りたいものはエネルギーの残量。

 それはすぐに見つかる。

 上から順に幅が狭くなっていく5つあるゲージの内、一番幅の狭い最下段だけが点灯している。

 それは僅かではあるがエネルギーが残っているという意味。

 どれくらいの稼働時間かは分からないが、目の前の悪夢獣に一矢を報いるくらいの時間だけあれば十分だった。

 ショウマは1つ大きく息を吐くと、操縦桿を握る。

 魔動力を通して思考を読み取って動く魔動機兵と違い、ヘビーギアは足元にあるペダルと両手の操縦桿を物理的に動かすことで様々な動きが出来るようになる。

 複雑な動きをする為にはそれなりに操作方法を熟知していなければいけないが、ショウマの頭が、身体が操縦方法を覚えている。

 だから正面モニターに外の映像が映し出され、目の前に悪夢獣の顔が迫っているのを確認するや否や、右の操縦桿を思いっきり押し出す。

 それに呼応して白銀の機体は悪夢獣の顎の1つに向けて右拳を振り上げる。


「RAGUUUUaaaaaaaa!!!!!!!」


 グシャリという顎の骨を砕く鈍い音の直後、悪夢獣はこの世のものとは思えない叫び声を上げ、砕かれた顎を両手で押さえて仰け反る。

 その隙にショウマは足に力を込めて機体を立ち上がらせる。


「動けなくなる前に倒してやる!!」


 怒りを露わにしながらショウマは悪夢獣に詰め寄る。

 怒りの感情を爆発させながらも、我を失ってはいなかった。

 近付かせないように振るわれた鋭い前爪の一撃を見切り、その懐へと飛び込むと、先程砕いた顎に追撃の拳を見舞う。

 更に左回し蹴りで防ごうとした腕ごと穿ち、弾き飛ばす。

 勢いよく転がり、工房の壁を破壊しながら外へと飛び出した悪夢獣を追い掛け、更なる追撃を放つ。

 顎を完全に砕かれ、血塗れとなった右側の頭の頭頂部へ肘を打ち下ろし、頭蓋を砕く。

 どんな異形の存在であろうと、元となっているものは生物だ。

 脳か心臓を潰してしまえば、その生命活動は終わる。

 3つの頭を潰すのは手間だが、見た目だけでは心臓の位置は分からず、1つしか無いとは限らないので、こっちの方が楽だとショウマは判断したのだ。

 白銀の機体は悪夢獣が体勢を持ち直す前に死角となる背後へと回ると手刀を振り下ろして左上での1本を叩き折る。

 振り向きざまに振るわれた爪の一撃も上体を後ろに逸らす事で避け、そのまま足を跳ね上げ、真ん中の顔の顎を蹴り上げる。

 武器を持つ魔動機兵は悪夢獣と互角に戦えると言われているが、この白銀の機体はパワーもスピードも悪夢獣を遥かに凌駕し、圧倒していた。

 異世界の技術がこの世界の技術を上回っているのか、この悪夢獣がその程度の強さだったのか、比較対象が無いので比べる事は出来ないが、今の状況ならば悪夢獣を完全に倒す事が出来るだろ

う。

 カティーとギニアス。そして犠牲になった村の人達の仇を討ち取る事が出来る。

 ショウマはその想いと共に満身創痍の悪夢獣へと更なる攻撃を繰り出す。

 悪夢獣の方も流石にこのままでは殺されると悟ったのか、残った腕で最後の1つとなった頭を覆い、守勢に回る。

 しかし度重なる攻撃で全身は傷付き、頭を守っていた腕も力を失い、ダラリと垂れ下がる。


「こいつでー!!!終わりだーーーーー!!!!!」


 弓を引き絞るように大きく右拳を引き、全ての力を込めて打ち放……とうとした瞬間、ガクンと機体が揺れ、操縦席内を照らしていた光が一瞬全て途絶える。

 再び点灯するが、その光源は弱々しく白熱灯のようなオレンジ色で染まる。


「な…なんで……なんでここで止まるんだよ!!動けよ!!あとほんの少しで良いんだ!動けよぉぉぉーーー!!!!!」


 エネルギー切れ。

 ショウマがどんなに叫ぼうが喚こうが、ガチャガチャといくら操縦桿を動かそうが、白銀の機体が動く事は無い。

 操縦者の保全と脱出機構の作動の為に操縦席内に電力は通っているが、それも僅かな量でしか無い。数分もこの状態が続けば完全にエネルギーは尽きるだろう。

 外の映像を映していたモニターも消えてしまい、目の前の悪夢獣がどうなっているかも分からない。


「くそっ!それなら!!」


 ショウマは悔しさに顔を歪めながら操縦桿に拳を叩きつけた後、急いでベルトを外して操縦席を這い出す。

 相手は瀕死とはいえ巨大な悪夢獣だ。

 武器も持たず生身で外に出る事は無謀と言えるだろう。

 だがショウマは例え自分が殺されようと、あの悪夢獣を逃がす訳にはいかなかった。この世界での幸せを奪った悪夢を許すわけにはいかなかった。

 操縦席を出たショウマが最初に目にしたのは身体を引き摺るように逃げ出す悪夢獣の後ろ姿。その姿は村を蹂躙した脅威とはとても思えないほど弱々しく、今にも消えてしまいそうなほど小さ

く感じる。


「くそっ、逃げんな!逃げるんじゃないよ!!!全てを壊しておいて逃げるんじゃねぇぇぇぇよぉぉぉぉぉーーーー!!!!!」


 先程まで冷静に状況を見極め、冷酷に悪夢獣を追い詰めていた人物と同一人物とは思えない程、みっともなく取り乱し、その目に涙を溢れさせ、震える身体で遠ざかる悪夢獣の背中を見つめ 続

る。

 しかしその姿が徐々に離れて行くのを見るのも耐え辛く、ショウマは白銀の巨人の肩に膝を落とし、項垂れる。


「ちくしょう…ちくしょう……ちくしょう………」


 先程まであれほど鮮明だった思考は悲しみと怒りと悔しさで埋め尽くされていく。


 もっと早く行動すれば助けられたかもしれない。

 もっと早く記憶を思い出していれば、誰も犠牲にはならなかったかんもしれない。

 もっと効率的に動けばエネルギー切れにならなかったかもしれない。

 もっと…もっと……もっと………もっと自分に力があれば…………。


 悪夢獣に対する怒りよりも、自分自身の無力さに怒り、苦しみ、嘆く。

 自己嫌悪の螺旋に陥り、感情に押し潰されかけた刹那、ショウマの心は自己防衛反応を起こし、その意識を強制的に閉ざすのだった。



 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *



 ベルグルッドは焦っていた。

 部隊長という立場上、表立って顔には出さないが、焦りは隠せない。

 その理由は1週間程前に自分が指揮する機兵部隊が追い詰め、しかし取り逃がしてしまった悪夢獣が発見されたという報告を受けたからだ。更に言えばその進路上に村が1つある事が分かった

為、尚更に焦っていた。

 土色の自身の愛機・ファルブレイドを全速で駆けさせるが、その速度は早馬を駆けさせるより少し速い程度。

 最速最軽量を売りとした最新量産機のシルドーラでも馬の2倍の速さが精々といった所だろう。

 かつては電光石火の如き動きを可能とした魔動機兵もあったらしいが、操縦者への負担と高い操縦技術が必要であり、ごく僅かな騎士にしか操る事が出来無かったという事で、今では製造され

ていない。

 仮に現存していたとしてもそんなものはベルグルッドを始め彼の部下達も扱う事は出来そうに無いし、今現在、その機体に乗っていないのだから考えるだけ無駄というものである。


『隊長!悪夢獣を発見しました!で、ですが……』


 ベルグルッドよりも前方を進んでいた部下隊員の1人が歯切れ悪く報告してくる。

 先行偵察要員として、彼の魔動機兵には“トオミ”と呼ばれる、遠距離にあるものがまるで手の届く近くにあるように見える魔動具が備わっている。その為、他の誰よりも先に目標を発見する

事が出来るのだった。


『報告はいつもしっかり正確に伝えろと言っているだろ!』


 ベルグルッドは報告してきた部下を怒鳴り付ける。

 報告は事実をありのまま正確に伝えろといつも注意しているのだが、中々治ってはくれない。これだから今の若い者はなどと年寄りくさい言葉が頭を過ぎるが、正直な所、内心の焦りを部下に

当たっているに過ぎないのだと気付き、それ以上の叱責を行わず報告の先を促す。


『それで、目標の状況は?』

『はっ!申し訳ありません!!それで目標の悪夢獣なんですが……一言で言いますと重傷でかなり弱っています。3つあった頭部の内、右と中央は完全に潰れ、右の前足は折れているのか3本全

てがありえない方向へ曲がっています。左の前足も動いているのは1本だけのようで、後ろ足も引き摺っているような状態です!』


 ベルグルッドはその報告に驚きを隠せなかった。

 今回の悪夢獣は比較的弱い部類に入る。とはいえそれはあくまで悪夢獣全体から見た場合であり、例え弱い部類であろうと魔動機兵が数体がかりでようやく互角に戦えるのが普通だ。

 現にベルグルッド達も3人掛かりで挑んだにもかかわらず逃走を許していた。

 そんな相手に瀕死の重傷を負わせる事が出来るだろうか?

 魔動機兵が10機以上もあれば、それも十分可能だろう。だがそんな大部隊がこの地域に居るという話は聞いた事が無い。

 剣星や槍聖といった最強クラスの称号を持った騎士ならば1人でも可能かもしれない。だがこの先のフューレンの村に滞在しているという情報は無い。

 それ以前にこの地域にそんな大部隊や1人でも悪夢獣と戦えるような人物がいたら、機兵部隊がこの地域の警備に回される事は無い。

 ウェストン連合国家は、悪夢獣の発生源とされている禁忌の地に隣接している事もあり、西の国境沿いに大部隊を配している。当然、世界最大の激戦地である為、その損耗は激しい。大国のフ

ォーガン王国が援助しているとはいえ、資源も魔動機兵も騎士も十分とは言えない。

 そんな状況で無駄な人員を割く余裕など無いのだ。

 だが国境警備の目を掻い潜って侵入を果たしたり、禁忌の地以外で発生したような悪夢獣に対応する必要もある為、悪夢獣に対抗する術を持たない地域には、ベルグルッド達のような警備部隊が存在しているのだ。


『とりあえず重傷の理由を考えるのは後だ。瀕死だからといって見逃す理由は無い。悪夢獣の息を完全に止めるぞ!!』

『了解!』

『了解です!!』


 悪夢獣の生命力は常識を外れている。今にも死にそうだからといって放っておいて死ぬとは限らない。

 もし見逃したら再び脅威となるかもしれないのだ。

 ベルグルッドは部下2人に指示を出し、悪夢獣へと向かう。


『悪夢獣を目視で確認!会敵します!!』

『獣は手負いの時が一番危険なんだから、慎重に対峙するんだぞ』


 先頭を進んでいた部下が悪夢獣と戦闘に入る。

 彼の獲物は長槍であり、悪夢獣は手負いという事もあって動きは鈍く、確実にダメージを与えているのが分かる。


『よし!そのままこちらに追い込め!!』


 もう1人の部下も攻撃に加わり、巧みな連携でベルグルッドの元まで悪夢獣を誘導していく。

 追い立てられた悪夢獣は目の前にいる土色の巨人さえ突破すれば逃げ切れると踏んだのだろう。

 力を振り絞って加速を開始する。体当たりで蹴散らそうと考えた行動だ。 

 ベルグルッドのファルブレイドは速度を緩めないまま左腕の丸盾をかざして、それを迎え撃つ。

 激しい激突音の直後、それは世界にこだました。

 おぞましく耳触りで人の言葉では表現する事の出来ない音。だがそれは直感的に叫び声、それも断末魔の叫びだと分かる。


『これで終わりだな』


 どこから現れたのか、巨大な岩塊の槍が悪夢獣の胸を貫いていた。

 そんな状態でも尚も前に進もうと手足をバタつかせる悪夢獣を見つめながら、ベルグルッドは残っていた頭に剣を突き刺す。

 ビクリと一瞬、身体を震わせた後、悪夢獣の動きは完全に途絶える。


「ようやくこいつを倒せたか。後は……」


 ベルグルッドは悪夢獣がやってきた遥か遠くへと視線を送る。

 その先にはフューレンの村があるはずだ。

 そこで一体何が起きて、何故悪夢獣が瀕死の重傷を負っていたのか?

 その答えがそこにはあるはずだ。


『全機、フューレンを目指すぞ』


 そこでベルグルッド達は、壊滅したフューレンの村と返り血に塗れた見た事も無い型の白銀の魔動機兵、そしてその傍らで気を失って倒れている村の唯一の生き残りである黒髪の少年を見つける事となるのだった。

ようやく序章が終わり、次回より新章というか本編開始です。

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