第47話 この年代の老人は化物か?!
王都フォーガンは王国祭を明日に控えているという事もあり、人と活気で溢れていた。
外壁門に近いという事もあって、着いたばかりの観光客目当てに至る所に露天商が軒を連ね、それを物色する為に客が集まり、そして通行人はそれを眺めながら歩く。
あまりに多過ぎて人に酔いそうになる。
いや、実際、普段からぼっちで人慣れしていないアーシェライトは顔を青くして気持ち悪そうにしている。
「シェラが具合悪そうだし、まずは宿に行こうか」
ショウマは隣にいるレリアにそう言葉を掛けつつ、動けそうに無いアーシェライトをおんぶすると、イーグレット学園長が手配しておいたという“紺色の大鷲亭”という宿へと向かった。
途中何度か背中で「うっ」とか「うぷっ」とか聞こえるのに冷や汗を流しながら、大惨事になる前に“紺色の大鷲亭”へと到着した。
到着したのだが……
「ここで……いいんだよ…な?」
ショウマは呆けたように口を半開きにして見上げる。
「あ、ああ。学園長殿から頂いた地図とも合致しているし、宿の名も間違いない」
レリアも思わず見上げてしまう。
具合が少しでも良くなるように目を瞑っていたアーシェライトだったが、2人の様子がおかしい事に気付いて、目を開けて、2人が見ているものをその視界に収める。
「……マンション…いえ、ホテル…ですね……」
ショウマの耳元でボソリと呟く。
あちらの世界の転移者と転生者だから、一目でそれが分かった。
ホテルと言ってもいかがわしい方では無く、ビジネスホテルの方だ。
流石にコンクリートでは無く、切り出した石を積み上げて造られてはいるが、外壁よりも高い50m近い長方形の建物には等間隔でガラス窓があり、それが2棟並んで立っている。
目線を下に向けて正面を見れば、魔動力で開閉するガラス製の魔動ドアがあり、煌々とライトの輝きを放つその奥にはフロントらしきものが見える。
とりあえずこんな所で突っ立っているのもなんなので、意を決して中に入ると、フロントカウンター内に居たビシッとスーツを着込んだ初老の男性が最敬礼して迎えてくれる。
「え、えっと……シンロード魔動学園のものなんですけど……」
場の雰囲気に気圧されて、おずおずとショウマが切り出すと
「お待ちしておりました。すぐにお部屋にご案内致します。それとそちらの方のお薬もご用意致しますがどうされますか?」
そのあまりに親切で丁寧な対応に驚く。
安宿というか普通の宿の場合はその場で宿代を払うと同時に部屋番号の掛かれた鍵を貰うだけ。
その後は自分達で部屋を探すのが普通だ。案内板があれば親切な方だ。
だがここは部屋まで案内してくれる所か、具合の悪そうなアーシェライトを見て、薬まで用意すると言ってきている。
この対応だけでここが1泊いくらになるのか予想は出来るが想像するのは止めた。今回のような事でも無ければ庶民でしか無い彼らがこんな高級宿に宿泊するなど無いのだし、今回は全てイーグレット持ちなのだから、考えるだけ無意味というものだ。
高さがある為か、魔動昇降機、いわゆるあっちの世界のエレベーターがあったのだが、ショウマとアーシェライトは何となくあるだろうなと思っていたので、驚く事は無かったが、レリアは流石に目を丸くしていた。
だが全員が等しく驚きで目を丸くしたのはその次であった。
「こちらがお部屋の鍵にございます。お客様方のお部屋番号は5号室になっておりますので、この魔動昇降機にございます番号と同じ鍵穴に刺して頂ければ……」
初老のホテルマンもとい宿の従業員が説明しながら鍵を差し込むと軽い浮遊感を感じる。
リンゴンと鐘がなって昇降機が目的の階に到した事を示し、ドアが開く。
そこにはいかにも高級そうで柔らかそうな毛並みの長い絨毯が敷かれ、座ったら身体の半分くらいは沈み込みそうなソファや頑丈そうだが何処となくお洒落な木目調の机、いかにも高級そうな壺や動物の頭の剥製などがおいてある広いリビングがあった。
「お部屋にはこのように直通で繋がっております。鍵はこの1本しかございませんので、鍵をお持ちであれば他の者がこの部屋に出入りする事は出来ません。一応、反対側には非常用の階段がございますが、緊急時以外は使用しないようお願い致します」
つまり非常用階段へ通じるドアを内側から開けない限り、防犯も完璧という事である。
「……っていうか、ちょっと待った!もしかしてこの一部屋だけしか取って無いって事は……無いよな?俺達は男と女であって…それに特別な関係とかじゃないんだから!!」
ショウマも健全な男性である。
恋人同士でも無いので変な事をするつもりはないが、3日間も同じ部屋で寝泊まりするとなると、理性が耐えられず、間違いが起きてしまうかもしれない。
アーシェライトは気持ち悪さで考えられていないようだが、レリアの方は、元々妄想が激しい面もあり、顔を真っ赤にさせながらもその頬に両手を当てながら身体をクネクネとさせている。
「ご安心下さい。確かにリビングは1つでございますが、あそこに見える扉の奥には4つ個室がございます。寝室もそちらになりますし、個室毎に施錠も可能ですので、プライベートもちゃんと保証されております」
それを聞いてホッとする。
寝室が別でしかも施錠が出来るのであれば、色々と安心だ。
寝惚けて別の誰かのベットにダイブというお約束な展開もこれで防ぐ事が出来る。
「他に何か不明な事があれば、いつでもお聞き下さいませ。それでは私はこれで失礼させて頂きます。もしお薬が必要であれば、すぐにご用意致しますので取りに来て頂けると幸いでございます」
初老の従業員は再び最敬礼をした後、昇降機に乗って部屋を辞する。
どうやら下に降りる際には鍵は必要無いようだ。
しかし魔動力の無いショウマでは鍵の有無に関わらず、昇降機は動いてくれないだろうが。
「まぁ、色々と驚く事の連続だったけど、まずは……」
ショウマは早速個室の1つに入り、アーシェライトをベットに寝かせる。
「あ、レリア。悪いけど酔い止め?で良いのかな?そんな感じの薬を貰って来てくれるか?」
「ああ、分かった」
おぶっている際から熱い吐息を首筋に感じていたが、どうやらあまり調子は良くなさそうだ。
顔色は悪く、呼吸も荒い。
シルブレイドの修理や調整で寝不足が続き、体力が衰えていた所に、慣れない魔動機兵に乗っての長旅の疲れが重なって体調を崩してしまったのだろう。
本当ならシルブレイドを預かって貰うキングス工房・王都支部に挨拶に行こうと思っていたのだが、流石に彼女を置いて出掛ける訳にはいかない。
(まぁ、どうせ3日間も居るんだし挨拶は明日でもいいか)
こうして王都到着の初日は幕を下ろした。
* * * * * * * * * *
翌朝。
太陽が昇り始めたばかりの時刻にレリアは目が覚めた。
ショウマとの早朝訓練が日課となりつつあった為というのもあるが、壁を1枚隔てただけの同じ部屋にショウマが居ると思っただけで、胸が弾けそうにドクンドクンと脈打ち、眠りが浅かった為だ。
着替えようとベットを降りた所で目の前にある鏡に自身の顔が映り、空色の髪の毛がピンピンとあっちこっちに逆立っているのを見る。
自身の寝相が悪いのか、毎朝こうだ。
周囲を見回すが流石に個室内には洗面所は無い。
だが流石は高級宿なだけあって、部屋にはシャワー付きの風呂がある。
レリアはショウマに会う前に寝汗を流して寝癖を直そうと思い、上着を羽織り、着替えを手に持って個室を出る。
「おう、おはよう。早いな……ぷっ…」
なんという罠だろうか。
個室を出た瞬間、ソファの上で寛いでいたショウマと目が合う。
しかもレリアを見た瞬間に吹き出し始める始末。
「に…に……」
「に?」
「に…に……にぃやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
奇声を上げて彼女は浴室へと駆け込んだ。
暫くの後、なんとか落ち着きを取り戻し、身嗜みも整えたレリアは、日課である早朝訓練をする為、ショウマと共に宿にある中庭に向かっていた。
寝起き姿を見られてしまった恥ずかしさから、未だレリアの顔は赤い。
「なななななんだって、おおおお前は、あんなに早くにおおお起きてるんだ!」
「しょうがねぇじゃん。目が覚めちまったんだもん。自分ではあんまり気付かなかったんだけど、初めての王国祭って事で興奮してたんだろうな。いやぁ~、それにしても……」
ショウマは改めてレリアの顔を眺めて、思い出したように吹き出す。
「にぃぁぁぁぁ!思い出すな!考えるな!っていうか記憶から消せ!!」
「分かった分かったから、殴るのは止めろって」
恥ずかしさを紛らわせようとポカポカと殴り掛かるのなら可愛いものなのだが、レリアの場合、拳闘士的な戦い方をするおかげでドスドスと、それも突き上げる様に脇腹に打ち込んで来るので、結構痛いのだ。
「ぅぅ~、一生の恥だ……どう責任を……」
そう呟いた所でレリアの妄想が爆発する。
寝相の悪い自分が目を覚ますと、横には笑い声を堪える彼の姿が見える。
恥ずかしがりながら、はにかんだ笑顔で「寝癖、直してくれる?」と問うと、彼は笑顔で頷き、2人で浴室へ。
生まれたままの姿になった2人は互いに互いを洗い、そして……。
「お~い、レリア~?レリアさ~ん?」
ショウマの呼び掛けにはっと我に返るレリア。
「まだ眠いのか?」
「いいいいや、全然、眠くなんて無い!ほほほほら、私はこんなに元気だぞ!」
思い浮かべていた妄想を打ち消すように、レリアは体操を始めて元気アピールをする。
そんなレリアの姿にショウマが苦笑していると、背後から豪快な笑い声が聞こえてくる。
「がっはっはっ、中々面白い娘だのう。ふむ、お主らは騎士か?」
その声の主はすぐに分かった。
地毛が白なんではないかと思う程真っ白の白髪頭で、年齢と共に刻まれた深い皺のおかげでやや目尻が垂れ、白髪と相俟って相当な年齢の人物だという事が伺える。
だがタンクトップの下にある筋肉の鎧は衰えているようには見えず、年齢の割にピンと伸びた背筋のおかげでショウマ程の身長がある。
その手には鞘に収められた長剣を持っている事から、彼は騎士だったのであろう。
(もしかしたら現役って可能性もあるけど……)
ふとショウマは師匠の事を思い出す。
年齢的には師匠の方が年上に見え、その師匠は現役こそ退いたものの、ショウマを片手であしらう程の実力者だ。というかショウマの持つブレイドソーと同じものを二刀流で扱うのだから、もう化物といっても良い。
「あ、俺達はまだ学園に通う騎士の卵です」
「おう、そうであったか。じゃが王国祭が始まろうという日でも訓練に勤しむとは感心感心。どれ先達の身である儂が付きおうてやろうか」
「え、良いんですか?!ぜひお願いします!」
例え現役から退いていたとしても、この年齢まで生き抜いてきた実力と経験は侮れるものではない。
きっと学ぶ事は多いだろうとその申し出を二つ返事でショウマは受ける。
隣ではレリアが、ぶつぶつと「この人どこかで…」とか言って、また妄想の世界に入って行きそうだったので、とりあえず無視して老騎士の前へと歩み出る。
「ここは防護魔動陣が無いからの。鞘を付けたままで構わんか?」
「はい。万一の事があっても困りますからね」
「がっはっはっ、言うではないか。ならば先手を譲ってやろう。掛かってくるが良い」
老騎士が構えを取る。
隙と言える程の隙は無いが、攻めあぐねる程の威圧感は感じない。
だが油断は出来ない。
ショウマは正面から真っ直ぐ攻めると思わせつつ、フェイントを織り交ぜて、右手に回る。
老騎士は右手に長剣を持っている為、これで僅かではあるが、剣で防ぐ為に要する時間が増えるし、身体の向きを変えなければいけないので対応にも若干のロスが生じる。
捉えたと確信めいたもの感じながら剣を薙ぎ払う。
だが剣は何も手応えを返す事無く、すり抜けていき、その事に疑問を抱く前に額にデコピンを食らう。
「うあっ」
痛みはそれ程ではないが、思わぬ反撃につい呻きが口から洩れてしまう。
「くそっ、ならこれでどうだ!」
最初の一撃目は相手が老人という事もあり、手加減した部分があったが、どうやらそこまで手加減は必要なさそうだと判断し、ショウマは更にスピードを速め、フェイントも二重三重と組み合わせて、その背後を取る事に成功する。
完全に死角に入った所で最上段から斬り下ろす。
「ほう。儂に剣を使わせるとは中々見どころのある奴じゃな」
ショウマの振り下ろした剣は肩口の手前で、無造作に肩に担いだような剣の腹で受け止められていた。
その際、老騎士は一切振り返っていない。
その後、何度となく斬り掛るが、その全てを老騎士は避け、いなし、防ぐ。
そして何度目か分からない攻撃を防がれた所で、ショウマから攻撃する意志が消えた。
「ああ、くそっ!師匠といい、あんたといい、この年代の爺さんは化物ばかりかよ!」
大きく肩を揺らし、乱れた呼吸を整えつつ、悪態を吐く。
「がっはっはっ、伊達にこの年まで現役を張っておらん。じゃがお主は筋が良いぞ。正直、一番最初以外は反撃出来んかったからな」
老騎士の方も相当疲れたのか、その場に座り込む。
「とは言っても俺の攻撃が全て見えていたじゃないですか。あれだけ見えていたら俺が打ち込む前に攻撃出来たんじゃないですか?」
「ん?確かにお主の動きを目で追う事はなんとか出来たが、流石に死角からの攻撃は見えんかったし、この歳になると反応が鈍くなっての~」
「だけどまるでそこに攻撃が来る事が分かっていたかのようにことごとく防いでいたじゃないですか。もし見えていなかったら完全に防御なんて出来る訳が無いでしょう」
老騎士が言う通り、確かにそこまで反応速度が良かった訳では無いのは見ていて分かった。
だがショウマの攻撃はまるで吸い込まれるように老騎士の長剣に当たり、まるで陽炎を斬り裂いたかのように手応え無く空を斬った。
「ふむ。これは儂の感覚であって、それをお主が理解出来るかは分からんが、儂には攻撃の気配とでもいうべきものが、なんとなくじゃが感じるのじゃ。だからその気配にから遠ざかれば避ける事が出来るし、合わせれば防ぐ事も出来る。死角から攻撃されても分かるのは、その気配の為じゃ」
理論的に考えてしまうショウマには、その気配という感覚は理解出来なかったが、老騎士は先程、自分はまだ現役の騎士だと言った。
それはショウマの人生の何倍もの時間、悪夢獣と命の遣り取りをしてきた事を意味する。
悪夢獣の攻撃はその一撃が致命傷になりかねない程、強力な攻撃が多い。
戦いの中でその危険を事前に回避する為に危険察知能力が養われた結果、まるで心眼のような能力が身に付いたのだろう。
もしこの場に深く考えず思うままに戦っているシアニーが居たら、その感覚に共感を覚えていたかもしれない。
「どうにも俺には良く分からない感覚ですが、現役の正騎士と剣を交えられたのは、良い経験になりました。ありがとうございます」
「がっはっはっ、儂も久しぶりに楽しかったわい。これからも精進するんじゃ。おっとそろそろ約束の時間じゃから、儂は部屋へ戻るとしよう」
老騎士は豪快な笑い声を上げながら、その場を去っていく。
ショウマは現役の騎士との実力差を教わった事に感謝して、その背中に向けて一礼。
その横では、
「う~ん、豪快で爽やかなお爺様…しかもあの年齢で現役騎士……」
レリアが未だに妄想…いや妄想とは違う、何かを思い出そうとしている思案顔をしているのだったが、考えに耽って心此処に在らずという状態には違い無いので、その脳天にチョップを入れて、我に返した後、彼女との早朝訓練を開始するのであった。




