第44話 強さの秘密は単純な事だった
「はぁはぁはぁ……もう駄目だ。少し休ませてくれ………」
顔を上気させ、息も荒く、レリアは僅かに潤んだ瞳で目の前にいるショウマに懇願する。
「もう力が入らないのか?こっちはまだまだ元気だから、連続で2回でも3回でも出来るぞ!」
「そ、そんな……連続だなんて、無理だ……」
力尽きたのか、レリアは四つん這いになって倒れ込む。
「ほらほら。誘ったのはそっちなんだから、もっと頑張れよ」
背後にいるショウマにいくら恋心を抱いていようと、今の彼の所業には鬼畜さを覚える。
「って言ってもまぁ、最初だし、この辺で勘弁してやろうか」
その言葉にレリアが安堵の息を漏らすと、思い出したかのように手足がガクガクと震え出す。激しい運動のせいで体中から大量の汗が噴き出し、呼吸をする度に喉がひり付く。
「ほら。身体冷やさないようにしておけよ」
ショウマはレリアの頭にタオルを被せ、目の前に水筒を置く。
「…す…すまない……」
それだけ言うとレリアは勢い良く飲みたい欲求を抑えながら、ゆっくりと喉を潤す。いや、正確に言うと手が震えてまともに水筒に口を付けられず、少しずつしか口に含めないのだった。
どれくらい休んだだろうか。
ようやく疲労により震えていた手足に力が戻り、人心地ついたレリアがショウマに向き直る。
まだ火照っているのか、頬が赤くて少し色気を感じるが、学園指定のジャージに身を包んだ服装には一切の色気さえ感じられない。
せめて夏用のタンクトップとショートパンツであれば、露出も高く胸元の膨らみや太股が拝められただろうが、残念ながらジャージでは露出は殆ど無い。
まぁ、夏前とはいえ陽が出たばかりの早朝の屋外運動場では、まだまだ涼しいので、仕方が無い。
何故、2人が朝も早くからこんな所に居るのか。
それはレリアが訓練を申し出たからだ。
イーグレット学園長から、意図せずにショウマと共に王都までの護衛を依頼され、それを承諾したが、元々レリアはこの休みを訓練で過ごす事にしていた。
当初は1人でやるつもりだったのだが、護衛の際に足手纏いになりたくないというこじつけにしか聞こえない理由で、ショウマに訓練相手を頼んだのだ。
2人っきりになれるという事で、少しだけ邪で淡い期待を胸に秘めていたのだが、超鈍感男と称される彼に期待など出来る訳が無い。
結果はご覧の通り。
訓練開始からたった30分で足腰立たない程に徹底的に打ちのめされてしまったのだ。
(確かに全力で相手してくれとは言ったが、まさかここまで力の差が歴然だとは……)
レリアの頭の中は自身の弱さによる絶望感と、ショウマに対する畏敬の念で充満していた。
「くっ、何故こんなに力量差があるんだ……」
つい零してしまった弱音が耳に届いたのか、ショウマが話し掛けてくる。
「これでどれくらい変わるかは分からないけど、まずレリアは無駄な動きが多過ぎる。半歩動けば良い所を3歩も4歩も動いているから、体力を無駄に消費するし、ほぼ常に全力で動いてるから体力の消耗も激しい。しかも攻撃パターンが単調になりやすい」
対抗戦でレグラス相手に見せたようなショウマの全力を相手にするには、今の自分では全ての力を振り絞り、常に最速・最大の力を出さなければ手も足も出ないと思っていたのだ。
結局はそれでも相手にならず、こうして駄目出しを受けて絶望感に浸っている訳だが、続く彼の言葉は彼女を更なる絶望に落とす所か、希望を与えた。
「まずは自分と相手をよく観察して動きを把握する事。それが出来れば、自分がどう動くのが最善なのか分かるし、常に意識してやるようにすれば、動きの無駄は減っていくはず。後は動きに緩急をつける事。確かに全力全開の動きってのは、相手が慣れない内は有効だけど、それが続けば目が慣れて対応される可能性が多い。それに速い動きの中では自身の動きにも制限が掛かってしまいがちになる。だけど動きに緩急があれば、攻撃や防御のタイミングをずらせるし、わざと最高速より遅めに動いていれば、いざという時には相手の虚を突いて一気に懐に飛び込む事も出来る」
これらは全てショウマ自身が実践している事だった。
シアニーやシルフィリットの戦いの方の中から学んだものであり、切欠さえあれば誰でも気付くだろうし、誰にでも出来る事だ。
別に秘密にする理由も無いので、レリアに教えただけ。
これを自身の成長に生かすかどうかは、彼女次第だ。
「つまりは私にはまだ成長の余地がいくらでもあるって事だな。だが解せない事が1つある。いくら無駄の無い動きをしていたとしても、私と体力の消耗度が違い過ぎやしないか?」
レリアだって幼い頃から鍛え続けている。
魔動器の力に覚醒するまでは剣の腕や体力では負けないように人一倍鍛え続けてきた自負を持っている。
いくら男女差があるとはいえ、ここまで差が出るとは思えなかった。
「使えないと言いつつ、実は密かに魔動器の力を使っているとか、特殊な呼吸法で疲れないとかあるんじゃないのか?」
「俺も魔動器が使えるなら使えるようになりたいし、そんな呼吸法があったら俺が教えて欲しいくらいだっての。単純に体力があるだけさ。日頃の訓練の賜物って奴?」
そう言われても納得出来るものではない。
授業中は他の人と変わらない所か、他よりも軽く流しているような感じだったし、放課後も壊れてしまった乗機の修理の手伝いやらで大した鍛錬もしてないと聞いている。
早朝や夜に走り込みをしているのかと問えば、ショウマはそれも否定する。
それで納得しろと言う方が難しい。
「まぁ、言葉で説明するより、まずは実際に体験した方が分かりやすいだろう」
そう言うと、ショウマは持っていたブレイドソーを地面に突き立てる。
「これを持ち上げてみろ」
何をさせたいのか意味が分からなかったが、とりあえず言われた通りに剣の柄を握り、持ち上げようとした所で気が付く。
「何これ?!重い!?」
両手剣というか大剣に部類されるであろう、肉厚で特徴的なブレイドソーはレリアでは片手だけでは持ち上げるのがやっとという重さだった。
両手であればなんとか振れるというレベルだが、これで戦えと言われてもまともに攻撃出来る気がしない。
「こいつは鋸刃が回転するっていうギミックが組み込まれてる関係上、全体的に頑丈じゃなきゃいけないんだ。そのせいで刃の部分以外は基礎部分も含めて全てアダマス鋼で作られてるんだよ」
最も軽く最も軟らかい金属でありながら、魔動力を通すと、この世界で最も硬く最も重い金属へと変化するアダマス鋼。
その加工のしやすさと強度から武器や防具はもちろん、鎧甲にも使われているが、その重さがネックとなり、妥協案として膜のように薄く伸ばし、軽めの材質にコーティングする事で重さを抑えつつ、それなりの硬さも保持する。
最近では魔動具の消耗の激しい部品や壊れやすい箇所だけにアダマスコーティングを施して、耐久性を上げていたりもする。
とはいえあくまで表面を薄く覆うだけなので、純アダマス鋼製の物と比べると強度は5倍以上も差が出てしまう。それと同時に重さも比例してしまうが。
つまりショウマの持つブレイドソーは同じ大きさの武器に比べて、5倍近くも重たいという事になる。
いや、一般的な武器は補強用に一部分だけをコーティングしている事が殆どであるし、ブレイドソーの剣身内部には鋸刃を高速回転させる為の鎖や回転機構が内蔵されている事を考えれば、それ以上の重さである事は間違いない。
「いつもこんなもので……」
レリアが驚愕するのも無理は無い。
こんな重いものを軽々と片手で操るショウマの膂力も驚きだが、それ以上にこれだけのものを持っていながら、スピードが空気抵抗を極限まで減らした全力全開のレリアと同等なのだ。
彼女の持つブレードナックルは腕の動きに違和感が出ないよう極限まで軽量化されていて、あえてアダマスコーティングを施していない。
もしそのような軽い武器をショウマが使用したら、今よりも更に行動スピードも剣速も跳ね上がるだろう。
「ショウマはこんな重い武器じゃ無く、別のもっと軽い武器に替えたいと思った事は無いのか?」
「う~ん、言われてみればそういう手もあったんだよな。正直、この剣を最初に渡された頃は持ち上げる事さえ出来ない剣を渡されて師匠を恨んだ事もあったけど、今じゃこの重さも手に馴染んでてあまり気にならなくなったし、それにさっきも言った通り、これを持ってるだけで良い体力作りになるから」
候補生ではあっても騎士である為、常に帯剣している。
いつもこんな重いものをぶら下げていれば、自然と体力がつくのも当然だ。
「それがショウマの強さの基礎って事なのだな」
「そんな大したもんじゃないさ。魔動器が使えない分、自分の身体で補うしかなかったんだ」
魔動器が扱えるようになる前の自分と考えが同じだった事にレリアは驚くと共に、そんな些細な事でも共感出来るものがあった事に嬉しさを感じていた。
レリアは思う。
もっと彼と話をしたい。
もっと彼の話を聞きたい。
もっと彼の事を知りたい。
もっと彼を好きになりたい。
形を潜めていた訓練開始前に感じていた淡い想いが浮上してくる。
だがショウマの次の言葉で浮上しかけていた思いは無残に砕かれる。
「さぁ、十分、休憩しただろう。2回戦目を始めるとするか」
意気揚々とブレイドソーを掲げるショウマに、レリアは心底嫌そうな顔を向けるのであった。
* * * * * * * * * *
「…で、旅費が浮く上に金も貰えて、向こうに付けば自由に観光出来るって理由で、その護衛依頼を受けたってのか?」
「最終調整が終わって無いのに悪いとは思ってるよ。けどこの間動かした感じじゃ、その……特別不具合も無かった訳だし………」
レリアとの早朝訓練を終えた後、ショウマが訪れたのはキングス工房。
護衛に必要である為、シルブレイドを受け取りに来て、居合わせたイムリアス達に護衛依頼について説明をしているのだ。
イムリアスは仏のイムさんという異名の通り、細く垂れ下がった目のおかげで常に笑顔に見える。
だが、2m近いその体格と相俟って、笑顔なのにやけに威圧感を感じ、何故か怒られて問い詰められている気分になって、言葉尻が小さくなっていく。
ただしショウマ自身がそう思っているだけで、イムリアス本人としては全く怒ってはいない。
どちらかと言えば、ショウマの言い分の方が正しい。
はっきりと言えばシルブレイドに調整が必要な所はもう殆ど残っていない。
だが敢えてまだ調整があると言い続けていたのは、単にアーシェライトの為だった。
イムリアスはアーシェライトの恋を応援している。
それ故になるべくショウマとアーシェライトの2人が自然に会えるようにと取り計らっていたのだ。
ムードもへったくれもないが、これが恋愛経験が豊富とは言えないイムリアスが出来る最大限の優しさなのだった。
この休暇期間の内に2人の距離をもっと縮ませたかったのだが、ショウマが王都に行くとなると、話が変わってくる。
王国祭は3日間行われ、その前後2日間は移動である。
つまり最短でも7日間は不在となるのだ。
しかも先日の対抗戦の休憩中に顔合わせをしたレリアも同じ護衛の依頼を受けているという。
イムリアスは彼女がショウマに惚れていると直感的に感じていた。
そんな彼女が1年の中でも最大クラスのイベントである王国祭を目の前にして彼を誘わない訳が無い。
(さぁ、どうする?学園長の依頼である以上、一度引き受けたからにはそうそう取り止めにする事は出来ない。いや、元々王国祭を見に行くつもりだった訳だから、護衛の事は問題じゃない。問題なのはアーシェライトがこいつと一緒に王国祭に行く口実だ)
当の本人達より必死に脳をフル回転させて、口実を生み出そうとする。
(素直にデートに誘う…ってのは性格的に無理だよな。王都店に派遣?いや、従業員じゃないんだから無理がある。となると……)
知恵を振り絞り考え込むイムリアス。
その様子が無言で怒っているように見えて、頬を引き攣らせたまま固まっているショウマ。
そんな膠着状態を打破したのは横から現れたアーシェライトだった。
「イム先輩。調整の準備が終わったので、いつでも開始出来ます……って、2人とも変な顔してどうしたのですか?」
「…調整……そうか!それだ!!」
イムリアスの上げた突然の大声にショウマはもちろん、アーシェライトもビクッと肩を震わせて驚く。
「せっかく長時間、移動すんだから、この際、稼働耐久試験を行おう!そして何かあった時に調整する人間が居ないと困るからな。って訳でこいつも連れて行け!」
そう言ってイムリアスは目の前に居たアーシェライトの背中を勢いよく叩く。
小さな体には強過ぎるその一撃にたたらを踏んだアーシェライトは、ぽふりとショウマの胸に顔を埋める格好で受け止められる。
「イイイム先輩!いきなり何を……」
慌ててショウマから離れる彼女の顔が赤いのは、ショウマの胸板に強くぶつけてしまったからなのか、いきなり背中を叩いたイムリアスに怒っているからなのか、それともショウマの温もりと匂いのせいで恥ずかしくなったのか。
「ところで稼働耐久試験ってのは?」
まぁまぁと、アーシェライトの頭を撫でて宥めると、アーシェライトの顔はみるみる真っ赤になって、声さえ上げる事すら出来なくなる。
そんな事には気付かず、ショウマが尋ねる。
調整の項目にはそんなものは無かったはずである。
「この時期の学生が魔動機兵を長い時間乗るなんて事は殆ど無いから今回は省いてたんだが、駆動部の摩耗率だったり、時間経過による各部の熱の篭り方やそれに伴う変形や歪みをチェックするんだ」
「……え、ええっと、言われてみれば確かにそうですね。それに王都フォーガンまでの道のりは山岳地帯ですから、平地とは異なる負荷がかかるかもしれませんしね」
ショウマに頭を撫でられて顔を真っ赤にしていたアーシェライトだったが、イムリアスの言葉にすぐに技師の顔となり、その必要性に理解を示す。
「シルブレイドは特殊な素材を使ってるから、そこらの工房じゃ部品交換も簡単には出来ねぇし、材料も揃わねぇ。シルフの奴が必要以上に送ってくれたから、今は大丈夫だが、いざという時に材料が足りねぇって事が無ぇように、損耗率がはっきりしてた方が予備資材を備蓄しておけるからな。それにアーシェライトを連れて行きゃ、何かトラブルがあった時に整備も出来るし、エネルギー不足で途中で止まったりする事もねぇだろう」
そう言われて、ショウマはハッとする。
魔動力の無いショウマがシルブレイドを動かす為には溜めた電力を消費する。
いくら太陽光で充電できるとはいえ、もし天候が悪かったりすれば、十分に充電が出来ず、最悪、途中で動けなくなってしまう可能性もある。
ショウマ以外の人を副操縦席に乗せれば、魔動力で動けるようになるが、事情を知らない人物に事情を説明して乗せるより、事情を知っている人物を乗せた方が、わざわざ説明しなくても済むし、無用な検索をされずに済む。
「って訳だ。宜しくな、シェラ」
こうしてやや不自然ながらも口実を作って、アーシェライトの王都行きも決定。
イムリアスは笑顔の裏で冷や汗を拭いつつ、後はお前次第だぞと、アーシェライトに心の中でエールを送るのであった。




