第43話 告白
対抗戦の終了で対人訓練も終了。
それと共に教官のカキヨンも王都に戻る為、彼の送別会を兼ねた祝勝会が開かれた。
教官であるという立場上、それまでお堅いイメージのあったカキヨンだったが、この日ばかりはやけにテンションが高く、祝勝会の費用も全て自分が出すと言い出した。
キザーヲと彼女への告白権を賭けていて、その賭けに勝ったのだから、浮かれてしまっていたのだろうが、生徒達がそんな事を知る由も無く、そのあまりの浮かれ具合に周囲は若干引き気味であった。
しかしタダ飯が食えるとあっては、育ち盛りの学生にとってはとてもありがたい事であり、カキヨンの浮かれ具合に関しては誰も何も言う事は無かった。
そしてこの祝勝会の立役者である3人はというと、戦いによる疲労と空腹を癒す為、そしてタダ飯という事もあってショウマは騒ぎも気にする事無く、ガツガツと次から次へと料理を腹に入れ、その向かい側では騒がしいのが苦手なのか、それとも今回のチーム戦で援護以外殆ど何も出来なかった自分を責めているのか、やや俯き加減でレリアがちびちびと舐める様にジュースを飲んでいる。
ある意味でこの2人、共に近寄りがたい空気なので、周囲には誰も近寄って来ない。
そんな中、最も周囲の対応が変わったのが、シアニーだった。
それまで王族であり美少女であり、誰よりも優等生であった為に、高嶺の花で近寄りがたく、更に最近では常に殺気を放っているような雰囲気だったせいで、声さえ掛けづらい人物と思われていたのが、対抗戦時のショウマとの口喧嘩で、王族という仮面も、優等生という仮面を取っ払った唯の同世代の少女である事が皆の知る所となり、更には使用人と皆からは思われているショウマを身を呈して守った騎士の鑑のような献身的な行動に、全員が、彼女も身分なんてものを気にしていない人間であり、同じ理想を持った騎士科の仲間であると理解したのだ。
そのおかげでこれまでの事が嘘のようにシアニーの周囲には人が集まっていた。
シアニーの方も王族でも優等生でも美少女でも無い、唯のクラスメイトである自分を見ていてくれていると実感しているのか、その表情は明るい。
その美しくもあどけない笑顔に男子の半数以上がやられていたりするが、それはまた別の話。
とにもかくにも彼女はようやくこのクラスに馴染む事が出来たのだった。
そんな楽しい祝勝会の終わった帰り道。
時々気持ち悪そうに胸元を抑えた覚束ない足取りのシアニーに肩を貸して歩きながら、ショウマは小さく嘆息する。
この世界の成人年齢が15歳とはいえ、飲酒や喫煙は20歳を超えてからというのが、この国、いやこの世界の法律だ。
その為、例え無礼講の場であろうと、市民の見本となるべき騎士の卵が飲酒などしてはいけないし、店側も勧めてはいけない。
稀に料理に使用した僅かな調理酒程度で酔っぱらう、酒への耐性が低い者がいるが、シアニーはそれに該当しない。
彼女がこんな酔っ払ったような状態になったのは、あの場の雰囲気が原因であり、慣れない大勢の人間が原因だ。
「まったく…はしゃぎすぎなんだよ、お前は」
「ううぅ~……だって、あんな楽しいの……初めてだったんだもん……」
彼女は幼い頃から、その家柄と類稀なる剣の腕のせいで周囲から浮いた存在であった。
ショウマと出会うまでは学園では1人でいる事の方が多かったし、自宅に居ても父や兄は正騎士として遠征で出掛けている事が殆どであり、母親は彼女が騎士になる事を心から応援しているわけでは無いので、やや疎遠な状態。
だからこんなに大勢の友人と屈託無く笑いながら食事をするなど、生まれて初めての経験だった。
そんな事を言われてしまったら、ショウマとしては二の句が告げない。
だから何も言わず、少しだけ口元に笑みを浮かべるだけ。
どちらも黙ったまま、どれくらいの時が経っただろう。
沈黙に耐えられなくなったのか、やや興奮状態から覚めたシアニーが口を開く。
「ねぇ、ショウマ。あんたって一体、何者なの?」
何者ってのはどういう意味なのか。
そう問おうとショウマが口を開くより先に、シアニーが言葉を続ける。
「ショウマはもしかして“異なる国”から来た救世の騎士なんじゃない?」
ショウマはシアニーの的を射た言葉にドキリとする。
だが内心の動揺を表に出さないようにしながら、不自然にならないよう対応する。
「俺があの御伽話に出てくる救世の騎士だって?夢見がちな乙女かよっ!」
茶化すような挑発を行えば、それに食いついて話題が逸れるだろうと踏んでいたショウマだったが、シアニーの表情は真面目なまま。
まるで彼の茶化しが耳に入っていなかったかのように自分の推論を述べ始める。
「まず、その黒い髪。あんたは染めてるって言ってるけど、その割には艶があってキレイな髪質だし、色落ちした所を見た事無いし、生え際だっていつも黒いもん」
ショウマは黙ったまま、シアニーの推論に耳を傾け続ける。
「それにあんたはこの間、自分には魔動力が無いって言ってた。使えないじゃ無くて無いんだって。それにシルブレイドの操縦方法。過去の魔動機兵の事も色々と調べたんだけど、初めて魔動機兵が登場したっていう魔動王国時代でも今と同じ魔動力制御系の機体が殆どで、あんな操縦方法の機体は全く知られていなかった。内部に魔動王国文字が書かれていたから、その時の時代のものだったとしても、あまりに異質過ぎる。まるで最初から魔動力が無い人が動かす事が前提みたいって感じたの」
断片的な欠片を集めて導き出した彼女の推論はかなり的確だった。
「救世の騎士の伝承と照らし合わせて考えてみると、ショウマと符合する部分が多いのよ」
直情的で猪突猛進な性格の彼女だが、別に脳筋な訳ではない。
学業成績優秀で頭は良いのだから、ヒントがあれば答えを導き出せても不思議では無かった。
「だから正直に答えて欲しいの……あんたの事を……その…もっと知りたいから……」
きっとシアニーの頭の中では既に確信に至っているのだろう。
そしてショウマの口からそれを肯定して貰いたいのだろう。
既に彼が異世界人であるという事を知っている人物は結構存在するし、それに元々、最も信頼出来る親友にはいつか折りを見て、話そうとも考えていた事だ。
だからショウマは素直に答える事にした。
「ああ。シアの言った通りだよ。俺はこの世界の人間じゃ無い。こことは文化も文明も違う別の世界からシルブレイドと一緒に来たんだ。けれど向こうの世界の記憶の多くは失ってるんだ。ただ救世の騎士なんかじゃないって事は言っておく。確かにそんな存在になってこの世から悪夢獣を全て倒せるようにはなりたいけど、正直に言って、今の俺にはそんな力は無いしな」
「そんな事無い!ショウマはちゃんと私の事を助けてくれた!救ってくれた!!ショウマのおかげで私は救われたの!!あんたがそう思って無くても…私は……」
「シア…けど俺は――」
「私はね。ずっと誰よりも強くならなければいけなかった。その為にずっと努力してきたし、訓練も続けてきた」
ショウマの言葉を遮るようにシアニーはどこか思いつめたような表情で独白を始める。
その表情を見たショウマは言い掛けた言葉を飲み込み、シアニーの言葉に耳を傾ける。
「強さに拘ったのは、ある約束の為。私には勝手に決められた婚約者が居るの。彼の家は王家の中でも最上位の継承権を持っていて、私の両親は断る事が出来なかった。けど私はその彼の事が苦手だった。むしろ生理的に受け付けなくて毛嫌いしてたくらい。だから幼い頃の私は条件を付けたの。学園を首席で卒業するか、在学中に誰にでも認められるような騎士になったら、婚約は破棄して欲しいって。いくら才能があっても、女にそんな事は出来ないと思ったんでしょうね。向こうはそれを承諾したわ」
騎士に憧れているだけで、あそこまで自分を追い込む事が出来るとは思っていなかったが、まさかそんな理由があるとはショウマは思いもしなかった。
王族だから政略結婚も当然ありうる話だが、女性にとっての結婚は人生における一大イベントだ。
好きでも無い、それも嫌悪感さえ抱いている相手との結婚を破棄する為なら、それくらいの努力は惜しまないのだろう。
「私は婚約を破棄し、あいつを見返してやる為に、誰よりも強くなろうと、誰よりも認められようとしてきた……」
シンロードの衛兵の間では有名な話だが、シアニーは時々自警団の真似事をしていたりする。
ショウマが彼女と初めて出会ったのも、引ったくりを捕まえた時だ。
持ち前の正義感からというのもあるだろうが、恐らくこの街の人々に認められようと意識的にそういう行動をしていたのだろう。
「だけど、それは私の個人的な理由であって、騎士になる理由じゃ無かった。今日の試合でショウマに言われて気が付いたの。私は大切な人を、大切な人の笑顔を守る騎士を目指していたんだって……」
シアニーの父親も兄も、利己的な目的に走らず、自分よりも他人を思いやる優しい騎士である。
その背中を見て、彼女は騎士に憧れ、そういう騎士に自分もなりたいと思ったのだ。
「弱いから守るのが騎士じゃ無い。強さに関係無く、大切だから守るのが騎士。それが本当の強さなんだって、ショウマが教えてくれた。もしショウマが居なかったら、私は力に固執し続けて、力を求めて、力に溺れていたかもしれない」
脳裏に過ぎるのは過ぎたる力を手にし、それに飲み込まれそうになったザンスの姿。
そして腕力と暴力だけに固執し、獣へと変貌を遂げたクアクーヤの姿。
もしあのまま利己的な理由で更なる力を求め続けたなら、彼女も邪法という力に魅せられ、手を伸ばしていたかもしれない。
「そうならずに済んだのは、あんたのおかげ。ありがとう。ショウマは私にとって救世の騎士よ」
これほど素直で屈託のない笑みを浮かべるシアニーは初めてかもしれない。
肩を貸して歩いていた事もあり、2人の顔の距離は近く、間近でそんな笑顔を振り撒かれて耐えられる男など居ない。
ショウマの胸がドキリと跳ね上がり、知らず知らずに顔が赤くなっていく。
「ショウマは私の大切な――」
ショウマの赤くなる顔に釣られてか、シアニーの顔も真っ赤に火照り、自然な流れで何かを口走ろうとした瞬間に、一気に羞恥心が膨らんで次の言葉を止める。
今、自分は何を言おうとしたのか。
この後にどんな言葉を口に出そうとしたのか。
激しい胸の動悸のせいで冷静に考える事は出来ないが、とんでもない事を口走ろうとしていたのは理解した。
この時ばかりは自分の勇気の無さが、天の邪鬼な性格がストッパーとなった。
「そそそそうよ。ショウマは大切な私の初めての親友なんだから!そういう意味で言っただけなんだから、勘違いしないでよね!!」
そう言うとシアニーはショウマから身体を離す。
まだ少しだけ足元がフラフラするが、あのままくっついていたら、激しく鼓動している心音が伝わってしまいそうだった。
「あ、ああ、そうだな。俺とシアは親友だ」
彼女の方から先に言っておきながら、ショウマのその言葉にチクリと胸が痛む。
シアニーは後日思う。
もしこの時、素直に自分の想いを伝えていたのなら、状況は変わっていたのだろうかと。
* * * * * * * * * *
そんな祝勝会から数日後。
遂に明日から長期休暇に入ろうかという所で、ショウマは学園長より呼び出しを受けた。
試合後の態度を咎められるのではないかなどと周囲から脅されながら、ショウマは学園長室の前に立った。
1つ大きく息を吐いてから、意を決したようにノックをして中へと足を踏み入れる。
「失礼しま…って、あれ?レリアも呼び出されてたのか?」
学園長室に入ると、イーグレット学園長の前でガチガチに緊張して直立不動で立っているレリアの姿があった。
彼女も呼び出されていたという事で、あの時の自分の態度を咎められる訳ではないのだろうと判断したショウマは、心の中で安堵しながらレリアの隣に並ぶ。
「休暇の直前にこんな所まで呼び出して済まないね」
2人が揃った所でイーグレットは話を切り出す。
「君達はこの休暇はどうやって過ごすのかな?ああ、別にそれほど深い意味は無いし、休暇中ずっと勉学や修練をしろと言っている訳ではない。まだ若いのだから遊びたければ遊べば良い。なので、気軽に答えて欲しい」
気軽にと言われても、緊張でガチガチになっているレリアの頭は真っ白になって何も答えられない。
対してショウマはまるで級友に話すかのような自然体で答える。
「俺は王国祭を見に行こうかと。師匠の所に帰ったら、どうせ特訓させられるだけだろうし、そこで開かれる闘機大会ってのもちょっと気になるし」
「わわわ私もおお王国祭には行きたいと考えております」
ショウマの答えにレリアも追随する。
元々彼女はこの休暇で少しでもショウマに追い付くべく訓練漬けで過ごす予定であった。
だがショウマが王国祭に行くと聞いて、狡賢くて乙女な彼女が、もしかすると一緒に王国祭を見て回れるかもしれないという淡い期待を抱き、思わずそう口にしてしまったのだった。
「そうか。それは良かった。これで王都への道中も安心だ」
「えっとそれはどういう意味ですか?」
説明もされずそんな事を言われても、意味が分かる訳が無い。
「ああ。シンロード魔動学園の代表として王国祭に参加するのだが、王都は多くの貴族が集まるし、それ以上に多くの人が集まる。その為、衛兵から騎士団まで、殆どの人員が街中の警備や要人警護に回される。その為に道中の警備にまであまり手を回せない状態なんだ」
王都とシンロードがいくら近いとはいえ、山を1つ越え無くてはならない。
その上、この時期は王国祭の見物の為に集まる一般国民やそこで商いを行おうとする行商を狙って野盗も頻発するらしい。
街の衛兵に警護を頼む事にはなっているが、彼らは騎士では無い為、魔動機兵を所持していない。もし野盗がどこかで魔動機兵を手に入れていたりした場合、為す術無く、身包み剥がされてしまう可能性がある。
それを防止する為にも魔動機兵を持つ者が居た方が安全に移動出来るのだ。
「警護は行きと帰りだけ。王都内は向こうの警備が引き継ぐので、王国祭の最中は自由行動。その上、警護料金もちゃんと支払うのだけど、どうだろう?」
元々王国祭を見に、王都へ行くつもりだった身としては、金を払うどころか、逆に貰って向こうに行けるのだから悪い話では無いし、野盗だって必ず出るとは限らないし、魔動機兵が随伴していれば襲うのを躊躇ってくれるかもしれない。
「あ、あの、そのお話をお受けする前に1つ確認させて下さい。何故私達2人をお選びになったのでしょうか」
レリアの質問は尤もだ。
確かに上級生が学外授業で戻ってきていないこの時期に誰かに頼むとしたら、本科1年の自分達にお声が掛かるのは当然だ。
しかし模擬戦の代表に選ばれたという点から判断したのなら、この場にシアニーも呼ぶだろうし、勝負に負けたとはいえ、レグラス達も相当な実力者なのだから、呼ぶのが筋だろう。
「あははは、実の所、他の生徒達には断られてしまってね。レグラス君は実家であるクローブ商会が王国祭に出店する為、そちらの手伝い。マーチョ君は実家の事情で戻らなければならないらしく、ビスク君はショウマ君に壊された人形が直らない限り、自分は役立たずだと」
皆、それぞれに色々と理由があるようだ。
そして今更ながら、人形遣いの名前がビスクである事を初めて知る。
模擬戦後、気になって本人を探したり、会った事のある人物を見つけ出そうとしたのだが、予科生の頃から授業には常に人形が出席していて、担任教師のタンニですら本人の顔を見た事が無いそうだ。
当然、会った事がある人物も皆無。
もし出会う事が出来たなら、その後の人生が全て薔薇色になるとまで言われている超レアキャラ扱いだった。
そんな他愛のない事を考えるショウマを他所にイーグレットは話を続ける。
「そしてシアニー君は王族だ。王国祭が建国を祝う祭りであると同時にフォーガン王家の繁栄を祝う行事でもある。彼女は王族として色々と忙しいだろうと思って、声を掛けなかったんだよ」
最初に休暇中の予定を聞いてきたのは、そういう意味だったようだ。
恐らく王国祭を見に行くと言わなければ、護衛の話はしなかったのかもしれない。
要は暇人と判断されたから、依頼されたとも言える。
とはいえどうせ元から王都に行くつもりだったショウマに断る理由は無い。
そしてショウマが断らなければ、レリアも当然、追随する。
こうしてショウマはこの世界に来て初めての王国祭へ、そして王都フォーガンへ向かう事となるのであった。
なんとか執筆ペースが戻ってきましたので、また週1更新に戻します。
いつまでこのペースを続けられるか分かりませんが、頑張って更新し続けたいと思います。




