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異世界の機兵騎士  作者: 龍神雷
第3章 王都祭典編
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第39話 氷と炎

「それではこれより、騎士科1学年によるクラス対抗戦を行う!」


 シンロード魔動学園屋内運動場――通称闘技場の観客席には代表に選ばれず、応援に回る事となった生徒34名の他に、疎らながらも見物に来た他の生徒の姿もある。恐らくは上級生であり、自チームに引き入れるに足る実力があるかどうかを視察に来ているのだろう。

 ちなみにイムリアスやアーシェライトのように知り合いが出るからとか、単に面白そうだから見物に来たという者も中にはいる。

 そんな生徒に混じって、何故かイーグレット学園長が一番最前列に座っていた。

 さすがに高齢のアイリッシュ理事長は居ないようだが、学園長の斜め後ろにはエルアが立っており、今回の戦いぶりを理事長に伝える役目でも請け負っているのかもしれない。

 そして今回の対抗戦を取り仕切るのは、クラス担任のタンニ。

 相変わらず上下共にジャージという姿である。街中でばったり会っても同じ姿なので、ジャージ以外の服を持っていないのではないかと生徒だけでなく教師の間でも専らの噂だ。


「では第1戦目。個人戦。フォーガンとマーチョは前へ」


 闘技場の一部に10m四方を防護魔動陣で覆った専用の舞台へ向けてシアニーが前へ進み出ると同時に、反対側からは2mを越えているのではないかと思う程の巨漢が歩み出る。

 同じ巨漢でも脂肪の多かったクアクーヤと違い、マーチョは全身を引き締まった筋肉で固めている。

 何故そんな事がすぐに分かるかというと、マーチョは上半身に何も身に着けていない裸で、その逞しい肉体を自慢げに誇示しているからだ。

 相手の応援に黄色い声援が混ざっている事から、どうやらこの筋肉美に魅せられてしまった者が何人かいるらしい。


「氷結姫が相手とは俺も運が良い。ここでお前を倒せば、俺の名もうなぎ登りってもんだ。だが俺だって男だし、騎士だ。美人を傷付けたり痛めつけるのは気が引けるんで、可愛い顔に傷が付く前に降参してくれねぇかな?」


 マーチョは、まるで自分が勝つ事が当たり前のように、白い歯を輝かせた笑顔を向けながら提案してくる。

 だが同じく自分が勝つ事を微塵も疑っていないシアニーは蔑んだ視線をマーチョに向けて、その提案に無慈悲な答えを返す。


「弱い犬程よく吠える、とはよく言ったものね……そっちこそ、その自信が砕ける前に降参する事をお勧めするわ」

「…んだとぉっ!!王族相手だから穏便に済ませようと下手に出りゃ、お高く止まりやがって!!後で泣いて謝っても許さねぇからなっ!!!」


 激昂するマーチョが開始の合図を待たずに長槍を手に取り、地面に突き刺す。

 すると槍を刺した部分から地面がせり上がっていき、彼の身体を覆っていく。

 8つに割れた腹筋も岩盤のような大胸筋も俵のような上腕二等筋も、全て盛り上がってきた土に覆われていく。次の瞬間には足の先から頭の先まで完全に岩の鎧で覆われたマーチョの姿があった。

 シアニーはそれに動じる事無く、腰から刺突剣を抜く。


「それでは、第1試合―――はじめっ!」


 2人の準備が整ったと判断したのか、タンニが試合開始を告げる。


「叩き潰してやるっ!!」


 先制とばかりにマーチョが長槍を振り下ろす。

 全身を継目の無い岩で覆われているにも関わらず、マーチョの動きはスムーズだ。自身の動きに合わせて逐一、関節部の硬さを変化させているのだろう。

 それだけの緻密さと繊細さを持つという事は、魔動器の扱いに関してはクラスでも一、二を争う実力かもしれない。

 だが元々パワータイプである上に、怒りから振り下ろした力任せの一撃など、シアニーに当たるはずも無い。

 難無くかわしたシアニーは岩の鎧で唯一覆われていない目を狙って、神速の一撃を放つ。


「…っ……!」


 しかし剣先はその目に到達する直前に甲高い音を響かせて弾かれる。


「目の部分は半透明にしているだけで、防御力は他と同じだ!そんな軽い攻撃で貫ける訳が無い!」


 確かに今のはシアニーの最速にして最大の攻撃だった。

 これで貫けないとなると、彼女の攻撃は一切通用しないという事になってしまう。

 女性という事もあり、元々体格的、筋力的に男性に劣る為、速さを磨き、手数で押し切るのが彼女の戦い方だ。

 それに彼女の持つ刺突剣も自身の戦い方に合わせる為、軽くてしなやかな金属で造られているので、岩を貫くような強度も無い。

 堅固な相手との相性は最悪と言って良いだろう。

 だがシアニーの顔に焦りの色は見られない。

 速さを生かしたヒット&アウェイで、まるで探るように岩の鎧のあちこちをガスガスと突き続ける。


「はっはっはっ、無駄だ無駄だいくらやっても無駄だ!普通の鎧と違ってこいつには隙間なんてものは無い!しかし氷結姫の実力も噂に聞いていた程では無かったな。いや、この俺が強くなり過ぎたのかな?」


 攻撃が通じない事に気を良くしたのか、試合直前に受けた侮辱の言葉も忘れて、調子に乗るマーチョ。

 今までの彼女だったら、からさまな挑発とも取れるこんな言動を聞いたら、怒りを爆発させている事だろうが、今の彼女はそんな言葉に耳も貸さず、ただ黙々と剣を突き続けるのみ。


「もうお前の攻撃は通じねぇんだ!無駄な努力をするんじゃねぇ!!!」


 マーチョが長槍を大きく振り上げる。

 その振り上げた腕に対しても、シアニーは剣を突き出し、そして弾かれて、やや体勢を崩す。

 それを好機と見たのか、マーチョは誰からも見えない岩の兜の下でニヤリと笑みを浮かべながら、長槍を振り下ろした。


「うがっ?!な、なんで動かねぇ!?」


 振り下ろしたつもりの腕は上に上がったまま、時を止めたように動きを止めていた。

 見た目通りにまるで石像になったかのようにピクリとも動かない。

 そして動かないのは振り上げた腕だけでは無かった。足も腰も首も固まってしまい、動かす事が出来ない。

 魔動器の力で岩の鎧を軟化させようと試みるも何の反応も示さない。


「くそっ、動けっ動けっ!!なんで俺の言う通りにならねぇんだっ!!」

「何故、私が氷結姫なんて異名を持っているか知っているわよね?」


 軽い恐慌状態に陥っているマーチョに対し、まるで心すらも凍て付かせるような低く冷たい声音を放ちながら、シアニーが剣先で額のあたりに軽く触れる。

 パリィーンという甲高く砕ける音と共に、マーチョの頭部を覆っていた岩兜が粉々に砕け、その顔が露わになる。

 まるで力の込もっていない一撃で砕かれた事にショックを受け、マーチョは驚愕に目を見開いて、目の前に居る彼女を見つめる事しか出来ない。


「気が付かなかった?あなたの岩鎧は私の力で上書きされて、既に凍りついているの。動けなくする事も粉々に砕く事も私の意のまま」


 シアニーがちまちまと岩の鎧を貫けない攻撃を繰り出していたのは、別に弱くて貫けそうな部分を探っていた訳ではない。“氷雪の女王クイーン・オブ・ゲヘナ”の刃を当てた箇所から気付かれない程度の微量の冷気を流し込み、少しずつ凍らせていたのだ。

 後は期を見て、力を解放するだけで各所を凍りつかせていた冷気が結びつき、岩鎧全体を凍らせる。

 上書きしたとシアニーは簡単に言うが、そんな芸当は相手の魔動力を圧倒的に上回っていなければ出来る芸当では無い。

 つまりそれだけシアニーの魔動力は強さも量も桁外れという事を意味していた。


「その顔に傷が付く前に降参してくれないかしら?」


 マーチョの額の前に切先を突き付けながら、シアニーは試合前に言われた言葉をそっくり返す。


「くっ、そうだな……俺の…完全な負けだ……」


 顔しか動かせないマーチョは目を伏せて小さく溜息を吐く。

 身体を動かす事すら出来ない彼には降参する以外に出来る事は何も無かった。

 シアニーが剣を鞘に納めると同時に、マーチョの身体を拘束していた岩の、いや氷の鎧はキラキラと結晶の輝きを放ちながら崩れ去り、そしてマーチョもまた膝から崩れ落ちる。

 結果から見れば、氷結姫の名に相応しいシアニーの圧勝であった。



 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *



「それじゃあ第2試合。個人戦。トゥルーリ対クローブ。両者前へ」


 背後から「私1人で十分なのに、なんで勝ち抜き戦じゃ無いのよ」と苛立った口調でブツブツ文句を垂れているシアニーに苦笑を浮かべつつ、ショウマは中央に進み出る。


「それにしてもシアニー嬢がまさか1戦目に出てくるとは予想外だったよ。2戦目に出てくると思って、こうしてわざわざ僕が出てきたというのに」


 レグラス=クローブは自信に満ちた表情で相対するショウマに喋り掛ける。

 個人戦への出場人選は、事前に取り決めてタンニに提出していた。

 これは直前で相性の良い相手に交代する事を防ぐ為のルールだった。


「まぁ、最後のチーム戦で、彼女に僕の実力をじっくりと味わって貰うとするさ」


 先程のシアニーの戦いを見てもそう言えるという事は、自分の強さに相当な自信があるのだろう。

 確かに彼の言う通り、キザーヲが担当するメンバーの中でシアニーに勝つ事が出来る人間は彼くらいな物だろうとショウマも思っていた。

 “炎楯えんじゅん”という異名を持つ事から分かる通り、レグラスは楯による高い防御力と高火力の火炎を操る。

 魔動力だけで見ればシアニーと同等以上とも言われている。

 となればマーチョ戦のような魔動力の上書きをする事が出来ず、炎と氷の力という事で互いの力は相殺。

 硬い防御力を撃ち抜ける手段の無いシアニーが苦戦を強いられるのは必至だろう。もしかすると勝てないかもしれない。


「っていうか俺の事は眼中にないって訳か」

「ああ、済まない済まない。君の噂は色々と聞いているけれど、所詮は彼女の後を付いて回るだけの爵位も持たない金魚のフンだろ?まぁ、平民は平民らしく精々、貴族である僕の引き立て役になってくれたまえ」


 王侯貴族以外は全て自分以下と思っている典型的な貴族の物言いのレグラスに、ショウマは怒り以前に呆れしか出て来なかった。

 この学園に通っている限りは、王族だろうが貴族だろうが平民だろうが、それこそ貧民街の出身だろうが、身分の差は無い。

 その上、元々はレグラスもただの平民だ。

 親が商売で成功し、運良く爵位を手にしたが為に貴族となった、成り上がり貴族に過ぎない。

 自分の事を棚に上げての差別主義。

 それを知っていると呆れしか出て来ないのも当然だ。

 しかし地位や権力を手に入れた人間は多かれ少なかれ大抵そうなってしまう。

 王族の血を引きながら、それを感じさせずに接する事が出来るシアニーが例外中の例外なのだ。


(はぁ~。自分で伸し上がったならともかく、親の脛齧りで貴族になった奴がそこまで貴族風を吹かせられるってある意味、尊敬するなぁ)


 それがショウマの素直な感想だったが、流石に口に出す事はしない。

 よくよく考えれば、王侯貴族の殆どは何代も前からの世襲だ。親では無いにしろ先祖の脛齧りでその地位に居るとも言えるので、そんな事を口走れば、王族貴族全員から目の敵にされてしまうだろう。


「んじゃ、無駄話は終わりにして、そろそろ始めようぜ」


 皮肉に顔色一つ変えないショウマに対して、少しばかり感心しながらも、やや忌々し気な視線を向けながら、レグラスが全身を覆う程の大楯を構える。

 対するショウマもブレイドソーを抜き、両手でしっかりと構える。


「おやおや。まさか騎士では無く大工を目指していたとは。来る所を間違えたのではないのかな?」


 ブレイドソーを目にしたレグラスが再び皮肉ってくる。

 いくらショウマの師匠である“造聖”の称号持ちが使っていた武器とはいえ、騎士としての活躍をあまりしておらず、マイナー過ぎて殆ど知られていないので、レグラスがそう皮肉るのも当然だ。


「タンニ先生。早く開始の合図を」


 余裕の表情を浮かべ、ショウマを取るに足りない相手と見下している割に、精神的な揺さ振りを掛けてくる。

 高い実力を持っている事は知っているので、この口撃が虚勢を張っているだけとは思えない。

 恐らくは怒らせて、動きを単調にさせたいのだろう。

 そうすることで楽にこの試合を勝ち、最後のチーム戦の為に体力を温存するつもりなのだろう。

 シアニーのように言葉を真正面から受け止める相手には有効だろう。

 だが悪夢獣が関わらない限り、ショウマにこの手の遣り口は通用しない。

 いや、もし通用したとしても、彼の場合は怒れば怒る程、冷静で効率的な考え方をするので、逆効果になる訳だが。

 正直、これ以上レグラスの無駄話に付き合うのはうんざりなので、タンニに開始するよう急かす。


「あ、ああ。それでは2回戦目、開始!」


 タンニも同感だったのか、すぐに試合開始を告げた。

 合図と共に先制したのは当然、ショウマ。

 態勢が整う前に全速力で一気に間合いを詰め、横薙ぎに一閃。

 だがレグラスも慌てる事無く、余裕を持って大楯で防ぐ。

 しかしショウマの方もそれだけで終わらない。

 更に数歩踏み込んでレグラスの斜め後ろまで進みながら、腰の回転と腕の振りを利用して、背中を狙う。

 レグラスは振り返る事はせずにその場でしゃがみ、背後からの一撃をやり過ごす。

 ショウマは続けて上段から斬り下ろし、大楯で防いだ瞬間に死角から足払いを掛けるが、僅かに足が届かない距離まで退がられてしまう。

 大楯による防御に頼った戦い方だとばかり思っていたが、意外と身のこなしも良いようだ。

 流石はシアニーに次ぐ実力と言われるだけの事はある。

 確かにこの防御能力と火炎能力ならば、シアニーに勝つ事も不可能では無いだろう。


「ほう。平民ながらに代表に選ばれるだけの事はあるようだな。だが!」


 レグラスが大楯を前面に構えて突進してくる。

 スピードが乗ってはいるが、ショウマにとっては然程、脅威とはいえない。

 サイドステップで余裕を持って回避しながら、がら空きの背後、それも今度はしゃがんでも避けきれないであろう腰を狙う。


「そう来ると思っていたよ」


 縦に持っていた大楯の向きを変え、横広にする事で最小の動きで斬撃を防ぐ。

 そして、


「さぁ、これで終わりにしてやろう」


 思わぬ防がれ方で剣を弾かれ、体勢が整っていないショウマの腹部に大楯を押し付ける。

 同時に大楯の中央に熱と光が集まり出し、次の瞬間には爆発と共にショウマの身体は不自然に後方へと弾け飛ぶ。


「これこそ僕の“獄炎の守護者インフェルノガーディアン”の力だ。思い知ったか?」


 吹き飛ばされ、地面に叩き付けられたショウマの服の胸元から腹部にかけて、焦げたような穴が空いている。しかし胸にも腹にも傷一つ付いていない。

 防護魔動陣が発動し、その身を守った結果だろうと判断したタンニは、そこで試合終了を告げる。


「第2試合、勝者、クローブ!!」


 ヘッドスプリングですぐさま起き上がったショウマだったが、その宣言に、しまったという表情を浮かべる。

 実際にはレグラスの大楯から放たれた炎弾は、身体に触れる直前にブレイドソーのチェーンソーで斬り裂いた。直撃していないので、当然、防護魔動陣も発動していない。

 そして爆発を剣の腹で防ぎつつ、それを利用して自らも後方へと飛んだ為、ダメージも殆ど無い。

 レグラスの油断を誘う為にダメージを受けた振りをしていたのだが、審判役であるタンニにもその振りの効果が出てしまい、騙されてしまったようだ。


「ふっ、防護魔動陣が無ければ、病院送りになっていた所だろう。これが実戦で無くて良かったな。ああ、そうそう。駄目にしてしまったその服の代金については後で請求してくれて構わないよ。平民にとっては貴重な1着なのだろうからね」


 実力で圧勝したと思い込み、高笑いを上げてご満悦な様子でその場を後にするレグラス。


(まぁ、結果的に大した事無いと思ってくれてた方が、最後のチーム戦で俺の事を警戒しなくなるから良かったのかな?それに体力の温存も出来た訳だし)


 そんな打算的な事を考えつつも、焦げて駄目になった服の代金は絶対に請求しようと、したたかに考えるショウマであった。

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