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異世界の機兵騎士  作者: 龍神雷
第2章 魔動学園蒼空編
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第36話 戦いの果て

 悪夢獣と化したクアクーヤを倒してから3日が過ぎようとしていた。

 悪夢獣については、元がランズラット傭兵団の団員のクアクーヤで邪法を扱っていたという事もあり、ガレルエアと彼を慕う傭兵団員が秘密裏の内に処理をし、学園やシンロードの街の警備隊には報告は行われなかった。

 こんな内陸に現れるはずの無い悪夢獣が出現したとなれば、混乱は避けられないだろうという事、その原因が邪法を用いた傭兵団員だと分かれば、死んだクアクーヤだけでなく、ランズラット傭兵団全てが罪を背負う可能性があった事、そしていくら使用許可を取っていたとはいえ、無断でシルブレイドで戦ったとなれば、ショウマ達にまた問題が発生するかもしれないという理由からだ。

 ガレルエアが傭兵団の問題は傭兵団内で片を付けると言ったのも影響していたりする。

 そして今、呪いの効果が抜け、歩けるようになったガレルエアは借り宿の3階一番奥にある団長の部屋へと向かっていた。

 今回の事。邪法の事。取引の事。

 団長には色々と聞かなければならない事がある。

 返答次第では恩人であり育ての親でもあるランズラットに刃を向ける事になるかもしれない。


「ガレルエアです。入っても良いでしょうか?」


 暫くの沈黙の後、中から「入っても良いぞ」という返答が戻ってきたので、ガレルエアはゆっくりとドアを開けて中へと踏み入る。

 後ろ手でドアを閉めた瞬間、腰のダガーを抜く間も無く、冷たい金属の刃が喉元に突き付けられる。

 ガレルエアは全身から冷たい汗が流れるのを感じる。

 喉元に刃を突き付けて来た相手はランズラットでは無い。恐らくは入り口脇にでも身を潜めていたのだろう。

 だが、ガレルエアは傭兵団の中でも一、二を争う実力者だ。そんな彼に気配も殺気も感じさせずに接近出来る者はどれ程居る事か。


「よせ。殺すには惜しい男だ」

「確かにそうね。殺してしまうにはちょっと勿体無いくらいにイイ男ね」


 背後から聞こえて来たのは女の声。

 どこか妖しい色香を感じさせるその声はまるでガレルエアを値踏みしているよう。


「けど、色々と知り過ぎているわ。あの情報屋の男みたいに消しちゃう?それともあなたのように私の魅力で骨抜きにしちゃう?」


 色々と聞き捨てならない言葉を耳にし、問い質したい。だが、何かを喋ろうとすると喉元の刃に力が込もるので、結局何も言えずにただ黙って成り行きを見守るしかない。

 暫くの沈黙。

 時間にすれば30秒程度だっただろうが、ガレルエアにとっては30分にも1時間にも思える程の沈黙を破り、ランズラットが口を開く。


「事情を知る手駒は多い方が良い。やってくれるか?」

「あらあら。義理とはいえ自分の息子を駒扱いなんて酷い父親ね」


 刃を突き付けたまま、女がガレルエアの正面に回ってくる。

 声音と同様の妖艶さを醸し出した長い銀糸のような髪の美女の顔が間近に迫る。

 吸い込まれそうな程透き通った銀の瞳に見つめられている内に、思考に靄が掛かっていく。

 目を逸らそうとしてもまるで蛇に睨まれた蛙のように全身が硬直し、瞬きすら出来ない。


「うふふっ、観念なさい。貴方はもう私の虜なのよ」


 女の顔が徐々に近付いていき、ガレルエアの唇を自身の唇で塞ぐ。

 彼の意識はそこで途切れた。



 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *



 あの事件から5日が経過した。

 人よりも魔動力が強く、量も多いシアニーの身体から呪いが完全に抜けたのは昨晩の事だった。

 ようやく学園に復帰し、久しぶりで鈍った身体と不甲斐無い自分を鍛え直す為、透き通るような金髪変則ツインテールを振り乱しながら、今まで以上に一心不乱に剣を振り続ける。

 その鬼気迫る様子にショウマでさえ近付く事が出来ずにいた。


(もっと速く…もっと鋭く…もっと強く……もっと…もっと……もっと………もっともっともっともっと………)


 何かに追われるように、何かに急かされるように、何かに追い縋るように、シアニーは休む事無く剣を振り続ける。

 来週には学園で対抗試合が待っている。

 そこで今度こそ自分は守られる側では無く守る側である事を証明するのだ。

 姫では無く、騎士である事を証明するのだ。

 誰よりも強い事を証明するのだ。

 騎士の中の騎士ナイト・オブ・ナイツのような一騎当千の強さを身に付けるのだ。

 その為にも、もっと腕を磨き、強くならなければならない。

 彼女はこれまでの人生のほぼ全てを騎士になる為に捧げてきた。

 王侯貴族の婦女子が嗜む様なお茶やダンスを教わる代わりに騎士の教えを習い、女である事を忘れて、兄と共に傷だらけになって剣の稽古をした。

 掌には王族の女性にはありえない剣タコにより分厚く硬くなっているし、腕や脚は無駄な贅肉が無い分細身に見えるが、しなやかな筋肉で覆われている。

 フォーガンの名を名乗る事を許されているとはいえ、王族の中でも末席に近い自分の家が、今の地位を護っていく為には、上位の継承権持ちとの政略結婚か、何かしらで高い実績を残すしかない。

 彼女の性格上、好きでも無い人間との政略結婚をするなど論外だし、商才も無いので利益を生む様な画期的な商売も思い付かない。

 得意なものといえば、その高く多い魔動力だけだった為、騎士という道を選んだ。

 それしか自分には出来ないから。

 だからこそ強くならなければならない。

 誰もが納得し、誰もが認める程の最強の騎士にならなければいけない。

 それが家族を護り、家族の幸せに繋がるから。

 そんな想いを抱きながら一心不乱に剣を突き続ける。

 そんな焦燥のようなものが外から見ていても感じられる。

 何がそこまで彼女を駆り立てるのかは、ショウマには分からない。

 ただ分かる事は、今の状態が危うい事だという事くらい。

 それは彼自身も似た経験をし、過去の自分と重ね合わせて見ていたからだ。

 フューレンの惨劇後に“造聖”のトゥルーリに引き取られたショウマは彼を師匠と仰ぎ、戦う術を教わった。

 それは愛する者を奪った悪夢獣に対する憎しみを晴らす為だった。

 確かに怒りや憎しみといった感情は、どんな厳しい修行にも耐え、我武者羅に強さを追い求める事に適してはいる。それしか目標が無いのだから、目指しやすいというのもある。

 まだ修業を始めたばかりの弱い頃はそれが糧となり、どんどん強くなり、それに見合って体力もついた。

 だがそれだけではすぐに限界が訪れてしまう。

 淀んで曇った感情任せのままでは越えられない壁が存在したのだ。

 その壁は人それぞれあるだろう。

 ショウマの場合は強さの頭打ちであり、その原因は2つ。

 自身の身を省みず、ただ敵を斬り倒す為だけの技術も何も無い力任せの剣技。

 実力が同程度ならそれも通用するだろうが、上の相手にはそんなものは通用しない。

 まるで足枷を嵌められたように身体は重くなり、這い上がる事さえ出来ない底無し沼に沈められて、足掻けば足掻く程、身体は限界だと悲鳴を上げて、これ以上は強くなれないような気分に陥った。

 1日でも早く強くなり、悪夢獣を倒したいという想いが強過ぎて身体を酷使し続けたのが原因の1つ。

 もし冷静であれば、身体の重さの原因だとすぐに気が付けただろう。

 しかしその時は負の感情で頭が一杯で、すぐにはその事実に気付く事は出来なかった。

 だがショウマの感情が強まれば強まる程、頭の中が冷静に冷酷に冷徹になる特性のおかげで、自らその事に気付く事が出来た。

 なぜ感情が冷え込むのかは分かっていない。

 この世界に来る前の記憶の多くを未だ失っている為、生まれつきそうだったのか、この世界に来てそうなったのか、あるいは記憶喪失が原因なのか。

 しかしこの特性のおかげで自身を客観的に見る事が出来、我武者羅に鍛えるだけでなく、適度に身体を休める方が効率的なのだと気が付いたのだ。

 そしてもう1つの原因は精神的な問題。

 自分が何の為に戦うのかという目的だった。

 あの頃のショウマなら「大切な家族を奪った悪夢獣を全てこの世から消し去る事」だと即答しただろう。

 いや、その気持ちは今も心の中の多くを占めている。

 目的の1つなのは間違いが無いが、今のショウマにとってはそれだけが目的では無かった。

 フューレンの惨劇のあったあの日。

 死の間際にあってもカティは笑顔を向けて、ショウマに言ったのだ。

「生きて、幸せになって」と。

 それが彼女の望みであり、彼の望みでもあった。

 カティとギニアス、そしてフューレンの村の皆の分まで、ショウマは幸せに生きなければならないのだ。

 悪夢獣の殲滅などその通過点に過ぎなかったのだ。

 その事実に気が付いた時、それまで手を掛ける事さえ不可能だった壁は崩れ去り、足枷も底無し沼も霧散した。

 他人から見れば、大した事の無い事柄かもしれない。しかし壁を乗り越えらる事が出来ずに足掻いている本人にとっては光明であり、希望なのだ。

 壁を乗り越えてからは、ショウマの心にあった怒りと憎悪の炎は静まった。

 今でも悪夢獣やその素材を使用した邪法が関わっていると知れば、怒りと憎しみの炎は再度膨れ上がり、感情が表に現れてしまう。

 しかしそれは人間として普通の事だ。

 表面上だけかもしれないが、もしそれすら失ったら、ただの機械、ただの魔動具と同じになってしまう。

 そういう意味で、目に見えて感情を爆発させているシアニーは最も人間らしいと言えるだろう。

 そんな所に惹かれている事も自覚はしている。恋愛感情より親愛や友愛の情の割合の方が殆どを占めてはいるが。

 だからこそ今の彼女の事が心配だった。

 今までの彼女は感情が表に出ていても、その身に染み込んだ技術とそれに裏付けされた自信が根底にあり、氷結姫の異名の通り、まるで透き通った氷のように美しく、姫のように優雅で、振るう剣にはそれに見合ったキレと力強さを感じた。

 だが今は確かに以前より速さは増し、触れれば斬れてしまいそうな程に鋭さも増したが、力強さというか荒々しさが増して、どこか暴力的で、そこに優雅さや美しさは微塵も感じられない。

 とはいえショウマには彼女に対して、掛ける言葉を持って無い。

 人を諭せるような語彙を持っている訳でもないし、そんなに出来た人間でも無い。そもそもこの壁は他人がどうこう言ったからといって越えられるような壁では無いのを身に染みて分かっているから。

 泥沼に嵌り込みかもしれないし、道を踏み外すかもしれない。

 しかし彼女自身が自分の心と向き合い、受け入れ、昇華させていくしか無いのだ。

 問題の根本を解決する事は出来無くても、道を踏み外す前に踏み止まらせる事くらいはショウマにも出来るだろう。

 彼に出来る事はそれくらいだけだった。



 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *



「全く……ぶっつけ本番で何かあったらどうする気だったんだ!?」


 キング工房の地下工房。

 その硬い床に正座をさせられながら小さな体を更に縮こまらせて、アーシェライトはイムリアスに説教されていた。


「…で、ですけど……設計図は完璧でしたし…実際にも………」

「言い訳無用!いくら設計が完璧でもそれを作るのは技師だ。人間だ。ミスもするし、間違える事もある。不具合が出なかったのは結果論に過ぎない。実際、左脚の電力バイパスは接続が甘かったし、左肩のネジは1本外れていた」


 起動時の警告にはネジの締め忘れは出ないにしろ、エネルギーバイパスの不具合はちゃんと警告されていた。

 それを鎧甲の不具合だけと思いこんで、その全ての警告を切った為に気付く事が出来なかったのだ。

 確かに人為的なミスではあったが、その小さなミスが命に直結するのが技師の仕事なのである。

 いくら異世界の知識と天才的な技術を持っていようと、そんな初歩的な事を見落としては魔動技師失格である。


「でも、まぁ、ダメージも殆ど無かったし、実戦データも取れた訳だから……」


 あまりにも小さくなって落ち込んでいるので、ついついフォローしてしまう。

 こうして説教をしているとはいえ、イムリアスもそこまで怒っている訳ではない。もし自分が同じ立場なら同じ事をしただろうから、その気持ちも分かる。

 それにダメージといえるのは無理をさせた右の肘と肩の駆動部だけであり、それも然程深刻なものではない。


「まぁ、ショウマの奴の事を思っての行動だしな。今回は大目に見てやろう」

「ああわわわっ……ぼ、僕は…そそそんな…………想って…なんか…………」


 尻すぼみに声が小さくなり、途中から聞き取れなくなる。が、その瓶底眼鏡の奥にある顔が真っ赤に染まっているので、イムリアスの言う通り、ショウマの事を想っての行動なのは丸分かりだ。

 ただこれだけ分かりやすいのに、想われている当人は相当な鈍感なのか、気が付いていない様子だ。

 前途多難なアーシェライトだが、イムリアスは彼女が幸せになる為の応援を続けていくつもりだ。


「さて場も和んだ所で本題に入ろう。今回のこのデータは本当なのか?」


 仕事モードへと切り替わったイムリアスに合わせる様に、アーシェライトも乙女モードから仕事モードへと頭を切り替える。

 ただ彼に関する事なので、頬の熱と赤みはすぐには消えてくれないが。


「え…えっと……計器が壊れていなければ、それは間違いない数値…です」

「あいつって魔動具を使えないんだよな?」

「はい。ショウマさん本人も言っていましたし、実際にチャッカやライトで試して貰いましたが、動かす事が出来ませんでした。アイリッシュ理事長もあっちの世界から来た人は魔動力を持っていないとお話していたらしいので、総合的に考えて計器の方が壊れていたか、何か別のものに反応したと考えるのが妥当だと思います」

「けどアイリのバアさんが会った事があるのって70年以上も前の話だろ?あの頃にはこんな計器は無かった訳だから、本当に魔動力が皆無だったかなんて分からねぇだろう。それに計器は今は壊れてねぇし修理もした記憶がねぇから、計測した時だけ壊れていたとは考えられない。他の何かに反応したってのは要検証だが、どちらにしろ今後のテストのデータではっきりするだろう。その結果次第で、俺の仮説は……」

「で、ですけど、それは……そんな仮説は………」

「ああ、仮説に過ぎない。だがもしこれが正しければ、あいつが魔動力を使えない理由もはっきりする。とはいえまだ確かとも言えない。だからあいつには……」

「…はい…言いません……いえ、言えませんよ、こんな事……」


 胸に当てた手をぎゅっと握り締め、アーシェライトはその仮説が間違いであると信じたかった。

次回は幕間でかなり短文になりますので、来週更新致します。

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