第35話 悪夢の終わり
シュピーゼルが劣勢を強いられる中、アーシェライトは地面に巨大な魔動陣を描いていた。
「これって転移魔動陣…よね?」
当然ながらシアニーは気付く。
騎士、というより魔動機兵所有者であれば、すぐにそれは分かる。
魔動機兵の所有者になる場合に必ずといって良い程最初に行うのが、自身の血を使って転移魔動陣を刻み、自分の所有物であるという事を確立する事だ。
それはショウマのような特殊な場合を除き、新しく購入する場合でも誰かから引き継ぐ場合でも同じ。
「…動作試験時の輸送の手間を省く為に、勝手ではありましたけど、魔動力の無いショウマさんに代わって僕の血を使って魔動陣を刻んでおいたんです」
アーシェライトは鼻と口元から垂れていた血を指で拭うと、その手で地面に描いた魔動陣に触れる。
転移させたいものを具体的にイメージし、同時に魔動陣に魔動力を流すようなイメージを思い浮かべる。
地面に描いただけのただの落書きだった魔動陣は、まるで血のように赤く光り出す。
後はキーワードとなる言葉を発するだけ。
「レディセット、シルブレイド!」
アーシェライトの言葉に呼応して、魔動陣は更に輝きを増し、光の柱を生み出す。暗くなった森の中を赤く染め上げながら、輝きの向こう側に巨大だ
が細身のシルエットが浮かび上がる。
鎧甲が申し訳程度にしか装着されていない、殆どフレーム剥き出しのシルブレイド。
フレーム素材に真っ白な雷鉱を使用している為、まるで骨格標本のように見える上、魔動陣の赤が反射されて、なんとも不気味な印象を与える。
「えっと…これ……大丈夫…なの?」
シアニーは鎧甲で覆われたシルブレイドの姿を知っているだけに心配そうに尋ねる。
「…正直に言いまして大丈夫じゃありません。関節部は強度保持の為にアダマスコーティングしていますが、それ以外は普通なので、出力を抑えないと分解する可能性もあります。鎧甲も操縦席周りに申し訳程度にあるだけですので、攻撃を受けたら多分終わりです。そしてさっきも言いましたが、調整を施していませんので、バランスが悪くて動きづらいと思います」
「けど、ここでやられるのを黙って見てるよりは良い!要はじゃじゃ馬を優しく手懐けて、やられる前にやればいいんだろ!!」
ショウマは完全に姿を露わにしたシルブレイドに向けて早速駆け出そうとする。
しかしすぐにアーシェライトが止める。
「待って下さい。言う程簡単な事じゃないんですよ。だから僕も一緒に乗って、その都度、出来る範囲の調整を行います」
「え、いや、だけど…危険だし、操縦席って意外と狭いし……」
「ずっと地下にありましたので充電が十分じゃないというのも理由の1つです。満足に動けない内にエネルギー切れになっても困りますから。それにエネルギーの事を考えて、複座式に改修してありますので、広さの方は大丈夫です」
魔動力を持つ者が乗ってくれれば、確かに稼働時間の問題は解決される。
チラリとシアニーに一瞥くれるが、ちょっとした振動でも激痛が走る彼女に乗って貰う訳にはいかない。
となれば、この場にはアーシェライトしか居ないが、騎士候補生として、非戦闘員を戦いの場に連れて行くというのは、かなり気が引ける。
だが彼女の目を見れば、その意思が固いのは分かる。
引っ込み思案で気弱そうだと思っていたのだが、その芯には頑固な職人気質があるようだ。
一度決意すると男性より女性の方が度胸が座っているらしいので、彼女も例外では無かったのかもしれない。
「ああ、もう!分かったよ!乗って貰わないとまともに動けないみたいだし、無茶な動きも出来ないみたいだし……って訳でシアは邪魔にならないよう
にその辺の木の影にでも隠れてろよ」
「う…うん……」
彼にとっては何気ない一言だったのだろうが、シアニーにとって「邪魔」という言葉が心に突き刺さる。
今季の新本科生の中でも文武共に最高クラスの実力の持ち主として、誰もが期待し、本人もその期待に応える自信と自覚があった。
だが春先にショウマと出会ってからたった数ヶ月で、自分がどれ程驕り、弱かったかを実感させられた。
魔動力の無い者に魔動器の力まで使って敗れ、薬を使われたとはいえ騎士でも無い人間にあっけなく捕まり、ゴロツキ程度の相手に人質を取られて恥辱と屈辱を味わされ、その挙句、本来は騎士である自分が守るべき相手に守られる。
そして今は、目の前で戦闘が行われているのに指をくわえて見ている事しか出来ない邪魔者扱い。
(騎士に……皆を守れる騎士になる為に今までやってきたのに……なのに…なんで私は……)
シルブレイドに向かうショウマとアーシェライトの背中を見つめながら、シアニーは唇を噛み、その頬に知らずの内に涙が零れる。
「…悔しい……悔しいよ…………」
木陰で蹲りながら、シアニーは独り、嗚咽を漏らすのだった。
* * * * * * * * * *
ショウマ達がシルブレイドに乗り込む直前、シュピーゼルと悪夢獣の戦いに動きがあった。
シュピーゼルの放った渾身の一撃は悪夢獣の左胸に大きな穴を開けた。だがその代償が大きかったのか、僅かに後ろに下がった所で動きを止め、左手からダガーが落ちる。
魔動機兵はシルブレイドと異なり、操縦者が乗っている限り、エネルギー切れを起こす事は無いし、外から見た限りでは目立った損傷も見受けられないので、機体トラブルとも考えにくい。
なのに完全に動きが止まっているという事は、ガレルエア自身に何かあったと推測出来る。
「シェラ!急ぐぞ!!」
「ふぇ?ひ、ひやぁ?!」
異変を察したショウマはアーシェライトからの答えを待たずに抱き上げると、シルブレイド各部の突起を器用に利用して駆け上がり、搭乗口まで到達する。
ハッチを開けると、以前に比べて搭乗口は広く、人1人を抱えていても十分な余裕があった。
すぐ目の前にはシートが1つあり、その前にキーボードのようなものがあるだけ。
「シ、ショウマさんは下に。ここはサブシートですので僕が座ります」
ショウマの腕から抜け出たアーシェライトは、ほんのりと顔を赤くし居住まいを正しながら、そそくさと目の前のシートに座ってしまう。
促されたショウマがアーシェライトの足元を覗くと、そこには以前と同じ、操縦席があった。
色々と感想やら意見やらを言いたい所だが、今は時間が惜しいので、黙って操縦席へ潜り込む。
計器やボタンに少し違いが見られたものの、基本的な構造は以前と変わらない。
右下に視線を送ればヘビーギアの起動キーとなるキーカードは半指しのままとなっていた。
不用心のような気もするが、元々、ネズミ一匹入り込めないようなキングス工房の地下工房に置いてあったのだし、魔動機兵とは操縦方法が完全に異なるので、ショウマ以外には動かす事も出来ないだろう。
「さぁ、もう一度俺と戦ってくれ…シルブレイド」
小さくそう呟いてからカードキーを刺し入れると、ブゥンという低い唸りと共に薄暗かった操縦席内に明かりが灯る。
まだ完全ではないが、ショウマの手に悪夢を断つ剣が戻ってきた瞬間だ。
だが動き出そうとした直後、操縦席内に警告音が響くと同時に上からアーシェライトが取から声が掛かる。
「少し待って下さい。鎧甲が無いのがダメージと判定されているみたいですので」
確かに左側にあるシルブレイドの状態を表す人型をした図形はその殆どが赤く染まっている。
ダメージを受けて、鎧甲が破損していると判断しているのだろう。
アーシェライトがサブシート前に設置されているコンソールのキーを素早く叩くと、すぐに警告音は止み、ダメージ状態も赤から緑へと変わる。
「現行の状態をダメージ率0に設定。エネルギーバイパスも正常稼働。ショウマさん、動かしても問題ありません」
その言葉に を待っていましたとばかりに、ショウマはフットペダルを踏み込む。
鎧甲を纏わない細いフレームだけの弱々しい見た目。
だが目を模した頭部の緑色の石は力強く輝く。
「各部関節の荷重は想定内。右脚部接地角コンマ7、バランス4コンマ2修正……」
ショウマが動かす度にアーシェライトが逐次修正を行っていく。
最初は動かしにくかったが、すぐさま以前同様、いやそれ以上にスムーズに操作出来るようになっていく。
「電力残量は10%を切っていますが、魔動力メインで出力は安定。ただ全体の強度に関しては不確定要素が多いですので、70%での稼働になります」
「了解。足りない分は腕でカバーする」
戦闘準備が整ったタイミングを見計らったかのように、シュピーゼルと悪夢獣の戦いに動きがあった。
激しい激突音とぶつかり合った衝撃波が周囲の木々を揺さぶる。
慌ててそちらを見やれば、それまで闇の衣のせいで決定打を欠いていたシュピーゼルの恐らくは全力の一撃によって、悪夢獣の左胸が拳大に削り取られていた。
だがそれ程の傷を負いながらも悪夢獣の動きは止まらない。
闇爪が振るわれ、その一撃を避けたように見えた瞬間、ガレルエアのくぐもった呻きが聞こえ、シュピーゼルはまるでエネルギーが切れたようにその場に立ち尽くす。
魔動機兵がエネルギー切れになるなんて事はありえない。
あるとすればエネルギーである魔動力の供給元の操縦者が絶命するか、その操縦者の身に何かが起きて動かせない状態になったかという事だ。
シュピーゼルを見た限り、操縦席を貫くといった致命的なダメージを受けているようには見えないので、後者と考える方が正しいだろう。
だが、悪夢獣を前に無防備に突っ立っているのは、自殺行為であり、このままでは結果的に前者になってしまうだろう。
「シェラ。いきなりで悪いけど、堪えてくれよ!」
シルブレイドが一気に駆ける。
出力は全開ではないが、鎧甲という重りが無いおかげで、その速さは依然と遜色が無く、一気に間合いが詰まる。
転移魔動陣が組み込まれていたのが機体のみだった為、武器であるブレイドソーまでは転移させられず、武器が無い為、シュピーゼルの足元に落ちていたダガーを拾い上げつつ、斬り上げる。
単なる牽制のつもりだった。闇の衣がある以上、こんな攻撃ではダメージは通らない。
不意を突いた隙に何かしらの原因で棒立ちとなったシュピーゼルを抱えて、退がるつもりだった。
だがそんな思いとは裏腹に、ダガーは悪夢獣の腹部を易々と斬り裂いた。
思わぬ事態にショウマが驚く隙に、悪夢獣は大きく退く。
『え?なんで今……って、それより今は…副団長さん!無事か!!』
『…………あ…ああ…君…か……とりあえず…生きてはいる………だが…動くのは…少し難しい………』
ガレルエアはなんとか絞り出すような声で応える。
『分かりました。後は俺がなんとかするので休んでいて下さい』
声の状況から一刻を争う状況かもしれないが、今、ここで撤退する事は出来ない。
今ここで見逃せば、目の前の悪夢獣によって3年前の悲劇が繰り返されるかもしれないから。
そこでふと思い出す。
シルブレイドに初めて乗り、悪夢獣と初めて戦い、そして大事な家族を失ったあの惨劇の日の事を。
どんなに月日が流れてもあの日の苦しみと悲しみ、そして怒りは収まる事は無い。
だが時が経った今だからこそ、あの日の事を冷静に考える事も出来るようになっていた。
あの日戦った3つ首の熊の悪夢獣は闇の衣を纏っていなかった。
怪我の具合から考えて、村に着く前に幾度となく魔動機兵と戦っていたのだろう。
目の前の悪夢獣化したクアクーヤの成長速度を考えれば、闇の衣を扱えるくらいには成長していてもおかしくは無い。
それなのにただの打撃でダメージを与える事が出来ていた。
そして今も牽制のつもりで放っただけの一撃に闇の衣は発動しなかった。
あの時と今と何が違うのか。何が同じなのか。
ブレイドソーという闇の衣を打ち破る武器が無い状態で、悪夢獣を倒すには今の現象を解明しなければならない。
(考えろ考えろ。なんであいつに攻撃が届いた。なんであいつは無防備な副団長さんをすぐに攻撃しなかった。なんであいつは退がった……)
必死に頭を回転させ、考える。考える。考える。
「ショウマさん!悪夢獣の左脇に高熱源反応。恐らくあれは急速に自己回復を進めているのだと思います」
機体や周囲の状況を確認していたアーシェライトから報告。
彼女にしてみれば、それはただ単にサポート役として状況が変化した事を単純に報告したに過ぎないだろう。だがショウマにしてみれば、それはまさに天啓だった。
「そうか。そういう事か!よくやった、シェラ!!」
シルブレイドはシュピーゼルの腕に抜かれずに収まっていたダガーを抜いて、二刀流で悪夢獣と対峙する。
悪夢獣は唸り声を上げて威嚇するだけで襲い掛かっては来ない。
それも当然だ。
僅かに逸れたとはいえ、シュピーゼルの一撃で急所である心臓近くまで抉り取られる程の重傷を負っているのだ。
その傷を塞ごうと回復に多くの力を注いでいる。
悪夢獣がどれ程獰猛で強大な力を持っていようと、所詮は獣だ。その行動原理は本能に従っており、自身の身に危険が迫れば、当然、闘争本能より生存本能の方が上回る。
だからこそ自分から動かず、身体を休めて、少しでも早く回復させようとする。
3年前のあの熊の悪夢獣も潰された頭を治す為、人を食らい、回復に注力していた。
それが類似点。
そしてそれこそが悪夢獣にとっての致命的欠点だとショウマは気付いたのだ。
人に限らず生物が怪我を治すには安静にしている事が一番だ。
それは体力を温存するという意味の他に、体力が無ければ傷の治りも遅くなるからだ。つまり傷を治すのに体力という体内エネルギーを消費する必要があるという事だ。
元がクアクーヤという人間である以上、目の前の悪夢獣も回復の為に体内エネルギーを大量に使用している。
報告にあった高熱源反応はそれを裏付ける。
そして仮説だが闇の衣を発動させるのにも体内エネルギーが必要なのだろう。
生存本能的に回復を優先しなければ確実に死んでしまうと理解し、回復に体内エネルギーのほぼ全てを回している。それ故に体内エネルギーを必要とする他の能力を使う事が出来ないのだ。
先程まで常に出していた闇爪も出していないので、それも無駄な体内エネルギーを出さないようにしているという意味に違いない。
だとすればショウマがやる事はただ1つ。
体内エネルギーに余裕が出来る前に、闇の衣が復活する前に、目の前の敵を倒す事だけ。
『いくぜぇぇぇぇ!!!!』
シルブレイドが駆ける。狙うは治りきっていない左胸。心臓まであと少しの所まできているのだから。
一気に間合いを詰め、左のダガーを振るう。
悪夢獣も防ごうと右腕を振り下ろすが、そこに闇爪は無く、闇の衣も発動しなかった為、削ぐようにその腕を斬り裂く。
「GUFUAAAAAAAAA!!!!!!」
鼓膜を破りそうな程の大音量の絶叫など意にも介さず、シルブレイドは続け様に右のダガーを振り、左手首を斬り落とす。
悪夢獣は更なる絶叫を上げながらも、その巨大な牙の生えた口を更に大きく開き、シルブレイドに噛み付きに来る。
だが、寸での所でシルブレイドは飛び退き、大口は空を噛み砕く。
悪夢獣の体勢が整うより先に、シルブレイドが大地を踏み締め、再びその懐に潜り込む。
左太股にダガーを刺して更に体勢を崩させた後、
「右腕にパワーを集中!一気に貫く!!」
ショウマの言葉にアーシェライトはすぐさま右腕内の電力エネルギーバイパスを解放。
ここが勝負所だと彼女も理解しているのだ。
2つの動力、2つの出力が合わさり、右腕だけが神速の速さで繰り出され、悪夢獣の傷を負った左胸へと吸い込まれるように突き刺さる。
ダガーは再生中の脂肪を切り、肉を裂き、生命活動の源である心臓を貫く。
「GUUUUFUUUUAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!
それはまさに断末魔の叫び。
その叫びが止まぬ内にシルブレイドはダガーから手を離し、距離を取る。
直後、叫び声は途絶え、同時に地響きと共に悪夢獣は崩れ落ちる。
シルブレイドの操縦席の中、ショウマが大きく息を吐く。
悪夢獣になったとはいえ、元は人間。
彼は初めてその手を血に汚した。
ザンスの時と異なり、邪法の暴走によって肉体そのものが悪夢獣へと変化したのだ。
元に戻す方法も知らないし、それ以前に元に戻るかも分からない。
ならば殺すしか道は無い。
その事に後悔も罪悪感も無い。
そもそもこの悪夢獣の元となった人間は、シアニーとアーシェライトに酷い事をしたクアクーヤだ。元からただで済ます気は無かった。
「………さぁ…帰ろう…………」
それは全てが終わった事を示す言葉だった。




