第34話 求めていた戦い
悪夢獣となったクアクーヤとシュピーゼルの戦いは拮抗していた。
シュピーゼルは細身の見た目通り、速さを重視した機体であり、武装も上腕部に収納されている4本のダガーのみ。しかし手は2本しか無い為、二刀流による斬撃がメインとなる。
最初はシュピーゼルの方が優位だった。
速さで上回る為、攻撃を悉く回避し、両の手による目にも止まらぬ連続攻撃は確実に悪夢獣を斬り裂いてダメージを与えていた。
しかし悪夢獣特有のタフさと回復力のせいで致命的なダメージまでには至っていない。
だがこれを続けていけば、程無く息の根を止める事が出来るだろう。
楽観視はしていないが、確信めいた自信はある。
ランズラット傭兵団で副団長を務める程のガレルエアにはそれを為すだけの技量と体力が十分に備わっているのだから。
しかしそんな自信は時間を追う毎に薄れていった。
『ちっ、浅いか』
シュピーゼルが放った一撃は腹部を斬り裂いた。だが手応えが小さい。
今程斬り裂いた部分を注視すると、それまでは肉まで届いていた刃は皮を裂いただけだった。
最初は踏み込みが甘かったとか、たまたま悪夢獣がよろけたとか、単なる偶然でしかないと思った。
だが攻撃を繰り出す度に手応えは小さくなっていき、与える傷が浅くなっていく。
「…まさか!」
逸早くその事に気が付いたのは、実際に戦った経験のあるショウマだった。
元が人間であろうと目の前にあるあれは邪法の暴走によって悪夢獣化したもの。
となればあの時と同じものが使えない訳が無い。
「副団長さん!!早く止めを!!」
ショウマの叫びが届いたのか、それとも直感的に感じ取ったのか、シュピーゼルが更に加速した。
腕から伸びる闇爪を掻い潜り、一気に背後を取る。
そしてダガーを逆手に持ち、最大出力でその後頭部に振り下ろす。
ダガーは頭蓋に突き刺さり……そこで動きを止めた。
『何っ?!』
渾身の一撃は僅かに刃先が突き刺さっただけで、それ以上は押し込めない。
それどころか突き刺した場所から闇が溢れ、逆にダガーを押し返している。
「くそっ!やっぱり闇の衣か!!」
最初は生まれたばかりという事もあり、悪夢獣本来の能力を扱いきれていなかったのだろう。
だが戦いながら徐々に制御出来るようになっていたのだ。
そして今まさに、悪夢獣が本来持つ防御力を手に入れた。
一撃の破壊力に乏しいシュピーゼル1機では厳しい戦いとなる事だろう。
本来、弱い悪夢獣1体を相手するのにも3機以上の魔動機兵を要すると言われていて、正騎士でも3機以上の編隊を組む事が常識とされている。
これは闇の衣を貫くだけの突破力を持たせた魔動機兵が確実に攻撃を当てるには囮や陽動が不可欠という事、そして大抵は戦闘時間が長くなる為、負担を分散させて集中力や体力を維持するという事が目的だ。
そもそも悪夢獣と単騎で対等以上に渡り合えるショウマのシルブレイドやシルフィリットのクリムズンフェンサーが異常なのだ。
『このままではマズイか?』
シュピーゼルの攻撃は闇の衣のせいでほとんど弾かれるようになってしまったが、悪夢獣の攻撃も遅くて楽々回避出来ている。
一進一退の互角と戦いと言えるがそれも時間の問題。
戦いが長引けば、悪夢獣の方は、闇の衣と同様に自身の力の扱いに慣れていき、シュピーゼルの動きや癖も学習していくだろう。
反対にガレルエアはそれらに逐次対応しなければならず、その上、体力と精神力にも限界がある。
攻撃が通じない苛立ちと、一撃でも受ければ行動不能に陥るかもしれないという恐怖は、じわじわとガレルエアを消耗させていく。
「くそっ、俺はまたこのまま何も出来ずに見ているしか無いのか……」
シュピーゼルの戦いを見守る事しか出来ず、歯噛みするショウマ。
シルフィリットの時はその圧倒的な強さの前に自分の無力さ、弱さを噛み締めるだけだったが、今回は勝てる要素が見えない。
このままではいずれガレルエアは倒されてしまうだろう。
今から衛兵の元に駆けつけても、討伐隊が組まれるのにかなりの時間が掛かる事は予想出来る。
シンロード周辺にはこれまで悪夢獣が現れた事が無かった事もあり、基本的に正騎士と魔動機兵による守備隊は常駐していない。
というよりもシンロード魔動学園所属の騎士候補生がいる為、有事の際は学生を派遣すれば良いと判断されているのだ。
だが今の時期は騎士本科の2、3年生は、実践を経験させる為の学外活動が主である為、全員が街の外に出払っている。
今街に居るのは、実戦経験の殆ど無い予科生とショウマ達本科1年生のみ。
教師の中には元正騎士も多く存在するが、基本的に怪我などで前線で戦えなくなった者や体力の衰えを理由に引退した者が多く、戦力となるかは微妙な所。
臨時講師として先日から王国騎士団のカキヨンとキザーヲが滞在しているが、シンロード以上に悪夢獣の脅威から遠い王都フォーガンに配属になっている時点で、その実力の底が分かるというもの。
ランズラット傭兵団の副団長であるガレルエアが関わっているのだから、傭兵団に応援を頼むという手もあったが、傭兵団が所持する魔動機兵は数が少ない上に、一番の乗り手がガレルアエだという。傭兵団に頼んだ所で彼が既に倒されていては、悪夢獣を倒す事はほぼ不可能ということだ。
つまり今から助けを呼んだ所で、時間的にも実力的にも間に合わず、ガレルエアの足止めの甲斐も無く、シンロードの街は甚大な被害を受ける事になるだろう。
「それなら私が機兵を……っ痛っ……」
「おい、無理はすんなって」
流石にずっと下着姿という訳にいかない為、服を着直したシアニーが自信が戦おうと申し出ようとするが、すぐに足の痛みに顔を歪める。
当然だが彼女も魔動機兵を所持し、転移させる事が出来る。
1年生の中では最高クラスの実力を持つ彼女が参戦すれば、事態は少なからず好転するだろう。
だが、いくら魔動機兵が殆ど思考で制御するとはいえ、呪いによる痛みが残っているこんな状態ではまともに動かせるとは思えない。
「それに学園から許可が下りないと……」
当然、こんな事態になるとは思っていないので魔動機兵の使用許可等貰っていないし、今から取りに行く時間も無い。
ザンスの時は学園側の人選の不手際と学園長の計らいもあって厳重注意と罰掃除だけで済んだが、シアニーが同じ処罰で済むかは分からない。
「だけど!」
尚も食い下がろうとするシアニー。
悪夢獣化したとはいえ、自分に屈辱を与えた相手だから自身の手で倒したいという気持ちもあるが、それ以上に目の前の人を、これから被害を受けるかもしれない人々を守りたいという気持ちの方が強かった。
この世界に騎士道なんてものは存在しない。
そもそも騎士とは魔動機兵を操縦する者の総称であり、その目的は悪夢獣の討伐だ。
悪夢獣相手に1対1の決闘とか正面から正々堂々とかは当然通用しない。
そんな事をする人間は一部の称号持ちの達人かただのバカだけだ。
だが強きを挫き弱きをを守るという精神、自身より他者を重んじる心、正義を信じ貫く想い、戦う力を持つ責任感は、騎士道精神に通じる所がある。
彼女はそれを持っている。根っからの騎士なのだ。若干、自分の信じる正義を貫き過ぎるが。
そしてその思いはショウマも同じだった。
愛する者達を目の前で奪った悪夢獣に対する憎悪が消える事は無い。だが今はそれと同じくらい守りたい者が最低でも目の前に2人いる。
この学園に来て、そしてシアニーとアーシェライトを始めとした様々な人と出会って、悪夢獣を倒すという事にどんな意味があるのか、騎士になるとはどういう事なのか、その答えが見え始めていた。
「…えっと…その……使用許可の出てる魔動機兵があれば…どうにか出来るんです…よね?」
詰め寄るシアニーを他所に、おずおずと声を発したのは、メイド服に身を包んだもう1人の少女・アーシェライトだ。
「…あの……正直に言えば、動作チェックも調整も行っていないので、いきなり実践に出すのは技師としては心苦しいのですが……」
彼女の言葉にショウマは思い当たる。
確かにあれならばこの状況を打破出来るだろう。
それなりの強さの悪夢獣が相手でも対等に渡り合う事が出来るだろう。
今見た限りでは悪夢獣化したクアクーヤはザンスの時よりも強さや恐怖を感じないので、十分に勝機はある。
ただしあれが万全の状態であればの話だ。
「……まさかシルブレイドを?!でもあれは……それに許可も……」
確かに明日から動作チェックを行う為に組み上げは完了している。しかしまだ最終チェックの段階では無いので、鎧甲も最低限で仮のものしか取り付けていないほぼフレーム剥き出しの状態だし、何より今はキングス工房の地下工房に格納された状態だ。
工房は今の場所とは真逆の街の東側に位置する為、衛兵の詰所に助けに向かうよりも遠くて時間が掛かるし、魔動力の無いショウマでは転移魔動陣を発動させる事も出来ない。それに使用許可を取りに行った記憶も無いので、もし完全に修復が終わっていたとしても無断使用という事になってしまう。
流石に大して日も経たずに2回目の無断使用をしてしまったら、今度こそ退学処分になってもおかしくない。
「使用許可に関しては大丈夫です。元々、明日から稼働試験を始める予定だったんです。工房内では狭すぎるので街の外でやる予定にしていましたが、その為には当然、使用許可を貰っていなければいけませんから」
「え、ああ、そうか。で、でも今から工房まで行ってたら……」
「それも大丈夫です。稼働試験の場所までの運搬に備えてって…ああ、もう!時間が惜しいですので、説明は後です!少し下がっていて下さいっ!!」
アーシェライトには珍しく語尾を荒げて、慌てた様子で近くに落ちていた木の枝で地面に何かを描き始める。
何をする気かは分からないが、彼女が焦っている理由は明らかだった。
それまで攻勢だったシュピーゼルが押され始めていたからだ。
『くっ、物凄い速さで成長しているってのか!?』
最初に比べ悪夢獣の腕の振りは鋭くなってきていた。
これまでは完全に見切ってかわしていた攻撃が、今では回避に専念する事でなんとか避ける事が出来るという程度にまで鋭く速くなっていた。
ただでさえ攻撃が通らないという焦燥感に苛まれているのに、このままでは不利になる一方だ。
ガレルエアは騎士では無いので戦えない者を守るという義務や責任は無い。
彼は傭兵であり、しかも今回は依頼主がいる訳でもない。傭兵団員であるクアクーヤが関わっているからという個人的な理由でここに居るだけだ。
だからもし自分の命に危険が迫れば逃げ出しても構わない。逃げた所で、誰にも文句は言われないし、言わせない。傭兵団の名に傷が付く事も無いだろう。
だが彼は逃げようとしない。
今回の事はランズラット傭兵団が引き起こした事だから、というのもある。
副団長として団員の後始末をしなければならないから、というのもある。
ショウマを助けるという約束を交わしたから、というのもある。
命の恩人であり養父でもあり、傭兵団の団長でもあるランズラットに、事の真相を聞き出さなければならないから、というのもある。
だが全てはただの建前に過ぎない。
心の奥底にある思いはただ1つ。
血沸き肉躍る命を掛けたギリギリの戦いへの高揚感のみ。
幼い頃から争いの中に身を置いていた。
アルザイルの内乱が完全に終結するまで、多くの血を流し、それ以上に多くの血が流れた。
時には死んでもおかしくない状況に陥った事もあるし、実際に何度か死線を彷徨った事もある。
だが内乱が落ち着いてきてからは、命が掛かるような事態に遭遇する事は無かった。
実力で副団長の座につく程まで強くなったせいもある。
だからいつも心の何処かで自分を追い詰める程の強敵に出会える事を祈っていた。
そして今、ようやく巡り合えたのだ。
(ああ、そうだ。俺はこれを求めていたんだ)
悪夢獣の攻撃で追い詰められているにも関わらず、ガレルエアの顔には笑みが浮かんでいた。
今正に命を削る戦いの高揚感に酔いしれていた。
悪夢獣が右の闇爪を振り下ろす。僅かに反応が遅れ、遂に捉えられる。
肩口に一筋の斬り傷が刻まれるが、鎧甲を裂かれただけで問題は無い。だが続いて振るわれた左の一撃は完全に射程内。
だがそれも逆手に持ったダガーで受け止める。
縦横無尽に繰り出される闇爪を時には避け、時には防ぎ、時には捌き、隙を見ては反撃。
ダガーは突き刺さる直前で闇に阻まれる。
ダメージが通らないのでジリ貧だが、今のガレルエアにはそれすらも自身を楽しませる要素に過ぎない。
『さぁて、どうやってこいつを貫くかな』
楽しそうな表情を浮かべ、攻撃方法を模索する。
斬るより突く方が闇を押し込める事は分かった。
線より点。
それを意識して攻撃を開始する。
普通に突くだけでは表皮に届かないのはこれまでで理解している。
ならばとガレルエアは悪夢獣から大きく間合いを離し、腰を落としてダガーを逆手で持った左腕を前に突き出し、右手はダガーが顔の横まで来る程に引く。
そして悪夢獣に向けて一気に駆け出す。
眼前に迫り来る闇爪を左手のダガーで滑らせるようにいなしつつ、踏み込みと同時に右腕を突き出す。
ギミックも小細工も無い、何の変哲もないただの刺突撃。
だが踏み込み時の力は腰の捻り、肩の捻り、肘の捻り、手首の捻りにより増幅され、その威力は何倍にも跳ね上がる。
闇の衣に突き刺さった刃先は僅かな抵抗を見せた後、突き破る。
どんな強靭な肉体を持っていようと、どんな硬い鋼毛で覆われていようと、悪夢獣には闇の衣以上に防御力のある防御手段は存在しない。
『捉えたぁっっ!!!』
ダガーが悪夢獣の左胸……心臓を穿ち貫く。
「GUFUUUAAAAAAAHHHHH!!!!!!
悪夢獣の断末魔の如き絶叫。
勝利を確信してもおかしくない。
だがガレルエアの傭兵としての勘がまだ危険だと告げ、咄嗟に後ろへと退がる。
次の瞬間には闇爪が目前にまで迫っていた。
左のダガーを掲げ、その一撃を防ごうとしたが、間に合わない。いやタイミング的には間に合っていた。
にも関わらず、闇爪はダガーをすり抜け、腕をすり抜け、胸部鎧甲をすり抜け、ガレルエアの両脚をすり抜ける。
何が起きたのか一瞬分からなかった。だが直後に両脚に激痛が走り、すぐに理解する。
『ぐあっ…くっ…そ、そうか。そういう事も出来んのかよ……確かに同じ能力を持っていて当然…か……』
シュピーゼルの左腕は力無く垂れ下がり、左手からダガーが零れ落ちる。
動かそうとしてもピクリとも動かない。
闇爪がすり抜けた左腕は傷すら付いていないのに完全に動作不能となり、魔動力によって外の景色を映していた操縦席前面も完全に沈黙。
そしてまるで足を切り取られたかのような激しい痛みにガレルエアの全身に脂汗が滲む。
物質を透過するのは“断末魔の痛み”の持つ能力だ。巨大化し闇爪が物質化して以後は使って来なかった為、そんな能力があった事を失念していたのだ。
恐らくダガーで受ける瞬間に、透過能力を使用したのだろう。能力を使いこなし始めている証拠だ。
そしてもう1つの能力である“呪い”も当然ながら健在だった。
呪いという異質のものを混ぜる事で魔動力の流れを滅茶苦茶に乱す。
人間が受ければ呪いにより耐え難い痛みを伴うが、魔動機兵は痛みを感じない。
だが魔動機兵の動力源は魔動力。魔動力の流れが狂えば、当然、その部分に動力が十分に行き渡らない。
結果、呪いを受けた箇所は動力不足で動かなくなってしまう。
白光石のように砕けてしまわないのは、素材である魔動石の魔動力許容量が大きい為だろう。
どちらにしろ呪いのせいでシュピーゼルの左腕が動かず、外の様子が分からない事に変わりは無い。
だがそれ以上に致命的だったのは、ガレルエア自身が呪いを受けた事だ。
強靭な精神力で叫び出すのはなんとか堪えているが、いつ意識が飛んでもおかしくない。
幸いな事に悪夢獣からの追撃はすぐには来なかった。
外の様子が分からないガレルエアには見えないが、先程のシュピーゼルの渾身の一撃で悪夢獣の左胸から脇腹にかけてが大きく削り取られて、赤黒い血が滴り落ちている。分厚い肉と脂肪のせいで僅かに心臓部までは届かなかったが、重傷である事には違い無い。
すぐに追撃が来なかったのも思いの外、傷が深かったからだろう。
「だが…流石にここまで……だな………」
ガレルエアにはもう身体を動かすだけの気力も体力も僅かにしか残っていなかった。
気絶覚悟で一度くらいは動けるかもしれないが、闇の衣を貫く程の攻撃が行えるとは思えない。
ガレルエアは死を覚悟するのだった。




