第33話 反撃
前方にはショウマ。後方にはガレルエア。
部下達はあっという間に昏倒させられ、人質も解放された。
だがクアクーヤの余裕は崩れなかった。
“断末魔の痛み”の能力、そしてそれによる肉体強化がクアクーヤの余裕を生んでいた。
懸念事項があるとすれば、目の前に居るショウマがどのようにして呪いを打ち破ったか定かではないという事であるが、路地裏での事を思い返せば、痛みの呪い自体を無効化出来る訳ではないのだろう。
だとすれば問題にはならない。
痛みを発生させる事が出来るのなら、闇の刃を掠らせるだけでクアクーヤの勝ちは決定する。
「余裕そうだな」
「ぐふふっ。当然だ。こいつがあれば俺は誰にも負けねぇ」
クアクーヤが無造作に右手を上げた瞬間、闇が輝き、正面に居たショウマの額を貫く。
その光景に全員が絶句する。
この場に居る者は、あの闇色の刃がどのようなものか知っているから。
すぐに激痛によりショウマが絶叫を上げると思った。
だが彼は僅かに顔を歪めるだけ。
「そんなもの。もう俺には通用しない」
ショウマは更に一歩を踏み出し、クアクーヤとの間合いを詰めていく。
「何故だ!!何故、呪いが通じねぇんだぁ!!」
ショウマに向けて闇の刃を滅茶苦茶に振り回す。
刃の間合いと手の動きが見えれば、動体視力の良いショウマにとってかわす事など造作も無い。
初撃は“断末魔の痛み”が通用しない事、そしてクアクーヤの余裕を崩す為に、敢えてその身に受けたが、無効化出来る回数にも限度があるので、回避出来るものを敢えて受ける理由は無い。
「その剣の特性を自慢気に説明してくれたおかげでこの方法を考えられたんだし、お返しにこっちも種明かししてやるよ」
更に一歩を踏み出しながら剣を一閃。クアクーヤの右太股を斬り裂く。
「そいつの呪いって奴は確かに強力だ。魔動力に反応して痛みを増加し、持続させる。呪いが肉体の内側にあるから痛みを感じるんだったら外側に誘導してやればいいだけ」
再び剣が閃き、左肩口が裂ける。
絶対的な優位を崩されたクアクーヤは錯乱したように闇の刃を振り回すだけ。
避けずとも斬撃は明後日の方向へと飛んで行っている。
「だからこれを使ったんだ」
ショウマは右手で剣を振りつつ、左手でズボンのポケットから淡い光を放つ小さな石を取り出す。
それは白光石の欠片。
魔動力を通す事で一定の時間、光を放ち続ける鉱石で“ライト”の基礎となる部分の欠片であり、銅貨1枚で一山買えるくらいに安価。
ちなみに現在、光を放っているのは、魔動力を持たないショウマが、突入前にガレルエアと別れる際に魔動力を注いで貰ったからだ。
「そしてこいつを持った状態で呪いを受けると……」
ショウマはわざと闇の刃を身体に受ける。
一瞬、刺すような痛みを感じるが、次の瞬間には痛みは引き、同時に手の中の白光石が、パキッと乾いた音をたてて砕ける。
呪いの力が白光石に誘導された結果だ。
この事に気が付いたのは、本当に偶然だ。
路地裏で目が覚めたショウマの体内にはまだ呪いの力が残っていた。反応する為の魔動力が体内に無かった為、大分薄れはしていたものの、頭の中で大鐘を撞いているような痛みが残っていた。
2人を助けに行かなければいけないという強い気持ちから、痛みに耐えながら近くにあった外灯を支えに立ち上がろうとした瞬間、痛みは嘘のように消え去った。
そしてパキンという小さな音と共に外灯がその機能を停止させたのだ。
ほんの些細な偶然。
だがそれでショウマは全てを理解したのだ。
呪いが魔動力に引かれる事を。そして魔動具にも効果がある事を。
「そそそそそんな事がででで出来る訳がぁぁぁ!!!!」
半ば半狂乱で“断末魔の痛み”を振り回すクアクーヤ。
その顔からは余裕の表情は失われ、恐怖とも畏怖とも取れる表情が浮かんでいる。
「ああ。確かに普通の人間ならこんな事は出来ない。人の身体の中には多かれ少なかれ魔動力が通っているからな。けど俺はちょっと特異体質でね。魔動力を一切持たないんだよ!」
ショウマの放った突きがクアクーヤの右手の甲を貫き、痛みによって“断末魔の痛み”が手から放れる。
「豚野郎なだけあって頭の中身も家畜……いや家畜以下で助かったぜ。無効化が可能なのは俺だけ。それも白光石にも限りがあったからな。もし俺以外を狙われたり、確実に攻撃を当てに来てたらヤバかった」
ショウマが剣を振り被る。
“断末魔の痛み”を手放し、既に戦意を失いつつあるクアクーヤの顔に向けて剣を薙ぐ。
「ぶひぃぁぁああああ!!!!」
一切の手加減もなく剣の腹で殴り付ける。
いくらゲスであろうと、いくら殺意を抱く程の怒りを抱えていようと、人間である。
正騎士ならばともかく、候補生でしか無いショウマに生殺与奪権など無い。
もしあったとしても、戦意を失い、失禁までしている情けない醜態を晒しているクアクーヤは斬るに値しない。
「副団長さん。こいつの始末はあんたに任せるよ」
「ああ。任された」
頷くガレルエアに頷き返してから、ショウマは視線を床に送る。
「邪法を使った証拠ではあるけど、こんなものは残しておいちゃいけないよな」
そう呟くと“断末魔の痛み”向けて剣を振り下ろす。
抵抗感すら無く“断末魔の痛み”の剣柄はあっさりと串刺しになり、真っ二つになる。
「これで終わりだな。2人とも待たせちまって悪かったな」
振り返るとガレルエアに背中を押されて躓くような足取りで駆け寄ってくるアーシェライトと下着姿のまま顔を俯かせて床に蹲るシアニーの姿が目に入る。
「怪我は大丈夫か?」
先に近付いてきたアーシェライトの腫れた頬に優しく指先で触れる。
触れた瞬間、痛みに僅かに顔を強張らせるが、火照った頬にはショウマのひんやりとした指先は気持ち良かった。
「僕はこのくらい平気です。けどシアニーさんは……」
2人は蹲って動かないシアニーに視線を向ける。
王族として、騎士として、高いプライドを持つ彼女にとって今回の事は相当な屈辱だっただろう。塞ぎ込んでしまっても無理は無い。
「あ~、えっと…その、シア?辛い思いをさせてしまって…その…悪かった……」
ショウマは恐る恐るという感じでシアニーに近付いていく。
もし中の光景を覗いた時に怒りに任せてすぐに飛び込めば、ここまで塞ぎ込まなかったかもしれない。
人質となったアーシェライトを確実に助け出すには、男達全員の注意をどこか一つにまとめる必要があり、その囮役として彼女を利用してしまった。
あの時はそれが最善だと信じて疑わなかったのだが、今の彼女の様子を見る限り、失敗だったのかもしれない。
慰めるにしてもどうすればいいのか。いや、そもそも慰める事が本当に良い事なのか。それとも何も言わず抱き締めれば良いのか。
突入時の作戦はあれだけすんなりと浮かび、冷静かつ的確に遂行出来たというのに、今はどうすれば良いか丸っきり分からず、オロオロとするばかり。
「え~っと…その……なんというか……」
頭の中はゴチャゴチャで、口から発せられる言葉はしどろもどろ。
それでも彼女の為に何か出来る事は無いかと近付いていく。
後数歩の所まで近付いた瞬間、シアニーはいきなり顔を上げ、ショウマの胸倉に掴みかかってくる。
「ちょっと!ショウマ!!……って痛ぁっ」
掴みかかったそのままで足から全身に激痛が走り、力が抜ける。
“断末魔の痛み”を破壊したとしても、シアニーの足に残留する呪いまで消えた訳では無い。
じっとしていればそれ程痛みを感じなかった為、すっかり失念していたのだ。
そしてその結果、ショウマの胸に顔を埋めて抱き付くような形となってしまう。
いつもならここで恥ずかしさに顔を真っ赤にしてショウマを突き飛ばしたり、ビンタを食らわせたりする所だろう。
だが今の彼女にはこんな状況さえ見えない程、ある1つの事にしか思考は囚われていなかった。
「魔動力が無いってどういう事よっ!!」
「って、そっちかよ!!!」
助けに来るのが遅れた事に文句を言われると思った。
相当に参っているように見えたので、もしかしたら泣き付かれるかもしれないと思った。
だが彼女から発せられた言葉は予想の斜め上をいっていた。
塞ぎ込んで見えたのもその事について彼女なりに熟考していたので、そう見えただけなのだろう。
だがそれも仕方が無い事である。
この世界で生まれた以上、必ず魔動力は備わっている。
アーシェライトのように前世が異世界人でその記憶を持っていようと、シルフィリットのように魔動力を持たない者の血を受け継いでいようと、この世に生を受けた限りは魔動力は存在する。
魔動力が全く無いという事は、この世界とは別の世界で生まれたという証拠。
シアニーの考えがそこまで至っているという訳では無いだろうが、ショウマが異質な存在であるという事は理解出来た。
現行の操縦方法とは異なる魔動機兵に乗っている時点で、どこか他とは違うとは思っていたが、まさか魔動力が無いとは。
詳しく聞き出そうと更に詰め寄ろうとした瞬間、ガレルエアが叫ぶ。
「避けろっ!!!」
ショウマはすぐに反応して後ろを振り向く事無く、シアニーとアーシェライトを片手ずつに抱えて前方へと飛ぶ。
背中に痛みが走り、同時にパキっと何かが割れる音が小さく響く。
傷は浅いがどうやら何かに斬られたようだ。
「おいおい。あっさりと終わりにして欲しいぜ」
振り返った先には闇があった。
そしてその奥から奇妙な笑い声が聞こえてくる。
「ぐふっぐふっぐふふっ」
目を凝らして見れば、闇の向こう側に恍惚の表情を浮かべたクアクーヤの巨体が見える。
「ぐふふっ。チカラ…力が溢れてくる!これこそ本当の…真なる力!…ちから!!…チカラァァァァ!!!!」
クアクーヤの正面にわだかまる闇が槍の形となってショウマに襲い掛かる。
無効化が出来る以上、避ける理由は無い。が、言い知れぬ不安を感じ、ショウマは咄嗟に剣を振るう。
乾いた音と共に闇の刃を剣が弾く。
「なっ!?実体化してる?!」
恐らく先程背中を浅く斬り裂いたのも実体化した闇だったのだろう。
何で斬られたのか疑問に思っていた。
そして何故、白光石の1つが砕けたのか疑問に思っていた。
もしこれらの事が頭に無ければ、不安を感じる事も無く無残に闇に刺し貫かれていただろう。
「ぐふふふふ。もっと力を!俺を侮辱した奴を倒すチカラを!!全部をぶっ壊し、ぶっ殺すチチチチチカラァァァをぉぉぉぉ~~~!!!!!!」
それに応えるかのように闇はその密度を増し、まるで蛇のようにクアクーヤの全身に絡みつき、その体内に入り込んでいく。
闇の発生源は“断末魔の痛み”。
真っ二つとなった斬り口から闇が溢れ出していたのだ。
クアクーヤは取り込んだ闇の分だけ、一回り、また一回りと、ただでさえ巨大だった身体がどんどんと膨れ上がっていく。
「これって…まずいパターン……だよな……」
肥大化するクアクーヤによって部屋の面積は既に半分近くになっており、天井に至ってはメキメキと音を立てて、いつ突き破ってもおかしくない。
「一旦、避難だ。シェラはシアの服を頼む」
ショウマはシアニーを担ぎ上げたまま、小屋を飛び出し、そのすぐ後を追うようにアーシェライトが飛び出してくる。
横目で見れば、ガレルエアも気を失って倒れていたクアクーヤの部下を両手に抱えて小屋から出てくるのが見える。
直後、巨大化したクアクーヤの頭が天井を突き破り、小屋が崩れていく。
「そんな……さっきまで人間だったのに……これじゃあ、まるで悪夢獣みたいじゃねぇか………」
ショウマはクアクーヤだったものに驚愕の視線を向ける。
そこには二足歩行の巨大な猪がいた。いや、正確に表現するならば、全身が闇色の毛皮で覆われた二足歩行の豚。両手にはそれぞれ2本の闇刃の爪が伸び、顔はやや人間の時の面影を残しつつも、既に狂気に触れたかのように理性を失い、血走った2つの真紅の目が輝いている。
「これが邪法を使った者の末路という事だ……」
ガレルエアは務めて冷静にそう告げる。
邪法の力に溺れ、飲み込まれていった者がどうなるか。
実際にこの目で見るのは初めてだが知識として知っていたからだ。
クアクーヤにその知識があったかどうかは知らないが、団長であるランズラットは確実に知っていたはずだ。
「くそっ、一体どうして……」
恩人であり、養父でもある団長への疑いはどんどん深まっていく。
だが、今はその思索に耽る前にやらなければいけない事がある。
「お前達は早くここから逃げろ。後は大人の…いや俺の仕事だ。同じ傭兵団として、けじめを着ける」
腰の後ろから短剣を抜き、その刃で指先に斬り傷をつける。
そして短剣の柄に刻み込んだ魔動陣にその血を垂らす。
「来い。我が愛機“シュピーゼル”」
柄の魔動陣が血のような赤い光を発し、同時にガレルエアを中心に同じ模様の巨大な魔動陣が赤い光で描かれていく。
「あれは転移魔動陣……」
アーシェライトが呟く中、赤い魔動力の輝きが視界を埋め尽くしていく。
転移魔動陣はその名の通り、物体をどんな場所からでも転移させる事が出来る。
ただし無機物しか移動させる事が出来ず、また今の所は魔動機兵クラスのような一定以上の大きな物しか移動させる事が出来ない。
だがいちいち魔動機兵を運ぶという労力を必要としない為、騎士や傭兵にとっては必須ともいえる魔動陣だった。
ほんの数年前までは転移魔動陣は高い魔動力を持つ者にしか発動出来ないとされていた。
しかし魔動陣に自身の血を混ぜる事で、その血に含まれる魔動力と同じ魔動力でしか転移させる事が出来なくなる反面、簡易に転移魔動陣を発動させる事が可能となった。
ちなみに血の混ざった転移魔動陣はその解除が複雑で最低でも1週間は掛かる上、解除しない限り上書きも出来ない。
例え盗まれたり奪われたりしても、解除される前に持ち主が転移魔動陣を発動させれば、すぐに取り戻す事が出来る為、防犯の意味もあったりする。
ガレルエアが描いた転移魔動陣を赤い魔動力がまるで柱が立っているかのように覆う。そして光の中に巨大な人の形をした影が現出する。
光が収まっていくのに合わせて巨人の姿が露わになっていく。
黒灰色と濃緑色という地味な色合いの鎧甲に身を包んだ細身でシンプルな姿をしたガレルエア=ゼファーソンの魔動機兵“シュピーゼル”が、何も無い空間から姿を現したのだ。
シュピーゼルが完全に姿を現した時には既にガレルエアの姿は見えない。
恐らくは魔動機兵が転移されてきたと同時に操縦席へと乗り込んだのだろう。
「GUHUGUHU。GUFUFUFUFU~」
完全に獣と成り下がったクアクーヤの前にシュピーゼルが立ちはだかる。
「こうなってしまった以上、もう生きて罪を償う事は出来ないか。お前に良い印象は受けなかったが同じランズラット傭兵団のよしみだ。副団長として俺が引導を渡してやろう!」




