第32話 囚われの少女達
シアニーは屈辱と自分への不甲斐無さ、そして無力さに顔を歪めていた。
自他共に認める剣の腕を持ちながらも、また囚われの身となってしまった。
ショウマとアーシェライトを人質に取られたからとはいえ、なんとも無力な事か。
友人達すら守れない力に何の意味があるというのか。
腕力や速さ、技量などがどれ程優れていようと、それらが生かされなければ無意味であり、本当の力とはいえない。
他者を、そして自分を守る事が出来なければ騎士と呼べない。
シアニーの胸の内側は自虐心によって浸食されていく。
「ぐふっ、さぁ、降りろ」
腕を縛られ目隠しをされた後、魔動馬車らしきものに押し込められる事、数十分。
彼女達は何処とも知れぬ廃屋らしき場所に連れて来られていた。
風に混じった濃い緑の香りと移動時間からフォーガンに近い森か林の中だろうと推測する。
だがそれが分かった所で何かが出来る訳でもない。
廃屋の中に連れて行かれたシアニーは、今は目隠しも腕の縛めも解かれている。だが、逃げ出す事はおろか抵抗すら出来ない。
シアニーの立っている側には窓しかないが、外側から板が打ち付けられてあり、そう簡単には破れそうに無い。
せめて武器でもあればなんとかなりそうだが、当然のように武器は男達に取り上げられている。
出入り口の扉は窓とは反対側にあるが、その間には巨漢の男・クアクーヤが楽しそうな笑みを浮かべて椅子に座っており、後ろにはその部下らしき男が2人いる。
武器を取り上げられてはいるが、万全な状態なら、無手でもあの扉を抜けて逃げ出せる自信はある。
だが右足に残る鈍い痛みが強硬策の邪魔をする。
動かしていない状態ならば、我慢出来ない程の痛みでは無いのだが、動き出そうと床を踏みしめるだけで足の指を切り落とされたような激痛が走るのだ。
それが“断末魔の痛み”による呪いの力だ。
呪いなんていう非現実的なものを信じている訳ではないが、悪夢獣には常識外れな能力を持っているものも多く、その素材を使っている邪法も常識では計れない事は理解しているし、実際に斬られて傷がある訳でもないのに、こうして痛みを感じているのだから、そういうものだと受け入れるしかない。
だがこの事が無かったとしてもシアニーには逃げる事も抵抗する事も出来ない。
後ろに居る2人の男の内、1人の傍には銀髪メイド服の少女・アーシェライトが人質として、椅子に座らされている。
こちらはシアニーと違い、椅子ごと縛られている。
騎士としての誇りと強い正義感、そして曲がりなりにも顔見知りである彼女を見捨てて逃げる事を許さないのだ。
「ぐっふっふっふっ。さぁて、お前にはどぉ~んな屈辱を味わって貰おうかぁ~」
巨漢の男・クアクーヤがシアニーの全身を舐める様に眺めながら、下卑た笑みを浮かべる。
「無理矢理ひん剥くのは簡単だが、それじゃあ面白くねぇよなぁ。ぐっふっふっ、そうだ!まずは自分で服を全部脱いで貰おうか。お姫様のストリップショーってやつだぁ~!!ぐ~ふっふっふっ!」
男達の哄笑が部屋の内部にこだまする。
「なっ!なんでそんな事を!!」
「んん~?今こいつ、口答えしたよなぁ~?そうだよなぁ~?うんうん。ま~だ、自分の立場が分かってねぇようだなぁ~」
クアクーヤが後ろの男に目配せした途端、鈍い打撃音が室内に響き渡る。
絶句するシアニーの視線の先には、右頬を赤く腫らし、口の端と鼻から赤い血を垂らしたアーシェライトの姿があった。
その瞳には涙が溜まっていたが、その奥には「自分は大丈夫だから絶対に屈しないで」という強い意思が灯っていた。
涙を流す事をなんとか堪えているのや殴られても一切悲鳴を上げなかったのも彼女の強い意思の表れの1つなのだろう。
だが、それはシアニーにとっては逆効果だった。
騎士にとって弱きは守るもの。
騎士候補生であるシアニーが守られる側では、騎士になる資格など無い。
「言う通りにするから、その子に手は出さないで!!」
シアニーの上げた声にアーシェライトは留めていた涙を溢れさせ、自分自身を責めるかのような悲しそうな表情を向ける。
シアニーはそんな彼女に優しい笑みを向けてから、キッと鋭い表情でクアクーヤと対峙する。
(これでいいの。シェラちゃんが傷付くのを見るくらいなら、私がこの屈辱に耐えればいいんだから……)
そして徐に上着のボタンを1つ1つ外し始め、はらりと上着が舞い落ちる。
「ぐふっ、これはなかなか……」
シアニーの胸の膨らみは上着越しでも目立っていたが、その上着を脱いだ事により更に際立つ事となった。
男達の視線が集中した事で、シアニーの表情に恥辱が滲む。
だがここで手を止める訳にはいかない。
続いてスカートに手を掛けるが、指が震え、ホックを上手く外せない。
覚悟を決めたとはいえ、身体の方は無意識に拒否反応を示している。
その様子を躊躇しているととったのか、アーシェライトの側に居る男が拳を振り上げる。
拳が振り下ろされようとした直前、ふぁさりとスカートは落ちた。
引き締まっているがしなやかで真っ白な太股が露わになり、拳を振り上げたまま、男の表情がニヤける。
「ぐっふっふっ、さぁ、続けろ続けろ」
下卑た表情を浮かべるクアクーヤに促され、ブラウスのボタンに手を伸ばす。
指の震えは今では手全体にまで及び、スカートの時以上に上手く外せない。
しかしゆっくりと1つずつ、だが確実に衣服という砦を自らの手で崩していく。
(うぅっ……ショウマ………)
何故ここで彼の名前と顔を思い浮かべてしまったのかは、シアニーには分からない。
だが彼に対して申し訳ないという気持ちと、言いなりになるしかない無力な自分への怒りと悲しみの気持ちだけが心に広がっていく。
泣き喚きたい。
けれどこんな卑劣な奴ら相手に涙など見せてなどやらない。
例えどんな恥辱や屈辱を受けようと、自身がどれ程無力だろうと、この心だけは絶対に屈しはしない。
(それが今の私に出来る唯一の抵抗……)
そしてブラウスの最後のボタンは外された。
* * * * * * * * * *
「あの豚野郎!」
小屋の中の様子を伺い見たショウマが激昂する。
「一体どうしたってんだ?」
小屋の中で何が起きているのか分からないガレルエアには、ショウマの怒りの原因は分からない。
だが彼が既に腰の剣に手を掛けている事、そしてガレルエアの知るクアクーヤの性格から、連れ去られた少女達の身に危険が及んでいるのを瞬時に理解する。
「副団長さん。あいつの部下は3人って言ったよな?」
「あ、ああ」
今にも飛び出さんばかりの怒りで爆発寸前にも関わらず、その声音はやけに静かで冷たく、多くの修羅場を潜り抜けて来たガレルエアでさえ背中に冷や汗が流れるのを感じる。
「大部屋の中には残り全員が居る。今の内に入口から侵入してくれ。俺はこっちから突入してあいつらの気を引くから、その間に椅子に縛られてるシェラ……銀髪の子を助け出してくれ」
その後、全員の詳しい位置を教えられてから、ガレルエアは難無く大部屋の扉の前まで侵入を果たした。
クアクーヤの部下は3人でその内、外の見張りをしていた1人は既に気絶させて捕まえてある。
他の全員が大部屋に居るのならば、ここまで来るのは造作も無い事だった。
後は扉を僅かに開けて外から見ているだろうショウマに自分がいつでも突入できる事を知らせ、彼が突入した瞬間に部屋に同時に突入し、人質の少女を助ければ良いだけだ。
(しかしあの少年は本当に人間なのか?)
激昂しているのは疑う余地は無い。
にも関わらず、冷静に状況を分析し、今もガレルエアがここまで侵入し合図を送るまで、自分が突入する事を待っている。
確かにその方が効率が良いのは間違いない。
しかしそこまで怒りを、感情をコントロールする事など出来るのだろうか?
ショウマは感情が表に見えているにも関わらず、その心の奥底ではまるで感情が無いかのようにも見えてしまう。
傭兵団の中にも無感情の人間は居る。
殺人を犯そうと拷問を行おうとそれが単なる作業と言わんばかりに淡々とこなす。
そこに喜怒哀楽は存在せず、彼らは心の中と同様、表情も無表情で表に感情は現れ出ない。
だが彼は違う。
感情が昂れば昂る程、その心は冷たく凍っていっているような気がする。
表層には感情が現れているのに心の奥にはその感情が存在していないような気がする。
まるで感情の量が有限で発露すればするほど感情が消えていっているような気がする。
それがどこか人間らしさを損なわせている気がする。
いつか人間では無くなってしまうのではないかという気がする。
そしてそれは……
「もう止めて下さい!!」
扉の向こうから少女の悲痛な叫びが聞こえ、ガレルエアは意識を現実に戻す。
(そうだ。今は彼女達を助ける事だけを考えるんだ)
ガレルエアは意識を集中して、ゆっくりと目の前の扉を開けた。
* * * * * * * * * *
シアニーが纏っているのはレースの刺繍が施された薄く白い上下の下着のみ。
男達の好奇の目に晒された恥辱によるものなのか怒りによるものなのか、全身が真っ赤になっている為、その白さが際立って見える。
好きでも無い複数の男にこれ以上を曝け出す事はうら若き女性にとっては屈辱でしか無い。それも脅されているとはいえ自らの意思でとなれば、その度合いも大きい。
泣いて許しを請えばここで終わりにしてくれるかもしれない。
だがクアクーヤの目はその程度では終わらさないと語っているし、そんな事をすれば逆に目の前の巨漢を喜ばせるだけなのは明白だ。
何より、彼女のプライドがそれを許さない。
そんな屈辱を味わうより恥辱に耐える方が余程マシだった。
だからシアニーは意を決して肩紐に手を掛ける。
「もう止めて下さい!!」
声を上げたのはアーシェライト。
シアニーがアーシェライトに暴力が振るわれるのを見逃せなかったように、アーシェライトもシアニーが辱められる事に耐えることなど出来なかった。
騎士であろうと同じ女性には変わりないのだから。
シアニーは彼女の言葉に驚く。
騎士でもなく正義感が強いというわけでもないというのに……。
会って間も無く、それほど会話を交わしたわけでは無いので、そこまで親しい仲とは言えないというのに……。
先程、シアニーが口答えをしたせいで痛い目にあい、その恐怖が未だ残っているというのに……。
こんな事をすれば先程以上に自分が恐い思いをするかもしれないというのに……。
「シェラ…ちゃ…ん………」
そんな自分なんかとは比べられない程に強い心を持つ彼女の姿に、シアニーの瞳からこれまで堪えていたものが溢れ出し、零れ落ちようとした。
瞬間、その音は響いた。
ギュイイィィン。
まるで金属が擦れるような音。
直後、板が打ち付けられた窓を突き破って金属の刃が姿を現す。
刃は一瞬で窓だったものを細切れの木片に変え、そこから1人の少年がゆったりとした足取りで小屋の中へと入ってくる。
「おい、豚野郎……」
まるで地の底から発したような低く冷たい声。
まるで死を象徴するような漆黒の髪。
怒りに溢れ、見たものを射殺すほど鋭い漆黒の瞳。
手には鋸刃の拷問具のようなものを携えている。
見た目はただの少年。
だが全身から発せられる見えない圧力に気圧される。
「バ……バカ…なっ………」
クアクーヤはまるで幽霊でも見ているかのように表情を強張らせた。
確かに止めは刺したはずだ。
確認したわけではないが“断末魔の痛み”で頭を貫いたのだ。
最悪、死ぬ事は無くてもその痛みで発狂し、廃人となるはずだ。
もし強い精神力で発狂する事に耐えたとしても、あれから数時間も経っていないのだ。
痛みで苦しんで動く事もままならないはずだ。
だが目の前の少年はそんな素振りさえ見せず、一歩を踏み出す。
「てめぇ。2人に何しやがった……」
「ぐっ……」
その迫力の前に思わずクアクーヤは1歩後退る。
だがすぐに余裕の笑みを浮かべる。
「…こ、こっちには人質の女がいるんだ!!下手な真似すんじゃねぇ!!」
何故この少年がここに居るのかは謎だが、人質が居る以上、優位に揺るぎは無い。
「ぐっふっふっ。そうか。てめぇはそいつの男か何かだな?ぐふっ。だったらてめぇの目の前でその姫さんを犯しまくってやるよ!ぐふっぐふっ!」
勝ち誇るクアクーヤ。
だが漆黒の少年は、声が耳に届いていないのかゆっくりともう1歩を踏み出す。
「てめぇ!!こっちには人質がいるって言ってんだろがっ!!おいっ!!」
クアクーヤが後ろに居る部下の男に声を掛ける。
だが返って来た声はクアクーヤにとって意外な人物の声だった。
「クアクーヤ。このランズラット傭兵団の面汚しめ!」
声に振り向けば、そこには囚われの身から解放した銀髪の少女を背に庇うガレルエアの姿があった。彼の足元には2人の部下が仲良く床に突っ伏している。
「ガレルエア!!てめぇっ!!」
「おい。余所見すんじゃねぇよ」
クアクーヤが腰の“断末魔の痛み”を抜いてガレルエアの方へ向いた瞬間、脇腹を強い衝撃が貫き、壁際まで突き飛ばされる。
人の数倍の巨体の持ち主であり、豚野郎と言われるほどの肥満体型。
ほんの何日か前までは腹部には脂肪が多分に含まれていた。だが“断末魔の痛み”を手にしてからは違う。
その力を振るえば振るうほど、体内に力が湧き上がり自身が強固になっていくのを感じていた。
今のクアクーヤの腹部は全てが固い筋肉……いや、それ以上に強いものへと変化している。
だから大したダメージを感じる事無くすぐに立ち上がり、自分を殴りつけた相手を睨む。
「お前の相手はこの俺だ!このショウマ=トゥルーリが死んだ方がマシと思えるほどに後悔させてやるよ!!」
怒りに満ちた瞳で見据えながら、ショウマは剣の切っ先をクアクーヤに突き付けた。
皆様、明けましておめでとうございます。
え~、新年早々ですが皆様にお詫びいたします。
当初の予定では年明けより週一更新に戻す予定だったのですが、年末より体調を崩してしまい、寝正月ならぬ死に正月となり、全く筆を進める事が出来ませんでした。
今話もなんとかギリギリ間に合ったという体たらくです。
今現在も体調はまだ完調とは言えず、キーを打つことが出来ない日もあります。
読んで頂いている皆様には大変申し訳ありませんが、次回更新より書き上げ次第、更新という形を取らせていただきたいと思います。
一応、二週間を目処に書き上げていく予定ではありますが、もし間に合わなかった時は申し訳ありません。
最後に、皆様も健康にはお気をつけてお過ごし下さい。




