第31話 断末魔の呪い
ガレルエアは焦っていた。
クアクーヤが2週間前の復讐の為に動いているという情報を掴み、拠点となる宿に戻った時には既にクアクーヤとその部下数名の姿は無かった。
更には“例のブツ”とやらを団長から直々に貰っという話が団内に広まっていた。
だがその“例のブツ”というものがなんなのか、副団長である彼には心当たりがなかった。
しかしだからこそ、それがガレルエアにさえ秘密にしていたクローブ商会との取引で手に入れた代物なのだと、直感的に理解した。
邪法によって作られた魔動具。
それがどんなものなのかは分からないが、この世界では邪法自体が重罪に値する。
確かにランズラット傭兵団は多くの汚れ仕事をしてきている為に悪名高い。
人質を取って拷問した事もあるし、暗殺を請け負った事もある。
だがそれらはアルザイルから帝国主義を排し、国内の平和と平穏を取り戻すという義からの行動だ。
私利私欲の為では無いと断言出来る。
だが邪法に手を出したとなれば、その罪は死か永久に牢獄行きかのどちらか。ランズラットが関わっているとなれば、傭兵団そのものも罪に問われるだろう。
しかし今ならばまだ間に合う。
本当に邪法の取引をしていたとしても、まだ噂程度だけで真実が広まっていない以上、ランズラットに取引の中止を訴えればなんとかなる。
その為にはクアクーヤの暴走を事前に止める必要があった。
拠点で身柄を抑えられなかったのが痛い。
情報屋の話ではまだ行動は起こしていないようだから、丁度入れ違いになった可能性が高い。
情報屋の網は様々な所に張り巡らされている。
もし事を起こしてしまったなら、誰かに邪法の存在を勘付かれるかもしれない。いや、確実に裏社会には広がるだろう。
そんな事態に陥る前に速やかに身内で決着をつける必要がある。
そう思っていたガレルエアだが、事態は彼が思うより早く進んでいた。
「おい、テメェ!あの2人をどこに連れて行きやがった!!!」
突如、1人の少年がガレルエアに殴り掛かってくる。
寸前でなんとかその拳を受け止めるが、重い一撃に受け止めた手が若干痺れる。
ガレルエアは殴り掛かってきた少年の顔を知っていた。
例の乱闘騒ぎの時にその顔を見掛けていた。
クアクーヤを投げ飛ばした金髪の少女の後方で店に被害が出ないようにテーブルとイスを動かしていたり、被害に遭った少女達を奥に逃がしたりと、色々とサポートしていたのを知っている。そして、もしガレルエアが割って入らなければ、恐らくは彼が仲裁に割って入ったであろう事も。
だからよく覚えていた。
「その様子だと、一足遅かったようだな」
「どういう意味だ!」
「俺に君と争う理由はない。いや、逆に協力出来るだろう。あいつらが暴走するのを止めるつもりだったからな」
ガレルエアがそう言うと少年は素直に拳を引く。
相当な怒りに囚われているようだったが、意外と冷静な事に少しだけ驚く。
「副団長のあんたでもあいつらの事は把握してないってことか?つまり傭兵団も一枚岩じゃないって訳か……」
「どうやらこっちの事は知ってるようだから自己紹介は省かせて貰う。君の名は?そして何があったんだ?」
「あんたは……信じられそうだな。俺の名前はショウマ。時間が無いから簡潔に説明するぞ」
ガレルエアの目に嘘も偽りも無いと信じたショウマは、ほんの今さっき起きた事を説明し始めた。
* * * * * * * * * *
裏路地で囲まれたショウマ達。
相手がランズラット傭兵団だと気付いてもショウマに焦りは無かった。
傭兵である以上、戦い慣れてはいるだろうが、その構えや足の運びを見る限り、自分達の方が実力は上だろうと確信していた。
戦う術を持たないアーシェライトを庇いながらでも、負ける気はしなかった。
「ショウマ。どういう理由か知らないけど、あのデブは私が狙いみたい。注意を引くから、その隙にあいつの横をすり抜けてシェラちゃんを安全な所へ」
「ああ、分かった……って、本当にお前、あいつらの顔覚えてないのかよ……」
「何?知ってるの?」
「あ、いや……覚えてないなら別にいいや。んじゃ、いくぞ!!」
「ひぃやっ!」
小声で相談し合った後、ショウマはアーシェライトの小さな悲鳴を気にもせず、肩に担ぐように抱え上げながら駆け出す。
同時にシアニーも巨漢の大男に向かって、抜刀しながら駆ける。
どれだけ手練の傭兵かは知らないが、1人ならともかくこの2人が同時に相手では余程の達人で無い限り、足止めは出来ないだろう。
シアニーが刺突剣で大男に肉薄しようとする横をショウマは脇目も振らず通り抜ける。
大男の後ろ側には伏兵の気配は感じなかったので、このまま抜けられると思った。後はアーシェライトを箱庭の葡萄亭の店長に預け、シアニーの加勢に戻るだけ。
2週間前のあの状況を考えたら、ショウマが戻って来た時には全て終わっている可能性があった。
だがそんな浅はかな考えは突然走った左足首の激痛で霧散。
「きゃっ」
「うぐぁっ…」
シアニーの悲鳴が聞こえたが、ショウマにそちらに気を回す余裕は無かった。
まるで足首から先が突然斬り落とされて無くなったような感覚に、上手く地面に足をつける事が出来ず、盛大に転倒。
咄嗟に身を呈して抱えていたアーシェライトを庇った為、彼女に怪我は無いが、ショウマは痛む左足を押さえて蹲る。
痛みに耐えながら薄目で自身の左足を見るが、斬り落とされてはおらず、ちゃんとくっついている。それどころか斬られたような傷さえ見えない。
だが今も痛みは続き、左足首から先の感覚が全く無い。
「おいおい。逃げんなよ。男の方はともかく、そっちの女にも用があんだからよ」
巨漢の男はニヤけながら、蹲るショウマと恐怖に震えるアーシェライトを見下ろす。
「ショウマ!シェラちゃん!!」
巨漢に突撃したはずのシアニーも、何故か苦しそうな表情で地面に片膝をついている。
「おっと、動くなよ。変な動きをしたら手を滑らせちまうかもな。こんな風によ!」
巨漢の右手には刀身の無い柄だけの剣が握られている。だが次の瞬間、柄から闇色の光が飛び出し、地面に横たわるショウマの右肩を貫く。
「ぐぅがぁぁぁぁっっっ」
ただ闇色の光が刺さっているだけで傷すら出来ていない。
だが想像を絶するような痛みが肩口に走り、右腕の感覚が失われていく。
一体何が起きているのか分からない。
考えようにも激痛が邪魔をして、まともに考える事も出来ない。
「何?一体、何をしたのよっ!!」
あの闇色の光が原因なのは分かっている。
ショウマ達から注意を逸らそうと巨漢に迫ったシアニーも、刺突剣を突き出そうと踏み出した足の指先を闇光を掠めた瞬間、鋭い痛みと指の感覚が失われ、突く動作に入る直前で膝から崩れてしまった。
なんとか我慢出来ない痛みではないが、掠めただけで激痛が走ったのだ。まともに刺されたショウマの痛みはどれ程のものか。
「ぐっふっふっ、こいつは“断末魔の呪い”。この闇の刃を受けた奴は、剣の素材になった悪夢獣が受けたのと同じ痛みを受けるんだぁ!しかもその痛みは身体の中の魔動力に反応して3日は苦しみ続ける。まさしく呪いだなぁ!!ぐーっふっふっふっー!!!」
悪夢獣という言葉にシアニーは言葉を失い、ザンスの時の事が脳裏に浮かぶ。
邪法は強大な力をもたらす。
だがそれ以上に使う者を狂気に陥れる。
力に呑み込まれ暴走すれば、生半可なものでは止める事は出来ない。
ここは街の真ん中だ。もしここで暴走すれば、どれ程の人命が失われるか分からない。
それに例え暴走しなくても、この状況ではショウマとアーシェライトの命が危ない。
それらの事を総合的に判断し、シアニーは決意を込めた表情で、痛みを堪えながら毅然と立ち上がる。
「用があるのは私なんでしょ!大人しく従うから、その2人を離しなさい!!」
シアニーは剣を鞘に収め、抵抗の意思が無い事を示す。
「ぐっふっふっ、素直なのは言い事だ。だがこの女の方も見逃すわけにはいかねぇ。この俺に最初に盾突いたのは、この銀髪女だからな!まぁ、てめぇが大人しくするってんなら手は出さねぇでおいてやる。おい、おめぇら!この女どもを縛って連れて行け!!」
巨漢の命令でもう一方の路地を塞いでいた3人の男がシアニーとアーシェライトを後ろ手に縛り上げる。
人質が居る以上、手を出す訳にはいかないが、シアニーはキッと男達を睨む事で完全に屈した訳ではないという意思を示す。
「ぐっふっふっ、その生意気そうな目がどれくらいもつか楽しみだな。おら、さっさと例のアジトに連れて行け!!」
シアニーとアーシェライトは倒れるショウマに心配そうな視線を送りつつ、男達に連れて行かれてしまう。
「さて……」
最後に残った巨漢はショウマを見下ろしつつ、口の端を吊り上げる。
「人質は1人居れば十分。もうてめぇには用はねぇな」
苦痛に歪むショウマの顔に唾を吐き捨てた後、闇刃を頭部に突き刺す。
「はがぁっ!」
頭蓋骨を切り開かれて脳を掻き回されたかのような地獄の苦しみが襲い、ショウマは絶叫すら出来ずに、白目を剥いて僅かに身体を痙攣させた後、完全に動きを止める。
完全に動かなくなった事を確認すると、巨漢は下卑た笑顔を浮かべながら、その場を去っていった。
* * * * * * * * * *
「ここまでの話を聞いた限りだと、こうして君が俺の隣に居るのが嘘のようなんだが」
ガレルエアとショウマは時間が惜しいとばかりに街路を全力で走りながら、ここまでの経緯を説明していた。
向かっているのはシンロードの西側にある森林地帯。
ガレルエアによれば、シンロードでの拠点とする為に購入したが、まだ改装を済ませていない古い小屋がそこにはあり、現在拠点としている宿に居ないとなれば、そこに居る確率が高いだろうということだったからだ。
「えっと、まぁ、その……なんというか、俺ってちょっと特殊な体質で…魔動力が無いんすよ」
“断末魔の呪い”は体内の魔動力に反応して痛みを持続させると巨漢の男・クアクーヤは自慢気に喋っていた。
闇刃に刺された直後は痛みの根源そのものが体内に残っている為に激しい痛みを感じるが、反応させる為の魔動力自体が無ければ、ほんの少し時間が経つだけで自然消滅するのは当然だ。
さすがに頭の中を掻き混ぜられたような激痛のせいで気は失ってしまったが、痛みさえ無くなってしまえば、怪我をしている訳でもないので、全力で走ってもピンピンとしていた。
「いつもは少しばかり不便な事が多いけど、今回ばかりは感謝だな」
そんなショウマの横顔をガレルエアは改めて見る。
魔動力が無い人間が存在するというのは、初耳だった。
遥か昔の学者が魔動力は血と同じように、意識しなくても身体の中で自動的に作られている事を解明した。
そして近年になって魔動力にも血液型のように、いくつかの特性に分類され、体内で作られる量にも個人差がある事が分かった。
ガレルエアも魔動力が少ないという人間なら見た事がある。
傭兵団の中でも、同じチャッカを使っても親指の先ほどの火しか灯らない団員と掌程の炎が灯る団員がいたが、それでも全く使えないという事は無かった。
(この少年は何者なんだ。一体……)
救世主伝説に憧れているのか髪を黒く染め、それと同じくらい黒い瞳からは強い意志を灯している。
傭兵団の人間である自分に怒りに任せて殴り掛かってきたかと思えば、関係性が無いと分かるとすぐに冷静に状況を分析。
傭兵として多くの修羅場を経験してきたガレルエアでさえ、そこまで酷い仕打ちをされ、知り合いの女性を目の前で攫われたとなれば、こんな風に冷静でいられるか分からない。
子供のように見えて、しかしどこか大人びていて、捉えどころが無い。しかし確固たる信念を胸の奥に秘めているようにも感じる。
その姿にガレルエアはどういう理由かは分からないが、何故か惹き付けられているような気がする。
まだ知り合って間も無いのに、ガレルエアの方から自然と協力を申し出たのも、惹き付ける何かを感じたからだった。
「けど邪法の魔動器なんて…くそっ、あんなもんどっから手に入れやがったんだか……」
街路を抜け森の手前に差し掛かった所で、ショウマがぽつりと呟く。それに対しガレルエアは渋い顔を浮かべる。
その取引に傭兵団と団長であるランズラットが関わっているであろう事はショウマにはまだ話していない。
変な噂が広まるのを避けて、ガレルエア自身の手で決着を着けるつもりだからというのもあるが、もし話せばショウマも巻き込んでしまうかもしれないという思いがあったからだ。
「……もうすぐ目的の場所だ。見張りがいるかもしれないからここからは慎重に進もう」
ガレルエアはショウマの呟きには答えず、話題を変える。
なんとなくガレルエアの様子が違った事を感じ取りつつも、木々の向こうに木造の小屋が見え始めてきたので、ショウマも黙って頷き、意識を小屋の方へ向ける。
森の一部を切り開いて建てられたしっかりとした造りの古い小屋。
それは以前、木こりが休憩や寝泊まりに使っていた場所だ。
この周辺の木々は幹も太く、背も高い。
人力で伐採する為には1日では無理な為、このような小屋を建てて、朝から晩まで伐採作業を進められるようにしたのだ。
だが魔動具が普及し、伐採も運搬も簡易に短時間で行えるようになってからは、使われる事無く放置されていた。
街からは少し外れ、人も殆ど来ない場所となれば、世間的に悪名高い傭兵団が拠点とするには丁度良い場所といえた。
「クアクーヤの部下は3人。人質の見張りに1人を回すと考えて、外側への見張りは最大でも2人」
「中の間取りは?」
「入口から入って左右に小部屋が1つずつと奥に大部屋が1つ。奴の体格を考えれば、他に誰も居ないのに小さい部屋を使う理由が無い。居るとすれば大部屋だな」
2人は茂みに身を隠して小屋の様子を伺う。
入口脇にはライトを持った見張りが1人立っているだけ。
もしかしたら周囲を見回っている見張りがいるかもしれないと、暫くその場で身を潜めながら様子を見るが、他の見張りが来る様子は無い。
それならばとショウマは見張りの男が退屈そうに大欠伸をした瞬間に茂みから飛び出し、一気に間合いを詰める。
周囲の暗さのおかげもあり、見張りが気が付いた時には既に懐深く潜り込み、声を上げるより早く、掌底が顎を突き上げて、その口を強引に閉ざす。
そしてすぐさま背後に回り、首を絞めて一瞬で落とす。
その手際にガレルエアは感心する事しか出来なかった。
一瞬で気絶させたのもそうだが、何より完全に気配を消して物音1つ立てずに接近する事が出来るのは、傭兵団員の中でも10人と居ないだろう。
「まず1人……」
昏倒させた男を縛り上げて茂みの中に放り投げた後、中の様子を見る事が出来ないか小屋の周囲を周る。
人や動物が簡単に入れないようにしているのだろうか、窓の殆どには頑丈な板が打ち付けられており、入れないどころか、中を窺い知る事すら出来ない。
だがその中に1つだけネズミか何かが齧ったのだろうか、僅かな隙間が空いていて光が漏れている部分を見つけた。
位置的には入口からちょうど反対側。クアクーヤが居ると推測した大部屋の場所だ。
ショウマはそこから部屋の中を覗き込む。
そして中の光景が目に飛び込んできた瞬間、彼の怒りは一気に頂点へと達するのだった。




