第29話 裏
「ああ、くそっ!何をやっても気が紛れねぇっ!!」
髭面の巨漢は不機嫌さを隠しもせず、涙を流しながら男の腰に跨る全裸の女を殴り付ける。
吹き飛び、床に頭を強かに打ち付けた女はそのままぐったりとして動く気配がしない。
女の身体の至る所に痣や傷が見える事から、日常的に暴力を振るわれていたのだろう。そして今、それは限界に達してしまった。
「ちっ、くたばりやがったか。おい!」
男が小さく顎を上げると、どこからともなく2人の男がやって来て、1人は女を無造作に引き摺って部屋を出ていく。
残ったやや細身で小柄な男は困り顔で巨漢の男を見上げながら進言する。
「アニキ~。いくら奴隷でも乱暴に扱い過ぎですぜ。今回で何人目ですか?今のご時世、若い女奴隷は中々手に入れるのが大変なんですから……」
「ふん。奴隷のくせに俺を楽しませねぇからだ!」
この時代、奴隷制度は全て廃止されている。
20年程前までは北のアルザイル帝国で残っていたが、帝国滅亡と同時に奴隷は全員解放された。
だが何にでも裏というものがある。
表沙汰にはならない非合法の裏マーケットでは商品という扱いで人身売買が行われているのだ。
借金のかたで売られる事が多いが、この世界では悪夢獣に襲われて、親を失い孤児になった者や怪我で働けなくなった者、ショックにより精神に異常をきたし日常生活を送れなくなった者なども多い。
「で、何の用だ?もし下らない事だったらどうなるか分かってるな?」
巨漢の男は小男を殺気を込めて睨む。
小男は恐怖に顔を引き攣らせながらも報告を続ける。
「へ、へい。よ用件は2つです。ま、まずはあの女達の事が分かりました」
「んだとっ!で、そいつは何もんで何処に居やがるっ!!」
巨漢は目を血走らせて殺さんばかりの勢いで問い詰める。
「ぎぎ銀髪の方は、シェラって名前で、毎週末、あの店で働いているらしいです。平日や昼間は足取りが掴めませんでした」
「そいつの事じゃねぇ!俺を投げ飛ばしたっていう金髪の女の事だ!!」
巨漢は2週間ほど前のあの日の事を思い出す。
ランズラット傭兵団の中でもそれなりの古参である巨漢は、アルザイルからの慣れない長い船旅を終え、ようやく陸に上がった。
部下数人と共に酒を楽しみ、久しぶりに女を楽しもうとした矢先に、シェラという銀髪の少女が目の前に立ち塞がった。
目元は髪で隠れていたが、かなり可愛い顔をしていたので、暴力で少し脅して、その後は朝までじっくりと楽しんでやろうとしたのだが、殴ろうと腕を振り下ろした所で金色が視界を横切り、次の瞬間には世界が反転。あっという間に昏倒させられてしまっていた。
目が覚めた後にその後の事の顛末を聞かされた巨漢は、自分を投げ飛ばしたのが若い金髪の女であった事、そして若いくせに副団長になったガレルエアがその場を仲裁し、非を詫びてその場を収めたと聞かされて、怒りでブチ切れそうになった。
あのいけ好かない若頭に借りを作った事もそうだが、自分を投げ飛ばしたという金髪の女の事が最も気に食わなかった。
部下の前で醜態を晒した事も彼のプライドを深く傷付け、巨漢は復讐を誓った。
都合の良い事に、傭兵団は取引の為に数ヶ月はシンロードの街に留まる事となった為、女の事を部下を使って調べさせていたのだ。
「そそそっちについても分かってます。この街ではかなり有名で、名前はシアニー=アメイル=ラ=フォーガン。15歳。この街の騎士学校の生徒です」
「フォーガンって事は王族か?ちっ、戦争も貧困も、なんも知らねぇ、お姫様かよ。しかもそれが騎士の卵だと?」
シンロード魔動学園がコネで入れる程、簡単な所では無い事くらいは巨漢も知っている。
王家の人間とはいえ、そんな学校に入学し騎士を目指しているなら、いくら酔っぱらって油断していたとはいえ巨漢を投げ飛ばすくらいの実力があってもおかしくは無い。
だがそんな事で怯んでいては傭兵なんてやっていないし、部下にも示しがつかない。
何より自分の気が治まらない。
「そういう女こそ屈服させて俺の上でヒーヒー言わせてやりたいもんだな」
その光景を想像しているのか、巨漢は怒りの形相から一転し、下卑た表情を浮かべる。
だが相手がそれなりの実力者であるならば、復讐するにしても力任せではこの間の二の舞になってしまうだろう。
となれば策を弄する以外にない。
「どうやらあのお姫様は正義感が強いらしくて、衛兵の真似事までしてるそうです。この間もその正義感から割り込んできたようです」
「……へっ、そうか。そういうことかよ。なんでテメェが金髪だけじゃ無く銀髪の事まで調べていたか分かったぜ」
その策は原始的でありふれた方法。だが確実性が高く、最も効果的な方法。そしてこの苛々を解決してくれる方法。
勝つ為には何でもするのが傭兵のやり方である。
最小の労力で最大の結果を得る。損害は最も抑え、相手への被害は最大。
それが巨漢を今日まで生き残らせていた。
そしてそれこそが傭兵の生き方だと思っている。
そうやって今まで生きて来たのだ。今更、それを変える事など出来ないし、変えるつもりもない。
「ぐっふっふっ、さっきまでの奴隷なんかより十分に楽しめる内容じゃねぇか。で、確か用件はもう1つあるって言ってたなぁ」
つい先程までとは打って変わって上機嫌になった巨漢に小男は胸を撫で下ろしながら、もう1つを伝える。
「もう1つの方もきっとアニキが喜ぶ内容です。これはお頭からの伝言で、例のブツをアニキに使って欲しいとの事です」
「おい!その話はマジか?!」
「へ、へい。例のブツが入っているっていう保管庫の鍵もここに」
小男が懐から取り出した鍵を巨漢は奪うようにもぎ取る。
そして嬉しそうにその鍵を見つめる。
それは、今、団長が取引を行っている“例のブツ”と呼ばれた物が収められた保管庫の鍵だった。
「ぐっふっふっ。こいつがあれば、あの女の復讐なんて簡単じゃねぇか。おおっと、女に生まれた事を後悔するまで玩具にする予定なんだから間違えて殺したりしねぇようにしねぇとなぁ」
「ところでアニキ。その例のブツってのはなんなんですか?お頭からはそう言えば通じるって言われたので、そのまま伝えやしたが……」
「そいつは近いうちに見せてやるよ」
それだけ言うと、巨漢は小男を部屋から追い出す。
そして独りきりになった所で改めて鍵を凝視して、ニヤケ顔を浮かべる。
これさえあれば例え相手が誰であろうと負ける気がしなかった。
“例のブツ”とは一言で言えば魔動器だ。
だがそこらの魔動器とは比べ物にならない代物だった。
理屈や仕組みは分からないが、今までの魔動器が玩具に思える程の凄まじい威力で、しかも誰が使おうとも同じレベルの威力を発揮したのだ。
団長に呼び出され、初めてそれを見せられた時は鳥肌が立ち、その日だけは興奮してあの日の屈辱を忘れる事が出来た程だ。
しかもその時に呼び出されたのは自分を含めて数人。
この時点で巨漢は自分が選ばれた人間なのだと自覚したのだが、それから1週間音沙汰が無かったので、屈辱の記憶と相俟って苛々は最高潮に達していた所だったのだ。
そこへ来てのこの2つの朗報。
まるで今すぐにあの女への復讐の為にこの魔動器を使ってくれと言わんばかりのタイミング。
作為的なものを感じるが、それが仕組まれたものであろうと何であろうと関係無い。
使える物は使う。
「ぐっふっふっ。ランズラット傭兵団に…このクアクーヤ様に盾突いた事を嫌という程思い知らせてやるぞ」
巨漢の男・クアクーヤは復讐を遂げた瞬間の事を想像し、部屋の中で1人、ほくそ笑むのであった。
* * * * * * * * * *
ランズラット傭兵団副団長ガレルエア=ゼファーソン。
彼はこのシンロードの街に留まるようになってから、ずっと違和感を感じていた。
いや、違和感自体は半年近く前にアルザイル共和国を出立する頃から薄々感じてはいた。それがこの1ヶ月でどんどんと膨れ上がっているのを感じるのだ。
原因はランズラット=ゼファーソン。
名前の通り、ランズラット傭兵団を起ち上げた現団長であり、ガレルエアの養父だ。
今から16年近く前。
ガレルエアがまだ幼い頃にアルザイル帝国で起きたクーデター。
その内乱の最中に彼の両親は殺された。
クーデター軍側の内通者だったとか、以前から皇帝の軍国主義に反対していたとか言われていたが、まだ子供だった彼には理由は分からなかった。
だが理由はどうであれ結果的に両親は殺され、彼自身も殺されかけた。
だが止めを刺される寸での所で助けてくれたのが、ランズラットだった。
そして身寄りのない彼を引き取り、本当の息子のように育て、そして傭兵としても鍛えてくれた。
まだ20代半ばの彼を周囲の反感を買う事を承知で副団長に任命したのも、単純に強いからというだけでなく、自身の後継者として経験を積ませる為でもあった。
そんなランズラットはガレルエアにとって命の恩人であり、父であり、師であり、そして目標だった。
だからこそ、彼だからこそ、その違和感に気付く事が出来たと言えるかもしれない。
最初に感じたのは何時頃だったろうか。
ほんの些細な遣り取りだった事は覚えているが、その時は気にも留めなかった。
だが半年ほど前から違和感は顕著に表れるようになっていた。
会話の途中で言いたい事を忘れてしまったように呆け、思い出して話し出したらまるで別の話題だったり、穏やかだと思っていたら急に人が変わった様に怒鳴り出したり、かと思えば急に黙りこんだり、果てはガレルエアや団員の名前を言い間違えたり。
どこか落ち着きなく、物忘れも激しい様子だった為、最初は年齢のせいか、何かの病気なのではと疑ったが、医者に診せても健康そのものでなんともないと言われてしまい、一部の団員の中などにはそれが団長の普通なのだと思い始めている者も出始めていた。
その上、これまでは請け負わなかった国外への護衛依頼という、武闘派・裏稼業で有名なランズラット傭兵団には似つかわしくない依頼を受けて、ここまでやって来た。
そして何かの取引があるからといって長期の滞在を続けている。
商談の相手が護衛を依頼してきたクローブ商会だという事は分かっているが、その内容まではガレルエアには知らされていない。
何かがおかしい事に気付いているにも関わらず、その原因が分からない。
ランズラットの事は信頼している。
だがこの微妙な違和感が彼を不安に駆り立てる。しかし違和感の正体が掴めない以上、どうすればいいかも分からない。
とはいえ何もしないのも、今以上に不安を増長させるだけ。
だからその不安を少しでも紛らわせようと情報収集に動く事とした。
ギィッと軋む扉を開けると、酒と煙草の匂いが全身を包み覆う。
中はそれなりの広さがあるにも関わらず、蝋燭のような淡い光を放つライトが3つ程しか灯っていない為、薄暗い。
路地裏、更に地下に入口のあるこのバーで、この照明の数では薄暗くて仕方が無いのだろう。
壁際に設置されたテーブルには1区画毎に間仕切りがされていて中に人がいるかどうさえ見えない。
だが漏れ聞こえる小さな声がそこに誰かがいる事を知らせている。
他の客が見えない所でどんな話をしているのか興味の無いガレルエアはゆっくりと店の奥へと進む。
すると店員らしき老人が目の前に現れ、無言で1つのテーブル席を指差した後、頭を下げて離れていく。
指定されたテーブル席へと向かうとそこには先客が居た。いや、待ち合わせていたのだ。
先客は線が細く、ギョロリとした大きな目が特徴的な男だった。
浅黒い肌の色のせいで、薄闇も重なって男の目以外の人相が分かり辛いが、別にどんな人相をしていようが関係無い。必要なのはこの男の人相や存在では無く、この男が持つ情報だけなのだから。
ガレルエアが席に座ると、男は早速声を掛けて来た。
「…で、どこまで欲しいんだ?」
その言いようはどんな情報を欲しているのか分かっている口ぶりだ。
だからガレルエアもわざわざ用件を言わず金の入った麻袋を無造作に男の前に放り投げる。
「知っている事、全てだ」
「へ~、あんた気前が良いな。普通なら情報を小出しにして情報量を吊り上げていくんだが…まぁ、こんだけありゃ、全部教えてやっても構わねぇかな」
ガレルエアが渡した金は相場の3倍に相当するのだから、男がそう言うのも当然だ。
「んじゃ、クローブ商会について俺の知っている事を教えてやるぜ……っとその前に」
男が先程の老人を呼び、金を渡すと、すぐに薄茶色の液体の入ったグラスが2つ運ばれてくる。
「あんまし楽しい話じゃねぇからな。飲みながらゆっくり教えてやんよ」
グラスの1つをガレルエアの方に差し出しながら、男はゆっくりと話し始める。
ここは情報屋が集まり、情報の売買を行う酒場。
そして目の前の男はこの街…いや、この国で随一の裏の情報を知る情報屋。
彼は語る。
クローブ商会の表の顔。そしてその裏にある顔を。
「元々のクローブ商会はアルザイルの田舎町を拠点とした小さな交易商だ。だが今の商会長のヘスター=クローブが就任して、魔動具…特に魔動器や魔動機兵を独自に扱うようになってから、急成長した。今じゃ、キングス工房やルミーズ商会に並ぶんじゃねぇかとも言われてる」
キングス工房はフォーガン王国軍が正式採用している魔動機兵を生み出した世界最高峰の名を冠する工房であり、ルミーズ商会は“造聖”が開発した魔動機兵をウェステン連合国家に売り込み、正式採用まで持ち込んだ卓越した手腕を持つ、これまた世界最高の豪商だ。
どちらも50年以上の長い積み重ねの結果、ここまで大きく成長した。
それにたった10数年で追い付こうというのだから、クローブ商会の急成長ぶりは目を瞠るものと言えるだろう。
「たまたま機兵事業に参加したタイミングが良かったのか、運が良かっただけなのか。だが、それにしたって上手く行き過ぎている気がしねぇか?キングスもルミーズも国軍正式採用というお墨付きがあったから有名になったし、国の支援があるから事業拡大が出来ている。だがクローブにはそういう話は一切無い。にも関わらずクローブはどんどん利益を上げて、世界中に支店を増やしつつある」
どんな貴族や豪商より国家そのものの方が資金源は豊富だ。
支援も資金援助だけに留まらず、国が認めたという信頼や宣伝効果など、恩恵は計り知れない。
だがクローブ商会は国の後ろ盾を持たずに急成長を遂げている。
「つまりは国家に頼らなくても莫大な収入を得られるものがあるってこ事だ。それが……」
男は一度言葉を切ってから小さく呟く。
「邪法だ」
男の言葉にガレルエアは息を飲む。
「いや、正確には邪法の為の悪夢獣の素材や邪法を用いた魔動器や魔動機兵の取引だな。ただ確実な証拠は手に入っていないから、あくまでも噂だが、俺はほぼ黒だと睨んでるぜ」
悪夢獣の素材を使う事は、邪法としてフォーガン王が全国的に使用を禁止している。
現行のものよりどんなに強靭で強力であろうと、暴走したり、使う者が発狂したりするような危険なものを国としては認める訳にはいかないからだ。
だが、どんなに禁止されようと、奴隷と同様にそれを欲する者は存在する。
ただ単純に人智を越えた力を手にしたいが為に。
ザンスのように己が欲望を叶える手段の為に。
騎士でありながら出世欲に駆られた為に。
そして、機兵騎士が常駐していないような小さな村落では、自衛の為に。
他の者がどんな目的で邪法に手を出そうが、ガレルエアには関係が無いし、その結果、どうなろうと知った事では無い。
しかし自身の周り、それも身内同然の人間が関わってくるとなれば、そうも言っていられない。
「もう1つ尋ねたいが、今は何処と取引しているかは分かるか?」
「あ?それはお前さんの方がよく分かってんじゃねぇのか?」
ガレルエアは自身の素性を明かしていない。
だが情報屋の男は彼が何者なのか知っている口ぶりだ。いや、そもそもこれほど裏の事情に詳しい人間が、ガレルエアがランズラット傭兵団の副団長である事を知っていない訳が無かった。
「そうか。貴重な情報、感謝する」
ガレルエアは男の問い掛けに肯定も否定もせず、聞きたい事は全て聞いた為、席を立ち上がる。
「そうだ。もう1つだけおまけで教えてやる。あんたのとこで2週間くらい前に街で乱闘騒ぎを起こした奴らがいるだろ?そいつらがそん時に痛い目に遭わされた連中を探してるらしいぜ」
情報屋の最後の言葉を背中に受けながら、ガレルエアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、店を出て行くのであった。




