第3話 無能
村外れにある、元々は収穫した農作物を保管する大きな倉庫だった場所の1つでギニアスは盛大な溜息を吐いていた。
「運んできたのはいいが、全然直せる気がしねぇな」
村で唯一の魔動機兵を持っている彼は魔動具の修理や整備を担う魔動技師だった。
そしてこの倉庫は魔動機兵の保管庫と彼の為の工房として村人からの善意で譲り受けた場所である。
そこにはギニアスの魔動機兵とは別の魔動機兵がもう1機、鎮座していた。それはショウマを助けた際に発見した白銀の魔動機兵である。
数日かけてなんとか掘り出して、ここまで持ち帰って来てはみたが、何をどう直せば動くようになるのか、ギニアスの持つ知識では全くもって分からなかった。
魔動技師とはいっても、昔、とある魔動技師の手伝いをしていた為に、他の人より少しだけ知識があるというだけであり、施設的にも充実しているとは言えないので、日常品の魔動具を修理や自身の魔動機兵の調整をするくらいしか出来ないのが実情だ。
そんな彼には魔動力を通してもピクリとさえ動かない目の前の白銀の魔動機兵は手に負えない代物と言えた。
「フットペダルがあるから戦闘用だというのはなんとなく分かるが、初めて見る素材も使われてるみてぇだし、もしかしてまだ公表されて無いどっかの国の最新機とかだったりすんのか?」
魔動機兵は基本的に操縦者の意志で動かす事が出来る。ギニアスの所持している魔動機兵もそれは同じ。
座席の左右にある肘掛けの前方に魔動力と意志を伝導させる拳大の水晶が設置されてあり、そこを握る事で操縦者の手を通して魔動機兵に意志を通して動かす。
単純な動きしか出来ない作業用の魔動機兵なら、少し訓練するだけで十分且つ簡単に動かす事が出来るようになる。しかし戦闘用魔動機兵は人間と同じ、いやそれ以上の複雑な動きをさせる為に両の足元にも魔動力伝導水晶が存在する。
これにより手足の各部位それぞれを単独で操作する事が出来るようになるのだ。ただその代わりに作業用とは比べ物にならない程の高い操縦技術を要するようになり、操縦訓練を積んだ者でなければまともに歩く事すら出来ない。
だが熟練者ともなれば、魔動機兵をまるで自身の手足のように動かす事も出来るようになるという。
「足元もそうだが、手元の方も伝導水晶が無い代わりにレバーがあるな。ってことは手も足も伝導水晶の代わりになるような新素材ってとこか?まぁ、例えそうでも動かなきゃ意味はねぇけど」
ギニアスは操縦席にある1つ1つを調べつつ、知識にあるこれまでの魔動機兵と比較していく。
「おっ、このレバーはなんだ?」
座席の下にあったレバーを発見し、試しに引いてみると座席自体が前後へと動き、背もたれの部分が前後へと動く。
「ほうほう、これで座席の位置調整をするのか。この細工ならわざわざ乗る人間に合わせて調整しなくてもいいわけか。なるほどなるほど……でも待てよ。こんなのがあるなんて聞いた事ねぇぞ。って事はやっぱり新型か試作機ってところか?」
ギニアスは真新しい技術を目の前に目を輝かせるが、それも一瞬。再び大きく溜息を吐く。
「はぁ~、見た事も聞いた事もねぇもんばかりで、やっぱり俺の手にゃ負えねぇ。しかしこんなもんに乗ってたって事はショウマの奴はどこかの騎士様か?いやいやいや、どう考えても成人してるようには見えねェし、騎士って言える程、身体も鍛えられてねぇしなぁ。それに……」
目の前にある白銀の魔動機兵もそうだが、それに乗っていた記憶喪失の少年も謎のままだ。
助け出してから既に1週間ほど経つが、未だ少年の記憶が戻る気配はない。基本的な会話は出来るようだが、この世界の常識は皆無で文字さえも書けない。その上、稀に見る特異な体質の持ち主でもあった。
「……あいつじゃ魔動機兵なんて動かせねぇしなぁ。しかしまさか、あんな奴がこの世界に居たなんてなぁ」
「お父さ~ん!!お弁当持って来たよ~」
ショウマについて思いを巡らせていると、倉庫の入り口から良く通る元気の塊のような声が響く。
「おう。ちゃんと学者先生の所で勉強してきたか?」
「うん!いつもは1人だけど、今回はショウマくんも一緒だったから楽しかったよ♪」
ギニアスが潜り込んでいた白銀の魔動機兵の操縦席から顔を出すと、満面の笑みを浮かべている愛娘のカティーの顔が見える。その後ろでは弁当の入った3つの包みを持ったショウマもいる。
ここまで急いで来たのだろう。カティーの顔はやや赤みを帯びて上気しているし、ショウマの方もかなり息が上がっている様子だった。
3人分の弁当を運んできたとはいえ、元気が取り柄の娘よりも疲れている様子の少年の姿を見ていると、筋力も体力も無いこの黒髪の少年が騎士かもしれないというギニアスの思いは一瞬で霧散してしまう。
(どう見てもやっぱ、ありえねぇよなぁ……)
そんな事を考えながら少年の姿を眺めていると、カティーから急かすような声が掛かる。
「お父さん、何やってるのよ!早く下りて来て一緒に食べようよ!」
「ああ、分かった分かった」
ギニアスはおかしな事を考えてしまった自身に苦笑しつつ、2人の元へと向かうのだった。
* * * * * * * * * *
ショウマがギニアスとカティーの家に居候するようになって間も無く2週間が過ぎようとしていた。
その間、ショウマの失った記憶が戻る事は無く、今日も今日とて平穏な日々を過ごしていた。
とはいえ、遊んでいた訳ではない。
「食い扶持分くらいは働いて貰う」という言葉通り、ショウマは魔動技師であるギニアスの手伝いをしているのだった。
記憶が無いので正確な年齢は分からないが、見た目から現在12歳であるカティーと同じくらいだと判断されたショウマは、成人年齢である15歳に達していないと見做され、ちゃんとした職に就つことは出来ない。その為、手伝いという形で働いているのだ。
居候の身である為、給料は出ないが、衣食住が揃っている上に助けて貰った恩義も感じていたので、ショウマはギニアスを手伝う事に躊躇いは無かった。
ただ、1つだけショウマとしては納得のいかない問題があった。
「よし、ショウマ。この鋼板を向こうまで運んでくれ」
「あ、はい!わかりました」
ギニアスに言われ、自身の半分近くもある鋼板を持ち上げ、その重さによろめきながらも指定された場所まで向かう。
その横では同じ鋼板を5枚重ねで運ぶギニアスの魔動機兵の姿がある。
「ふぅふぅ~。ほ、本当に魔動機兵って…便利ですよね……僕も乗りたいですよ……」
息も切れ切れになんとか運んだショウマは羨ましそうにギニアスに視線を向ける。
「しょうがねぇじゃねぇか。どういう理屈か知らんが、お前はこいつを動かせねぇんだから。というか魔動機兵の中で見つけたから、ひょっとしたら俺より巧く扱える奴なんじゃねぇかって最初は期待したんだが、まさかその逆で魔動機兵どころか魔動具さえ扱えないとはなぁ」
「そんな事言われても僕だってまさか使えないとは思いませんでしたよ。でも多分なんですけど、僕には魔動具が使えないから、尚更、魔動機兵に乗りたいっていう憧れがあったんじゃないかって、そんな気がします」
魔動具には魔動力炉という原動機が組み込まれており、特定の場所やスイッチに触れると、そこから人ならば必ず体内に持つ魔動力が注ぎ込まれ、その力を魔動力炉が増幅して魔動具を動かす仕組みになっている。
しかし記憶喪失が原因なのか、それとも他に原因があるのか、ショウマはどんな魔動具も作動させる事が出来なかった。
それはつまり今現在、ショウマの体内には魔動力が流れていない事を意味していた。
それが一時的なものなのか、元々なのか。どちらにしても異常な事ではあった。
詳しい解明は全くされていないが魔動力とは体内を流れる血液のようなものだ。体内のどこかで意識する事無く作り出され全身を巡っている。
それが無いという事は血液が巡っていないのと同義であり、それは死んでいるのと同義とも言える。
だがショウマには体温があり、怪我をすれば血も出る。魔動力が内在しない以外はどこからどう見ても普通の人間なのだ。
異常な事は確かだが、世界は広いのでそういう人間が1人くらい居ても不思議ではないだろうとギニアスもカティーも深く疑問には思わなかった。
それにこの辺鄙な田舎では魔動具もそれ程、数がある訳ではない。
各家々に明かりを灯す“ライト”や水を飲めるように浄化する“ジョースイ”、火を熾す“チャッカ”程度ならば常備されているが、それ以外となると村の食糧保管庫に庫内を常に冷やす“レーゾー”かギニアスの持つ魔動機兵くらいなものである。
その為、1人暮らしでもない限り、魔動力が無くとも生活に支障が出る事が無い。
支障はないのだが、誰もが出来る事が出来ないというのは、ショウマにとって不満でしかなかった。
今のように重量物を運ぶ時などは、魔動機兵を操れるギニアスはとても羨ましかったし、何より心の奥底で魔動機兵に憧れている自分が居る事に気が付いていた。
自覚は無いが、恐らく失われた記憶と関係している事は間違いない。
「まぁ、魔動具が使えなくてもこの村じゃそんなに不便はしねぇし、問題ねぇだろ。それに……」
ギニアスは言葉の途中で視線を倉庫の入口へと向ける。
釣られてショウマもその視線の先を目で追うと、そこには茶色いおさげ髪の少女の姿があった。
「お父さん、ショウマくん。休憩にしようよ~」
カティーが2人に笑顔を向ける。その手には木の皮で編んだ籠があり、その中から香ばしい香りが漂ってくる。
「おっ、この匂いは俺の大好物のパンプキンパイだな」
「うん、そうだよ♪おっきなのをお隣のお婆ちゃんから貰ったから作ったんだ♪シ、ショウマくんの口に合うといいんだけど……」
「がっはっはっ、気に入らねぇわけねぇだろ。なぁっ!」
ギニアスにバシバシと背中を叩かれて痛がるショウマだったが、不思議と嫌な気はしなかった。寧ろこの場の雰囲気を心地良くさえ感じていた。
(なんかいいなあ。これが家族ってものなのかな……)
失った記憶の奥にある温かくて心地良い感覚とシルエットでしか判別出来ない両親に思いを馳せ、ショウマは心に感じたまま笑みを浮かべる。
ギニアスはそんなショウマを見てニカッと笑うとショウマの肩に腕を回す。
「がっはっはっはっ、良い顔で笑うようになったじゃねぇか。ここが気に入ったんならずっと居ても良いんだぞ!それにこんな田舎じゃこいつも貰い手が無くて困ってたんだ」
「えっ?はっ?」
ギニアスが視線を正面へと向ける。
ショウマは一瞬、何を言われたのか分からず、ギニアスの視線を追うように自身の視線も動かす。
そこにはギニアスの娘であるカティーの姿が。
視線が重なった瞬間に言葉の意味を理解し、ショウマは目を見開いて驚く。
「ちょ、ちょっと、お父さん!!いきなり何変な事言ってんのよ!!!」
驚いたのはカティーも同様だった。顔を真っ赤にして父親に詰め寄る。
「がっはっはっはっ、いいじゃねぇか。まだ会って間も無いかもしれねぇが俺もお前もこいつを気に入ってんだ。何の問題もねぇじゃねぇか!」
「そういう問題じゃないでしょ!ショウマくんの気持ちもあるだろうし……え、あ、いや……その…同じ気持ち…だったら…その……嬉しいけど………」
ニヤケ顔を浮かべるギニアスと、顔全体を紅潮させながら上目遣いでモジモジと尋ねてくるカティー。
そんな2人の温かさを感じながら、ショウマはいつまでもこの3人で平和に暮らしていければ幸せだろうな、と心の底から思うのであった。
* * * * * * * * * *
それは飢えていた。空腹を満たす餌を求めていた。
彷徨う内に丁度良い具合に餌を見つけた。
自分より遥かに小さな餌だが、僅かでも空腹が紛れれば良いと、それは餌に襲い掛かった。
だがその餌は素直に喰われる事も逃げる事もしなかった。
それどころか立ち向かってきたのだ。
餌と同じ形をした、だが硬いだけで空腹を満たす事の無い自分と同じくらいの大きさのもので。
空腹で力の出ないそれは餌の思わぬ反撃で傷を負い、今のままでは手に負えないと感じて、一目散に逃げ出した。
そして今、それは枯れた草がカサカサと乾いた音をさせるだけの荒野をあても無く彷徨っていた。
腹が減り、怪我を負わされた箇所が鈍く疼く。
何日もそんな状態が続いた頃、鋭敏になったそれの嗅覚はついにたくさんの餌の匂いを嗅ぎつけた。
空腹な身にとってその匂いは御馳走にしか思えなかった。
だからそれは身体の疲れも傷の痛みも忘れ、無我夢中でその匂いの元へと駆け出す。
己が空腹を満たす。
ただその為だけに。
なんだかんだで週一ペースの更新で暫くは進めそうです。
因みに予想は出来ると思いますが、次回は鬱展開になると思われますので覚悟してお読み下さい。