第27話 魔動力は特性とイメージが大事
「我々は生まれながらにして魔動力が備わっている」
「……こっちはそれが無くて苦労してるけどな……」
左目から頬に掛けて引っかき傷が刻まれた厳つい顔の教師の言葉にショウマは誰にも聞こえないよう小さくぼやく。
異世界人であるショウマ以外は、この世界に居る全員が力の大小はあるものの魔動力を持っている。そして大きな街になればなるほど、魔動具は日常的な物になる。
王都フォーガンに次ぐ大都市であるシンロードも当然、街中に魔動具が溢れていて、しかも最近では近付いた者の魔動力に反応して動く魔動具が増えて来ている。
噴水公園の噴水は周囲を歩く人の魔動力を使って水を噴き出す仕組みになっているし、店の出入り口には正面に立つと魔動力を感知して自動で開閉する扉が設置されている所もある。普段の生活でも火を熾すにはチャッカを使い、綺麗な水を飲みたければジョースイで水を浄化する。
という風に、今の世界では魔動具は生活する上で欠かせない存在となっていた。
この世界に来てからは魔動具のあまり発達していない田舎暮らしが殆どで、師匠からもサバイバル術を仕込まれているので、生活するにはなんとか困ってはいないものの、不便で生活し辛く、苦労をしている事には変わりは無い。
そんなショウマの苦労など知らない教師は、淡々と授業を進める。
「日常生活において魔動力を自覚して使用する事は殆ど無いだろう。だが我々騎士は違う。己が魔動力の特性を見極め、明確なイメージを持って使用すれば、それは己を助け、敵を打ち倒す、より強力な力となる。そうだな。特性とイメージについては実践した方が分かりやすいだろう。フォーガン、クローブ、両名は前へ」
教師に呼び出されて前に進み出たのは、シアニーとクローブと呼ばれたやや縮れている深緑色の髪の少年だ。
彼の名はレグラス=クローブ。
クラスの中でも頭も腕もかなり上位の方で、魔動器や魔動機兵を使った戦闘ならシアニーに勝てるのではないかとも言われている人物であり、近年、急成長を遂げているクローブ商会の次男でもある。
数年前にクローブ家は爵位を授かっているので成り上がりの貴族である。
教師は懐から小型のチャッカを取り出すとシアニーに放って渡す。
「まずは何も考えず普通に点けてみろ」
「はい」
シアニーは言葉通り素直にチャッカに付いているボタンを押して点火。
チャッカの先端から3cm程の小さな火が灯る。
「次はクローブがやってみろ。彼女と同様に何も考えず普通にな」
シアニーからチャッカを受け取ったレグラスが点火。
すると尖端から出た火は10cm程の高さまで立ち昇る。
「皆も知っている通りフォーガンは氷の魔動器を使う。対するクローブは火炎の魔動器だ。つまりフォーガンの魔動力は氷結系の特性を持っている為、火炎系の特性を持つクローブの方が火を扱う魔動具をより効率的かつ強力に使用する事が出来る。これが特性の差という事になる。では続いてクローブ。炎をイメージしてやってみろ」
レグラスが頷いた直後、チャッカの火は一気に大きくなり、先程の倍以上の大きな火となる。
「この程度で抑えておきましょう。僕が魔動器を使う時のイメージで行ってしまったら天井を焦がしてしまいそうですからね」
かなりの自信があるのか、レグラスは自慢気で余裕を湛えた表情を浮かべる。
得意気になるのも仕方が無い。
火炎系は直接的なダメージを与える事が出来る上に、壁のようにして防御する事も出来る。悪夢獣を倒した後処理として火葬する場合にも便利だ。ほぼ万能と言って良い。
他の特性に比べて、目に見えて効果が分かるし使い勝手もいい。更にはイメージもしやすい。
現最強の騎士であるシルフィリットも火炎系魔動器で驚異の戦績を上げているので、人気も高い。
教師が指名して手本を見せる程の実力があり、その火炎の特性と楯の魔動器を使う事から“炎楯”などという異名で呼ばれていれば、天狗にもなろうというものだ。
「魔動器の発明のおかげで騎士は、この力を戦いに応用する事が出来る。未だ特性を把握していない者、上手くイメージ出来ずに力を発揮出来ていない者。これらの者は早い段階で戦闘でも通用する力を身につけろ!出来なければ今後の授業についていけないと思え!!今日は以上だ」
厳つい顔の教師がそう言って締め括る。
(特性……そして魔動器ねぇ……)
ショウマは小さく息を吐く。
魔動器を発動出来なければ授業内容に後れを取ると言われた所で、ショウマに為す術は無い。
一応、彼の持つブレードソーは魔動器で手動で鋸刃を高速回転させる事が出来る様に改造されているが、ただそれだけで、炎を噴き出したり冷気を操ったりするといった超常的な事は出来ない。
邪法で造られた魔動機兵の装甲を打ち破れるくらいの威力はあるので、アダマスコーティングされた盾や鎧甲くらいなら一刀両断出来るだろう。そこまで近付く事が出来ればの話だが。
(俺が出来る事は……やっぱり剣の腕と体を鍛える事だけだな……)
相手が魔動器を発動させる前に近付く為に、そして発動させる隙を与えない為に、更なるスピードアップと無駄の無い動きは欠かせない。
ショウマが出来る事が限られている為、自身がやるべき事は単純明快。
偶然とはいえシルフィリットの戦い方を見る事が出来たのも大きい。
おかげで自分の動きにどれだけ無駄があったのかがはっきりと分かったのだから。
「ああ、そうだ。1つ言い忘れていた」
教師が教室を出る直前、思い出したように向き直る。
「次回からはお前達お待ちかねの対人実技演習jに入る。体調管理と武具の手入れはしっかりとやっておくように」
その言葉に教室内がざわつき始める。
「ようやく退屈な座学から解放されるぜ!」
「ふふふっ、ようやく私の真の実力が発揮される場が来たようね」
「いきなり炎楯や氷結姫と当たらない事を祈ろう」
教師が去った教室内はもう次回の対人実技演習の話題で持ち切りだ。
ショウマの周りにも何名かのクラスメートが集まってくる。
「ねぇねぇ、トゥルーリ君って主の氷結姫様より強いってホント?」
「こいつは強いに決まってるだろ!なんて言ったって悪夢獣を殴り倒した男だぜ!」
「俺の調べではあの“騎士の中の騎士”にタメ口してるらしいしな」
完全に間違った噂は否定してきていたが、未だ事実とも嘘とも言えない噂は蔓延っていた。
紙一重とはいえシアニーに勝ったのは事実だし、シルブレイドに乗ってではあるが、悪夢獣を殴って撃退した事も事実だ。シルフィリットとも知り合いで、まるで同世代のように普通に会話しているのも事実。
ショウマは完全に否定する事も出来ず、また肯定も出来ず、ただ笑みを浮かべてやり過ごすしかない。
「流石は特別編入生。それは余裕の笑みと捉えてもいいのかな?」
教室内に声が響き渡り、同時にショウマを囲んでいた人垣が割れる。
その奥から姿を現したのは数人の取り巻きを従えたレグラスだった。
「それともただの虚勢かな?僕が聞いた噂では、無断で魔動機兵を動かした揚句にどこの馬の骨とも知れない者に手も足も出せずボロ負けしたとか?ああ、そういえば喧嘩で女性にだけ戦わせて、自分は隅で震えていたっていう噂も聞いたような」
それは完全な挑発だった。
これがシアニーだったなら激昂してるだろうが、生憎というか運良くというか、この場に彼女はいない。
「自分より強い相手だったら負ける事もあるだろうし、自分より腕の立つ女性が居たら、わざわざ自分から足手纏いになりには行かないだろう?それに過大評価されるより過小評価されてた方が俺としても楽だから、皆がその噂の方を信じてくれるとありがたいな~、なんて……」
若干の曲解はあるものの概ね事実である為、ショウマはそんな安い挑発には乗らない。
「フン。いい気になるなよ。その余裕もいずれこの僕が崩してやる」
「あ、いや、別に余裕とかじゃ無く……」
「あの女もいずれ僕が頂き、救世の騎士の真似事なんかしてるお前の鼻っ柱をへし折ってやるからな!」
ショウマの話に耳も貸さず、レグラスは一方的に話を切り上げると、取り巻きと共に教室を後にする。
「お~い、待てって~………はぁ~。なんでこう、貴族とか王族って奴は人の話を聞かない連中が多いんだ?」
シアニーといい、今のレグラスといい、変にプライドが高い人間はどうしてこうなのだろうか。
彼がついそう呟いてしまうのも仕方がない事だろう。
「っていうか、なんかまた面倒臭そうな奴に絡まれたような気がする……」
げんなりとした表情でショウマはレグラスの去った方へと視線を送るのだった。
* * * * * * * * * *
シルブレイドの修理の方は順調に進んでいた。
それもこれもキングス工房のスタッフがショウマの想像以上に優秀だった為だ。
イムリアスやアーシェライトの技術も彼が手出し出来ない程凄いものではあるのだが、スタッフの面々はそれに即応し、時には先んじて作業を行っている。
作業開始からほんの半月程しか経っていないが、既にショウマは手どころか口さえも出す必要が無くなって来ていた。
極稀に、アーシェライトが忙しい時に魔動王国語の翻訳を頼まれたりするので、この場に来ては居るが、正直、手伝える事が何も無いので、剣の素振りなどの自己鍛錬をして過ごす毎日だった。
そんな愚痴をイムリアスに零すと、
「まぁ、材質の違いはあっても、基本的な構造はほぼ似ているからな。長年、技師をやってれば、経験や勘でそれなりに分かるもんなのさ。それに技術屋ってのは知らない技術や新しい技術ってのに目がねぇんだ。殆ど寝ずに作業してんのに、未知の技術を見ると全員ガキみたいに目を輝かせる。まぁ、俺も人の事は言えないがな」
イムリアスは自嘲気味にそう言って笑う。そして、
「それにお前さんの仕事は機体が組み終わってからが本番だ。あの機体を動かせるのはお前だけ。細かい作動チェックが山のようにあるはずだから、覚悟しておけよ」
そう脅されてしまう。
確かにショウマは騎士であり技師では無い。
師匠の元で簡単な整備が行えるくらいの技術を学んだとはいえ、本職の魔動技師の技術に敵う訳が無いのだ。
だから今は彼らを信じて任せるだけ。というより下手にショウマが手出ししない方が効率がいいだろう。
そう納得する。
「そんじゃあ、それまでは自己鍛錬に励んでおくとしますか」
「ああ。そうしてくれ。こんな大仕事は今回だけにして貰いたいからな」
シルブレイドを修理する為の特殊な素材は、素材集めを依頼されているシルフィリットから毎日のように届く。必要以上の素材を集めて送ってくれているようで、もう1回くらい大破しても直せるだけの量が届いている。
だがいくら素材が揃っていても、もし今回と同じような状態になってしまった場合には再び莫大な労力が必要となる。
今回はアイリッシュからの依頼であり、未知の技術に触れられるという事でキングス工房全体が支援してくれているが、いくらイムリアスがキングス工房の跡取りとはいえ、毎回、彼らに手伝って貰うという訳にはいかない。
その為にはダメージを負わない回避法の技術を高めなければいけない。
思考制御が基本の魔動機兵はイメージを強く持つ事で自身の身体のように動かす事が出来る。
だがシルブレイドは操縦者自身の手足を直接動かして操縦する。機体の反応に限界はあるだろうが、ショウマ自身の動かし方が早くなれば早くなる程、機体の動きも早くなるのだ。
つまりショウマ本人の反応速度や反射速度、手足の動き方の無駄を省く事で、シルブレイドも今より更に素早く動く事が出来る。
相手の動きを観察して行動を読んだり、危機察知能力を高める事も回避能力向上に繋がるだろう。
そしてそれらを鍛える事はショウマにしか出来ない事だ。
「あ、あの…イム先輩。ちょっといいでしょうか?」
アーシェライトが声を掛けながら駆け寄ってくる。
若干フラフラした危なっかしい足取りで今にも転びそうだが、なんとか2人の元へと辿り着く。
「何かあったか?」
「……あ、いえ…些細な事なのですが、腕の取り付け作業を進めようと思っていたんですけど、魔動機兵を操縦出来る人の何人かがダウンしちゃって……それで……」
「ああ。分かったすぐに行く」
キングス工房の作業員といえど、全員が作業用魔動機兵を扱える訳ではない。
荷車を運搬して道を走る魔動馬や畑を耕すだけの耕作用のような単純な作業を行うだけのものであれば、数回動かすだけで操縦出来るようになるが、工房のような場所でやや複雑であったり繊細な作業を行うような場合は、それなりの習熟度が必要となる。
慣れていない者が操縦して、修理中の魔動機兵にぶつかったりして壊してしまったら元も子も無い。
その点、イムリアスは学園で操縦を学び、工房でも手伝っていた為、作業用魔動機兵の操縦には慣れている。
その為、お声が掛かったのだ。
「それじゃあ、俺は行くが…その代わり……」
イムリアスは近くにあった椅子を引き寄せると、ア-シェライトの両肩に大きくてゴツい手を置く。そしてそのまま、力任せに彼女を椅子に座らせる。
「えっ、あ、あの……」
「疲れが溜まってるようだから、ちょっと休め。って訳でちゃんと見張っておけよ」
イムリアスはショウマに見張りを頼むと作業へと戻っていく。
その後ろ姿を見送りながら、アーシェライトは大きく息を吐き出してから、瓶底眼鏡を外してその目元を揉み始める。
眼鏡を外した事で目の下にくっきりと隈が見える。
きっと徹夜作業を続けているのだろう。
「シェラ。あんまり根を詰め過ぎんなよ?」
ショウマは一刻も早くシルブレイドの修理が終わって欲しいと願いつつも、皆にはあまり無理はして欲しく無かった。
時間が限られているのは分かるが、無理したせいで倒れられるのも寝覚めが悪い。
「全然大丈夫です。だって僕は嬉しいんです。あの人の設計図で、あの人が造ったあの子を、またこの手で命を吹き込む事が出来るんですから。前世の僕が償えなかった罪は今の僕の手で……あっ……」
そう言いながら勢い良く立ち上がったアーシェライトだったが、フラリとよろける。
それを慌てて支えるショウマ。
貧血でも起こしたのだろう。先程より顔色が悪い。
「ほら、無理すんなって。休めって言われたばかりだろ」
「は…はい……って、え!あっ!いや、その………」
ショウマの胸に顔を埋める様にしな垂れかかっている事に気付いたアーシェライトは動揺する。
おかげで蒼白だった顔に血色は戻ってきたが、疲れのせいか体に力が入らず彼の胸から離れる事が出来ない。
「…あ……そ…その…………」
「え~っと…俺の胸なんかで良ければ貸してやるよ。今は言われた通り、ちょっとは休め」
ショウマは子供をあやすように優しく彼女の頭を撫でる。
「…は、はう……で、でも……もう…何日も…お風呂…入って……ない………」
髪は油と汚れでベタついているし、汗と汚れで体臭も臭うかもしれない。
だがショウマはそんなことなど構わないという風に優しく頭を撫で続ける。
その穏やかさと暖かさに包まれ、いつしかアーシェライトの瞳は閉じていき、気が付けば可愛らしい寝息を立てていた。
彼女は自分にしか出来ない仕事以外でも、彼女が手伝える仕事は率先して作業を行っていた。
おそらく前世の贖罪のつもりなのだろうが、完全なオーバーワークだったのは間違いない。
だからこそ彼女が居なくても作業が行える組立作業中にイムリアスは無理矢理にでも休ませたのだった。
しかし組立作業が終われば、調整作業が待っている。それだけでも忙しくなるだろうに、動作不良でも起きたら、場所によっては再び取り外して作業しなければならないので、更に忙しくなるだろう。
その時には今のようにゆっくり休めとは言えない状況になっているのは目に見えている。
だからショウマは眠るアーシェライトに向けて、敢えてこう小さく囁く。
「すまないな、俺の為に。今は…今だけはゆっくり休んでくれ」




