第25話 転移者と転生者と少年と少女
アーシェライトが語る前世の罪の記憶。
物陰に隠れながらその話を聞いていたショウマはある記憶が励起されていた。
未だ名前も思い出せず、顔も霞掛かって判別出来ない両親に連れられて、少年時代のショウマは、とある研究所を訪れていた。
所内で両親と別れたショウマは案内係の女性所員に誘われるまま、前面が強化ガラスで覆われた一室に案内された。
そしてガラスの向こう側に見える白銀のヘビーギアに目を奪われる。
当時はこれまでのヘビーギアよりスマートで格好良いという印象しか感じなかったが、今ならそれが何か分かる。
正式名称“PHG-B09 シルブレイド”と呼ばれる、この世界にショウマと共にやってきた愛機だ。
目の前にあるシルブレイドは未だ胴体と頭部のみで四肢は取り付けられていない。
ガラスの向こう側の作業場では白衣を着た父親が作業員や他の研究者に指示を出している所が見える。
ショウマが見ている事に気が付いたのか、手を振って来るのに対してショウマも勢い良く両手を振って応えた所で意識は現実に戻る。
どうやらアーシェライトの前世と同様にショウマの両親もシルブレイドの開発に携わっていたようだ。
しかも指示を出していた事から考えると父親は開発主任だったのかもしれない。
アーシェライトが語る彼と記憶の中の父親がダブる。
だからなのか、眼鏡の奥から大粒の涙を流し、許しを請うようにシルブレイドを仰ぐアーシェライトを見て、ショウマは思わず声を掛けてしまった。
「ああ。当然、良いに決まってるだろう。お前のやりたい事を思うままやれ。ただ後悔だけはするな」
思わず出た言葉。
それは記憶の中で父親がショウマに対して言った言葉。
あれはまだ幼い頃。
将来、ヘビーギアのテストパイロットになって両親の手助けをすると話した時に言われた言葉だった。
「…ありがとう……そして…ごめん…なさい…………」
アーシェライトからの感謝と謝罪の言葉。
それはこの場に居るイムリアスに向けられた言葉なのか、ショウマに向けられたものなのか。それともこの場に居ない誰かに向けられたものなのか。
ただ一言。
許しの言葉を口にしただけでアーシェライトの胸の中に積もり溜まっていた罪の意識という濁りは洗い流されていく。
これで全ての罪悪感が消える訳ではないだろう。
ただアーシェライトを縛っていた前世からの呪いが薄まったのは確実だった。
これで前に踏み出す事が出来るようになるはずだ。
泣き崩れるアーシェライトの背中を見つめながら、ショウマは自分とシルブレイドがこの世界に来たのは、この日の為だったのでは無いかと思うのだった。
アーシェライトの流す涙に呼応するかのように曇天模様だった空からはポツリポツリと雨音が聞こえ始める。
雨足は次第に強くなっていき、まるで吐き出した罪を洗い流すかのような勢いとなって降り続けるのだった。
* * * * * * * * * *
翌日の放課後。
シンロード魔動学園の機兵倉庫には多くの人間が居た。
彼らは一様に同じ黄色いツナギを着ており、その背中には“キングス”という赤い文字が描かれている。
それが示す通り、全員がキングス工房シンロード支部に所属する従業員である。
「坊ちゃん!まもなく搬出作業終了します!」
「いつも言ってるんが“坊ちゃん”はやめろって!おい、そこ!下に置いてある部品も1つ残らず持ち出せよ!!」
イムリアスは照れたようにスキンヘッドをポリポリと掻きながら、従業員達に指示を出す。
彼らは今、シルブレイドをキングス工房の作業場に運び出す作業を進めていた。
修理をするだけならチーム毎に割り振られた作業場でも可能ではあるが、今回は学外の工房への依頼となる。その上、修復期限は2ヶ月を切っている。
夜通しの作業は必須となり、キングス工房の従業員がメインとなって作業する事を踏まえると、そちらの作業場に移す方が効率が良いのだ。
その様子をショウマとアーシェライトは並んで見守っていた。
何か手伝える事は無いかと来てみたはいいが、流石、この世界でも指折りの工房の従業員達。
テキパキと無駄なく動き回っている為、そこに混ざると邪魔をするだけになりかねないので、こうして見ているだけしか出来ずにいたのだ。
何もする事が無くて手持無沙汰な上に、2人の間に流れる長い沈黙に耐え切れなくなったショウマは意を決して口を開く。
「え~っと、あ、あのさ……この間は追い掛け回しちまって悪かったな。あん時は切羽詰まってたっていうか、藁にも縋る思いだったから……」
それに反応してアーシェライトが顔を向ける。
暫くの無言。
瓶底の分厚くて大きな眼鏡のせいで表情がよく読み取れない。
だがその口が開こうとしては噤み、開こうとしては噤みと繰り返しているので、何かを言おうとしているのは分かったので、辛抱強く待つ。
「……こちらこそ、ゴメンナサイ。彼とあなたがあまりにも似ていたから、僕もどうしたらいいか分からなくて……」
「その彼っていうのは前世の記憶に出てくるシルブレイドの設計者だっけ?」
「…あ、はい。そうです……」
「多分、それって俺の父親かも」
「え?」
「俺ってさ、魔動力が無いんだ。学園長に言わせるとそれは魔動力の無い異世界生まれの特性らしいんだけど…つまり俺は君のように前世の記憶を持って生まれた訳じゃなくて、この世界に飛ばされてきた人間――異世界から転移してきた人間って事になるんだ。この世界に転移した影響なのか、記憶の多くを失ってて、時々何かの切欠で思い出すんだけど、昨日、君の話を聞いてた時に思い出したんだ。両親に連れられてシルブレイドの開発現場に行った事があるって事を。そこで俺の父親は多くの人に指示を出してたから、結構、上の人間だったんじゃないかと思うんだ」
「僕の中の記憶でも指示を出せるような立場で、黒髪の人物は彼とその奥さんしかいなかったはず……です」
「って事はそういう事で決まりかな。あははは、それなら似てて当たり前だな。血が繋がってんだもん。ところで俺の両親ってどんな人だったんだ?どういう訳か他の記憶は思い出せるのに、両親の名前と顔だけは何故か思い出せないんだよ」
記憶の中ではそれが両親である事は理解出来るのだが、顔と名前だけは何故か絶対に靄が掛かり思い出せない。まるで思い出してはいけないかのように厳重にロックされてる感じなのだ。
以前、シルフィリットにも救世の騎士である曾祖父がどんな人物だったかという事を尋ねた事があるが、彼の祖父が生まれた時には既にこの世界にいなかったらしいので、詳しい話は聞けなかったのだ。
「…ゴメンナサイ。それは僕にも分からないんです。僕の記憶でも彼がなんて名前でどんな顔をしていて、どのような人物だったのかは、何故かあんまり覚えていないんです。ただ穏やかで優しくて、でも力強くて、絶対に挫けない前向きな人だという事だけは覚えてます。僕の憧れで尊敬する人でした…けど、そんな人に僕は…………」
アーシェライトの声が徐々に震えてくる。
ショウマが許しの言葉を言ったおかげで、罪悪感は多少なりとも薄まったが消えた訳ではない。
こんな話をしていれば、それがぶり返してしまうのも仕方が無い事かも知れない。
「大丈夫だって。前向きな人だったんだろ?挫けない人だったんだろ?だったら許してくれるさ。逆に名誉挽回、汚名返上の機会を与えてくれるさ。息子かもしれない俺が言うんだから間違いないって!」
ショウマはそう言うとアーシェライトの銀色の頭に手を乗せ、くしゃっと撫でる。
髪の毛が乱れてしまったが、頭に置かれた手の温かさに安心感を覚え、心が落ち着いていく。
その手からは力強さと優しさが伝わって来るのを感じる。そこにあの人の血を受け継いでいるのだという事も実感する。
気が付けば、アーシェライトの心から、罪悪感と不安は薄れていき、胸の苦しさに歪んでいた表情も穏やかなものになっていた。
その代わりに心臓の鼓動は早鐘を打つように激しくなり、それに伴って頬が熱くなっていく。
「あ、あの…トゥ、トゥルーリさん……こ、これから宜しく…お願いします」
「ああ、こっちこそ。それと俺の事はショウマでいいぜ。本当の名前じゃないせいか、どうにも名字で呼ばれるのは慣れてなくてさ」
向けられた笑顔が彼と重なり、更に顔が火照っていく。
「え、あ、は、はい。そ、それじゃ僕の事も…あ、あの…で、できれば…その……シェラ…って呼んで……貰えます…か?」
「シェラ?なんか女みたいな呼び……」
「あ~!!!ちょっと~!!私の知らない間になんでこういう事になってるのよっ!!!」
「うわっ、うるさい奴が来やがった……っていうかあいつの事すっかり忘れてたな」
ショウマがこめかみを押さえつつ視線を向けた先には、機兵倉庫の入り口前に立つシアニーの姿があった。
その強めな語気や態度から大分ご立腹の様子だ。
彼女の知らぬ所で事態は好転し、いつの間にか解決したのだから、それも仕方が無い事だろう。
「ちょっとショウマ!なんで私に声を掛けてくれなかったのよ!!いつの間にかこの天才ちゃんは見つけちゃってるし!」
「ああ、すまんすまん。昨日の時点で会えてたのを言いそびれてた。まぁ、シルブレイドの事については俺も呼び出されてここに来るまで知らなかったんだから、それに関しては話しようが無かったんだよ」
「もう信じらんない!!昨日も、そしてついさっきまでも私はずっと学園中を探し回ってたんだからね!!」
「昨日はともかく、今日は話をする間も無く飛び出していったのはそっちだろっ!」
「何よ!誰の為に探してたと思ってるのよ!!」
今週に入ってからアーシェライトの捜索を個別に行っていた事も原因だが、シアニーは昼休みも放課後も捜索の為に誰よりも早く教室を出て行ってしまっていたので、話をする機会が無かったというのもある。
せっかちで早とちりな彼女らしいと言えば彼女らしい。
「あ、あの……」
いきなり始まった2人の口喧嘩にアーシェライトは恐る恐る割って入る。
2人は言い争うのを止めて、同時にアーシェライトの方へ顔を向ける。
シアニーのやや吊り上がった怒りの目に気圧されて数歩後ろに下がった後、アーシェライトは姿勢を正してから深々と頭を下げた。
「こ、この間は…あ、ありがとうございました」
「ん?なんでいきなり私がお礼なんて言われるの?」
その一言で自分だけ除け者にされた怒りは一瞬で忘れ去り、頭に疑問符を浮かべて、ショウマの方へと顔を向ける。
ショウマもシアニーと視線を合わせてから首を捻り「さあ?」というジェスチャーをする。
「こ、この間、お店で……あ、あ、そ、そうだ。こ、こうしたら、僕の事を、お、思い出せます…よね?」
アーシェライトは顔の半分程を隠していた瓶底眼鏡を外し、先程ショウマのせいでボサボサになった髪を手櫛で直して目元を隠すように下ろす。
「え?嘘!ああああなた…まままままさか……この間の……」
銀色の前髪で目元を覆い、先程まで眼鏡で隠れて見えなかった頬には若干のそばかすが浮いている。
服装こそメイド服と男子学生服という違いはあるけれど、そこには“箱庭の葡萄亭”で出会った店員の少女の顔があった。
「…正体が分かっちゃうと思ったから…その…ちゃんとお礼を言えなくて……」
あの時、いきなり逃げ出し、傭兵団の暴行から助けたのにお礼すら言いに来なかったのは、ショウマの黒髪のせいもあっただろうが、2人が血眼になって探している人物が目の前に居るという事を悟られないようにする為でもあったのだ。
そしてショウマは今になって思い出す。
あの店で銀髪少女の店員が“シェラ”と呼ばれていた事に。
「まさか、お前……女装趣味があったなんて…イテッ!!」
いきなりとんでもない発言をするショウマの頭にシアニーは問答無用にチョップを食らわせる。
「どう見たって女の子でしょうが!!」
「いや、だって男子の制服を着てるし……」
「制服の着用規定は緩いから学生の範疇を逸脱しなければ、改造制服だろうとなんだろうと着て良い事になってるの!女子だからってスカートを履かなくても別にいいのよ!」
「いや、それに自分の事を僕って言ってたし……」
「今時、ボクっ娘なんて珍しくないでしょう!!」
そう言われて、ショウマは改めてアーシェライトの顔を覗き込む。
男にしては体格はかなり小柄で、声質も高め。眼鏡を外したその顔がよく見えるようになり、小さくて確かに可愛らしい。
「え、あ、その……ショウマ…さん……」
マジマジと見詰められ、アーシェライトの頬は恥ずかしさと先程の一件の事もあって、みるみる真っ赤に染まっていく。そしてそれを隠すように慌てて眼鏡を掛け直す。
「そうか。女の子だったのか。だからシェラだったのか。うん、納得した。そうかそうか……にしてもシアといいシェラといい、なんでこう女の子らしくないというか、女子力が低いというか……」
見た目は美少女なのに内面は男勝りで喧嘩っ早いシアニー。
魔動具好きで僕という一人称と男子制服を着ているせいで少年にしか見えないアーシェライト。
2人の姿を眺めて、ショウマは思わず心の声を漏らしてしまう。
「もう最低!なんでショウマっていつもそうデリカシーが無い事ばかり言うのよ!!」
「うおっ、聞こえたのか…って、そういう風に言われたくないならもうちっと女らしくしてみろっての!まぁ、シアじゃ何百年経っても無理だろうけどな!」
「ななななんですって!!そういうショウマのデリカシーの無さだって何千年経っても治らないわよ!!」
「俺はちゃんと相手に合わせたデリカシーを持ってんだよ!シア相手だから無いように思えるだけだよ!!」
「わわわ私だって!そそその…好きな相手になら……ゴニョゴニョゴニョ………」
「はぁ?!聞こえないなぁ?好きな相手がどうとか聞こえたような気がするけどぉ?」
「ううううっさいわね!!」
「ほら!そうやって分が悪くなるとすぐに暴力に訴えようとするから女らしくねぇってんだよ!!」
「だまれだまれだまれ~!ショウマのばかばかばかばかばか~~~~!!!!」
腕をブンブンと振り回すシアニーとそれをからかいながら避け続けるショウマ。
そんな2人の姿にアーシェライトは思わずクスリと笑みを浮かべる。
「おい、準備は終わったから運び出すぞ…って、一体何をやってるんだ、あいつらは?」
魔動馬車の後ろに設置した大型の荷台にシルブレイドを固定させる作業を終えて戻ってきたイムリアスが不思議そうな顔でショウマとシアニーの遣り取りを眺める。
「喧嘩する程っていう仲みたいです。けどなんかこういうのって羨ましいですよね」
アーシェライトが2人に視線を送りながらも、どこか遠くを見つめて呟く。
イムリアスはそんな彼女の様子を見て小さく息を吐いた後、その背中を強く押し込む。
「へっ、ええっ、ひ、ひやうっ!!」
いきなり背中を押されてバランスを崩したアーシェライトは、丁度背中を向けていたショウマに体当たりするようにぶつかってしまい、倒れてしまわないように必死にしがみ付く。そのせいで動きが止まった彼の顔面にシアニーのパンチが見事にめり込む事となる。
「おごっ!シェ…シェラ!いきなり何しやがる!!お前もシアの味方するってのか?!」
「え、あ、い、いえ…そ、その……ご、ごめんなさい。だだだってイム先輩が……」
「ナイスよ、天才ちゃん……っていうかそういえばさっきから違和感があったんだけど、なんで会ったばかりの彼女の事をシェラなんて愛称で呼んでるのよ!!」
「は?!別に俺が誰をなんて呼ぼうとシアには関係ねぇだろうが!」
「……そ、それは…その……僕が…………」
「そそそそりゃ、私には関係無いけど…関係無いけど……ああ、もうっ!!ショウマのバカァァ~~~!!!!!」
よく分からない理由で顔を真っ赤にして怒り出すシアニー。
それを挑発し、からかうショウマ。
そしてそんな2人の間に挟まれ、オロオロしながらも仲を取り持とうとしているアーシェライト。
2人から3人に増えた痴話喧嘩のような他愛の無い遣り取りに、イムリアスは白い歯を見せて笑顔を浮かべて1人呟く。
「羨ましがる必要なんかねぇんだよ。もうお前はそいつらの友達なんだ。そして俺らは全員、仲間なんだからよ」
このメンバーとならきっとずっとやっていける。
だからイムリアスは心に決めた。
彼らとならきっと良いチームが作れるだろう。
アイリッシュとエルアの2人の掌の上で踊らされたような感じを受けるが、彼女達が損得勘定で動く人間ではない事を理解している。
だからこの出会いの切欠を作ってくれた事に心の中で感謝する。
頭上を見上げれば、明り取りの窓からは眩しい程の光が差し込んでいる。
空は昨晩の大雨が嘘のように晴れ渡り、澄んだ蒼がどこまでもどこまでも続いている。
まるで3人の、いや4人の希望ある学生の未来を指し示しているかのように。




