第24話 アーシェライト=ケレイル
シンロード魔動学園機兵倉庫。
半壊して無残な姿となったシルブレイドの前でアーシェライトはある人物を待っていた。
待ち人が来るまでの間、アーシェライトはじっとシルブレイドを凝視し続けていた。
見ているだけで頭の中には様々な数式が躍り、様々な回答を導き出していく。
同時に後悔の念も浮かんでくるが、それ以上にこれ程のものを造り出した彼への尊敬の念とその凄さに感動を覚える。
だからこそ逃げていてはいけないのだ。
自分のものではない後悔に押し潰されてしまう訳にはいかないのだ。
この場所を待ち合わせ場所に選んだのも、過去の記憶と向き合い、立ち向かう為だ。覚悟を決める為だ。
アーシェライトがそんな決死ともとれる覚悟を胸に秘めていると、倉庫内に靴音が響く。どうやら待ち人はやってきたようだ。
「まさかお前の方から連絡があるとは思わなかったな」
その声にアーシェライトはやや表情を強張らせながら、顔を上げる。
そこにはスキンヘッドの大男が居た。
彼の名はイムリアス=キングスロウ。
細く垂れ下がった目尻が普段から柔和な笑顔を浮かべているように見え、魔動王国文字で“イム”と書いて“ホトケ”と読む文字があり、それが何事にも動じず全てを広い心で受け止める存在という意味を持つ事から“ホトケのイムさん”と呼ばれて親しまれているアーシェライトが信頼する数少ない人物だ。
「祝うのが遅くなっちまったが、飛び級で本科進級出来たんだってな。おめでとう」
「…え、あ…ありがとうございます……これもイム先輩のおかげです」
予科生時代のアーシェライトが本科授業に紛れ込む時によくイムリアスと同じ授業を受けていた事が切欠で知り合いとなった。
紛れ込んだアーシェライトを教師から庇ってくれたり、自身のチームに招き、整備をやらせてみたりと何かと世話も焼いてくれた。
更には飛び級進級についてもイムリアスが理事長や学園長に掛けあってくれたという噂もあり、アーシェライトとしてはこの学園で、いやこの世界で頭の上がらない相手の1人であった。
「んで、今日俺を呼び出したのは……まぁ、待ち合わせ場所をこの場所にした時点で何となく予想は出来るが、一応、お前の口から聞こうか」
「…はい。それは僕の秘密の事。そしてこの機体との関係について…です……」
頭の上がらない理由の一つにはこの秘密もある。
アーシェライトには両親にさえ言っていない秘密があった。
いや、子供の頃に一度だけ話した事があるが、そんなのは夢だと笑い飛ばされて以降、誰にも言わないで、ずっと胸の内に秘めていたのだ。
しかしその秘密をイムリアスはたった1年にも満たない付き合いで看破した。
だがそれは必然だったのかもしれない。
アーシェライトの天才的技術と類稀なる知識、そして誰も考え付かなかった画期的な手法。
普通の人からすれば、天才だからの一言で済ませられるだろう。
だがキングスロウという高名な魔動技師の一家に生まれ、幼い頃から英才教育を受け、世界最高峰とも言われる魔動技術を間近で見続けたイムリアスは、そこにこの世界とは異質なものを感じ取ったのだ。
その結果、アーシェライトが隠していた秘密に辿り着いた。
「やっぱりこのスクラップ同然のポンコツにも使われてる異世界の技術についてか……」
「!?……イム先輩も気が付いたんですか……」
イムリアスの祖父の教えの中には、異世界にはこの世界を遥かに凌ぐ技術や知識があるという事も含まれていた。
正直に言えば今、目の前にある白銀の魔動機兵を見るまでは、半信半疑、いやどんなに上でも魔動王国時代を上回るようなものは無いだろうと思っていた。
だが実際には想像を遥かに超えた緻密で精緻な技術が惜しみなく使われている事だけは、なんとなくだが理解出来た。
「まぁ、気付いたというより教えて貰ってたから分かっただけだ。流石に仕組みやら技術やら詳しい事までは分からねぇ。けどお前なら、どこが壊れていてどんな仕組みで動くのか分かるんだろ?」
イムリアスはアーシェライトを真っ直ぐに見詰めて問い掛ける。
いや問い掛けでは無い。確認だ。
アーシェライトはゆっくりと目を伏せてから、小さな吐息と共に「はい」と答える。
「イム先輩には以前にも話したと思いますが、僕にはこの世界とは別の……もっと詳しく言えばこの異世界製の機体に関するありとあらゆる技術と知識があります。といっても僕自身は異世界人ではありません。この世界で生まれ育ち、ちゃんと魔動力もある普通の人間です。ただ1点。前世が異世界人でその記憶がある事以外は」
アーシェライトの秘密。
それは所謂“転生者”と呼ばれる存在である事だった。
前世は異世界人。それもシルブレイドを開発したメインスタッフの1人だ。
最初に前世の記憶が蘇ったのは5歳の頃。
最初は夢か何かだと思っていた。だがその夢の中で使われていた文字が魔動具に書かれてある事に気が付き、読んで理解する事が出来てしまった。
それを切欠に年を追う毎に前世の記憶は蘇っていった。
どんな難解な魔動王国語も理解し、他者とは全く異なるアプローチで最良の結果を生み出す手法を考え出し、誰も教えていない全く新しい技術を編み出した。
故に天才児と周りから呼ばれ、シンロード魔動学園のスカウトの目に留まる事となった。
それだけならば問題は無かった。
だが3年程前から、前世の記憶が蘇る度に、この世界には無い新たな技術の記憶が浮かび上がる度に、前世の自分が起こしてしまった些細だが取り返しのつかない罪が圧し掛かった来たのだ。
自身のものではない自分の罪。
ちょっとした悪戯心とほんの少しの嫉妬心。
たったそれだけの為に、憧れて目標にしていた人物の夢を壊し、その代償に自分は命を落とした。もしかしたら彼を含めたその場に居た全員も死んでいるかもしれない。
その罪悪感は心の中で日に日に膨れ上がり、いつしか前世の記憶にある彼と同じような黒髪の人物を忌避するようになってしまった。
だが目を背けていた罰なのか、先日、彼と似た雰囲気を持つ、自分と同じようにこの白銀の機体の真実を知るであろう黒髪黒瞳の人物と出会ってしまったのだ。
アーシェライトはこれまで誰にも言う事の無かった前世での罪と、先日、この場所で出会った黒髪の人物についてイムリアスに語った。
イムリアスはその内容に表情一つ変えず、黙って聞いていた。
「……僕は技師として…技術者として最低の事をしました。最近ではこんな僕が魔動技師になんてなってはいけないんじゃないかって思うようにもなっています。だから僕は……」
最後に悲壮な決意の篭った言葉を吐き出そうとした刹那、頭頂部に痛みが走り、目から火花が飛び散る。
「痛ぁっ!!い、いきなり何するんですかっ!!」
握り込んだ拳をアーシェライトの頭上に勢い良く振り下ろしたイムリアスは、怒りの瞳を向けていた。
「お前がバカな事を言い出しそうだったから止めたまでだ。前世の罪?罪悪感?最低な事?それがなんだっていうんだ?人間なんだから失敗する事なんて山程あるし、嫉妬したって別にいいじゃねぇか!それに俺は前世のお前の事なんざ知らねぇ。知っているのは考え過ぎて喋るのが苦手なくせに魔動具の事に関してだけは他の奴が引くくらいお喋りで、本科の授業に潜り込んで先生達に煙たがられながらも自分の技術を向上させるのに必死で、魔動具を弄るのが大好きで大好きでたまらないアーシェライト=ケレイルっていう奴だけだ!」
「で、でも…もしかすると僕はまた嫉妬で同じ事を繰り返してしまうかも……」
「なら他の奴に嫉妬しないくらいの技師になりやがれ!お前の腕で周りを嫉妬させるような最高の技師になりやがれ!“技師の中の技師”になりやがれ!!前世の異世界で憧れてたっていう奴を追い越す技師になりやがれっ!!!もし足りないものがあったら俺が全て教えてやる。俺で足りなければ親父に頼み込むし、造聖の爺さんにだって話を通してやる」
イムリアスの言葉は無茶苦茶で突飛な理論だ。だが一理あった。
確かに自分が最高位であれば、知識や技術において誰かを嫉妬するという事は無くなるだろう。
「自分のものではない罪の記憶がどれくらい重くて、どれくらい辛いのかは俺には共感は出来ねぇ。だから忘れろなんて軽々しく言わねぇし、言えねぇ。だが、どんな因果か、前世でお前との因縁のある機体が今、目の前にある。何をするべきか、お前にしか出来ない事が何か、もう分かってるんじゃねぇのか?だからこそこの場所を選んだんじゃねぇのか?」
2人は側にそびえる半壊した白銀の巨人を見上げる。
「僕のやるべき事……僕にしか出来ない事…………」
異世界ではヘビーギアの技術者であり、この世界では魔動技師。2つの世界の知識と技術を持つのは、アーシェライトだけ。
目の前にはその2つの技術と知識の融合によって造られた魔動機兵があり、再び動ける時を待っている。
そしてそれを望む者が居る。
なら、やる事は唯の1つしか無い。
「……そうだよね。君が僕の前に現れたって事はそういう事なんだよね。僕には君を直す義務があるんだよね。前世で君にしてしまった罪はちゃんと償わなければいけないんだよね。そしてあの人が居ない以上、それは僕にしか出来ない事なんだよね」
これは贖罪でもあり、挑戦でもあった。
この世界にあるはずの無いヘビーギアがここにあるのは、アーシェライトが転生する切欠となったあの動力炉の暴走事故が原因なのかもしれない。
だとすればこの機体も被害者であり、償うべき相手だ。
そして自分のせいで未完成に終わったこの機体を完璧に仕上げた時、これを設計した彼と肩を並べる事が出来るかもしれない。
それがアーシェライトがすべき事であり、アーシェライト自身が望む事でもあった。
「……僕は…もう一度、君に…触れても……いいのかな?」
見上げるアーシェライトの眼鏡の奥にある瞳からはいつの間にか涙が溢れていた。
神に救済を求めるかのように両膝を床に着け、崇めるように白銀の巨人に両手を差し出す。
「ああ。当然、良いに決まってるだろう。お前のやりたい事を思うままやれ。ただ後悔だけはするな」
突然の第三者の声。
それはアーシェライトの背後、イムリアスの更に背後から掛けられ、そしてそれが誰の声なのかは見なくても分かっていた。
「…ありがとう……そして…ごめん…なさい…………」
アーシェライトはそれだけを口にすると床に崩れ落ち、誰はばかる事無く泣き出した。
暫くの間、機兵倉庫の中は泣き声だけが響き渡った。
* * * * * * * * * *
今にも雨が降り出しそうな曇天に包まれた空を見上げながら、ショウマは溜息を吐こうとして、思い留まる。
最近、溜息を吐く回数が増えてきているような気がするが、いつだったか溜息を吐く毎に幸せが逃げていくという話を聞いたような気がしたので、気が付いた時にはなるべく溜息を吐かないように気を付けているのだ。
溜息を吐きたくなった原因は空模様だけではなく、彼が手にしている手紙にあった。いやそれは手紙というよりも果たし状と言った方が正しい。
律儀にそう書かれてある訳ではないが、中身を見ればそれは明白だ。
内容は「放課後に学舎裏にある大木に来て欲しい」という簡素な内容で、名前すら入っていないので誰が出したかは不明。
これだけならラブレターと思うかもしれないが、学舎裏の大木には、その下で告白したらなんちゃらとかいう伝説があったりする訳では無く、普段は誰も近寄らない場所である。
その上、書かれてある文字が筆と墨汁で、しかも達筆でデカデカと漢らしく書かれてあるのだ。
もしこれが本当にラブレターだとしたら、最初の段階で失敗している気がするのはショウマだけの感想では無いだろう。
なので、ショウマはこれを果たし状だと断定した。
相手は恐らくいつもシアニーの側に居る彼を気に入らないと思っている人物。
シアニーの付き人という噂が定着しつつあるが、それでも王族で美少女である彼女と一緒に居れば、ショウマの預かり知らない所で彼に対して僻みややっかみを覚える人間は出てくるだろう。
差出人不明の相手からの一方的な押し付けにショウマが付き合う義理は無い。
だが無視をしたせいで状況を悪化させ、ザンスの時のような凶行に走られても困るので、こうしてわざわざ出向いているのだ。
空の遥か向こうで稲光が走り、ゴロゴロゴロという音が聞こえてくる。
夏前の微妙に生温くて気持ちの悪い風が徐々に強まり、顔を撫でて行く。
本格的に雨が降るかもしれないと思っている頃、目的の場所である大木に到着した。
そに下には予想通りに学園の生徒が腕を組んで仁王立ちしていた。
ショウマが来た方とは逆を向いて、背を向けている為、どんな顔をしているかは分からないが、肩幅も広く大柄でスキンヘッド。
一瞬、タコボウズとか海入道いう言葉が浮かんだが、どう見てもちゃんとした人間だ。それも肉体派系の男子生徒だ。
「俺を呼び出したのはあんたか」
ショウマは僅かに腰を落とし、何が来ても咄嗟に動けるようにしながら、スキンヘッドの男に声を掛ける。
周囲は背の高い草が生い茂っているので、そこに伏兵がいないかも警戒しておく。
「おお、よく来てくれたな」
スキンヘッドが振り返る。
強面という予想に反して、スキンヘッドの目尻は垂れ下がり、口元は笑みの形に釣り上がっている。温和とか柔和という言葉が似合いそうな雰囲気を醸し出していた。
「俺は魔動技師本科2年のイムリアス=キングスロウだ。わざわざこんな所に呼び出して済まなかったな」
「まどろっこしい挨拶はいらないですよ、先輩。こっちも色々とやる事があって忙しいんでね。用件だけ聞かせて欲しい。内容次第ではすぐに話が済むかもしれないし」
「ん?ああ、そういえば内容まで書くスペースが無かったからな。用件っていうのはこれからある奴に会いに行くんだが、一緒に付いて来て欲しいんだ。その人物は今、お前が必死になって探している人物なんだが……どうだろうか?」
「へっ?」
ショウマは一瞬、間の抜けた顔をしたのだろう。
その表情を見たイムリアスも怪訝そうな表情を浮かべる。
「ん?何か変な事を言ったか?」
「え、あ、いや、その、あれって果たし状…じゃねぇの?」
「は?何故、そう思ったんだ!?俺は用があるから呼び出しただけだぞ?!いきなり声を掛けるのもなんだと思って手紙にしたんだぞ」
「いやいや!これはどう見たって果たし状にしか見えないでしょ!しかも呼び出した先がこんな人気の無い場所なら普通はそう思うっての!!」
「俺はこういう字しか書けねぇんだ!それにまだ学園に入って間もないお前が迷わねぇように、分かりやすい目印としてこの大木を選んだんだぞ!何が悪いってんだ!」
どうやら全て素のようだ。
イムリアスとしては気を利かせたつもりなのだろうが、きっとこういう事が苦手なのだろう。
愛の告白をする時も今回と全くと言っていい程、同じ事をするのが目に浮かぶようだ。
ショウマは脱力したように肩の力を抜き、警戒を解く。
「ああ、いや、まぁ、こっちも勘違いした事は謝ります。で、本題の方だけど、俺が探してる人物って事は……」
「そうだ。俺はこれからアーシェライト=ケレイルと会う事になっている。そしてそこで話す内容は、きっと異世界人であるお前にも関係する事だ」
「な!?あんたはっ!?」
解いた緊張を再び張り直し、腰を落して警戒を強める。
「そう警戒すんなって。詳しい事情は後で説明するが、アイリ婆さん…じゃなくてアイリッシュ理事長やシルフィリットの知り合いって言えば、想像がつくだろ?」
「それじゃあ、あんたも救世の騎士に関係する者って事か?」
「まぁ、そんな所だ。今後、俺が協力するかどうかはこれからのお前の行動次第だがな」
イムリアスがニカっと白い歯を光らせて笑みを浮かべる。
この僅かな遣り取りの間だが、イムリアスが嘘をつけるような人間では無いというのは分かった。
だからこれからアーシェライトと会うというのも本当だろう。
ショウマとしては探していた人物に会えるのだから、願ったり叶ったりである。
「だけど何が狙いだ?確かにありがたい申し出だけど、あんたが仲介して何の得があるんだ?」
「結論を言うと前期評価の為だ」
「へ?」
思わぬ内容に再び間の抜けた顔をするショウマ。
「前期の評価と引き換えにエルアさんからお前の機体を直して欲しいって依頼を受けたんだ。だがその目的を達成するにはアーシェライトの奴の力が必要不可欠。理由はそれだけだ」
裏を読もうとしていた事がバカに見えるような他愛も無い、だが、実直で単純明快な答えに、ショウマは知らず知らず苦笑を漏らしてしまう。
「あははは…分かったよ。一緒に行かせて貰うよ」
「ありがとう。それじゃ早速向かおうか。あ、そうだ。あいつとは先に俺だけで喋らせて欲しい。お前は暫くは隠れていてくれないか?」
確かに追い回して嗅ぎ回っている人物が一緒では警戒して大事な話もしないだろう。もしかしたらまた逃げ出す可能性もある。
「ああ。了解した」
ショウマが了承した所で、2人は機兵倉庫へと向かった。
そしてそこでアーシェライトの前世の罪の吐露を聞く事となるのだった。




