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異世界の機兵騎士  作者: 龍神雷
第2章 魔動学園蒼空編
23/106

第22話 初デートは平穏無事には終わらない

 アーシェライト探索開始から丸1日。

 銀髪の瓶底眼鏡という特徴、自習でもないのに授業を抜け出していた生徒、という事柄から、その人物が誰かすぐに判明した。

 というか技師科では割と有名だったようで、ちょっと聞き込みをするだけで、すぐにその名を知る事が出来た。


「魔動技師本科1年生、アーシェライト=ケレイル。15歳。魔動技師としての知識・技術は学内でも他に類を見ない程で、即魔動工房主になるだけの実力を持っている。予科生時代は授業には殆ど顔を出さず、本科生の授業に紛れ込んでいた問題児として、キヨートゥ先生を始め、教師内でも結構有名なようね。けど成績はダントツでトップ。その実力と他の予科生に配慮して、2年で飛び級で本科に進級。ふ~ん、典型的な天才肌って奴ねぇ」


 シアニーはこの1日で聞いた回った知り得た内容を思い返し、ありきたりな感想を口にする。

 だが一言に“天才”と評したが、アーシェライトはその中でも群を抜いているのは明らかだ。飛び級で本科進級したのは、学園史上、シルフィリットに続いて2人目。機兵技師科では初めての事だ。もしこれで優等生だったなら、シルフィリット同様に学生で称号持ちという栄誉を賜ったかもしれないだろう。


「でも探し出すのは中々大変そうね。あちこちで目撃されてるから、それなりに有名ではあるみたいけど、予科生の時の同級生は同じ授業で殆ど見掛けた事は無いって言うし、上級生の授業に紛れ込むのも、毎週常に同じ授業に顔を出してる訳じゃないみたいだし。その上、飛び級だから今年の同級生とは碌に知り合いも居ないし」

「この間みたいに、機兵倉庫にも顔を出してるようだしな。人付き合いも苦手みたいで殆ど単独行動で動いているらしい。まぁ、周りから天才なんて言われて、しかも飛び級じゃ友達も出来ないわなぁ。まぁ、そうじゃなくても友達が出来ない奴がいるようだけど……」

「ななな何よ!べべべ別に私は上辺だけの友達なんて欲しくなかったから作らなかっただけなんだから!たくさんの友達より信頼出来る親友が1人居るだけで……その…いいんだもん……」

「別に誰の事とは言ってないんだけど…まぁ、いいや。そういえば放課後になるとすぐに帰ってしまうのか、パッタリと学園から姿を消すらしいぞ。何処に行ってるか分からない以上、見つけ出すのは難しそうだな、これは」


 姿はよく見掛けるのにその消息が掴めない。まるで幽霊か何かじゃないかと思ってしまうくらいだ。

 更に言えば、先日ショウマが追い回したせいもあり、向こうはかなり警戒している事だろう。

 アーシェライトもそれなりに有名人ではあるが、ショウマとシアニーも学内ではかなり顔を知られている。

 見惚れる程の美少女で剣の腕も立ち、王族であるシアニーは当然として、本科特例編入生であり、様々な噂や憶測が飛び交い、その上、いつもシアニーと共に行動している黒髪黒目とあれば、ショウマの方も有名になるのは必然だった。

 そのおかげか聞き込みをするのは非常に楽だったが、逆に2人が何かしら行動するだけで悪目立ちする為、相手としては逃げやすいという事でもあった。

 アーシェライトと同じ授業を受けた人物に協力を請う事も考えたが、この学園に来て間もないショウマと、その性格と身分上、交友関係の狭いシアニーでは、そんなに都合の良い親しい人物に心当たりは無い。というか、そもそも技師科に知り合いなど居ない。

 有名だからといって友人が多いとは限らないのだ。


「それじゃあ、どうやって探し出して捕まえるつもりなの?」

「え~っと…気合と努力と根性と……運?」

「うわぁ~、つまり何も考えてないって事ね……」

「じゃあ、そう言うシアは何か良い案でもあるってのか?」

「え~っと…その……うん……あ、あははははは…………」


 笑って誤魔化すシアニー。

 そうそう良案が出てくる訳も無い。

 2人は捜査の専門家などでは無く、ただの騎士候補生の学生に過ぎないのだから。


「まぁ、とりあえず今日から本格的に探すとしますか……当ては無いけど……」


 こうして何の策も思い浮かばず、当てすら無いまま、アーシェライト捜索作戦は開始される。

 だが向こうも警戒して逃げ回っているので、当然そんな簡単には見つかる筈も無く、その週は無為に過ぎて行くのだった。



 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *



 吸い込まれそうな青い空とくっきりと浮かぶ白い雲。そして眩しい程に照り付ける日差し。

 まだ春も半ばだというのにシンロードの街はまるで初夏のような陽気に包まれていた。

 時折、心地良い海風が頬を撫で、海鳥の鳴き声が耳を通り過ぎていく。

 そんな穏やかな空気の中、1ヶ所だけ、周囲を射殺さんばかりに殺気を放ち、子供が泣いて逃げ出す程に張り詰めた空気を纏った場所がある。

 シンロードの名所の1つである中央噴水公園の噴水前。

 普段ならカップルの待ち合わせ場所として利用されるいくつもあるベンチには1人の金髪少女以外誰1人居ない。まるでその場所にだけ結界でも張られているかのように、誰も噴水前に立ち入ろうとしない、いや出来ないのだ。

 薄紅色のブラウスに若草色のキュロットスカートというどこにでも居そうな普通の服装だが、両耳の後ろで纏めた変則的なツインテールはまるで小麦の穂のように透き通るように輝き、その顔は誰をも魅了してしまう程、凛々しくも可愛らしく、どこか気品さえ漂わせる。

 ただし眉間にしわを寄せて、周囲に睨みを効かせるような険しい表情をしていなければの話だ。

 今の彼女は近付こうとする者に鋭い視線と殺気を放ち、まるで鬼か悪魔か悪夢獣かと思わせるオーラを放っていた。

 ピクリと少女が背後に何かを感じ、更に表情を険しくする。


「おいおい、なんでお前はそんな臨戦態勢で構えて……って、ちょいまて!!」


 声が聞こえるより僅かに早く、少女は背後に振り返り様、小さな呼気を発し裏拳を飛ばす。

 直後、声の主である黒髪の少年は驚きつつも鼻先僅かの所でやり過ごしつつ少女の額から鼻っ柱に掛けてチョップを振り下ろす。

 しかし少女はそれを見切っていたかのように手で横に払い、逆に襲撃者の少年の顎を目掛けて掌底を繰り出した。

 少年は上半身を仰け反らせて掌底を紙一重で見切ると、伸ばした手の先に偶然あった少女の鼻をピンと指で弾く。


「はうっ!うぅ~、ちょっと~!痛いじゃない!!何すんのよ!!」

「それはこっちの台詞だ!!普通、いきなり殴り掛かるか!?」

「気配消して近付いて来る方が悪いんでしょうがっ!!」

「アホか!あんな殺気を振り撒いてる中、気配でも消して細心の注意を払わんと近寄れんわ!!ただ声を掛けただけで、なんで命懸けで避けなきゃならねぇんだよ!!」

「だって~、先週みたいな事になったら困るじゃない」


 金髪の少女――シアニーが赤くなった鼻を押さえて蹲ったおかげで、周囲の空気は柔らかさを取り戻しつつあった。


「だってじゃねぇよ!あんな事が毎週起こってたまるかっての!!」


 黒髪の少年――ショウマは大きく溜息を吐きながら、もう一度、その頭に軽くコツンと拳を振り下ろす。

 1週間前に油断して誘拐された事を悔いて、今日は極端な程に警戒していたようだ。

 気配を消すのが上手いショウマでさえ、あそこまで近付くのにかなりの精神力を削ったのだ。

 正直、今の攻防で疲れ果ててしまっているが、こんな不毛な遣り取りだけをして帰るという訳にはいかなかった。

 休日である今日。

 2人がここで待ち合わせをしていたのは、先週叶わなかった街の案内をして貰う為だ。

 生活必需品は学園内に設置された購買で最低限だが買えるし、食品も海に近い街道にある露店などを巡ればなんとかなる。

 だが、それ以外、例えば衣服、砥石や手入れ油といった道具、嗜好品や趣向品などは露店ではあまり売られていないものが多いので、そういう店を教えて貰う必要があったのだ。

 またシンロードのように大きな街になると、この中央噴水公園のような名所となる場所も数多くある。

 この世界に来てからドの付く程の田舎で修業に明け暮れていたので、見聞を広める為にもそういった場所を訪れたいと常々思ってはいたのだ。

 平日の授業後でも良さそうな内容ではあったのだが、案内するシアニーが「休日の方がゆっくり見て回れるから」と意見を固持し、更には罰掃除とアーシェライトの捜索に時間を費やした事もあって、こうして休日に案内して貰う事となったのだ。

 それに今日は気分を切り替える為という理由もある。

 昨日までアーシェライトを探したり待ち伏せしたりと試行錯誤を繰り返すも捕まえる所かその姿さえ見つけられず、苛々が募っていた。

 気分をリフレッシュする事で新たな策が思い浮かぶかもしれないし、街中で偶然遭遇するという事も無いとは言い切れない。


「とりあえずその無駄に殺気を放って警戒するのは止めろって。そんなんで街中歩かれたら他の人に迷惑だ。というか気の弱い奴だとショック死しかねないからな」

「う、うっさいわね!ま、まぁ、ショウマも来た事だし、ずっと気を張ってるのも疲れるしね……」

「そうそう。それに俺が一緒なら、もしもの時はすぐに守ってやれるからな」

「へっ?……あ、う、うん。そそそそうだよね…………」


 ショウマの何気ない一言にシアニーは頬を紅潮させて激しく動揺する。

 鼻を手で押さえていた為、頬は隠せているはずだが、自分ではどこまで赤くなっているのかは見えない。もし顔全体が紅潮していたら隠せているかどうか怪しい。

 慌てて両手で鼻だけじゃなく顔全体を覆って隠しながら、チラリと指の間からショウマに視線を送る。

 今日の彼はとてもラフな格好だった。

 上は髪の毛と同じくらい黒色の七分丈の薄手のシャツに短めのジーンズのベストを羽織り、下は革製のストレートパンツという出で立ち。腰にある太めの剣帯に、鞘に収まったブレイドソーが無ければ、一目では騎士には見えないだろう。

 かく言うシアニー自身も見た目だけなら貴族令嬢で騎士には見えない。

 剣は提げていないので尚更にそう見えるのだが、ショルダーバックにはちゃんと小剣を忍ばせてあったりするのは騎士としての嗜みである。


「そそそそれで、きょ今日は何処を案内すれば良いの?」


 動揺から立ち直る為、シアニーは自ら口を開き、今日の予定を尋ねる。


「とりあえず、まずは雑貨屋とか武具屋かな。後はお任せで観光名所を。名所じゃなくてもシアのお勧めの場所とかがあれば、そこでも良いし」

「う、うん、わわ分かった。そそそれじゃ、その…サクサクと行きましょう!サクサクと!!」


 シアニーは怒りとは異なる感情で赤くなった顔を見られないように、先に歩き出す。

 いつものように他愛ない理由で顔を赤くして怒っているなと思っているショウマは、やれやれといった風に苦笑しつつ、彼女の後を追い掛けるのだった。



 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *



 武具屋では騎士らしく剣の手入れ用の油や砥石の違いについて互いに意見を言い合って結局口論になったり、雑貨屋ではマスコット人形や髪留めリボンを楽しそうに眺めるシアニーに女の子らしさを感じてちょっとドギマギしたり、夕方に案内された彼女のお気に入りスポットであるという高台から見下ろしたシンロードの街並みが夕日に映えて絶景で感動したりと、街案内という名目のデートは、然したるハプニングが起こる事無く、瞬く間に過ぎていった。


「それじゃあ、お腹も減ってきたし、最後に私一押しのお店を紹介してあげるね」


 日が暮れて街に“ライト”の輝きが灯り始めた頃、シアニーは1つの食事処“箱庭の葡萄亭”に案内する。

 一見すると何処にでもある普通の大衆酒場で、店内に入ってもその印象が大きく変わる事は無かった。

 日が暮れてまだ早い時間であるにも関わらず、客に入りは上々で、雑然と並べられたテーブルには仕事帰りらしき男達が早くも陽気に酒を飲んでいたり、デート中らしき男女が談笑しながら食事を楽しんでいる。

 店の奥にはバーカウンターがあり、朗らかな表情の老紳士がグラスを磨いているのが見える。

 店内には美味しそうな肉の焼ける匂いと共に、ほのかに甘酸っぱい香りが、バーカウンターの更に奥にある巨大な樽から漂ってくる。恐らく樽の中身は店の名前にもなっている葡萄エキスなのだろう。

 賑わいがありながらも、どこか落ち着いた雰囲気のある店内は、どこか品の良さが漂っているようにも感じる。


「…ど、どうかな……?」

「一押しの店なんて言うから、小洒落て格式張った高そうな店を想像してたんだが、なんというか……王族の割に意外と庶民的だな……」

「い、いいでしょ!私はこういうお店の方が好きなのよ!それにお洒落なお店は正装じゃなきゃ入れなかったり、値段ばかり高くて美味しくなかったりするから嫌いなのよ!!何か文句ある!?」

「いや。こういう雰囲気は嫌いじゃない。俺も格式張った店なんか苦手…つーかそんなとこ、行った事なんて一度も無ぇし」


 ショウマとしても変に小洒落た店よりもこういう方が落ち着くというものだ。

 周囲の喧騒も心地良いBGMになる。

 ただ今日はその喧騒はざわめきとなり、周囲から痛い程視線が集まってきているのを感じる。

 それもそうだろう。

 ショウマの隣に居るのは曲がりなりにも王族であり、彼女が王族であると知らなくても、周囲の視線を釘付けにする程の綺麗な金髪と美貌の持ち主だ。

 それだけで十分に注目の的なのに、その彼女の隣には、黒髪黒目の、これまた悪目立ちする容姿の男が居るのだ。

 好奇と羨望と嫉妬と、それ以外の諸々の負の感情も色々と混じった視線が注がれるのは、当然の事だ。

 学内では付き人という噂のおかげで、そういう視線は減ってきてはいるが、学外にまでは流石にその噂は広まっていないのだから、仕方が無い。


「いらっしゃいま……あっ……」


 裾にフリルがたくさん付き、腰の後ろには蝶のように広がる大きなリボンのある青を基調としたメイド服を着た、長めに垂らした銀色の前髪で目元が覆われ、若干あるそばかすが可愛らしい印象を与える小柄な店員らしき少女が、2人に声を掛けようとした所で固まる。


「2人なんだけど、席空い…」


 ショウマが尋ね終えるより早く、まるで逃げるようにその店員の少女は立ち去って行ってしまう。


「…てるかな?って、おい!なんで逃げる!?職務放棄かよ?!」


 いきなりの対応に面食らう2人に周囲から失笑が聞こえる。


「おう、そこの兄ちゃん達。あんたらこの店初めてだろ?」


 入り口脇に居た常連客らしき赤ら顔の男がジョッキ片手にニカッと笑いながら声を掛ける。


「ちちち違います!わわわ私は…そそその……何度も…き来てます…けど…………」

「がっはっはっ、見栄っ張りな美人ちゃんだが、嘘は良くねぇ。この店によく来る奴だったら、あの子の事を知らねぇわけがねぇんだよ。大方、店の評判を聞きつけて来たんだろ?」


 赤ら顔に図星を突かれたシアニーは赤面して小さくなって黙り込んでしまう。

 彼女は普段は学食以外では外食などしないので、食事が出来るような場所には疎かった。

 だから今日の為に使用人から評判の良い場所を聞いていたのだ。

 少しでもショウマとの初デートを楽しいものにしようとした結果なのだが、どうもこの店に限っては裏目に出てしまったようだ。


「それはそうと、あの子が逃げる理由を知ってるんですか?」


 見栄を張っていた事がバレて「あうあう」と言いながら固まってしまっているシアニーを尻目に、ショウマは赤ら顔の男のテーブルに、ジョッキ1杯分の葡萄酒の値段になるであろう銅貨数枚を置きながら尋ねる。


「へっへっへっ、黒い兄ちゃんは良く分かってるようだな。まぁ、そこに座れや」


 赤ら顔はショウマ達に相席を勧めてからグビリとジョッキの中身を呷る。

 先程の銀髪の少女とは別のブラウンのふんわりとした髪と雰囲気を持つ胸が大きい店員を呼んで、おかわりとショウマ達への料理を適当に頼んでから、ようやく話し始める。


「あの子はどうもお前さんみたいに救世主を真似て髪を黒く染めてる奴が苦手らしいんだ。何があったかは聞く訳にもいかねぇから流石に知らねぇが、多分、過去のトラウマって奴じゃねぇか?だから見てみろ。皆がそれを知ってるから、この店の中に髪を黒く染めてる奴なんざ、1人もいねぇだろ?」


 そう言われて周囲を見回してみれば、確かに黒い髪の客はいないし、先程の少女もこのテーブルの近くに近寄りはしないものの、しっかりと仕事をこなしているようだ。

 ここ最近、どうにも銀髪の人物には逃げられたり避けられたりばかりだなぁとショウマは自嘲気味に苦笑いを浮かべる。


「まっ、今日は初めてだから仕方無いとしても、次来る時は染めた色が抜けた頃に来るんだな!がっはっはっ!」


 そんな事を言われても、ショウマはこの黒い髪の方が地毛である。

 もし次にこの店に来たい場合は逆に髪色を染めて来なければいけないという事になるが、例え人が良さそうでも、会ったばかりの人間に話すような事柄では無い。

 そんな遣り取りをしている内に先程頼んだ料理が運ばれてくる。

 鶏と魚介類の唐揚とシーフードパエリヤが香ばしい香りを鼻に運んでくる。

 赤ら顔が勝手に頼んだものだが、常連客である彼が、この店で一番の料理と勧めたものだ。

 ショウマは一口サイズの鶏の唐揚を1つ摘まんで口に入れる。

 カリッという歯応えの後、じゅわりと口の中に肉汁が広がる。ハーブか何かで味付けしてあるのか、ほのかな爽やかさが油っぽさを抑えている。


「旨いっ!」


 料理評論家では無いので、詳しく解説したりなどしない。ただ単純にその美味しさを言葉に表す。それだけで赤ら顔の男には十分通じたようで、満足そうな笑顔を浮かべている。


「ほら。シアもいじけてないで食べてみろよ!」


 先程の失態から未だ立ちなっていない死んだ魚のような目になっているシアニーの前にイカゲソ揚げをチラつかせてみる。

 香ばしい匂いに誘われたのか、まるで餌に食いつく魚のようにシアニーがイカ揚げに食いつく。

 その姿に本当にこいつ王族か?と訝しんでついつい苦笑を浮かべてしまう。

 そんなショウマの思いなど露知らず、シアニーはモグモグと咀嚼する。そして飲み込んだ瞬間、その瞳に生気が戻る。


「ウソ!なにこれ!?本当にイカなの?!」


 シアニーの食べたイカ揚げは、噛んだ瞬間に程良い弾力を感じつつもサックリと噛み切れ、噛む毎に磯の香りとイカの風味が口の中に広がる。だが生臭さは微塵も感じない。

 先程までドン底まで落ち込んでいた事などすっかり忘れて、シアニーは別の揚げものを手に取る。

 肉厚なのに口に入れると解けるように味わいを広げるホタテ揚げに、中に程良く溶けたチーズの入ったふんわりとした食感のササミ揚げ、特製のタルタルソースが絶妙に魚臭さを消した白身魚フライ。と、どれを食べても「美味しい」としか言う事の出来ない代物だった。

 揚げものにも関わらず、さっぱりとしてしつこくない為、飽きることなくいくらでも食べ続ける事が出来そうだった。


「すげぇ、旨いだろ!この店の料理長はそこらの店よりも数段と腕が良いからな。その上、目利きの技術も高いから、良いものを安く仕入れて来るんだ。おかげで俺みたいな安月給でも美味いもんが食べられるって訳だ!」


 赤ら顔は自分が作った訳でもないのに自慢気なドヤ顔を浮かべている。

 ショウマとしても美味しいものを勧めてくれて感謝しているので、そんな顔を見ても苛つく事は無かった。

 隣を見やればシアニーが見た目上は上品だが、凄い早いペースで揚げものとパエリヤが口の中に消えていく。

 どうやら絶望的にまで落ち込んでいた気持ちはすっかり忘れて、元の彼女に戻りつつあるようだ。

 少し紆余曲折はあったが、どうやら今日は何のトラブルも起こる事無く過ぎて行きそうだ…………と思ったのも束の間。

 激しい怒号と小さな悲鳴が響き、和やかな店内の雰囲気を一変させるのだった。

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