第21話 ショウマとアーシェライト
この世界では珍しい自ら染めた訳ではない黒い髪と、その髪と同じくらい黒い瞳を持った少年――ショウマは、これからの自分の事を考えていた。
自分の驕りと弱さ、そして不甲斐無さのせいで破壊されてしまった愛機であるシルブレイド。その残骸とも言える操縦席に座り、ショウマはこれから自分が出来る事、為すべき事がこの世界のあるのかどうかを考える。
授業の最中は、彼の居る機兵倉庫には殆ど人が来ない為、周囲は静かでゆっくり考えるのには丁度良い。
授業をサボるような者がいれば話は別だろうが、この学園には自ら望んで学びに来た者ばかりであり、そんな人間は普通はいないだろう。
ちなみにショウマが本来授業中であるはずの今この時間に、ここに居るのはサボりという訳では無い。
今の時間帯は本来はザンスの歴史学の授業だったのだが、先の事件でザンスは当然のように解雇。その後を引き継ぐ講師がまだ見つかっていない為、自習時間となっているのだ。
そこで彼は自らの今後を考える場所として、自分の不甲斐無さと弱さを改めて見せつけるシルブレイドの操縦席を選んだのだ。
「魔動力が使えなくて魔動具も魔動機兵も扱えない俺がここで出来る事……一体何があるってんだ?」
溜息と共に独り呟く。
処罰が下された査問会の後、退出間際にアイリッシュが笑顔で「絶望せず諦めなければ希望はあります」と声を掛けてくれた。
ショウマの事情を知っているであろう学園長のイーグレットも柔らかな笑みを向けてくれた。
魔動力を持っていない以上、魔動機兵を動かす事が出来ず、機兵騎士にはなれない。
自分の居た世界での母国語だったようで魔動王国語を読む事が出来て理解する事が出来るが、ただそれだけで技術も何も無いので魔動技師になる事も出来ない。
にもかかわらず、ショウマの事情を知る2人は「諦めなければ道は拓ける」とショウマに訴え掛けている。
その答えを教えてくれないのは、ここが教育機関だからなのか、それともショウマ自身が気が付かなければ意味が無い答えなのか。
どちらにしてもショウマはその答えを自分自身で考え、見つけ出さなければいけないのは変わらない。
「…異なる国……漆黒の髪と瞳……太古の知識……力無き力……無限なる黄金………白銀にして黄金の騎士………」
思い出したように、救世の騎士の御伽噺に出てくる単語を羅列する。
御伽噺に出てくる救世の騎士は実在の人物、それもシルフィリットの話を聞いて確信出来たが、シルフィリットの曾祖父で、更にはアイリッシュの昔の知人がモチーフになっているのだろう。
そしてその人物はショウマと同じような異世界人だと確信していた。
こことは異なる世界から来て、黒髪と黒目を持ち、遥か昔に滅びた魔動王国の言葉を理解し、魔動力を持たない。
無限なる黄金と黄金の騎士に関しては心当たりは無かったが、魔動革命後に復元された戦闘用魔動機兵の内、1機が白く輝く機体だと教科書にも記されていた事から、何か関係があるのだろう。
それらから導き出した答えだった。
そして救世の騎士と類似する部分が多い自分と、目の前に存在する白銀の騎士。
これらの事柄からアイリッシュもイーグレットも、ショウマの事を救世の騎士の再来か何かだと期待しているのかもしれない。だから希望を捨てるなと言っているのかもしれない。
だが、どんなに類似する部分が多く、救世の騎士のようになりたいと願っていても、ショウマと救世の騎士は全くの別人であり、期待されるような強さも能力も持ち合わせていない。
魔動力が無い分、魔動器が使えない為、同程度の騎士よりも劣っていると言えるだろう。
現に、シアニーやシルフィリットの強さを体験した身としては自分がどれだけ弱かったかを実感した。
そんな自分がこの学園に居続けて、一体何が出来るというのだろうか?
御伽噺にある”無限なる黄金”なるものが手に入れば、あるいはこの悩みは解決するのかもしれないが、ヒントすら無い現状では、それが何を意味し、何を示しているのか分からない。
つまりどんなに考えても、簡単に答えは出て来てくれないのだ。
ふと視線を上げると明かり取りの窓の向こうに時計塔が見える。時刻は既に授業時間の半分以上も過ぎていた。どうやら結構長い事、考えに耽っていたらしい。
「はぁ~、答えは出ねぇし、かといってゆっくりとしてる時間もねぇしなぁ……」
ショウマは大きく一息吐く。
約3ヶ月の座学授業を終えた後は実践的な訓練授業に入る。当然、魔動機兵を操縦しての訓練もある。
更にその3ヶ月後には実践訓練授業の評価を元にチームへ参加する事となる。成績上位であれば、数多くのチームからスカウトされるだろうが、評価が低ければ何処からも誘いが無く、当然、参加出来るチームは下位チームという事になる。
最強を、そしてトップを目指す騎士としては、上位のチームに入る事は必須と言えるだろう。
その為には実践訓練授業で優秀な成績を取り、実力をアピールする必要があるのだが、魔動力も無く、魔動機兵も使えないとなると機兵訓練を受ける事が出来ず、成績はおろか実力をアピールする事さえ出来ない。
実践訓練授業が開始されるまで2ヶ月を切っている現状、シルブレイドを修理する術も他の魔動機兵を動かす術も無い今のままでは、かなり厳しく余裕も無いのが実情だ。
「ああ、もう!どうすりゃいんだよ!!」
お手上げ状態とばかりにショウマは考えるのを放棄してシートに背中を預ける。
そんな折、ふと無人のはずの機兵倉庫から声が聞こえてくる。
少年とも少女とも言えないハスキーな声。それは徐々にショウマが居るシルブレイドに近付いてくる。
「…これは……試作型ヘビーギア……“PHG-B09”……」
自分と同じく自習中に教室を抜け出してきた誰かだろうと決め込んで、気にも留めていなかったショウマだったが、声の主のその言葉に敏感に反応する。
慌てて操縦席から身を乗り出し、足元に居るであろう人物に声を掛ける。
「おい、お前!今、なんて言った!?」
ショウマの声に驚いたのだろう。銀色の髪の人物は、かすかな悲鳴と共に全身をビクリとさせて、キョロキョロと辺りを見回しはじめる。
何処から声を掛けられたか分かっていないようだったので、ショウマは改めて声を出して、自分の居場所を教える。
「上だよ上。お前、今、ヘビーギアって言ったよな?」
中性的な顔立ちだが、その半分程を瓶底眼鏡が覆う銀髪の人物は、ショウマと同じくシンロード魔動学園の男子制服を身に纏っていた。
ショウマの姿を見上げた少年は驚いたような、はにかんだような、しかし苦しんでいるような、複雑で微妙な表情を浮かべている。
「おい、聞いてんのか?!」
まるで声が届いていない様子だったので、再度、声を掛ける。
銀髪の少年が身動ぎし、何か反応があると思った刹那、少年はくるりと反転すると脇目も振らず逃走を図った。
声を掛けて目が合っただけで逃げ出されるとは思わなかったショウマは一瞬、呆然としてしまう。だが、すぐに気を取り直して、操縦席から飛び降りる。
「あ、こら!待ちやがれっ!!」
大分離され、少年の姿は機兵倉庫から出ていく所だが、身体能力には自信がある。
どういう理由で逃げたかは分からないが、逃がす訳にはいかない。
異世界の人間しか知らないはずの“ヘビーギア”という言葉を発した人物だ。しかも正式な型番号まで知っていたのだ。この事はアイリッシュにさえ言っていない事だ。
それを知っているという事はショウマの過去に何らかの関わりを持つ者か、あるいは自分と同じ世界から来た人物に違いないはずだ。それも形式番号を知っている程、シルブレイドと深い関わりがあるのも間違いない。
あの銀髪の少年と話をする事が出来れば、自分1人では見つける事が出来なかった答えに辿り着けるかもしれないのだ。現状を打開出来るかもしれないのだ。
ショウマの諦めかけていた心に希望の火が灯り、活力の漲った瞳で少年を追い掛け始めた。
アーシェライトは必死に逃げていた。
息は上がり、足は縺れかけるが、それでも尚、必死に逃げる。
自分も彼もお互いに記憶の中の人物とは別人だ。出会った所で非難される事も罵倒される事も無いだろう。
だがそれが恐ろしかった。
それが苦しかった。
それが辛かった。
いっそのこと思いっきり責められた方が、どんなに心が楽になる事か。
自分の中にある記憶なのに、自分自身の記憶では無い。自分の責任では無いのに、不安と悔恨で胸が押し潰されそうになる。
だから逃げ出した。
全力で逃げた。
しかし背後から迫る気配はどんどんと近付いてくる。
自分は機兵技師で、相手は機兵騎士だ。
運動能力の差は歴然で、このままではすぐに追い付かれるだろう。
アーシェライトは息苦しい胸を押さえながら、学舎の角を曲がる。その先は増築を繰り返した為に建物が複雑に乱立する場所だ。
記憶が正しければ、彼はこの春に特例で騎士科に中途編入してきた生徒だ。様々な噂や憶測が飛び交っている人物だったので、なんとなく覚えていた。
彼は学園に来て2週間程しか経っていないはずなので、敷地内の地理にもまだ詳しくないはずである。
2年以上この学園に通っている自分ならば、増築エリアでも迷う事は無いし、入り組んでいる為、身を隠す場所もたくさんある。
つまりそこまで行けば、逃げ切れる可能性があるという事だ。
「こら~!いい加減、観念しろ!!」
背後から聞こえる声を無視しつつ、もっと早くと心の中で叫ぶが、足は言う事を聞いてはくれない。
だが、それでも前に進んではくれている。
鉛のように重い足を引き摺りながら必死に前へ前へと進む。
「俺の体力を舐めんなよ~!!」
すぐ後ろから声が聞こえ、慌てて学舎と学舎の間の狭い路地に身体を滑り込ませる。
全身が悲鳴を上げるが、まだ足を止める訳にはいかない。
なんとか増設エリアに入ったが、まだ安心出来る距離では無い。更に狭い路地を右に左にと曲がり、まるで迷路のような路地を駆け抜ける。
そして……
* * * * * * * * * *
「…で、結局、逃げられたって訳?」
「迷ったんだよ!っていうか元の場所に戻るのさえ一苦労だったぞ!なんなんだよ、あそこは!!」
放課後のいつものカフェテラス。
普段ならシアニーと剣の稽古をする時間だが、先程まで銀髪の少年を追い掛け、その上、迷路のように入り組んだ増設エリアで迷いまくったせいで小腹が空いたので、2人は腹拵えの為に寄っていた。
そして珍しい事に今日に限ってはショウマの方がシアニーに愚痴っていた。
シアニーは優雅に紅茶を飲みながら、何故か嬉しそうにショウマの愚痴に付き合っていた。
「まぁ、あそこは慣れてる人でも迷うらしくて、学園の魔境なんて言われてたりするからねぇ~……でもなんでそんなにその人を追い掛ける必要があったの?」
「え?えっと…それは……なんというか…………」
ショウマは歯切れ悪く言い淀む。
どう説明すれば良いか。
全てを打ち明けても良いが、アイリッシュやシルフィリットのように異世界人の存在を知っている者ならばすぐに理解してくれるだろうが、そうでない者にとってはこの世界とは違う世界があるなど、夢か幻かそれこそ空想や妄想と思われるのが関の山である。
彼女に言っても笑われて終わるのが目に見えていた。
「……やっぱり…ショウマの魔動機兵…シルブレイドがきっと関係しているん…だよね?」
詳しい事は知らないまでも、シアニーは何かを察していた。
シルブレイドの操縦席に乗り、その操縦方法が現行の魔動機兵とは全く異なる事を知っているから。
そしてシルフィリットの計らいで魔動学園まで運び込んで貰ったものの、修理もされずに機兵倉庫に放置されてあるのは、操縦方法が異なるせいで普通の魔動技師では修理出来ないのだろうと気付いているから。
「ああ、うん。まぁ、そうだな。シアも乗ったから知ってるだろうけど、シルブレイドの操縦方法ってかなり特殊なんだ。だから内部構造とかも普通の魔動機兵とはかなり違う」
「なんでショウマがそんなものを持ってるかってのは聞いても良い?」
「え~っと、その……うん、あれは発掘品なんだよ」
ショウマは咄嗟に思い付いた事を口にする。
この世界では時々、魔動王国時代の魔動具が遺物として発掘される事がある。その遺物の中には当然、魔動機兵も含まれている。
その殆どは壊れているが、それを解析し修復したものが、今、世の中に使われている魔動具の基礎となっている。
今現在使われている魔動具全体のおよそ9割が、遺物を修理したものか、遺物から解析された技術を応用していると言われている。
魔動王国の遺物には、未だ修復出来ずに解析途上の解明されていない技術で造られたものが多数存在する。
解明されていない技術が使われているものの中には稀にではあるが、破損していない遺物が含まれている事もあり、実際に使われているものもある。
なので、ショウマはその事を利用したのだ。
解明されていない技術という意味では、異世界の技術も魔動王国の技術も同じなので、そう説明した方が分かりやすいと判断した結果だ。
それに崖の中から見つかったのは事実でもあるので、発掘品というのもあながち嘘という訳では無い。
「まぁ、前にも言ったように俺には昔の記憶が殆ど無いから、どういう経緯で俺が乗る事になったのか、なんで操縦方法を知っているのかってのは俺自身にも分からないんだけどな」
これに関しては嘘偽りは無い。
何故、自分が異世界からこの世界に来たのか。
何故、シルブレイドと共にこの世界に来たのか。
何故、自分はシルブレイドを操縦出来るのか。
それらの謎の答えは失った記憶にあるのかもしれないが、思い出せない以上、誰も知らないだろうし、誰にも答える事は出来ないだろう。
「つまりその銀髪の子がショウマが失った記憶の鍵で、シルブレイドの事も知ってるかもしれないってこと?」
「確証は無いけど、なにかしら知ってる可能性はある。いきなり逃げ出したのも何かその辺に理由があるのかもしれないしな。って訳で、俺はあいつを探すから、自主訓練はシア独りでやってくれ」
「って訳で、じゃないわよ!そういう事なら私も協力する!結局、罰掃除も手伝えなかったし、何かしらお詫びしないと気が済まないのよ!さぁ、早速、探しに行くわよ!!」
ショウマの「手伝いは遠慮する」という言葉が喉を通るより早く、シアニーは勢い良く立ち上がり、急かすようにショウマを促す。
こういう状況になったのは自分のせいだと責任を感じていた彼女に愚痴を零した時点で、8割方こうなるのではないかとは思っていた。
いや、もしかすると無意識の内に彼女に助けて貰いたいという気持ちを持っていたのかもしれない。
「ほら、早く行くわよ!」
「へいへい。仰せのままにお姫様」
ショウマは渋々といった感じで、だが僅かにその表情に嬉しさを滲ませながら、シアニーの後を追うのであった。




