第20話 天才と呼ばれた者
僕の子供の頃の夢と言えば巨大人型ロボットのパイロットだった。
ロボットアニメが大好きで、変身ヒーローごっこをする友人を横目にパイロットごっこをよくしていた。
だが中学生になる頃には、まだ人間サイズの人型ロボットが赤ん坊がハイハイするのと同じくらいの速さでなんとか歩く程度にしか技術は進んでいなかった。
だから僕の夢はロボットに乗る事では無く、自分で造る事に変わった。
機械工学系の高校に進み、大学はロボット工学科のある大学へと進んだ。
そして大学在学中に僕は彼と出会った。
学園祭の日に特別講演者としてやってきた彼は、海外にあるロボット工学では最も有名な大学を首席で卒業したという、一言で言えば天才と呼ばれる存在だった。
講演後、教授が知り合いだったという伝手で僕は彼と会話をする事が出来た。
そこで彼もロボットアニメが好きだと知り、同じ趣味を持つ者として付き合いが始まった。
彼は科学者としても技術者としても一流で、その上、美人の奥さんまで居た。
中学生の頃からずっと勉強と研究漬けの毎日で知識と技術を高めて来たものの、そのせいで出会いも恋愛経験も無い僕にとって、同じロボット工学者でありながら、僕が努力で手に入れた以上のものを持っている彼は憧れであり、目標でもあった。
僕が大学を卒業すると、彼は僕の事を自分のプロジェクトに誘ってくれた。
彼のプロジェクトは巨大な人型ロボットを造り出すというもの。
僕は喜んでその誘いに乗った。
彼とならば、いや彼ならばその夢は実現可能だと思ったのだ。
そして自分もその夢の実現の一端に携われると思うと嬉しくて溜まらなかったのだ。
その数年後には、僕の思っていた通り、彼は“ヘビーギア”と呼ばれる巨大な人型二足歩行ロボットの試作品を完成させた。
それからの15年はあっという間だった。
ヘビーギアの実用稼働に始まり、量産に改良。新たな長時間バッテリーの開発と低公害の自家発電機との組み合わせ。
彼の考える物はこの世のものとは思えない発想ばかりだったが、確かな実績を残していく。
僕はますます彼に憧れ、敬意を払っていく。だが同時に人の領域を遥かに超えていく彼に畏怖と嫉妬も感じていく。
そんなある日、とある実験が行われる事となった。
コンクリートの壁で覆われた、まるで大きな体育館のような実験室の中で、白衣や作業着らしきものを着た多くの人間が1つの大きな人影の周囲で作業を行っている。
作業員がその足元にいるおかげで、大きな人影の異様な巨大さがはっきりと分かる。作業員が立ち上がって作業しているにもかかわらず、巨人の膝程にも届いていない。
巨人の全身を見やれば、まだ塗装の施されていない銀色の金属で覆われ、まるで西洋の騎士鎧を彷彿させる。
それが今回、起動実験を行う、今までの倍以上の出力の新型動力炉と運動効率の良い内部フレームを実装した試作型ヘビーギア“PHG-B09”だった。
これまでは動きも緩慢で重機の延長線上としか考えられていなかったヘビーギアだが、今回の実験が成功すれば動きはより滑らかになり、人の動きにかなり近付くだろう。
作業員の1人が僕の方へ手を振る。
どうやら準備作業が整ったようだ。
僕はそれに頷き返した後、この状況をモニタールームで確認しているであろう彼に向けてOKサインを出す。
『これより新型試作ヘビーギア“PHG-B09”の起動実験を始めます。研究員及び作業員は速やかに白線の外側まで下がってください』
室内に女性の声でアナウンスが流れる。
僕を含め実験室に居た全員が床に敷かれた白線の外側へと下がると同時に再度アナウンスが流れる。
『起動実験開始します』
低い唸りを上げてヘビーギアに電力が通されていく。
だが僕は知っていた。
この実験が起動すらせずに失敗に終わる事を知っていた。
なぜなら僕はちょっとした嫉妬心から、つい出来心で新型動力炉に細工をしてしまったからだ。エネルギー伝達系のプログラムをほんの少しだけ、わざと変更したのだ。
そして起動失敗後にその部分を指摘して、ちょっとした優越感に浸る。ただそれだけのつもりだった。
僕達は静かに起動実験を見守る。
本来ならプログラムは走らず、起動すらせずに実験は失敗に終わるはずだった。
だが何の偶然か、間違っているはずのプログラムは奇跡的に走り、動力炉は起動した。
『初起動成功しました。続いて出力安定実験を開始します』
驚く僕を他所に実験は続く。
しかし不具合はここから始まった。
『…出力値80%……90……95……100%………え?うそ!まだ上がり続けてる?!』
アナウンスをしていたオペレーターの女性が慌てたような声を上げ、騒然とした空気が周囲を覆う。
『出力値140%を越えてもまだ上がり続けています!緊急停止信号も強制遮断も受け付けません!このままでは……』
動力炉の出力と熱量は上がり続け、停止信号も受け付けなかった。
次の瞬間には目を焼き尽くす閃光が襲い掛かり、続いて鼓膜を破る程の爆音が轟く。
つまらない嫉妬心で大変な事態を引き起こしてしまった事を後悔した直後、僕の意識は途絶えた。
だが何が起こったのかは理解していた。
僕のせいで動力炉が暴走し、限界に達した動力炉が爆発を起こしてしまったのだ。
彼が、そして他の人がどうなったのかを知る術は無い。
なぜなら僕はその爆発に巻き込まれて一番最初に死んだのだから。
* * * * * * * * * *
アーシェライト=ケレイルは魔動技師だ。
正確に言えば、魔動技師候補生であり、付け加えれば天才魔動技師候補生だ。
アルザイル共和国の北方の山国で生まれたアーシェライトは、両親が魔動技師という事もあり、幼い頃から自宅に併設された魔動工房を飽きもせずに眺め、その技術と知識を覚えていった。
技師の仕事に興味を持った事に気を良くした両親が自身の持てる知識と技術を教え込んだ事もあり、5歳で魔動王国語を理解し、7歳の頃には既に“チャッカ”のような簡単な魔動具なら自作する事が出来るようになっていた。
そして11歳を迎える頃には、魔動王国語の知識と魔動機兵の技術は両親を追い越す程のレベルにまで達していたのだ。
それ故にアーシェライトはスカウトされてシンロード魔動学園技師科へと入学した。
だが予科生の授業で習う内容は既に既知のものばかりで新しい発見が無く、退屈な日々を送っていた。
その為、授業の殆どをボイコットし、本科生の受けている応用授業の方に紛れこんでいたりもしていたものだから、度々、教師頭のキヨートゥに呼び出されては、諫められていた。
全体的に短いが前髪だけ目元を覆う程の長さの銀色の髪に整った顔立ち。細身で小柄だが均整のとれた体格で、モテそうだが、猫背気味の背中に瓶底のような分厚い眼鏡が全てを台無しにしている。
元々、幼い頃から外で遊ぶより本を読む方が好きで、友達と遊ぶよりも両親の作業を見ている方が好きだったというのもあって、感情はあまり表に現れず、無口で人付き合いも苦手。物静かというより暗いというイメージの方が強い。
その上、天才で問題児とくれば、近寄って来る者は多くは無い。
更にもう1つ敬遠される理由がある為、アーシェライトが学内で孤立するのも必然と言えただろう。
そんなアーシェライトだが、今は形振り構わず力の限り逃げていた。
本当かどうかも疑わしい様々な噂が絶えない、とある学生の1人に追い回されているからだ。
原因は不用意に発した独り言だった。
だがそう言ってしまったのも仕方が無い。
アーシェライトにとってあれがこんな所にあるとは思わなかったのだから。そしてあんな所に人がいて、それを聞いていたなんて思うはずも無かったから。その呟きの意味を知っているとは思わなかったから。
そしてその人が彼にどことなく似ているなんて思わなかったから。
それは今からほんの5分程前の出来事だった。
春の陽気が差し込む昼下がりの午後。
この春に本科生となったアーシェライトだが、半年間は座学が中心であり、天才と謳われるアーシェライトにとっては退屈な授業が続いていた。
その為、いつものように座学の授業を抜け出したアーシェライトは魔動機兵がずらりと立ち並ぶ、学内にある機兵倉庫を訪れていた。
ここには学園が保有するものから、騎士候補生が所有して持ち込んだものまで、多種多様の魔動機兵が揃っている。
流石に自分のものではないので内部機構や操縦席の中を見たりする事は出来ないが、外観を覆う鎧甲とその隙間から見える部分を見ているだけでも、各地域や作製者の特色が伺える。
それを見て回るのが今の唯一の楽しみだった。
「あは、これってもしかしてキングス工房製かな♪おおっ、こっちはエイボルフ商社製♪」
アーシェライトは楽しそうに魔動機兵を眺め回す。
普段は無口だが、それは単純に喋るタイミングを逸しているだけ。
どうしても深く考え、それが頭の中で纏まってから喋り始めようとする為、どうしてもテンポが遅れてしまい、喋ろうとした時には既に別の話題になっていることもしばしば。
その上、人が喋っている所に割り込むという事が中々出来ず、どうしても聞き手に回り、気付けば次の話題に移っている為、自分から喋る機会を見失ってしまう。
人と接するのが苦手というのも重なって、いつしか無愛想で無口というイメージが広まってしまったのだ。
だがこうやって目をキラキラさせて魔動機兵を眺めている姿を見たら、そんなイメージは一瞬で吹き飛んでしまうだろう。
アーシェライトは週に1回はここに足を運んでいる。
この学園に在学している騎士候補生が持ち込む魔動機兵は200機以上にも及ぶ。
関節の構造1つを取っても地域や作製者によってその1つ1つに違いがあり、外から見て回るだけでも楽しいし、勉強になるのだ。
その上、本科生になると機兵騎士と魔動技師の数名ずつが学年の枠を越えてチームを組んで、魔動機兵を使用した実戦形式の演習を行う事となっている。
わざわざ複数人でチームを組むのは、魔動技師科の生徒数より機兵騎士科の生徒数の方が少ないという事もあるが、魔動機兵の整備等を行うには時間も労力も掛かる為、1人では到底無理だという事もある。
更に言えば、魔動機兵の調整や整備の仕方は、魔動機兵の特色や操縦者である騎士の扱い方によって異なる為、チームを組んで整備・調整する機体を固定していた方が何かとやりやすいのだ。
学年の枠が無いのも自分が気付かない点に気付かされたり、他者からの知識や技術を学ぶという意味合いがあり、技術の相互向上にも繋がっている。
その為、演習が行われた前後で調整や新たな装備・機構によって雰囲気がガラリと変わっていたりもするので、いつ来ても見飽きる事が無い。
また学内ではランキング戦まで存在し、騎士が勝利しランキングを上げていけば、それは技師による整備が完璧であるとして評価にも繋がる。
ランキング上位ともなれば、卒業後には爵位が与えられたり、希望する勤務地に行く事が出来たり、独立資金を援助したりと恩恵は計り知れない為、誰もが実力のあるチームに入りたがり、またどこのチームも優秀な人材を求めている。
アーシェライトがこの場所に通っているのは、自分が今年、チームに参加する際に、自身の能力を生かしてくれそうなチームが何処なのかを整備状況を見て下調べしているという意味合いもあった。
とは言っても心の中では入るチームは既に決めてある。
後数ヶ月の間にそこ以上のチームが現れなければ、心に決めているチームに入るだろう。そこが例えランキング下位のチームだったとしても。
ぶらぶらと周囲を見回していると、ある場所に視線が止まる。
「…あれ?この間、見に来た時にはこんなのは無かったはず……って…これって……まさか……」
機兵倉庫の隅。
近くに明かり取りの窓があるせいで日当たりが良いが、夏になると照りつける陽光で立っているだけで滝のような汗が流れ、冬になると隙間風で寒風が吹き荒ぶ生徒達からは大不評であり、他の場所に空きがあるならば、絶対にそこだけには置きたくないと誰もが口を揃えて言うその一画に、ボロボロに破壊された魔動機兵が1機あった。
汚れてくすんではいるが、元々は銀色だったであろう鎧甲が鈍い光を反射させる。
アーシェライトはまるで引き寄せられるようにその魔動機兵の前まで来て、その全身を見上げる。
何か鋭利なもので切られたような切傷が残るだけで膝から下が失われた右脚。潰れてひしゃげて捻じれた右脚。上から鎖で吊り下げていなければ、自立する事は適わないだろう。
視線を上半身に向ければ左肩は見事に潰れ、腕は完全に無くなっている。右腕はかろうじて繋がっているようだが、鎧甲は殆ど外れるかへこんでいるかで、力無く垂れ下がっている。
胸部の前部は完全に鎧甲が失われ、同じ高さから見る事が出来れば、操縦席内部が丸見えになっているだろう。
頭部も胸部と同じく前半分がまるで削り取られたかの様に破損している。
スクラップと称してもいいような銀色の魔動機兵。
その殆どに鎧甲は無い為、内部機構も見てとれる。
アーシェライトのような者が見れば、それが何処で誰に造られたのかも一目で看破してしまうだろう。
いやこの機体に限って言えば、アーシェライトにしか、これが何処で誰に造られたのかは分からないだろう。
なぜならそれは魔動技師とは異なる人物が造ったものだから。
なぜならそれは魔動技術とは異なる技術で造ったものだから。
なぜならそれはこの世界とは異なる世界で造ったものだから。
「…これは……試作型ヘビーギア……“PHG-B09”……」
アーシェライトの口から呟きが漏れる。
「おい、お前!今、なんて言った!?」
突然の自分以外の大声にアーシェライトは「ヒャッ」と驚きの声を上げる。
今は授業中であり、自分のようにサボってでも居ない限り、こんな所に人が居るはずが無かった。いや、この時間はここには誰も来ないと、これまでの経験則から知っていたからこそ、ゆっくりと存分に気兼ねなく見ている事が出来ていたのだ。
自分の貴重な時間を奪った声の主を探そうと辺りをキョロキョロと見回していると、声は頭上から聞こえて来た。
「上だよ上。お前、今、ヘビーギアって言ったよな?」
恐らく操縦席に居たのだろう。半壊した銀色の魔動機兵の胸の部分から誰かが顔を出す。
下から見上げるアーシェライトからは操縦席の内部は死角になっていたので気が付かなかったのだ。
闇のように漆黒の髪に、吸い込まれてしまいそうな黒い瞳を持った青年。
アーシェライトはその姿を見てドキリとする。
心臓が早鐘のように激しく鼓動し、同時に締め付けられるような痛みを感じる。
嬉しさに打ち震えそうなのに、苦しさに息が詰まる。
笑顔を浮かべたいのに、泣き叫んでしまいそうになる。
「おい、聞いてんのか?!」
黒髪黒目の青年が声を掛けてくるが、頭の中は真っ白になり、彼が何を言っているのか聞き取れず、何かを答えようとしても口が震えて言葉にならない。
自分がどんな表情で彼の前に立っているかも分からない。
自分がどんな心情で彼の前に立っているかも分からない。
あまりの突然の出来事に何も考えが浮かばないアーシェライトは、その結果、脱兎の如く逃げ出した。
「あ、こら!待ちやがれっ!!」
青年が飛び降りて着地したような音がしたが、それを振り返って見ている余裕など無い。
何も考える事が出来ず、ただひたすらに走った。ただひたすらに逃げた。
今更、どんな顔で会えば良い。
今更、どんな声を掛ければ良い。
今更、自分にどうしろというのだ。
今更、自分に何をしろというのだ。
アーシェライトは混乱し混濁する頭の中を振り払うように、機兵倉庫を飛び出し、全速力で逃げるのだった。




