第19話 理事長室の密会
シンロード魔動学園理事長室。
その部屋には大きくて重厚感のある、しかしながらどこか上品さが漂う最高級の木材で作られた机と、弾力があり過ぎて腰を下ろせば沈みこんでしまいそうな柔らかさを持つ1人掛けのソファーが4つ置かれてある。
壁には若かりし頃のアイリッシュの肖像画が掲げられており、その隣には一回り小さな額に現学園長であるイーグレットの肖像画が掲げられてある。
しかし今現在この部屋を訪れる者は殆ど存在しない。
なぜなら理事長である当のアイリッシュ自身は理事長という肩書きを持っているだけで実質は隠居の身。学園の運営は学園長と他の理事に任せていて、理事長としての職務を行っていないからであった。その上、高齢という事もあって、自宅を出る事が少なくなって来たからという事もある。
それらの理由からアイリッシュがこの部屋に来る事は無く、時折、エルアが掃除に来るだけという場所になっていた。
だが今は違う。
理事長室の中には3人の男女が居た。
「こんな場所にまでお呼び立て致しまして申し訳ありません。本来であればアイリッシュ様直々にお話しするのが筋なのですが、本日は少々ご体調が優れないものですので、私が代理を務めさせて頂きます」
キッチリと紺色のスーツを着こなした女性――エルアが目の前の2人に頭を下げる。
彼女の前にいる2人とも黒地に赤のラインの入ったシンロード魔動学園の制服を着ているので、生徒だということは一目で分かる。
1人は制服の上からでも分かる逞しい筋肉を持つ大柄な男子生徒。その頭に髪の毛は無く、いわゆるスキンヘッドだ。
それだけなら怖そうなイメージだが、その顔にある細い目も口角もやや垂れ下がり、柔和な表情が浮かんでいるので、どちらかといえば温厚そうなイメージの方が色濃く出ている。
もう1人はどこにでもいそうな凡庸な感じの男子生徒。唯一の特徴と言えば、燃えるような真っ赤な髪の前髪の一房だけが漆黒に染まっている事くらい。
体格だけで見たらスキンヘッドの男子生徒の方が大柄で強そうだが、その実力は真逆。
それどころかこの赤髪の男子生徒と互角に勝負出来る者は世界中を探しても数人いるかどうかだろう。
彼は最年少で騎士になり“騎士の中の騎士”の称号を持つ世界最強の機兵騎士――シルフィリット=パーシヴァルだった。
「ご容体は宜しくないのですか?」
シルフィリットはエルアが目の前のソファーに腰を沈めてから尋ねる。
「ここ最近は色々と動いていらっしゃいましたので、その疲れでしょう。大事に至るようなものではありません」
「はぁ~、なんだよ。俺はともかくこいつを呼び出す程だから、もしかしてアイリ婆さんが危ないのかと思っちまったぜ」
その言葉にスキンヘッドの男性生徒は安堵の息を吐いて、身体の緊張を解く。
「シルフィリット様とイムリアス様のお2人が心配なさっていたと後でアイリッシュ様に伝えておきます。本当のお孫様のように思われているお2人からですから、さぞかしお喜びになるでしょう」
「ええ。アイリッシュ様にはいつまでも元気でいて貰いたいですからね」
「お、おう……そ、そうだな……」
シルフィリットは笑みを浮かべて答え、イムリアスと呼ばれた大男はやや照れたようにしながらも同意して頷く。
この2人は幼馴染であり、アイリッシュとも幼い頃から付き合いがある。
厳密に言えば彼らの父母、祖父母の頃からの付き合いで、2人の名もアイリッシュが名付け親だったりする。
「そんじゃあ、わざわざこんな場所に俺らを呼び出したのは何の用なんだ?」
イムリアスが砕けた口調で問い掛ける。
生まれる前からアイリッシュと付き合いがあるという事は、10年近く彼女の秘書を務めるエルアとも同じだけの付き合いがあるという事。
年齢は10歳近く離れるが、どうしても理事長の秘書では無く、昔馴染みの親しいお姉さんという感覚で接してしまう。
だがこの場にそれを咎める者はいないし、エルアもそんな事を気にする事無く話を続ける。
「お2人にはある方の手助けをして頂きたいのです」
「ある方?誰だそれは?」
「シルフィリット様は先日お会いになられましたが、その方はシルフィリット様の曾御祖父様、つまり救世の騎士様と同じ、持たぬ力を持つ騎士候補の方です。本科特別編入生と言えば、イムリアス様もお噂くらいは聞かれているでしょう」
イムリアスは一瞬、驚きの表情を浮かべるが、すぐに得心する。
救世の騎士の事は良く知っている。
彼の祖父は救世の騎士の乗る魔動機兵を造り出した魔動技師であり、彼の友人だ。そして今では世界的にも有名となり、王国内の魔動機兵の約4割近いシェアを誇るキングス工房の先代工房主でもある。
昔から救世の騎士の話は聞かされており、いずれ同じような人物が異世界より現れた時には、力を貸せるように知識と技術を磨けと言われ続けていた。
つまりイムリアスとシルフィリットの2人ともが救世の騎士と何らかの繋がりがあるから、今この場に呼び出されだという事なのだろう。
「手助けとは言っても具体的にどうすりゃいいんだ?」
世界最強の騎士であるシルフィリットならば、剣の稽古や魔動機兵の操り方など教授出来るものは多いだろう。だが、イムリアスには魔動技術以外に教えられるようなものは無く、魔動力を持たない、しかも騎士を相手に何か出来るとは到底思えなかった。
「まずシルフィリット様にはいくつか探してきて欲しいものがあります。基本的には魔動機兵の素材ですが、後でリストをお渡しします。これは依頼と受け取って下さって構いません。もちろん報酬もお支払い致します。何しろあなたクラスの腕の騎士にしか行けない場所もありますので」
最後の一言だけで悪夢獣の多発する危険地域へ赴く必要があるのだと理解する。
どんな希少な素材が必要なのかは分からないが、確かにそれは世界最強のシルフィリットにしか頼めない事のようだ。
「承知しました。そのご依頼、しっかりと果たしましょう」
シルフィリットは右の拳を自身の左胸に当て、騎士の宣誓のように即決で答える。
その表情に浮かぶ笑みは、危険域に出る悪夢獣がどれ程の強さか、期待で胸を膨らませてるように見える。
「そしてイムリアス様ですが………今現在、あなたのチームには騎士が不在ですよね?」
手助けの話だったはずが、突然、そんな事を言われて戸惑うイムリアス。
イムリアスの所属していたチームは中の下という辺りのランキングでは中位から下位に属する。
イムリアス自身はキングス工房という魔動技師の名家に生まれた為、その血筋と幼い頃からの教育により、知識と技術はかなり高いレベルだ。
学園に入学してからは、自身の技術向上だけでなく、周囲のレベルの底上げを重点的に行っており、本科に上がってチームを組む際には、わざわざ最下位のチームに加入し、惜しみなく自身の知識と技術を教え、チームの順位をかなり上げる事に成功している。
そういう意味では彼の所属チームはかなり良い成績を修めた事になる。
しかしチーム員に最上級生である5年生が多かった事もあり、彼らが卒業してしまった後はチームの人数は半分になった。
その上、3年生でチーム唯一の騎士だった生徒も、その腕を見込まれて他の上位チームに引き抜かれてしまい、その後に新たな騎士を見つける事が出来なかった為、彼のチームは魔動技師は多いのに、機兵騎士も魔動機兵も存在しない状態になってしまったのだ。
ランキングで評価の半分近くが決まるというのに、騎士が不在ではそのランキング戦に参加する事すら出来ない。
そんなチームに留まる理由は無い。
知識と技術を惜しみなく教えてくれたイムリアスに感謝をしつつも、1人、また1人とチーム員は別のチームへと合流して行った。残ったのはイムリアスと彼を慕う数人の魔動技師だけ。
イムリアスは今のチームを存続させる為に騎士探しを続けていたが、2学年以上の生徒は既にどこかしらのチームに所属してしまっている上に、ランキングも芳しいとは言えないチームでは交渉出来るカードも乏しい。
当然、魔動技師が数人しか居ないチームにリスクを負ってまで入ろうという物好きはいなかった。
その為、今年の新本科生からメンバーを探すしかなくなったのだが、勧誘が可能となるのは基礎訓練が終了する半年後からなので、イムリアスのチームの前期実技評価は惨憺たるものとなるのは確実だった。
「ええっと、まぁ、そうだな。正直、あいつらには悪いとは思うが、前期の評価はもう捨ててる……」
自分を信じて残ってくれた者達には悪いという気持ちしか浮かばないが、イムリアスは既に諦めの境地に至っていた。
「潔い答えですね…と言いたい所ですが、学園としましてはそれを看過する事は出来ませんし、優秀な人材を無為に半年間も遊ばせておくわけにはいきません。そこで、イムリアス様には特別な課題をお出し致します。その結果を実技評価と致します。そしてこれは先の手助けとも関係してきます」
「特別課題?ランキングに参加しなくても評価されるってんならそれに越した事はねぇが…」
それは破格の条件と言っていいだろう。
課題の内容はまだ知らされていないが、その結果次第ではランキング戦で勝つよりも高評価を得られる可能性があるのだ。
だがまだ浮かれるには早い。
これだけの好条件を提示したということは、おそらく特別課題はそれに見合った難易度なのであろう。
手助けとも繋がると言っていたし、シルフィリットへの内容から考えても、相当厄介な課題であると予想された。
「で、その課題の内容ってのは、一体どんなものなんだ?」
「はい。それは魔動機兵を1機組み上げて…いえ、修理して貰う事です。一先ずは2ヶ月後。新本科生の実技訓練が始まる前に最低でも動かせるようにするのが目標です」
「ふ~ん。つまりその魔動機兵を動かせるように直せばいいって事か。どれだけ壊れてるか知らねぇが、基礎フレームが残ってんなら、2ヶ月…いや、1ヶ月もありゃ十分だな」
どれ程壊れていようとそれだけの時間があれば、彼と彼を慕う数人だけでも十分修理は可能だ。それくらいの実力は皆が十分に持っていると自負している。
ドヤ顔で答えるイムリアスに対し、隣に座るシルフィリットは苦笑を浮かべ、エルアに至っては大きく溜息を吐いている。
「自信がお有りなのは結構ですが、話は最後までお聞き下さい。修理して欲しい魔動機兵は、普通の魔動機兵ではありません」
「普通じゃない?」
「はい。言質を取っていますし、その操縦方法が異なる事も確認済みです。その魔動機兵は今は失われてしまって未だ解析出来ていない魔動王国時代の技術が多く使われているのです」
その内容にイムリアスは唖然としてしまう。
そういった未知の技術は大抵、王都フォーガンにある世界でも有数の魔動技師を何人も擁する王立魔動研究所で専門家による解析が進められているはずであり、本来は魔動技師として未熟な学生が手を出すような領分では無い。
確かに未だ誰も解明していない技術体系というものに興味は引かれるが、専門家が何年、何十年と掛けて解析するものを、たかが学生が一朝一夕で解析して修理しようなど不可能に近い。
「…そ、そういうのは俺じゃなくて魔動研究所の専門家に頼むのが筋なんじゃねぇの?」
いくら評価点を得られるといっても、流石にこれは学生の手には余る内容だ。
先程までとは打って変わり、イムリアスは軽々しく頷く事は出来なかった。
「尤もなご意見ですが、それには理由があるんです。その機体には魔動王国時代の技術とは別に、更に別の技術も混ざっているのです」
「はっきりと分かりやすく言ってしまえば、異世界の技術だね。あの機体は魔動力とは別の動力でも動かす事が出来るらしい。というかそっちが主で魔動力炉の方は補助動力炉と考えた方が正しいだろうね」
エルアの言葉をシルフィリットが補足する。
「別の動力……つまり持たぬ力を持つ者…魔動力が無い奴の為に造られた魔動機兵って事か……」
イムリアスは小さく呟いてから考え込むような仕草をする。
王立魔動研究所は有用と判断した技術ならば、解析と研究に惜しみない努力をするだろう。
だがそれ以外は殆ど研究はされない。
特に魔動力というどこにでもありふれていて枯渇する事の無いエネルギー源がある以上、それ以外の有限のエネルギーやそれを使った動力炉などは、例え未知の異世界の技術であろうと見向きもされないだろう。
つまりは専門的な所に頼んだとしても永遠に解析される事は無く、その魔動機兵が元通りに修理や修復される事は、まず有り得ないという事だ。
「そういうことか。それで俺に話が来たって訳だな……」
イムリアスの父親はキングス工房の現工房主であり、彼同様に祖父から異世界人や救世の騎士の話を耳にタコが出来る程聞かされている。
知識も技術もイムリアスより遥かに上で世界で最高峰とも言われている。更に工房にはそんな父が認める優秀なスタッフも数多くいる。
つまりはイムリアス本人ではなく、彼の親、彼の実家の力を貸して欲しいという所が本音なのだろう。
「このお話をお受け下されば、必ずその方はあなたのチームに入ると断言致しましょう。と言いますか、他の方では整備や修理が出来ない事を考えれば、あなたとチームを組まざるをえないと言えるでしょう。そして評価の方も相応の評価点をお与えするとお約束致します」
口をへの字にして悩むイムリアスにエルアは評価点だけでなく、現在不在の機兵騎士の加入についてもチラつかせてくる。
10年以上も付き合いのあるエルアの言葉は信頼出来るだろうし、アイリッシュの秘書という事で真実味もある。
もし言葉通りに確実にその騎士がチームに入ってくれると言うならば、イムリアスとしてもありがたい話である。
そして出来る事ならばこの特別課題を受けて、残ってくれた仲間達の為にも、前期評価は確実に得たい所だ。
だがイムリアスは即決する事が出来ない。
誰とも知らない相手の為にそこまでする理由はあるのだろうか。
いくら生前の祖父から言われ続けていたこととはいえ、このまま状況に流されてしまっていいものだろうか。
そして親の力を頼り、自分達では何もせずに評価点を貰っていいものだろうか。
「この話を受けるかどうかを決める前に、その異世界の魔動機兵がどんなもんで、どれ程の損傷状況なのか、それと編入生がどんな奴かを自分の目で確かめてから決めたいと思うんだが、いいか?」
もしこの話を受け、エルアの言葉に偽りが無ければ、半年後には必然的に一緒にチームを組む事になり、そこからは長い付き合いとなるだろう。
相手の事を何も知らずに評価を得る為だけに特別課題を受けたとして、もしその相手との反りがイムリアス達と合わなかったり、生理的に受け付けなかったりすれば、最悪、再びチームが崩壊してしまう危険さえある。
「確かにそうだね。僕も協力しても良いと思ったのは彼に実際に会って、その人柄や性格に共感を持てたからだしね」
シルフィリットもその意見には同意する。
特に彼の場合、素材集めとはいえ、命懸けの場所へ赴く必要があるのだ。それだけの価値をその人物に見出していなければ、即決で引き受ける事など出来ない。
「承知致しました。その方の名前はショウマ=トゥルーリ。かの造聖様のお弟子さんでご養子でもいらっしゃいます。黒髪黒目で、よくシアニー様と一緒にいらっしゃいますので、一目で分かるはずです。もしでしたら私からご紹介致しましょうか?」
「いや、それには及ばねぇ。こっちでなんとかするさ」
エルアの提案をイムリアスは丁重に断る。
「そうですか、承知致しました」
「おっと、それともう1つ。もう1人、この件に関わらせたい奴が居るんだが、そいつにも声を掛けても構わないか?」
「関わらせたい…という事は異なる世界や救世の騎士様と何かしら関わりを持つ人物なのですか?」
「ああ、ほぼ確実にな。多分、そいつが協力してくれりゃ、修理作業の効率は格段に上がるだろうし、場合によっては向上も見込めるかもしれねぇ」
「そんな人物が居るというのは初耳ですが、イムリアス様が断言されるのであれば、お任せ致します。その方との事も踏まえてお返事は来週までお待ちしたいと思います」
「まぁ、そう時間は掛からねぇだろうよ。ちょいと癪だが、シルフィーの奴が認めた男で、あの“造聖”の爺さんが弟子にして養子にまでした奴だ。この時点でもう半分以上は決まったようなもんだろ……」
特別課題を受ける事はもう決定事項と言っていいだろう。
だがその後の事はショウマという人物と直接会ってからでないと決められないという思いがあった。
「それでは魔動技師課2年・イムリアス=キングスロウ様。良いお返事をお聞き出来る事を期待しております。そしてシルフィリット=パーシヴァル様。ご依頼の件、宜しくお願い致します」
エルアが恭しく頭を下げた所で、3人の密談は終わりを告げるのだった。
第2章開幕です。




